19話 「隠蔽」
「何かが来る…」
グムが小さく呟いた。
──その瞬間、扉の向こう側からグォォッと熊のような唸り声が聞こえてきた。
「な、なんだ?」
さっきまで聞こえていた水滴の音すら、聞こえなくなった気がした。
──グォォォォォォ。
さっきよりも近い。万が一に備えて両手をあげておくために松明をグムに渡した。
「お、おい。こっちに来てないか?」
「ど、どうして?ここに魔物はいないはずなのに……」
足音がだんだんと近づいてきている。
──その瞬間、ドォォォオンッ!!と扉が蹴破られた。
「う、嘘だろ……」
舞い上がる砂煙の向こうで、松明の明かりに照らされた巨大な影がゆっくりと姿を現した。
「くそ、変異体か?戦うしかない。エレミア!お前、戦えるか?」
「う、うん!これでも二年間、変異体を相手にしてきたんだから!」
俺は剣を抜いて、巨大な影の方に左手を向けた。
「炎魔法 フィティアースフェアラ」
炎の玉が影に向かって一直線に飛ぶ。炎の玉の周りが明るくなり、影を照らした。そこには巨大な魔物が立っていた。ネオゴブリンのような魔物だった。
炎の玉が魔物のに当たる寸前に魔物は避けた。その瞬間、魔物は大きく踏み込みこちらに突進してきた。
「速っ!」
俺は咄嗟に剣で受け止める。すると、俺の横を何かが掠めた。
ヒュウッ
魔物の腕に矢が刺さった。
しかし、魔物はまるで意に介さず、そのまま俺に襲いかかってくる。
「なんで効かないの!?」
俺は右手の剣で魔物の腕を受け止める。同時に左手を魔物へ向けた。
「水魔法 ハイドロアクティーン」
圧縮された水流が魔物を吹き飛ばした。
しかし、すぐに魔物は立ち上がった。
「くそ、これもダメか」
(こういう相手は視界を潰した方がいい。昔読んだ漫画でもそんな戦い方をしていた気がする……)
「エレミア!目を狙えるか!?」
「え?」
「いいからやってくれ!」
エレミアは魔物の目に狙いを定めた。
ヒュウッ
エレミアの放った矢が魔物の右目を貫いた。魔物は流石に苦しんでいる様子だった。
「左目も頼む!」
「わかった!」
エレミアは二本目の矢を構える。
しかし、魔物は苦しみながらも、再び暗闇の中へ身を潜めた。
「どこへ行った……?」
その直後だった。
暗闇の中から巨大な影が勢いよく飛び出し、一直線にエレミアへ襲いかかる。
「エレミア!避けろ!」
エレミアは間一髪で身を翻す。しかし、その拍子に弓を落としてしまった。
「しまっ!」
弓を拾おうと身をかがめた、その瞬間。
魔物は巨大な腕を振り上げ、エレミアへ叩きつけようとする。
「くそっ!」
間に合わない。
俺は咄嗟に剣を魔物へ向かって投げつけた。
グォォォォォッ!!
剣は魔物の右肩に深く突き刺さった。魔物は一瞬怯む。その隙に、エレミアは弓を拾って魔物から距離を取った。
「エレミア、大丈夫か?」
「うん!ユウキ、ありがとう!」
「それなら良かった」
(でも、全然良くない。剣がない……)
俺は戦況を整理するため、グムに視線を向けた。
「グム、何かわかったか?」
「うーん、確信はないけど、一つ気になることがある」
「何だ?」
「あの魔物、明るい場所に出た瞬間だけ一瞬怯んで、すぐ暗闇に戻っていったんだ」
「……ってことは、暗闇を好んでるのか?」
「いや、暗闇が好きなんじゃなくて、明るい場所を嫌ってるんだ」
俺は少し考え込む。
(そうか……それなら──。)
一つの作戦が頭に浮かんだ。
「グム、ちょっと頼みがある」
俺はグムとエレミアに作戦を伝えた。
「なるほどな。それならいけるかもしれん」
「任せて!」
「よし、じゃあやるぞ」
グムは松明を高く掲げると、魔物の視界に入るようゆっくりと走り始めた。
グォォォォォッ!!
魔物は一瞬だけ動きを止める。そして、松明の明かりから逃げるように暗闇へ身を翻した。
「やっぱりだ……!」
俺の予想は当たっていた。
「グム!そのまま右へ走れ!」
「了解!」
グムが右へ走ると、魔物は反対側へ回り込もうとする。
「エレミア!」
「うん!」
エレミアは魔物が飛び出してくる場所へ狙いを定め、静かに弓を引いた。
(来る……。)
案の定、魔物は暗闇の中から飛び出してきた。
「今だ!」
ヒュウッ
放たれた矢は一直線に飛び、魔物の左目を貫いた。
グォォォォォォォォッ!!
視界を完全に失った魔物は苦しそうに暴れ回る。
「デュラ!」
「ギャオォッ!!」
デュラは大きく息を吸い込む。
次の瞬間、凄まじい炎が魔物へ向かって放たれた。
ゴォォォォォォォッ!!
