5:可能性は無限大
『夢と希望は禁止すべきだ。それでいったいどれだけの人間が人生を狂わせたことか』
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ユウはグリーンティーとサンドセットを買ってもらった後、テーブルに戻ってここまでのことをリリィに話した。
彼女の方はと言うと二杯目の紅茶を手元で転がしながらその話を聞いていた。
「ふーん、そういうことね……」
リリィは納得したように溜息を付いた。
「ターニングポイントの残り回数ゼロでの死亡、それでトリップするのは確かにおかしいわね」
(……あれ?)
――違和感。
何がどうとは言えないが、ユウは彼女の言葉に再び違和感を感じた。
「でも私は確認してないわよ? 最後にトリップしたのは……、確か二週間ぐらい前に五回か六回ぐらいだったかしら」
時期と回数から考えると、リリィが言っているのはアルトバにいた時のことでまず間違いないだろう。
ということはやはりこの街に来た時点まで戻ったのだと判断して良さそうだとユウは思った。
「嘘ついてるわけじゃ、ないんだよな?」
「あら、そっちの方が良かった? でも、アンタの話の通りだとしたら今の方が都合がいいんじゃない? 少なくともターニングポイントがまだ使える可能性があるってことだもの」
「ああ、そうか。」
ユウは彼女の言葉に納得した。
今のユウにとって特筆すべき能力はターニングポイントによる死に戻りだけ。
これからを生き残っていくためにこれがあった方が遥かに有利なのは事実である。
ただし――。
「その話が本当なら、ね」
「……?」
ユウはその意図を図りかねた。
その鈍さにリリィは溜息をつく。
「……記憶を操作できる福音があったとしたら?」
「記憶を……、そんなのがあるのか?」
彼女の言葉でユウは初めてその可能性に気がついた。
いつのまにか、今まで死に戻りを繰り返したという偽の記憶を植え付けられていたのだとしたら……。
確かにそれでもターニングポイントの残り回数ゼロで死に戻りが発生したことの説明はできそうだ。
「ストーリーライター。ホーリーウインドじゃなかったはずだけど、女神教内にそういう福音持ちがいるわ。もしかしたら他にも似たような福音があるかもね」
「なんてこった。……でも何のために?」
意図がわからない。
警告? それともユウに経験を積ませたかった?
……どちらの線も微妙だ。
前者ならばあまり効果は出ていないし、後者に至っては女神教側から見れば完全な利敵行為だ。
女神教以外にも類似の福音の保有者が存在すると考えるべきだろうか?
「さあね。アンタが記憶を操作されたっていうのも推測に過ぎないし、それ以上はわからないわ。でも、もし本当にそうだとしたらターニングポイントには頼れないわね。あと何回使えるのかが正確にわからないもの」
「なんでだよ? 今まで死んだ回数から逆算すれば……、あ、そうか、その死んだ回数が嘘かもしれないのか。」
「そういうこと。アンタにしてはよくわかったじゃない」
リリィがわざわざ身を乗り出してユウの頭をよしよしと撫でた。
どう反応したらいいかわからずにされるがままのユウ。
少し顔が赤い。
彼女はそれを少し笑いながら椅子に戻った。
「あ、もしかしたら予知夢を見せるなんて福音もあるかもしれないわね」
「ふーん。記憶操作とか予知夢とか、魔法ってそういうことも出来るんだな。攻撃とか回復だけだと思ってた」
「魔法じゃ無理ね。この世界の魔法で不可能なことを実現出来るのが福音なのよ。だからこそ女神教がありがたがってるってわけ。女神様のくれた奇跡だー、ってね」
「じゃあ俺のも?」
「そうなんじゃない? 善行どころか女神に逆らう悪行ばっかりしてるみたいだけど。むしろなんでアンタが福音持ってんのよ? ……あ、もしかしてそれが偽物の記憶なんじゃない? 本物のターニングポイントの持ち主を隠すためとか」
「げっ、それはありそうだ……。」
記憶を操作されたという説における説得力のある動機が出てきたとユウは思った。
リリィが二週間ほど前に確認したループはその誰かの能力だったのかもしれない。
そしてそのことによって自分がターニングポイントの保有者であることが露呈するのを恐れ、ユウを偽の福音保有者に仕立て上げようとしたのだとしたら……。
「もしそうだとすると……、俺、何の能力も持ってないってことじゃん。」
「そうね。アンタ、取り柄が何も無くなったわね」
「うるさい。」
こうなってしまうと、もうターニングポイント頼みの行動は一切取れない。
今回の命が最後でないという確証がないからだ。
そもそも自分がターニングポイントを持っているということすら怪しいとなると非常に困ったことになる。
「まいったな……。」
ユウは冷たいグリーンティーを飲んだ。
ほんのりとした甘みと渋みが口の中に広がる。
「いいじゃない。死んで終わりだと思ったら生きてたわけでしょ? 儲けたと思えばいいのよ。だいたい、死んでトリップするのが前提なんて碌な生き方じゃないわ」
”碌な生き方じゃない”という点に関して異論は無い。
それが健全とは言い難いという感覚はユウにもあった。
「とは言っても……、ね」
リリィは再び立ち上がると、今度はユウの横まで歩いてきた。
