8:サンドイッチジャンキー
『左手にナイフを隠し持ち、右手で握手をする。どうやらそれが友情と言うものらしい』
★
「……で、また私のサンドをもらいに来たわけね?」
リリィが呆れ混じりのジト目でユウを睨む。
別にメインの目的がサンドイッチというわけではないのだが、食べ物の恨みというのは恐ろしいものだ。
ちなみにユウは口の中をモグモグさせているのですぐには返事ができない。
「まあいいわ。で? いったい何が聞きたいわけ? どうせまた何か教えてくれって言うんでしょ?」
「なんでわかった。はっ、まさか心を読む福音とか……。」
「そんなわけないでしょうが」
リリィはテーブルに身を乗り出して、向かい側に座るユウの頭にに軽くチョップした
傍目に見れば微笑ましくもある光景だ。
ちなみにだがオリヴィエは今回いなかった。
時間は前回よりも少し早いことを踏まえれば、彼女はいるのが自然だ。
それがいないということは、やはり彼女もループを認識できているということなのだろう。
同じくループを認識出来ているはずのリリィがどうして毎回同じようにサンドイッチを食べているのかは不明だが……。
(サンドイッチジャンキー……。)
「その顔、何か失礼なこと考えてるわね?」
ご名答。
ユウは誤魔化すように残りのサンドを口に詰め込んだ。
ちなみに今回はタマゴサンドだ。
パンに口の中の水分を吸い取られて飲み物が欲しくなる。
「ほら、これ飲んでいいから」
リリィが飲みかけのレモンティーを差し出した。
まだかなりの割合が残っている。
ユウはそれに少し躊躇いながら口を付けた。
「で? 今度は何しに来たのよ結局」
やれやれといった具合に溜息を突きながら頬杖を付いて明後日の方向に視線を流すリリィ。
「あ、そうだ。他の人そっくりに姿を変える福音とかって知らないか?」
「知らないわ」
即答だ。
「そんなー。」
ユウも思わず棒読みで反応した。
「何よそのやる気のない反応は……? 言っとくけと知らないのは本当よ?」
「そっか、アテが外れたな。」
「あら、潔いじゃない。変装してた奴にでも殺られたわけ?」
ユウはステラのことは伏せて、前回死んだ時のことを説明した。
「なるほど、そういうことね」
リリィは合点がいったように自分の髪を撫でた。
「それは多分変装じゃないわ、本物よ」
「じゃあやっぱり双子……?」
「それもきっと違うと思うわ」
「じゃあ……、なんだ?」
ユウはもう手詰まりだと首を傾げた。
「ドッペルゲンガー。その福音でまず間違いないわね」
「ドッペルゲンガー?」
厨二気味の単語に、ユウの胸が本人の意思を無視して躍りだす。
「本物そっくりのゴーストを作り出して、そいつにルーツを殺して入れ替わらせるの。後は隙を見て味方を中から殺していくのよ。確かルーツ自身がゴーストでも問答無用で発動したはずよ」
「……?」
ユウの頭の上に疑問符が二つ同時に浮かんだ。
「……ゴーストとかルーツって何だよ?」
「うーん。……コピーとオリジナルって言えばなんとなくわかる?」
「あー。確かになんとなくわかった気がする。ゴーストがコピーでルーツがオリジナル?」
「そうそう。かしこいかしこい」
リリィが先程チョップしたのと同じ感じで今度はユウの頭を撫でた。
今度こそ親子のようだ。
「バカにしてるだろ?」
「別にバカになんてしてないわよ。かしこいから褒めてあげたんじゃない。ゴーストがコピー、ルーツがオリジナルでちゃんと正解よ? つまりドッペルゲンガーは持ち主本人を殺して入れ替わりつつ、その味方も騙して殺していく福音ってことね」
「……得する部分が無くないか? 福音どころか呪いだろそれ。」
「それを私に言わないでよ。何かあるんじゃないの? 敵にスパイとして潜入して道連れにするとか」
「おいおい、ステラがまさか……。」
その推測が正しければ、つまりステラはどこか別の勢力から送り込まれたスパイということになる。
それも自爆を目的とした特攻兵だ。
ユウとしては断じて受け入れがたい。
(まったく、名前出しちゃってるじゃないの)
リリィはユウが伏せているはずのステラの名をうっかり口にしたことに対して内心で溜息を付いた。
本人に自覚が無いようなので気が付かない振りをしておく。
「ただの推測よ? もしかしたら他にも何か効果があるのかもしれないし。そうだとしたら、これだけデメリットがあるんだから相当強力な効果があっても不思議じゃないわ。それこそ切り札として情報は伏せておきたいでしょうね」
彼女の話の中では少なくともステラが福音持ちであることは確定らしい。
だとすれば、そもそもどこでそれを手に入れたのかということにもなる。
(福音は女神からもらうんだろ? じゃあステラも女神にもらったってことか?)
