行かないで…
「玲二!!!」
私は今までにないくらいに大声で叫んだ。
自分でも驚くほどの声が腹の底から出てきた。
鼓動も同じくらいに大きく自分の中で響いている。
周りなんて一切目に入らない。
真っ直ぐと、目の前の大好きな人の背中をただ見つめる。
彼は立ち止まり、俯いたまま数秒動かず、
そして顔を上げたかと思えばゆっくりと振り向いた。
そして玲二はいつもの優しい声で私を呼んだ。
「柚」
その顔はいつも見てきた、
何度も見てきた、
優しくて大好きな、
大好きな大好きな、いつもの微笑み。
「そんな顔…しないでよ……」
「ふ……それはいつも僕のセリフのはずなんだが」
「どうしてっ!なんでっ?ねぇ……
なんでよ玲二っ!!」
感情の赴くままにただ叫んだその言葉は
きっと震えていただろう。
そして彼は柔らかい表情でまっすぐ私を見つめたまま言った。
「戻りなよ、向こうへ。」
彼が私の背後に指を指した。
ゆっくりと顔だけで振り返ると、
唇を噛み締め、顔を歪めてこちらを見ている爽斗とショックを受けたように呆然としている朧が向こうに突っ立っている。
今にも泣き出しそうな顔にも見える。
顔を戻してまた玲二を見つめる。
彼は真剣な表情に変わっていた。
「戻らない…
玲二……っ…私も…つれていっ」
「ダメだ」
「なんっ」
「戻れ。」
氷のように冷たくて、有無を言わせぬ強制力を込めたような声。
カッと見開いた眼光だけでもそう言っているように見える。
そんな声が、そんな顔が、
私に向けられたことは、今まで1度もなかったのに。
「嫌だ。」
私は負けないくらいにハッキリと、
真剣な顔でそう言った。
つもりだった。
玲二は驚いたように目を見開いている。
時が止まったように数秒そのまま私を見つめ、
そして言った。
「初めて見たよ。君は……
そんな顔をして泣くんだな…」
眉を下げて、
悩ましい笑みに変わった。
みるみる自分の視界が歪んできて、
目の前の大好きな人の顔が見えなくなる。
「れっ…じっ…っ……
…行かないで……」
「柚…」
「行かないでお願いっ……おね…が…
っ…ひっく……ぐ…うっ……っ…」
「……行かせてくれ、柚…」
「なら私も連れて行ってよ!!!
私はどこまでも玲二について行くって言ってきたでしょ!!
何度も何度も!!!そう…言ってきた…!!」
たとえ行く先が地獄だろうと
どこだろうと。
そう何度も何度も宣言してきた。
泣きじゃくりすぎて、
自分でも何を喋っているのか分からなかった。
必死すぎて。
ただただ離れたくなくて。
「置いてかないで……」
頬を伝っていく生暖かい液体が溢れて溢れて止まらない。
一体、目の中のどこにこんなに水分を隠していたのだろうと不思議になるくらいに。
「私を…置いていかないで……」
彼がゆっくりと近づいてきた。
「置いて…かない…で……
私も…連れて行っ……」
ギュッと彼の腕に包まれた。
いつもの固くて逞しくて優しくて暖かくて
いつも私を安心させてくれていた腕で。
私も彼の背中に腕を回す。
ギュッと目を瞑って嗚咽を漏らしながら
彼の背中を掴んだ。
離れたくなくて。
離してほしくなくて。
ずっと私だけの玲二でいてほしくて。
ずっと私だけを抱きしめて
ずっと私だけを感じて
ずっと私だけを見ていてほしくて。
強く強く
これでもかと言うほど強く
その愛しい体に埋もれた。
「君は……僕が怖くはないのか」
耳元で囁くその言葉は、少しだけ潤んでいて…
悲しくなった。
「怖いわけっ…ないっ……
だって…玲二は玲二でしょ……」
私の、大好きな、
たった1人の……
玲二の腕が緩んで、そして私の両肩に手を置いた。
「すまない… 柚…時間がないんだ。離れろ」
「やだ。」
「離せ…」
「やだ。」
「柚、戻れ…」
「戻らない。」
「言うことを聞け」
「離さない」
耳元で小さく玲二が笑ったのが分かる。
「ふふ……君が僕に反抗したのは初めてだな。
今まで君はなんでも僕に従順だったのに……」
そう。
出会ってから今までずっと私は玲二の言うことを全部聞いて全部従ってきた。
私の人生の中で、玲二が絶対で、玲二が私の全てだった。
だから……
「なんでも…するから……
玲二のためなら…玲二の指示なら……
なんでもする……」
人殺しでもなんでもするから。
あなたの言うこと、これからも、なんでも聞くから。
だからっ………
グッと私を引き剥がそうとする手。
でも私は離さない。離れない。
必死でピッタリとしがみつく。
あなたの全てを逃すまいと。
「私はっ…私の人生にはっ…」
嗚咽でうまく言葉が紡げない。
「れいっ、玲二がっ…
……玲二が…必要…なのぉっ…うぅ…っ…」
ギュッと彼の服を掴む。
彼の服は私の涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている。
ひんやりと冷たい感触でわかる。
あなたがいなくちゃ、
私が私でなくなってしまう。
"行こう。君が君でいられる場所へ"
あの時あなたはそう言って私の人生を開いてくれた。
それはあなたの隣なの。
そこだけがこの世で唯一、私が私でいられる場所。
なのになんで…
「……僕が居なくても大丈夫だ。
柚の周りには、柚を大切にしてくれる人達がたくさんいるだろう」
嫌だ。
あなたがいない人生なんて
自分が死んだも同然なの。
「きっとこうなるって分かってたから……
だから僕はっ……」
なに……それ……
ズルいよ……
苦しい
胸が痛い
息ができない
「なっ…でよ…」
なんでよ
なんで
どうして
認めない。
こんな現実
絶対に認めない。
こんなの…
あんまりだ…




