2:好きなものは仕方ない
『進め。道はこれしかないんだからな』
★
「うーん、ステラ……、あれ?」
ユウはベッドの上で意識を取り戻した。
見慣れない天井だが、ここがメインアジトであることはすぐにわかった。
ゆっくりと体を起こして周囲を確認する。
部屋には誰もいない。
取り敢えず部屋を出てみると、ちょうど前を通りかかったラルフに遭遇した。
「お、起きたのか。お前大丈夫か? なんかナルヴィにすげぇの貰ったって聞いたぜ?」
「あー、まあ。確かにまだ首が痛いかも。」
視界の外からの一撃だったので、実はあまりはっきりとは覚えていない。
「俺はラルフだ。よろしくなユウ」
「ユウ=トオタケ。よろしくラルフ。……みんなは?」
周囲を見渡してみても、倉庫の中には人の気配がさっぱり感じられない。
「ああ、みんななら買い出しに行ったよ。今いるのは俺とバーノンだけさ」
「ふーん。」
(……あれ? ちょっと待てよ?)
――嫌な予感がした。
記憶を遡って、この時何があったのかを思い出してみる。
(確かホーリーウインドを奇襲したんじゃなかったっけ?)
久しぶりだったのですっかり忘れていた。
この時はメインアジトを襲撃しようとしていたホーリーウインドを逆に襲撃したのだった。
ということは――。
「……しまった。」
「どうした?」
急に青ざめたユウを見てラルフが首を傾げる。
「マズいぞ……。もうすぐここに敵が来る。」
「え?」
「ホーリーウインドがここを狙ってるんだ! 早く逃げないと殺られる!」
「おいおい、いきなり何言い出すんだよ。この場所が向こうにバレてるってのか?」
「バレてる! 少なくともあいつらにとって敵のアジトだってところまでは!」
ユウは叫びながら慌てて出入り口に向けて走った。
他に倉庫内にいるのはバーノンだけ。
ラルフがここにいたということは彼は扉の横で番をしているはずだ。
「バーノン!」
「最後の方は聞こえた。本当なのか? 今のところ変わった様子はないが……」
「みんなが出ていってからどれ位経った?」
「……二十分ぐらいだな」
ユウは頭の中で襲撃の時間を逆算した。
正確な時間までは覚えていないが、最初にブレッド達が戻ってくる頃には爆弾のセットが完了していたことを踏まえれば、もう時間が無いのは明らかだ。
「今すぐここを出よう。」
「そう、言われてもな……」
バーノンが困ったように頭を掻う。
「おい」
どこへ行っていたのか、ラルフが深刻そうな顔をしてやって来た。
「ユウの言う通りだった。外にホーリーウインドがいる。ここ探ってるみたいだ」
どうやらユウの話を聞いて念のために外の様子を確認したらしい。
見かけによらずこの辺りは結構しっかりしている。
ラルフの報告を聞いて、バーノンも考えを改めた。
「何人だ?」
「見つけたのは一人だけだ。どうする? 俺達で始末するか?」
敵の規模を知らない二人はやる気だ。
「ちょっと待ってくれ、数が違いすぎる。少なくとも一度逃げた方がいい。」
「おいおい、なんでそんなことまでわかるんだよ?」
「それは……。」
ユウはラルフの質問の答えに詰まった。
まさかもう経験しているからとは言えない。
もしもまだターニングポイントが有効だったとすれば、ユウの発言が嘘だと彼らに思われてしまう。
それにそもそも説明にあまり時間を掛けているわけにもいかない。
目の前に命の危機が迫っているのだから。
「……いいだろう。ユウの言う通りにここを出よう」
バーノンは何か思うところがあったらしく、素直にユウの案に乗ってきた。
「マジかよ……。しょうがねぇな」
多数決は二対一。
ラルフもイマイチ納得できないながらそれに乗ることにした。
少なくともその方が安全度が高いという判断に異論はないが、このメインアジトをあっさり放棄するのには流石に躊躇いがあるようだ。
「で? どこから逃げるよ? って言っても窓からしか無さそうだけどな」
ラルフは親指でその方向を指差した。
切り替えが早いのは命のやり取りが日常になっている証拠だろうか?
