22話 「現実」
(頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む……。お願いだから……治ってくれよ!)
ユウキはレオンに治癒魔法を使い続けた。傷は癒え、血は止まった。しかし、レオンは目を覚まさなかった。
「息はしているな……」
「大丈夫だ、ユウキ。後で目を覚ますはずだ」
「そうなればいいな……」
あとはエレミアだけか。頼むから無事であってくれ……。
ユウキは歯を食いしばり、グムにレオンを任せると、デュラと共にエレミアの捜索を始めた。
辺りには崩れた瓦礫と土煙が立ち込め、不気味な静寂が辺りを包んでいた。
「エレミア!」
返事はない。
「どこだ! 返事をしてくれ!」
焦りだけが募っていく。
瓦礫を掻き分け、一歩、また一歩と進んだ、その時――。
ガチャ……ガチャ……。
鎧がぶつかり合う音が、背後から聞こえてきた。
(エレミアか!?……いや、違う。エレミアは鎧なんて着ていない!)
ユウキは咄嗟に振り返った。
「誰だ!」
すると、そこには全身を鎧でまとった数人の人物が立っていた。
「おっと、驚かせてしまいましたね。申し訳ありません。俺たちは敵ではありませんので、安心してください」
(……なんだ? この人の顔、どこかで見たことがあるような……)
ユウキはしばらく、鎧の男の顔を見つめ続けた。
数秒後、ふと記憶がよみがえる。
「確か、あんた……グレイヴァスのところにいた門番じゃねえか」
「その通りです。ユウキ・イザワさん」
「なんで、あんたがここにいるんだ?」
「グレイヴァス様のご命令です。俺たちは救助のために参りました」
(グレイヴァスが? なんであいつが俺たちのことを知ってる……。いや、今はエレミアの救助が先だ。考えるのは後でいくらでもできる)
「わかった。あっちにひどい怪我をしてる奴らがいるから、治療を頼む」
ユウキはレオンたちがいる方を指差した。
「承知しました。それでは、救助班と医療班に分かれて行動します」
「ありがとう。まじで助かる……」
「礼ならグレイヴァス様に言ってください」
(エレミアの捜索はなんとかなりそうだ……! あとは無事を祈るだけだ……)
門番の男は後ろにいる傭兵たちへ指示を出した。
「医療班はすぐに負傷者のもとへ。救助班は周囲の捜索を!」
「「はっ!」」
傭兵たちは二手に分かれ、医療班はレオンたちのもとへ向かい、救助班は周囲の捜索を始めた。
ユウキも再びエレミアの捜索を始めた。
「エレミア!」
すると、一人の傭兵が困惑したような声を上げた。
「魔力探知ができない!? なぜだ!」
ユウキはその傭兵に駆け寄った。
「グム曰く、この辺はなぜか魔力探知ができないみたいなんですよ」
「くそ! それができなきゃ、どうやって捜索すればいいんだよ……!」
門番の男がこちらへ歩いてきた。
「おい、ヴァル。魔力探知が使えなくても捜索はできる。それに、その方はグレイヴァス様のお客様だ。舐めたような口を利くな」
「ちっ。捜索すればいいんだろ?」
ヴァルはその場を離れ、再び捜索へ戻った。
「申し訳ありません。あいつはまだ若く、礼儀がなっていないもので」
門番の男は深く頭を下げた。
(怖そうなやつだと思ってたけど、案外人は見た目によらないんだな……)
「頭を上げてください。別に気にしてないから」
門番の男は静かに頭を上げた。
「ありがとうございます。それでは、捜索を再開しましょう」
「そうだな」
ユウキは再び瓦礫へ視線を向けた。
(エレミア……必ず、救出してやるからな)
──
一方その頃。
「このままだと、まじでレオンはやばい。くそ、俺はあんま治癒魔法得意じゃないんだよっ!」
グムはそう言いながらレオンに治癒魔法をかけていた。
すると、誰かが後ろから近づいてきた。
「大丈夫ですか?」
グムは声の方を見た。そこには五人の鎧をまとった男たちが立っていた。
「あ? 大丈夫に見えるのか? テメェの目は腐ってんのか?」
「す、すいません」
「ちっ。謝ってる暇あるなら、早く治療しろ」
「は、はい」
声をかけた傭兵の後ろにいた傭兵が近くの仲間へ小声で言った。
「リスのくせに生意気じゃね?」
「本当だよ。いくらグレイヴァス様の客人のペットだからってな」
「あ? 何言ってんだ?」
「い、いや、なんも言ってませんよ?」
「じゃあ、早く治療しろ」
医療班の傭兵たちはレオンの治療にあたった。
「他に負傷者はいませんか?」
「向こうにミアとカイルがいる。特にミアの怪我が酷いから治療を頼む」
「わかりました」
