17話 「エレミア・レヴァテア」
俺らは大書庫から出て、自分たちの部屋へ戻った。その後、自由時間を過ごし、夕食を食べた。グレイヴァスに「明日は変異体の調査を再開してほしい」と頼まれた。元々は変異体調査のために来たのだから、断る理由はなかった。
俺は自室へ戻り、一応明日の支度を済ませた。
しかし、グムは相変わらず、いらんことばかりする。
「グム、もう火消すぞ」
「あと、5分だけ!」
グムとデュラは机の上で、紙に描いた3×3のマス目を使って○×ゲームをしていた。
「お前、さっきも『あと5分』って言ってたよな?」
「本当にあと5分だけ!」
「おい、明日は朝早いんだわ」
グムは俺の言葉を無視してゲームを続ける。ついに痺れを切らした俺は紙を取り上げ、ろうそくの火を吹き消した。
「いいところだったのに!」
「うるせぇ。もう夜中だぞ。早く寝やがれ」
「ちっ。仕方ねぇな」
なんとか俺は眠りにつくことができた。
──翌朝。
目を開けると、目の前にはデュラがいた。
「おはよう、デュラ」
「キュイーン!」
グムは寝ている間に体勢が変わったのか、逆向きになって眠っていた。
「おい、起きろ。朝だぞ」
「なんだよ、朝から」
「朝だから言ってんだろうが」
(こいつはなんでいつもこんな感じなんだよ)
俺はグムを起こし、すぐに時計を見た。時計は魔道具で、現代の時計と雰囲気は似ているが少し違う。
集合時間は朝五時。
(どれどれ、今の時間は……)
時計は四時五十四分を指していた。
「やばい! 急げ、グム! あと六分で支度するぞ!」
俺は爆速で支度を済ませ、デュラを抱き上げた。そして、グムを肩に乗せ、急いでレオンたちのいる一階の食堂へ向かった。
「ふぅー。ギリギリセーフ」
「いや、二分の遅刻じゃない」
「二分はセーフ。それに、まだグレイヴァス来てないじゃん」
「まあ、そうだけど……時間には間に合ってないでしょ!」
相変わらず朝からミアはうるさいやつだ。
「それは悪かったけど、このクソリスのせいだからな」
「あ? なんで俺なんだよ」
「お前以外誰がいるってんだ!」
グムは被害者面をしている。
(こいつ、後で踏み潰してやる)
すると、扉が開き、グレイヴァスがやって来た。
レオンが真っ先に挨拶をした。
「おはようございます、グレイヴァスさん」
「ああ。朝食の前に皆へ話がある」
話ってなんだ? まさか、グムが何かやらかしたか?
「ここアーメリーは、君たちにとって見慣れない街だろう。周辺の地理も詳しくは分からないはずだ」
「はい。そうですね。私たちはアーメリーについて知らないことだらけです」
「そうだろう。そこで、ちょうど今アーメリーで変異体を追っている者がいる。そいつと一緒に調査するといい。アーメリーの住人でもあるから、この辺りにも詳しいはずだ」
誰だろうか。おじさんとかだったら嫌だな。どうせだったら美人なお姉さんがいい。
「おい、入ってこい」
グレイヴァスが呼びかけると、扉の向こうから女性の返事が聞こえた。
その声のした方へ目を向けると、扉の前に一人の女性が立っていた。
「どうも!私の名前はエレミア・レヴァテア!よろしくね!」
かなり明るそうなやつが来た。
(まあ、おじさんじゃないし、整った顔立ちに柔らかな笑顔。明るそうな雰囲気も悪くない。これは当たりだな。)
「こいつと一緒にやってもらう」
「わかりました。それではよろしくお願いします、エレミアさん」
エレミアは明るい笑顔で返事をした。
「うん!よろしくね!」
「まあ、後で自己紹介するなりしてくれ。では、エレミアも一緒に朝食を食べよう」
「わかった!」
(エレミアは明るくて、好奇心旺盛って感じだな。ミアはしっかりしてるけど、ツンデレで照れ屋だし。正反対ってわけじゃないけど、結構違うな。)
俺らは朝食を済ませ、エレミアと共に突然変異体調査へと向かった。
しばらく歩いていると、レオンが質問をした。
「どこに調査に行くんですか?」
エレミアが答えた。
「アーメリーの上にある遺跡に行くよ」
「アーメリーの北に遺跡があるんですか?」
「うん。ユイヒヒ遺跡っていう、なんかすごい昔の遺跡らしいよ。私にはよくわかんないけど」
(遺跡か…アニメや漫画では昔の異世界人とかが建てたっていうのが多いよな。その遺跡も異世界人が作ったのか?)
