6:二人のステラ
『勘違いしてはいけない。他人と同じ場所に自分は立てない。例えすぐ隣にいたとしても』
★
その日の夜。
ユウはサブアジトの自分の部屋で目を覚ました。
「そうだ、ステラ!」
慌てて体を起こす。
サブアジトに到着してすぐにステラを探したユウだったが、彼女はまだ戻っていないということで、自分の部屋で帰りを待っている間に眠ってしまった。
時計を確認すれば、もうすぐ日付が変わる時間だ。
ユウは迂闊な自分を後悔した。
流石にもうステラは帰ってきている頃だろう。
慌ててベッドから身を起こすと、そのままドアを開けて出て隣のステラの部屋の前に立った。
(あれ? 開いてる……。)
扉が少し開いている。
昼間来た時は扉に鍵が掛かっていたので、ということはステラは最低でも一度はこの部屋に戻ってきたということになる。
一応は味方の領域内とはいえ、女の子の部屋が鍵どころか扉まで開いたままというのはかなり不用心だと言っていい。
「ステラ……?」
もしかすると鍵を閉め忘れて部屋の出たのかと思いながら、恐る恐る扉を開いて中を覗き込んだ。
心臓がやけに高鳴るのはやはり好きな女の子の部屋に始めて入るからだろうか?
もしもステラが中で寝ていたのだとしたら、起こしてしまうかもしれない。
薄く差し込む月明かり。
ついさっきまで眠っていたせいか、僅かな光でも部屋の中がよく見える。
部屋の奥の方によく知っている少女の姿を見つけた。
(いた、ステラだ。)
そしてその横にはもう一人。
(え? ステ……、ラ?)
ステラの横にはもう一人、ステラがいた。
混乱で思考が一時停止するユウ。
ドシュ!
部屋に生々しい音を響かせて、一方のステラがもう一方のステラの胸に突き刺さった何かを乱暴に引き抜いた。
薄暗い空間に向けて彼女の胸から液体が勢い良く飛び散る。
直接その色を確認することはできなかったが、状況とシルエットから見てそれが彼女の血であることは明らかだ。
力なくその場に崩れ去るステラ。
「ステラっ!」
ユウは思わずドアを開けて部屋の中に踏み込んだ。
その声で立っていた方のもう一人のステラがユウに気づく。
しかし倒れている方のステラに反応はない。
「あ、見つかっちゃった♪」
窓から差し込む月明かり。
剣を持って立っている方のステラの顔を見たユウの背筋が凍った。
恍惚の表情、そしてその暗く淀んだ瞳。
それには間違いなく見覚えがある。
「あの時と同じ……。」
ここまでのループで、ユウはステラに複数回殺されている。
立っている方のステラの表情は、まさにその時の彼女そのものだ。
ユウは思い出す。
――そういえば、U&Bと戦った直後におかしくなった時もこんな表情を浮かべてはいなかったか?
慌てて倒れている方のステラに視線を移した。
血の気の無いその表情はユウの知っているステラそのものだ。
再び狂気の色を纏ったステラに視線を戻す。
同じ服装、同じ顔。
だがその表情と纏った雰囲気はまるで別人。
なぜステラが二人いる?
姉? 妹? 双子?
だが、仮にユウの知っている方のステラを本物とするなら、間違いなく倒れている方が本物だ。
自分が好きな女の子はどちらかと言われれば、躊躇うこと無く倒れている方のステラだと言い切れる。
――立っている方はステラじゃない!
「お前……、誰だ?」
「誰って……、ステラだよ?」
「嘘つけ!」
「嘘じゃないよ? だって……、”今から”私がステラ=ハートだもん♪」
本物のステラは倒れたまま動かない。
今すぐに駆け寄りたい衝動を、偽物に対する恐怖心が押さえ込んだ。
彼女の血に濡れた剣は月の光に輝いている。
「本当はもう少し後にするつもりだったけど、ユウもここで”助けて”あげるね♪」
狂気。
ユウに向けられた感情はもはや健全な殺気とすら言えない。
まるで無邪気な子供が虫をいたぶり殺して遊ぼうとしているような、そういう類のものだった。
脳裏に以前殺された時の恐怖が蘇り、ユウの体が意思に反して強張る。
――だがステラを助けなければ!
ダンッ!
しかしユウの恋心が恐怖に打ち勝つよりも先に、状況が動いた。
その顔に笑みを浮かべたまま、偽物のステラがユウに飛びかかる。
「ひっ!」
慌てて剣を抜こうとしたユウだったが、直後に自分の腰に剣が無いことに気がつく。
(しまった、部屋に置いてきた!)
まさかステラの部屋でこんなことが起こっているとは思ってもみなかった。
今のユウは鎧も身につけていない、完全な無防備だ。
迫る剣を避けようと一歩後ろに下がる。
だが偽物はそれも見透かしたように、もう一歩踏み込んで剣を突き出した。
ドスッ!
これまでにも何度か経験した感覚がユウの胸を襲う。
(ああ、これは……。)
――致命傷だ。
心臓から全身に広がる激痛。
それを受け取った体の各部が一瞬の間に硬直していく。
「誰なんだ……、お前は……。」
自由の無い体から声を絞り出す。
以前のユウならば、きっと痛みで一切の身動きが取れないまま終わっていただろう。
……これも成長の証と言っていいだろうか?
「だから、ステラだよ? ステラ=ハート。ユウと相思相愛の女の子だよ?」
満面の笑み。
グシュ!
先程の本物のステラにしたのと同じように、乱暴に剣が引き抜かれた。
溢れ出した血が地面にバラ撒かれる。
「嘘……、つけ……。」
最後にそう答えるのが精一杯だった。
暗転する視界、失われていく重力の実感。
自分の体が地面に向けて崩れ始めたのを感じた直後、ユウは意識を失った。
天頂には白い月が無情に輝いている。