二人の傭兵がミアたちのいる方向へ向かった。
「どうだ、レオンの容態は」
「なんとか命は助かりそうですが、回復には時間がかかる可能性があります」
「命に別状はないんだな? それならまだ良かった。ただ、ユウキはそう思わないかもな」
(くそ……どうか、エレミアだけは何事もなく、生きててくれ)
──
「どうだ! 誰か、手がかりか何か見つけたか!」
しかし、誰一人として返事はなかった。
「くそ。この人数でも見つけられないのか」
「でも、探すしかないだろ。そうだろ? ……えーと、名前なんだっけ?」
「まだ名乗っていませんでしたね。俺の名はゴルガ・ラダドです。以後、お見知り置きを」
「わかった。ゴルガ、改めてよろしくな」
「はい、よろしくお願いします。ユウキ様」
ゴルガとユウキは再び捜索を始めた。
「ちなみに、ユウキ様はエレミア様が飛ばされた方向などに心当たりはありますか?」
ユウキはゴルガの問いかけに思考を巡らせた。
(エレミアは俺と一緒に遺跡を歩いていた。ってことは俺が目覚めた近くにいた可能性が一番高いよな……。現に一緒にいたグムとデュラは俺の近くにいた。なんで、こんなことに気付かないんだ俺)
「もしかしたら、俺がいたところの近くにいるかもしれん」
「なるほど。それはどこですか?」
「こっちだ」
ユウキは自分が目覚めた場所へ向かって歩き出した。
「みんな! 捜索場所を変える! ついてこい!」
「「はっ!!」」
ゴルガは救助班を率いてユウキの後を追った。
数分後、ユウキは元いた場所へ戻ってきた。
(エレミア……無事であってくれ……。もう……誰も失いたくないんだ……。あの日みたいに……)
◇
「ほら、祐樹。学校に遅れるわよ」
「わかってるよ」
祐樹は朝食を食べずに玄関へ向かった。
「食べないの? 食べないと具合悪くなるわよ」
「ちょっとぐらい大丈夫だよ。駿も待ってるし、行ってきます」
「気をつけて、行ってらっしゃい」
祐樹はドアを開け、外へ出た。
「おせぇよ」
「悪りぃ」
外には駿が待っていた。二人は学校へ向かって歩き出した。
すると、駿が口を開いた。
「あーあ。早く彼女欲しいいい」
「それな。俺もモテてぇよ」
「マジでモテる奴の顔面剥ぎ取って俺の顔にしたい」
「でも、その性格と頭の中身は変わらないだろ」
「顔が良ければなんでもいいんだよ!」
「そうかなぁ?」
駿は祐樹を睨みつけた。
「じゃあ勝負な。俺とお前、どっちが早く彼女を作れるか」
「お、いいぜ。まあ、俺が負けるわけねえけどな」
「それで負けたら、男の恥だな」
「は?」
祐樹と駿が馬鹿話をしているうちに、学校はもう目の前まで迫っていた。
学校に着くと、それぞれ自分のクラスへ向かった。
「じゃ、先に作ってくるわ」
「それはこっちのセリフな」
祐樹は自分のクラスである二年四組へ向かった。
教室へ入ると、みんな思い思いに過ごしていた。
誰かと喋っている奴。
一人で勉強している奴。
遊んでいる奴。
一人でその陽キャたちを眺めている奴。
俺はその中のどれに当てはまるかというと……一人で勉強している陰キャだ。
あんまりクラスのやつらとは馴染めなかった。
いや、一年のころからだ。
俺はずっと駿としか仲が良くない。
ただ一人の友人。親友だ。
別に学校が嫌いなわけじゃない。
ただ、どうしてこんなふうになってしまったのかは、俺にもわからなかった。
キーンコーン、カーンコーン――
「それでは朝のホームルームを始めます」
先生の掛け声と同時に号令がかかった。
少し早かったらしく先生にからかわれると、その陽キャはさらに面白いことを言って教室中を笑わせた。
俺には到底できないことだ。
ホームルームが終わり、一時間目が始まった。
いつも通り俺は、駿といる時のようにふざけることなく、しっかりと授業を受けた。
──全ての授業が終了した。
帰りのホームルームも終わり、号令がかかる。
みんな、ご飯を食べに行く約束をしたり、遊ぶ約束をしたりしていた。
俺はそれを尻目に教室を出た。
(廊下で駿のことを待とう……)
すると、二年七組から出てきた駿の姿が見えた。
あっ、しゅ……
俺は声をかけようとした。
しかし、駿は別の友達と話しながら教室を出てきた。
その会話が聞こえてくる。
「今日暇? ラーメン食いに行かね?」
「あー、悪りぃ。今日はちょっと忙しくて」
「そうなのか? それは残念だな。まあ、また今度機会があったら誘うわ!」
「おう! 予定空いてたら行くわ!」
そこで駿とクラスメイトは別れた。
なんで今日、あいつは駿を誘ったんだ?