「ユイヒヒ遺跡の周辺で、数多くの変異体の目撃情報があるから、グレイシュタインさんにそこの調査を依頼されたんだ」
「それは、気になりますね。その遺跡には何があるんでしょうか」
「私も行った事ないからよくわかんない。ごめんね」
俺らはアーメリーの門を出て、ユイヒヒ遺跡に向かった。
「ここから、二時間以上歩くよ」
ユイヒヒ遺跡への道のりは、大東森ほど木々は生い茂っておらず、広い平野が続いていた。魔物の姿も少なく、歩きやすい道だ。
俺は歩きながらエレミアに話しかけた。
「なんで、エレミアは突然変異体調査をしてるんだ?」
エレミアは少しだけ足を止め、空を見上げた。
「私ね、今は家族が誰もいないの」
「……なんで?」
「私の家族、みんな魔物狩りをしてたの」
「魔物狩り?」
(冒険者以外も魔物を狩るのか?)
「うん。冒険者じゃなくても魔物を狩る人はいるよ。結構お金になるし、倒した魔物を食料にもできるから。でも、その分危険なんだよね……」
さっきまで笑っていたエレミアの表情が、少しだけ曇った。
(なんとなく分かった。こいつは魔物に大切なものを全部奪われたんだ……)
「……魔物にやられたのか」
「そう。お兄ちゃんも、お母さんも、お父さんも……みんな変異体に殺されたの」
「……すまない。聞きすぎた」
(どんなに明るく振る舞っていても、心の中ではこんな過去を抱えて生きてるんだな)
「ううん、大丈夫。だから私は変異体を追ってるの。絶対に放っておけないから」
「……そうか」
⸻
──二時間後。
「着いたよ」
エレミアが立ち止まった先には、周囲の景色とは明らかに異なる巨大な山のようなものがそびえ立っていた。
ミアが辺りを見回す。
「入口が見当たらないわね」
「こっちだよ」
俺たちはエレミアの後を追った。
山の側面へ回ると、地下へと続く石階段が現れる。
「ここか?」
「うん。この階段を下りた先に扉があるの。その先がユイヒヒ遺跡だよ」
俺たちは階段をゆっくりと下りていった。
やがて、一枚の古びた扉が姿を現す。
「ここが入口」
「案内ありがとうございます」
「全然いいよ!」
俺は目の前の扉をじっと見つめた。
(……なんだ、この扉)
普通の扉とは明らかに違う。
取っ手らしきものは見当たらず、表面は石にも金属にも見える不思議な材質でできている。長い年月が経っているはずなのに、大きな傷や風化した様子もほとんどない。
(こんな扉、今まで見たことがない……)
「えっと、どうやって開くんだっけ」
エレミアはそう言いながら、背負っていたカバンをゴソゴソと漁り始めた。
「えーっと……あ、あった!」
取り出したのは、少し黄ばんだ一冊の冊子だった。
「それ、なんだ?」
「これ? ユイヒヒ遺跡の調査記録だよ。開け方とか、調査隊が分かったことが書いてあるの」
(遺跡に説明書があるのかよ……)
エレミアは冊子をパラパラとめくる。
「えーっと……『入口の扉は右側のくぼみを押し込み、そのまま左へ回す』……これかな?」
そう言いながら壁の一部に手を伸ばした。
──ゴン。
「違った」
「全然違うじゃねぇか!」
「えへへ、ごめん」
もう一度冊子を見直す。
「えーっと……あ、こっちだった!」
(意外とエレミアは抜けてるところがあるのかもしれない)
エレミアが壁の一部を押し込むと、
──ゴォォォォォッ。
重々しい音を響かせながら、扉がゆっくりと横へスライドしていく。
「お、おぉ……」
俺は思わず声を漏らした。
(扉が横に開いただと……?)
「横にスライドする扉なんて、珍しいのか?」
俺が尋ねると、ミアが首を横に振った。
「私も初めて見た」
続いてカイルも口を開く。
「俺もこんな扉は見たことがない」
(やっぱりか。この遺跡、普通じゃないな)
「じゃあ、行こうよ!」
エレミアがそう言うと、レオンがうなずいた。
「そうですね。それでは行きましょう」
俺たちはゆっくりと扉をくぐり、遺跡の中へ足を踏み入れた。
中はひんやりとしていて薄暗く、外とはまるで別世界のような空気が漂っていた。
俺は事前に用意していた松明に火を灯した。
ぼうっと橙色の光が広がり、辺りの様子が徐々に浮かび上がる。
照らし出された先には、真っ直ぐ奥へと続く長い通路。その壁は石とも金属ともつかない不思議な材質でできており、どこか人工的な雰囲気を感じさせる。
「これで先に進めるね!」
「油断は禁物です。何があるか分かりませんから」
レオンの言葉に全員が静かにうなずいた。
俺たちは互いに周囲を警戒しながら、未知の遺跡の奥へと歩みを進めた。




