誰にそれを向けてんだ
玲二が短くため息を吐いたのが分かった。
「……いつか…君を迎えに行っても…
いいかな…?」
なにそれ…
どういうことなの?
何も言えなくなっている私の耳に、
玲二はまた優しく囁いた。
「言い方を間違えたな…
君をさらいに行くよ…」
「え……」
その腕はギュッと私を抱きしめ、またすぐに脱力し、押し剥がそうとしてきた。
それでも私は離れまいとしがみつく。
片時も離れていたくない。
迎えとか意味ない。
ずっと一緒にいたい。
少しも離れたくない。
玲二が深く深呼吸し、長い息が私の髪を揺らしたのが分かった。
「柚!!離れろ!!」
後ろで突然 爽斗の大声が聞こえて、反射的に腕を緩めた瞬間、スっと玲二の体が離れた。
玲二は手にスキルを溜めていた。
私を気絶させようとしたのか…
それとも…
いずれにせよ、ショックでまた涙が流れた。
「誰にそれを向けてんだ玲二!!!」
「…君こそ誰に向けているんだい爽斗。」
恐る恐る振り返ると、爽斗が玲二にスキルを構えていた。
そうだよ、俺は今…
たった1人の親友に攻撃を向けている。
でもお前は
たった1人の大切な恋人にそれを向けていたよな?
凄い形相の爽斗と、
氷のように冷たい玲二の視線が交わっている。
朧は爽斗の後ろで目を見開いたまま固まっている。
柚は二人の間で、ギュッと目を瞑って俯いた。
もう、なにがなんだかわからない。
見ていられないし、
何も視界に入れたくない。
「お前……このまま行ったら一生許さねぇぞ。」
「……許されようなんて思ってないさ」
爽斗の手は震えているが、玲二の手は微動だにしない。
「柚を頼むよ、爽斗」
爽斗は信じられないものを見るかのような表情になり、数秒沈黙した。
「……あぁ?……今……なんつった……」
みるみる怒りの表情になっていく。
「玲二……お前の女だろ……!」
「キミに譲るよ」
それを聞いて固まっていた爽斗は暫くして、はっ……と笑った。
「ふざけんな……」
爽斗の中に、あの日のことが蘇る。
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「なあ… 柚…
そろそろマジで、玲二に告白したらー?」
「っえ!そんな何いきなりっ…」
「お前にとっての王子様だろ。」
「っな?で…でも…私はお姫様じゃないし…玲二ほどの人になんて…つ、つりあわないって分かってる…から…」
は…何言ってんだろこいつ…
釣り合うとか釣り合わないとか、それってなんの世界線で喋ってるわけ?
マジどーゆー価値観してんだよ。
俺は柚のことが好きだ。
でも…いや、だからこそ、早く玲二と幸せになって、もっとお前と親友の笑顔が見たいんだよ。
ていうか、じゃないと俺が諦めきれなくなる…
「あ〜じゃーさ、わかったわかった。」
「え?」
「俺が1枚噛んでやるよっ。感謝してよね〜ったく…」
で、俺は早々玲二に言った。
「ねぇねぇ今更だけどさ〜、お前は柚のこと大好きだよな〜?」
「ん?あぁ。もちろんそうだけど?君も雫もみんなそうだろ。」
「ちげーよ、そーいうんじゃなくって!
恋愛的な意味ですけどー?バカにしてるー?」
玲二は一瞬驚いたように顔を上げたが、また目を細めて笑った。
「…まぁ好きではあるけれど…だからどうこうしようとは思わないよ。」
「は?どういうこと?
あいつも玲二のこと好きだってとっくに気づいてるだろ。両想いなんだぞ?早くくっつけよ」
「…僕は……見合わないよ、彼女にとって。
真っ白すぎて…僕はそんな柚を…
汚したくないし、傷つけたくないんだ…」
あまりにも切なげな顔をしてそんなことを言うから俺は心底苛立った。
玲二といい柚といい…こいつらなんなの。
「なあ玲二…だったらさー…
俺とか他の男に嫉妬するようなこと言ったり独占的なこと柚にすんなよ。」
その言葉に玲二はピクリと眉を動かした。
「あいつのことそうやっていつまでも弄ぶような真似して、それってはっきり言ってだいぶチャラ男だしズルい男だよ、分かるー?」
「・・・」
固まってしまった玲二に、俺は口角を上げた。
あと一押し…か?
「お前がそんなんならさ、俺が力ずくでも柚を奪うから。」
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「ふざけんなよマジで……」
爽斗は怒りを込めた笑みを浮かべ、静かにそう言って震える拳を握っている。
「人の気持ち弄ぶのも大概にしろよお前……」
目の前には、好きな女の初めて見る泣き顔。
柚が涙を流したことは、未だかつて1度もなかった。
「あんとき俺と……約束したよな?
こんな形で簡単に破んのかよてめぇ……」
その瞬間、爽斗のオーラがボワっと強く滾りだした。
それを冷たい目で見つめながら、玲二が口を開く。
「……うん……殺していいよ。今ここで」
「ダメ!」
柚が二人の間で手を広げた。
泣き腫らした赤い目、まだとめどなく溢れては零れる涙……見たことのないくらいに可哀想な顔で、爽斗をじっと見つめ、手を広げている。
「………。」
そんなに……そこまでして……
最後の最後まで玲二を庇うのかよ……
こんなに傷付けられたのに……
おい、なに自分の女に庇われて後ろ突っ立ってんだよ、お前……
ムカつくんだよ、いつも余裕そうなその表情がっ!
そのまま数秒の沈黙が流れたあと、
玲二はゆっくりと踵を返して歩き始めた。
ハッとなった柚が追いかけようとした瞬間、爽斗に強く腕を掴まれる。
「っ!やだ離して!!」
「ダメだ行くな!!」
玲二の背中はどんどん小さくなっていく。
その背に手を伸ばす。
あ……あ……
まっ…て…
あぁ……
れ、いじ……
あ………ぁ……
伸ばした手の先で、
その背はどんどん遠ざかっていく
「やだ…や…いや…行かないで……っ!
離してーー!!」
「ダメだ!!」
爽斗に後ろから強く抱き締められる。
その腕の中で、視線の先で小さくなっていく背中を見つめ続けた。
「うわぁぁぁああんあぁああああああああぁぁぁ」
「… 柚!」
爽斗は柚を振り向かせ、ギュッと抱き包んだ。
「うわぁぁぁあぁぁああん!!!」
腕の中でひたすら大きく泣き叫んでいる。
爽斗は彼女の後頭部を自分の胸に押し付け、
背中をさすった。
奥歯を噛み締め、目を瞑りながら、
ただただその叫びを聞いていた。
その声が枯れるまで…。