「ほら、おでこ出しなさい」
「え? いや、ちょっと……。」
彼女はわからず座ったままのユウの頭を掴むと強引に自分の方に引き寄せた。
自身も少し腰を落として目を閉じると、互いの額を合わせる。
目の前に迫った美女の顔に、今度こそユウの顔が真っ赤に染まった。
数秒間。
たったそれだけの時間がやけに長く感じる。
彼女から漂ってくる良い香り、それをなんとなく懐かしいと思った直後、リリィが目を開けて額を離した。
「大丈夫そうね。安心しなさい、記憶は弄られてないわ」
「え……、なんでわかるの?」
「なんでもよ。良かったわね」
そう言われても困ってしまう。
不完全とはいえループを認識していることといい、やはり相当な腕前の魔法使いか何かなのだろうとユウは感じた。
(ニートじゃないっぽいしな。)
先程のオリヴィエという美女との会話を聞く限り、どこかの組織に属しているというのは間違いない。
凄腕の魔法使いが集まる秘密組織とかそんな感じのものをユウは想像した。
(……いや、やっぱり無いな。)
彼女から良い香りと共に漂う謎のポンコツオーラ。
オリヴィエはともかくとして、少なくともリリィは無さそうだと偏見に満ちた結論を下した。
「ま、自分の命は大事にすることね」
ユウが大層失礼なことを考えているとも気付かずに、リリィは道の方へと歩き始めた。
どうやらそろそろ行く時間らしい。
「せいぜい彼女に振り向いて貰えるように頑張りなさい? ……アンタじゃ無理そうだけど」
「大丈夫。可能性は無限大さ。」
「そ、そう……」
いったいその根拠のない前向きさはどこから来るのかとリリィは少し顔を引きつらせた。
もちろん彼女はその理由にも心当たりがある。
(恋は盲目って言うし……、ま、仕方ないか)
リリィはそれ以上何も言わず、軽く手を振りながら去っていった。
その後ろ姿を見送った後、ユウは残ったサンドに手を伸ばす。
(記憶操作の可能性は無し。となるとターニングポイントがまだ使える理由もわからないままか。)
あくまでも彼女の言うことを信じればの話ではあるのだが、ユウは不思議とそれをすんなり受け入れていた。
(なんだかんだで相談できる数少ない……、ん? ステラ?)
ハムサンドの入った口を動かしながら何気なく後方に視線を向けると、少し離れたところにステラが立っていた。
真っ直ぐにこちらの方を見ている。
一緒にブレッドとソフィアもいるようだ。
気のせいだろうか、なんとなく気まずそうな顔をしているように見える。
「おーい、ステ……、ラ?」
買い物でもしに来たのかと思ったユウは彼女達に向かって手を振った。
だがステラは別の方向を向くと、ブレッド達が止めるのも聞かずに早足で立ち去って行ってしまった。
一瞬だけ、彼女に目に何か光るものが見えた気がする。
「……あれ?」
ユウは残りのサンドを口に詰め込んでミルクで流し込むと、とりあえずブレッド達のところに向かった。
ステラの姿はもう見えなくなってしまったている。
「ブレッド、ステラは?」
「あ、ああ、まあ……、な」
何か詰まったような返事をするブレッド。
横にいるソフィアもバツの悪そうな顔を浮かべている。
「う、うん……。ね、ねぇユウ? その、さっき一緒にいた人とはどういう関係なの?」
「え? さっき…、ああ、リリィのことか?」
どういう関係か、と聞かれてユウは困った。
(そういえば……、どんな関係だ?)
「ただの知り合いかな、たぶん。」
「そうか……。 いや、実はお前には俺達と一緒にいてもらったほうがいいんじゃないかって話になったんだ。それでリアに許可を貰ってお前を呼びに来たら……、なあ?」
横目でソフィアを見るブレッド。
「仲良さそうに、キスしてた……、みたいな? それでステラは先に帰るって言って行っちゃって……」
「え……。」
歯切れの悪い彼女の言葉でユウは全てを理解した。
別にリリィとはキスをしていたわけではない。
だがそう見えたのなら大きな差はないだろう。
ユウの全身から血の気が引いた。
「やっちまった……。」
過ち再び。
ユウは以前のループにおいても同じようなことがあったと思い出す。
リア達と一緒に市場に行った時だ。
疲れ切っていたユウは一人だけここで休んで彼女達を待つことになった。
そして待っている間にリリィといるところを、戻ってきたステラに見られたわけだ。
(すっかり忘れてた……。)
ユウは地面に頭を叩きつけて死にたい衝動に駆られた。
あの時誓ったのだ。
もうこんなことはするまいと、彼女を悲しませるようなことはするまいと。
去り際のステラの目が光ったの気がしたのは気のせいではないのだろう。
光を反射したそれは涙だったのだとユウは確信した。
「謝らないと……。」
ユウはフラフラとした足取りでサブアジトに向けて歩き出した。
その放心したような後ろ姿を見ながら、聞こえないように小声で話す二人。
「おい、どうすんだよこれ」
「どうって……。どうしようもないでしょこんなの」
「このままだと修羅場だぞ」
「そんなこと言ったって……。二人とも天然気味なのになんていうのよ?」
「それはこう、うまく……。無理そうだな」
「そうね」
今後の為に二人の関係を調整しようとした二人だったが、すぐに諦めモードになって帰路についた。




