7:食パンの耳
『夢と浪漫。それは心の奥底から湧き出してくる』
★
「私はこっちに残るよ」
意識と共に視界が開けた瞬間、ステラの声がユウの耳に届いた。
ユウはここがどこかと慌てて確認する。
どうやらサブアジトに逃げて来た後、これからリアがレッドノート邸に戻ろうとしているところらしい。
また死に戻りが出来たことに、ユウは内心で安堵した。
「ユウ、どうした? 行くぞ?」
いつの間にか話は終わっていたらしく、ユウはラプラスの呼びかけで我に返る。
見れば二人は既に部屋を出ていた。
「ああ悪い、今行くよ。ステラまたな。」
「うん、またねユウくん」
ステラと互いに手を振り合ってからリアとラプラスの後を追う。
しかし一つ確認しておこうと思い立って直後に足を止めた。
「あ、そうだ。ステラって兄妹とかいる?」
「うん、お兄ちゃんがいるよ。どうして?」
「いや、たまたま気になっただけ。それじゃあ。」
難しい顔をしながら話し合いをしているブレッドとソフィアに一言言ってから三人でサブアジトを出た。
二人の後ろ歩きながら、ユウは死ぬ前のことを頭の中で整理し始める。
(ステラが二人いた、それは間違いない。)
あれは見間違いでも幻覚でもない。
確かな現実感を持って目の前に存在していた。
”あの”ステラに殺されたのはこれで三回目ぐらいか。
彼女に女の兄妹、つまり姉妹がいないとすると、あれは一体誰だったのだろう?
(実は隠し子がいたとか?)
しかしそれにしたっていくらなんでも似すぎている。
身長も髪型も、ついでに見に付けている服や武器まで同じに見えた。
(それとも双子?)
一方は普通に育て、もう一方は存在を隠して幽閉や拷問。
そんなシナリオがユウの脳内に浮かんだ。
しかしそれでもその目的に疑問は残る。
――なぜだ?
――なぜステラを殺す?
(本物のステラと入れ替わるため?)
どんな方法でそれを実現したかはともかくとして、それを何に利用しようとしていたかは容易に察しがついた。
つまりユウが見てしまったのはその現場だったわけだ。
(ってことは今までも……、ってことだよな?)
今までのステラも既に入れ替わっていたのだとしたら、あのヤンデレステラの説明が付く。
ユウは腕を組んで悩み始めた。
ちょうど視線の先にはリアのミニスカートが揺れている。
すれ違う通行人から奇異な目で見られていることに気がついたラプラスがユウの様子に気がついた。
「おい、ユウ」
物思いにふけっているユウに反応はない。
「……? どうした?」
「いえ……」
リアもラプラスの声で後ろを振り向いた。
だがユウが深刻そうな様子をしていたので、その視線が自分の体に向けられていたことにまでは考えが至らなかった。
ラプラスの方も彼女に対してユウがそういう目で見ていたとは言いにくく、言葉を詰まらせる。
「おっと、ごめん。……ん? どうした?」
前を歩いていたリアが立ち止まったことにようやく気がついたユウは、彼女にぶつかる直前で慌てて立ち止まった。
視線が自分に向いていることを理解すると、何か自分に話が振られたのかと思って二人の顔を交互に見る。
「お前がどうしたんだ、そんな深刻な顔をして」
リアがまた何かあるのかと心配そうな顔でユウを見た。
「そうだぞ。アジトを出る前からずっと上の空じゃないか」
ラプラスが本当に言いたいのは”リアの体をそんなに見るな”ということだが、ここはぐっと堪えた。
「いや、悪い。ちょっと考え事してたんだ。」
「何に関する話だ? もしかしたら急を要することかもしれん、気になることがあればすぐに話せ」
「気になるっていうか……、そんなに大したことじゃないんだけど……。」
「それはお前の判断だろう? その判断が正しい保証は無いんだぞ」
真顔のリア。
忠犬ラプラスもユウが彼女をそういう目で見ていたわけではないようだと気がついたらしく、釣られて真顔になっている。
(どうしよう、なんて言おうか?)
ターニングポイントの影響によって、死に戻りに言及しても信じては貰えない。
ずっと偽物のステラのことを考えていたユウは二人にどう言い訳しようかと困った。
「実はその……、食パンの耳の良い食べ方、とか?」
咄嗟にブレッドが以前読んでいた本のことを思い出し、それをそのまま口に出した。
聞いた二人の真顔が一瞬遅れて呆れた表情にトランスフォームする。
「……何を言っているんだお前は?」
リアはユウの発言の意味がわからなかったらしい。
……確かにそうだろう。
「ブレッドみたいなこと言うなよ……」
ラプラスは発言の意味を理解できたようだ。
「あぁ、そういうことか……。 あれはてっきりブレッドだけかと思っていたんだが……」
どうやらブレッドがあの本を熱心に読んでいることは周知の事実らしい。
リアは彼が変な趣味をしていると思っていたようで、少し困惑した表情を浮かべた。
美人はこういう時でも様になってしまうから困る。
高嶺の花に恋する少年ラプラスの顔が少し赤い。
「それではその……、帰ったら厨房に行って聞くといい。コック達なら詳しいだろうからな」
リアの視線が急に余所余所しい。
ついでにラプラスも余所余所しい。
(これ、正直に言ってた方がマシだったんじゃないか……?)
後悔。
激しく後悔。
「あ、そうだ。俺だけちょっと寄り道してから帰ってもいいかな?」
「パンの耳なら厨房に行けば貰えると思うぞ?」
ラプラスの頭の中ではユウとパンの耳が完全に結び付けられたらしい。
「パンの耳じゃねえよ。この剣がいくらぐらいするのか確認してくるの。」
「そういえば貰い物だと言っていたな確か。珍しい付加効果があるんだったか?」
二人の視線が今度は水の剣に注がれる。
「まあ、お前にとっては数少ない財産だからな。コレ一本で俺より金持ちなんじゃないか?」
経済的な意味での生命線。
その観点から言えば、ユウの言い分ももっともらしいと二人は感じた。
「いいだろう。私達は先に戻っているから、ゆっくり帰ってくるといい」
こうしてユウは再びリリィのところへと向かった。