炎は魔物を一瞬で包み込み、周囲の空気が熱で歪む。
グォォォォォォォォォォッ!!
魔物は逃げようと暴れる。しかし、視界を失った魔物は壁へ何度も激突し、そのたびに炎は勢いを増していく。
やがて魔物の動きは鈍くなり、最後には力尽きるようにその場へ倒れ込んだ。
「……倒した、のか?」
「みたいだな」
俺は安堵の息を吐く。
「そういえば、俺の剣どこいった?」
「ユウキ!ここにあったよ!」
「お、まじか。ありがとう」
俺は剣を受け取り、鞘に収めた。
俺たちは部屋を後にし、最初の十字路に戻ってきた。
「どっちに行く?」
「他にも魔物がいると考えたら、一人で行ったカイルが一番心配だ」
「じゃあ、真っ直ぐ?」
「うん」
俺たちはカイルが進んだ通路を歩き始めた。
「にしても、なんで魔物がいたんだ? 元からこの遺跡にいたのか?」
「いや、その可能性は低いと思う。この遺跡は簡単には入れないはずだもん」
(だとしたら、この中にずっといたのか。それとも、誰かが魔物をこの中へ入れたのか?)
俺が考えていた、その時──。
ゴォォォォォ……
遺跡全体が激しく揺れ始めた。
「な、なんだ!?」
「ユウキ!なんかまずい気がする!」
天井から石片が次々と降り注ぐ。
「まずい!」
ドガァァァァン!!
激しい爆発が起こり、俺たちは爆風に飲み込まれた。
────
俺はゆっくりと目を開けた。
「いてて……って痛くねぇか」
辺りを見回す。
「なんで俺、外にいるんだ?」
(確か、遺跡にいて……)
俺は遺跡があったはずの場所へ目を向けた。
「う、うそだろ……」
そこには山のようにそびえ立っていた遺跡はなく、瓦礫だけが一面に散らばっていた。
「ど、どうして……」
(そういえば、急に遺跡が揺れて……)
その瞬間、俺は一番大切なことに気付いた。
「エレミア! グム! デュラ! ミア! レオン! カイル!」
誰もいない。
「みんな! どこだ! いたら返事をしてくれ!」
俺は辺りを必死に見回した。
すると、瓦礫の近くに小さな影が倒れているのが見えた。
「グム? グムなのか? おい、グム!」
俺はグムのもとへ駆け寄る。
「おい! 大丈夫か!」
「……う、うぅ」
「くそ、今から治してやる。待ってろ」
俺は魔力を込めた。
「ヒーリング」
緑の光がグムを包み込む。
「う……うぅ?ユ、ユウキ?」
「大丈夫か、グム?」
「大丈夫なわけねぇだろ……」
「お前はここで休んでろ。俺はみんなを探しに行ってくる」
「一体何が起こったんだ……。てか、俺以外のやつは?」
「お前が最初だ」
「まじか……」
「安静にしてろよ」
俺はグムをその場に休ませると、瓦礫となった遺跡へ向かって駆け出した。
「誰かいるか!いるなら返事をしてくれ!」
俺は大声を出しながら瓦礫の中を探していた。
五分ほど経ったその時──
カラカラッ
近くで石が落ちる音がした。
「誰かいるのか!返事をしてくれ!」
しばらく沈黙が続く。
──
「キュイーーン!」
その声はデュラだった。声のした方へ駆け寄ると、瓦礫のわずかな隙間からデュラの顔が見えていた。
「デュラ!今助けてやるからな!」
俺は瓦礫に手をかけると、全身に力を込めた。
「お、重い……!」
少しずつ隙間が広がり、その間からデュラが這い出てきた。
ドォォン
俺は瓦礫から手を離した。
「デュラ、大丈夫か?」
「キュイーン」
特に目立った外傷はなく、問題はなさそうだ。念のため回復魔法をかける。
「よし、行くぞ」
「キュイッ!」
俺はデュラと一緒に再び瓦礫の中へ向かった。
「エレミア!」
返事はない。
「ミア!」
静まり返ったままだ。
「レオン!」
聞こえるのは風の音だけだった。
「カイル!」
返ってくるのは自分の声だけだった。
俺は瓦礫をどかし、隙間を覗き込み、何度も名前を呼び続けた。しかし、誰一人見つからない。
──10分後。
「くそ!なんで誰もいねぇんだ!」
もう十分以上探している。それなのに誰一人見つからない。
「誰か……返事をしてくれよ……」
俺は瓦礫をどかし続ける。手は土で汚れ、小さな擦り傷がいくつもできていた。それでも手を止めることはできなかった。
「キュイッ」
デュラが俺の足元へ寄り添う。
「あぁ。そうだな。きっとみんなは大丈夫だ」
俺はもう一度瓦礫へ手をかけた。
俺は誓ったはずだ。
──次こそは誰も死なせないと。




