それは私の死を意味する
幼い頃……
まだ親と普通のおうちに普通に暮らしていた頃のことだ。
赤ん坊の弟を寝かしつけた後、母がよく寝る前に読み聞かせてくれた絵本を覚えてる。
王子様が女の子を救い、女の子は素敵なお姫様になる話だ。
絵本の中の王子様は凄くかっこよくて、そんな王子様と最後に結ばれたお姫様に憧れた。
私はずっと……お姫様になりたかった。
SKJに入れられてからも、その絵本を毎晩読んでいた。
実験や訓練で辛い思いをした時も、その本を読んで妄想をしている時だけ現実を忘れられた。
でも所詮は物語。御伽噺の世界だ。
こんな素敵な人がいて、素敵なお姫様になれるなんてこと、現実ではあるわけないときちんと分かっていた。
私はきっとこの先、そんな人に出会うことなく、ただこの狭い檻のようなところでいろんなことをされてどんどん強くなって、か弱くて可愛いお姫様みたいに誰かに救われるなんてことはなく……一生を誰かに操られたまま終わるんだ。
そう思ってた。
だけど……
ある日、SKJはサイという組織に襲撃された。
SKJの人たちとサイが戦っている中、私はSKJの人間によって地下に閉じ込められそうになった。
私は引き摺られながら、弟の名を口にした。
何がどうなってるのかなんて分からなかったけど、八朔の無事だけは確認したかった。
「いやっ!離して!!やだぁっ!」
「コラ大人しくしなさい!っあ……!」
「?!」
見上げると、そこにはこちらに手を伸ばす少年がいた。
先程私を引き摺っていた人は隣で気を失っている。
「大丈夫?怪我はない?」
「……う、うん……」
「よかった。さぁ来て!」
彼は私の手を引きどんな攻撃からも私を守って出口に出してくれた。
「もう大丈夫。さぁ、一緒に行こう」
「ど……どこへ……?」
「君が、君でいられる場所さ。」
私が……私でいられる場所?
そんなところがあるの……?
でも……
「待って!!弟がいるの!!」
彼はすぐに八朔を捜しに行ってくれた。
けれど戻ってきた彼は首を横に振った。
崩れ落ちる私。
この日から私は……涙が出なくなった。
「ごめんね……。とりあえず行こう」
立ち上がろうとしても、体が震えて言うことを聞かない私を、彼はお姫様抱っこしてくれた。
「これからは、僕が君を守るからね」
彼の目、彼の声、彼の体温、彼の全てが、私を掴んで離さなくなった。
その日から、玲二は私にとって唯一無二の王子様になった。
彼のことを、知っていけばいくほど好きになった。
大好きで大好きで大好きで……
この世の誰よりも大好きで……大切だった。
玲二の言うこと成すことが私の全てで、
玲二の存在自体が私の生命そのものだった。
玲二の隣が、私が私でいられる唯一の場所だった。
「私、玲二のこと大好き!」
毎日のようにそう言っては、
「ははっ、僕もだよ」
いつもそう言って誤魔化される。
けど私は結局いつも、何も言い返せなかった。
だって私なんかが、彼の特別になれるなんておこがましいから……。
いつも誰からも慕われて、誰からも好かれて頼りにされて、なんでもパーフェクトな玲二こそ特別で、そうじゃない私なんかが……そう思っていた。
だから私は……大好きな彼のそばに、死ぬまでいられればいいって。
「玲二……大好き」
ある日また、いつも通りにそう言った。
いつもみたいに笑顔を作って。
だからいつもと同じように流されると思っていた。
だけど、今日の玲二はなんだか違った。
「……そんな顔するなよ……」
「……え?」
玲二は切なげに笑って、ゆっくり近づいてきた。
「君の気持ちには……絶対応えてはならないと、そう……思ってる……今でも。」
私は意味がわからなくて押し黙った。
「だから君に聞きたい……
僕に何されても……耐えられる……?」
私は迷わず頷いた。
だって大好きな人……自分の命よりも大切で、私の全てでもある玲二になら……何をされてもいい。
ずっとそう思って生きてきたから。
「大丈夫だよ。だって……
心の底から大好きだから」
やっぱり私は、玲二の特別になりたい。
友達や仲間なんて肩書きは嫌だ。
私は玲二に触れたいし、抱き締めたいし、キスだってしたいから……
玲二は目を丸くして驚いていたかと思えば、眉を寄せて切なげに目を逸らした。
「あぁ僕は……何言って……
ごめん柚……おかしなこと聞いて……」
私の心臓が、ズキズキと痛み出す。
やっぱり私じゃダメなんだ……。
そうだよね……こんなにカッコよくて性格も良くて、頭も良くて強くて仲間思いで、こんなに完璧な王子様が……私なんかをお姫様にしてくれるわけない。
「だって僕も……柚のことが……好きだから」
「……?どういう…こと?」
「本当に大好きな子とは、付き合えない。」
「なっ……なに?それ……。意味がわからないよ」
「最後に傷つけてしまうって……分かってるから」
後にも先にも、こんなに切なげで悲しげで、なんとも言えない悲愴な顔をしている玲二は見たことがなかった。
「大好きな人になら……
傷つけられてもいいよ。」
いたたまれなくなった私は、そう言って玲二を抱き締めた。
たとえどんなに傷つけられるようなことがあっても、私は玲二の特別になりたかった。
「私はなんでも玲二と一緒がいいの。
この先どこに行くのも玲二について行きたいし、なにがあっても傍で生きたい。
たとえそれが地獄だろうと、どこだろうと。」
これは私の本心だ。
そのくらい、彼の隣を独占していたかった。
「だから私をお姫様にして。
私の……王子様になって……」
その時の彼の体は何故か、小刻みに震えていた。
「うん……」と言って切なげに笑ってから、
「……柚っ……ごめんね……」
ゆっくりと、彼も抱き締め返してくれた。
「本当にごめん……っ……」
どうして私はあの時、その意味を聞かなかったんだろう。
どうして私は自分のことばっかりで……
どうして好きな人の苦しみを知ろうとしなかったんだろう。
どうしてちゃんと、彼の心の声に耳を傾けなかったんだろう……
どうしてあの時……そんな顔をしてそんなことを言ったのか……
私は結局いつも……
どんなときも優しすぎる彼に、甘えていただけだったんだろう。
だからかな……
思い返してみれば彼は……
あれから私に「好きだ」と口に出して言ってくれたことは無い。
私は毎日のように、好きだと何度も何度も恥ずかしげもなく言って……でも……彼は「僕もだよ」と優しく言うだけだ。
それでも、私は幸せだった。
「好き」
たった一つのその短い単語がなんだっていうの。
変わらず私は玲二のことが大好きで
きっと玲二も私のことを……って……
そう思える日々だったから。
だから……
こんな状況……夢じゃないなら、
私は信じない。
玲二が私から離れていく……
それは私の死を意味する。