ステラも異世界ストラの出身だから、福音を受け取ったとすればこの世界に来てからということになる。
――いつだ?
ユウの知っている範囲で彼女が女神教ともっとも近づいたのは……。
「……前回の侵入の時か。」
思わず思考が声になって出た。
(俺がこの世界に来る前にもゴーストロッドを壊しに行って失敗してるわけだから、その時の可能性が一番高い……、のか?)
それでもユウの中に疑問は残る。
「侵入? ……え、何、もしかして下着泥棒でしてるわけ?」
ユウの呟きを聞いたリリィが露骨に距離を取るような素振りをした。
「ちょっと待て、なんでそうなるんだよ。しかも下着泥棒限定とか。」
「だって女に飢えてそうだし」
リリィは自分が男日照りなのは棚に上げて平然と答えた。
「そんなわけないだろ、俺はステラ一筋だし。」
「だ、か、ら、名前が漏れてるってんでしょうが!」
「ほがぁ!」
三度身を乗り出したリリィは今度こそ全力で突っ込んだ。
ステラの名前は伏せていることになっているのだ、一応は。
額に掌底を直撃されたユウがイスと一緒に後ろに倒れる。
「いてぇ……。」
体を起こそうと視線を横に向けたユウは、少し離れたところからステラ達がこちらを見ていることに気がついた。
(そうだ、忘れてた。)
前回はリリィに抱きしめられているところを見られてしまったことで、本物のステラが偽物のヤンデレステラに殺される場面に遭遇することになった。
いつから見ていたのかはわからないが、今回は頭を撫でられたり突かれたりしただけなので大丈夫なはずだ。
だがなんとなくステラの表情が固い気がする。
一緒にいるブレッドとソフィアもやはりオロオロしているような印象を受ける。
ユウは試しに手を振ってみた。
ステラはの表情は固いままでこちらを睨むように見ている。
(こ、これでも駄目なのか……?)
自分以外の女の子と二人になるというのが境界線だとすれば、自分からリリィに会いに来ている時点でアウトだろう。
「あら? もしかして話してた子?」
ユウの様子に気がついたリリィも視線を辿ってステラ達の方を見た。
まるで息子の彼女を見た母親みたいなノリだ。
「私が睨まれてるわね。……よし、じゃあ後は任せたわ。上手く言っておいてね」
「え?!」
未だ倒れたままのユウを一瞥すると、リリィは颯爽と立ち去っていってしまった。
「上手くって……、どうすんだよ?」
リリィが去っていった方向を窺いながら、ステラ達三人がユウの方に歩いてきた。
「ユウくん」
「は、はい!」
普段よりも一段低いステラの声にびびったユウは咄嗟にその場で正座した。
顔を少し俯かせて上目遣いに彼女の顔色を確認する。
「今の人とは……、どういう関係なの?」
「いや、あの……。色々とアドバイスを、貰おう、かなと……。」
「……ふーん、そうなんだ」
露骨に不満そうな声が降り注ぐ。
後ろにいるブレッドとソフィアはどうしたらいいものかと口を挟めずにいた。
再び浮気のばれた男の心境に陥りそうになったとき、ステラが同じ目線のところまでしゃがみこんで揺さぶるようにユウの両肩を掴んだ。
「ダメ……、だからね? あの人と仲良くしちゃ……」
いつも通りのステラの声。
零れるほどではない涙目で嘆願のように訴えてきた。
突然の変わり様にユウは唖然としてステラを見る。
目の前にに好きな子がいるのだと頭の理解が追いつくと、一気に体温が上昇していく。
ブレッド達も彼女の様子に戸惑っているようだ。
ステラ自身も我に返ったようにハッとしてから俯いた。
ユウの両肩を掴む手から力が抜けていく。
「ごめん……。でもお願い、ユウくんにはあの人と関わって欲しくないの……。お願いだから……」
「ああ……、わかったよ。」
ユウは彼女の悲痛な声に戸惑いながらも頷いた。
ソフィアがステラに連れ添って彼女を立たせる。
「ユウには私達と一緒に居てもらったほうがいいと思って迎えに来たの。リアにはもう了解はとってあるから、一緒に行きましょう?」
その言葉に無言で頷いてからユウも立ち上がった。
――何かがおかしい。
これまでは単に他の女の子と仲良くしていることに反応しているのだと思っていたが、考えてみれば別にステラ以外の子と二人きりになるのを見られたのはこれに限らない。
リアと二人で話しているところにステラがきたこともあれば、話し相手がダリアやナルヴィだったこともある。
それにアイナと二人で一緒に買い物に行った時も特に何の変化も無かった。
つまりリリィと一緒に居る時にだけステラは反応していることになる。
(ステラが知らない相手だから?)
エル・グリーゼの女の子達はある程度見知っている相手だから信頼しているのだろうか?
だがサブアジトまでの道中で彼女にそのことを尋ねてみても、明確な答えは返ってこなかった。