「行こう」
「ああ。」
ラルフが目星を付けた窓に向かって走り出した。
バーノンに促されてユウも後ろをついていく。
「たぶんここからなら大丈夫なはずだ」
ラルフはある部屋に入ると、早速窓から外の様子を確認した。
ホーリーウインドの姿は見当たらない。
(ここ、誰の部屋だろ?)
鼻をくすぐる女の子のいい匂い。
だがベッドの掛け布団には直近の使用感がない。
(――! ここはまさか!)
この時、ユウは宇宙への進出によって発生した新人類並の直感力を発揮した。
「バーノン、この部屋は……。」
「ん? ああ、ステラの部屋だな。無事に逃げられたら無断で入ったことを謝っておこう」
「やっぱりそうか。」
ユウはその場で深呼吸した。
ラジオ体操とかでやるような感じで両腕を開いたり閉じたりしながら、勢い良く深呼吸した。
体内の酸素と窒素の全てをステラの部屋の空気に入れ替える勢いで、それはもう全身全霊をかけて深呼吸した。
(……なんだ?)
(急にどうしたんだコイツ……?)
突然謎の行動を取り始めたユウを見て二人は一歩引く。
だが敵の襲撃を断言したユウの行動なので、もしかすると何か意味があるのかもしれないと思い直した。
……もちろんユウの自己満足以外の意味はないわけだが。
「……はっ! ごめん、つい。」
二人の視線に気がついたユウは我に返った。
恥ずかしい行動を見られていたことを自覚して顔が赤くなる。
だが同時に自分がステラのことを好きだということを再認識した。
(好きなものは仕方ないよな。)
殺されようが嫌われようが、好きなものは好きだ。
「行こう。」
「ああ、ここから先は静かにな」
ラルフはそう言うと、窓を静かに開けた。
最初に彼が、次にユウが窓から外に出る。
最後にバーノンが外に出たのを確認してから、ラルフが窓を閉めた。
周囲の様子を確認したラルフが無言のまま、先程と同じように親指で方向を示す。
二人が頷いたのを確認してからその方向に走り始めた。
ユウ達も無言でそれについていく。
彼らと金色の蝶以外、周辺に動くものは見当たらない。
「よっし。もうこの辺でいいだろ」
しばらく走ったところでラルフが二人を止めた。
周囲に人の気配はない。
「はぁっ、はぁっ。」
ユウは立ち止まって膝に手をついた。
大きく肩を上下させて酸素を補給する。
さっきステラの部屋で深呼吸した時とは別の意味で体が酸素を求めていた。
心臓の鼓動がやけに大きく聞こえる。
「取り敢えず逃げてみたが……。これからどうする?」
息を弾ませたバーノンだったが、彼にはまだ余裕はありそうだ。
やはり普段から鍛えている分の差だろう。
「まずはみんなに知らせないとな。このままだとあそこに行っちまうぜ? ホーリーウインドの団体さんがガン待ちだったからな」
そう、このままではこの三人以外が危ない。
逃げる途中でホーリーウインドの一団が控えていることは確認済みだ。
そろそろ彼らがメインアジトに仕掛けを始めた頃だろう。
何も知らないブレッド達が罠に嵌り、それ以外も戻ってきた順に狩られてしまう。
「仕方ねぇ。ちょうど三人いるし、手分けしてみんなにこのことを知らせようぜ、って大丈夫かよユウ?」
「だ、大丈夫……。」
なんとか返事はしたものの、荒い呼吸はまだ収まっていなかった。
(本当に大丈夫なのかよ……)
ラルフは先行きが不安になった。