あいつの家は飲食店をやっていて、いつも忙しい。
そして駿は、その手伝いをするために定休日以外は足早に帰る。
あいつはそんなことも知らずに駿を誘ったのか?
なんも駿のことを知らないくせに……友達ずらしやがって。
駿のことを、この学校……いや、駿本人の次に知っているのは俺だと自負している。
なんであんな奴なんかに駿が誘われるんだよ。
おかしいだろ……。
すると、駿がこちらへやって来た。
「悪りぃ。待たせたか?」
「いや、そんなには待ってない」
駿は俺の顔を覗き込んできた。
「どうした? 体調でも悪いのか?」
「は? いきなりなんだよ」
「だって、顔色悪いぞ?」
俺は少しだけ口角を上げた。
「は? 急に気持ち悪いな、お前」
「気持ち悪いってなんだよ。てめぇの方がきもいだろ」
「あ? 絞め殺されたいのか?」
やっぱり、俺の理解者はこいつしかいない。
駿以外、俺の理解者であってほしくない。
「帰るぞ」
「ああ」
俺と駿は学校を出た。
行きと同じ道を歩きながら、他愛もない話をしていた。
途中、横断歩道を渡る一人の女の子が目に入った。
俺は道路へ目を向ける。
すると、遠くからダンプカーが走ってくるのが見えた。
特に気にすることなく、前へ視線を戻した。
しかし、駿は違った。
俺が駿の方へ目を向けると、駿は横断歩道へ向かって一直線に走り出していた。
俺は咄嗟に駿の服を掴もうとした。
だが、届かなかった。
なんとなく、その時思った。
もう駿とは会えなくなる気がした。
「駿!」
すると駿は、一瞬だけこちらを見た。
そして――
ニコッと笑った気がした。
その瞬間、駿は女の子へ向かって飛び込んだ。
そこへダンプカーが突っ込んでいった。
……車の信号は赤だった。
俺はその場に立ち尽くした。
なぜなら、俺は駿が跳ねられる瞬間を、この目で見てしまったからだ。
周囲の大人たちが駆け寄る。
救急車を呼ぶ人。
女の子の安否を確認する人。
そして……駿の安否を確認する人。
しかし、そんなことをする人たちだけではなかった。
事故を見に来た野次馬が次々と集まってくる。
スマホを向け、動画や写真を撮り始める奴までいた。
きっと、SNSに上げるためだろう。
自分の承認欲求を満たすためだけにここへ来たのだろう。
その野次馬の中には、学校のやつらもいた。
……いや。
俺も、その中の一人だった。
ただ見ていることしかできない野次馬だった。
駿と女の子は救急車に乗せられ、運ばれていった。
野次馬がいなくなった後も、俺だけはその場に立ち尽くしていた。
すると、一人の警察官がこちらへ歩いてきた。
「もう帰りなさい。君もこの事故を見に来たんでしょ。これから現場検証が始まるからね」
俺は何も言えなかった。
駿の親友だということも。
あの事故を目の前で見ていたことも。
ダンプカーを運転していたジジイが、スマホを見ていたことも。
何一つ。
俺はそのまま家へ帰った。
ガチャ。
「おかえりなさい。なんか、さっき事故があったみたいだけど、大丈夫だった?」
「うん」
俺は母さんの顔を見ることなく、自分の部屋へ入った。
──翌日。
俺は病院へ向かった。そこで初めて知った。
駿は──死んだ。
その瞬間、頭の中が真っ白になった。何を考えていたのか、誰に何を言われたのか、何一つ覚えていない。覚えているのは、駿がもうこの世にいないという事実だけだった。
俺は絶望した。生きる意味も、明日を迎える意味も、何もかもわからなくなってしまった。
そして数日後、俺も死んだ。
気がつくと、そこは見知らぬ世界だった。
そこで俺は誓った。
もう誰も失わない。
もう誰も失わせない。
◇
「ユウキ様!」
誰かの声で意識が現実へと引き戻された。俺はハッと我に返る。
目の前には瓦礫の山。そして、必死にエレミアを捜す仲間たちの姿があった。
(そうだ……今は立ち止まっている場合じゃない。)
ユウキも再び捜索を始めた。
(必ず、見つけ出す。この誓いだけは、絶対に守る。)




