ミカエルズ
「奏さん、ホントどこ行くんです?」
勝利した光は、奏に提案した約束を聞いてもらえることになったのだが、なぜだか「ついてこい」とだけ言われたため、今は街中を歩いている。
そこら中に、ミカエルズの新しいアルバムのポスターが貼ってあったり、曲が流れていたりする。
当のギタリスト奏は、マスクをしてフードを被り、ギターを背負って足早に歩いている。
こうしないと誰かに気づかれた時にはもう地獄だからだ。
「おら。着いたぜ。」
「えっ?」
そこは、一見すると、何の変哲もないめちゃめちゃ普通の家だった。
奏はピンポーンとチャイムを鳴らし、
「俺」とだけインターホンに言った。
ロックが解除された音がし、恐る恐る中に入ると、聴こえてくる楽器の音。
奥をずんずん進んでいく奏にわけも分からずついて行く。
ガチャ
「っっっっ?!?!」
光は目の前の光景に、目を見開いたまま固まった。
「おつ奏〜。今日も遅かったじゃん」
ぼ、ぼ、ぼぼ、ボーカルのっ!うう、詩さん?!
「あれっ?あぁその子が例の奏の後輩くん?」
べべべ、べ、ベースのっ!心さん?!
「へぇ……随分と……若そうだけど…かわいいね…」
きききっ、き、キーボードのっ!りっ葎さん?!
「んー?なんかヤケに怯えてるが、お前無理やり引きづって来たんじゃないだろうな?」
ドドドッとら、ドラムのっ!つっ紬さん?!
「ばっか。ちげーし。
コイツがお前ら全員のサイン欲しいってうるせーんだって。二度手間めんどくせーから直接ここ連れてきたんだよ。
名前は光。」
光は夢の中にいるのではと大混乱していた。
何年もファンをやってる大好きなバンドメンバー全員が今、目の前で自分のことを見ている……!
「どーした。お前サイン欲しいんだろ。
とっとと貰えよ」
「いやいや奏、アンタ馬鹿?
なんも言わずに連れてきたんならそりゃこぉなるでしょ。
光くん、おいで。ここ座っていいよ。お茶でも入れるね」
紅一点のボーカル詩は、優しく笑って光に近寄り、背中を押した。
「あっ!あぁっ!あのっあのあのっ」
詩に触れられた光は、まるで頭が沸騰しているように興奮状態に陥り、言葉が上手く発せられない。
「すごく……かわいいな……
どこにサイン……欲しいの……ここ?」
独特でどこかエロティックな雰囲気を纏う、キーボードの葎が、光の顎を上げた。光の唇を見て口角を上げ、目を細める。
真っ赤になった光の顔を見て、ドラムの紬が葎の肩を引く。
「よせ、葎。かわいそうだろ。
ごめんな?光くん。
俺ら今から新曲の打ち合わせなんだ。
聴いてくだろ?」
紬はこのメンバーのまとめ役のようだ。
落ち着いていてとても優しく、なのに見た目はロック系のようにイカつい。
「ひっ、い、いいんですか?!
てかっ!また、しんっ、新作ぅ?!」
「言うとまた興奮すっから言わなかったんだよ。」
奏はギターのチューイングをしだし、ほかのメンバーも各々の音合わせを始めた。
光はまだ夢見心地で何が何だか分からないままその様子を見守る。
「ハァ〜イ☆
おっ!今日はお客さん1人だねぇ〜!
ミカエルズの生ライブへようこそ!」
瞬き1つせずキラキラと目を輝かせている光に、ボーカルの詩はマイクを向ける。
「楽しむ準備、できてますかぁ〜?!」
「あっ!は、ハイっっ!」
「perfect!今夜はまだ未公開の新曲!
Innocent Love……」
曲が始まった瞬間、光は一気に鳥肌が立った。
全身が震え始め、胸がギュッと締め付けられる感覚がした。
それはタイトル通り、少し切なげで美しい歌だった。
叙情的で感傷的な曲調に歌詞、
そしてこんなに間近でたった1人の観客として聴いている、信じられないほど最高な状況に、光は無意識に涙が込み上げてきていた。
なぜだろう……
なんだか分からないけど、すごく……哀しくなる……虚しくなる……でも、暖かくもなる。
なぜだかこの曲を前にすると……
誰かに、ものすごく愛してもらった記憶が呼び起こされるような感覚……
その愛が…なんだか懐かしくて……
ずっとずっと触れてたいのに離れてしまって……
離れた時のあの感覚が……胸が張り裂けそうになるほどの痛みが……忘れられないんだ……
あれ……なぜだろう、、これは……
俺が作った曲じゃないのに……
誰の、記憶なんだろう……
光自身が知らない、存在しないはずの記憶が脳裏にチラついた。
知らない女性が、泣きながら俺の手を握っているのだ。
" 離れたくない " という気持ちだけが、ただただ伝わってきた。
「どうだったかな〜?
光くん、ご感想は〜?あれ……」
目を見開いて涙を流している光に、
皆が驚いたように目を見合わせ、クスッと笑った。
皆にサインも貰い、これほどにないくらい胸いっぱいの気持ちになった。
こんなすごいことがあっていいのか、と、未だ信じられない。夢だと言われた方がまだ信じられる。
しかしこれは紛れもない現実で、普段なんとか頑張ってここまで来た自分へ神様がご褒美をくれたのかもと思った。
なぜならご褒美はこれだけではなかった。
「お腹すいたからなんか宅配頼も〜ぜ〜!」
一番若くてヤンチャなベースの心がそう言ったため、ピザやら酒やらなんやらをたくさんテーブルに並べて、ミカエルズ飲み会にまで参加してしまった。
「あっ!もぉ、ピザはプルコギにしてよ!誰ぇマヨコーンにしたの!」
「パスタは明太子に限るだろ?!お前だな勝手にカルボナーラ2つも頼んだの!」
「ウイスキー……ないの……バーボン……」
どうやら好みはとことん合わないメンバーらしい。
しかし光は和気あいあいとしたミカエルズメンバー皆と本当に楽しい時を過ごした。
久しぶりに、心の底からこんなに笑った気がした。
そして……
「あ〜あ、また潰れちゃったよ」
なんと、奏は人一倍酒に弱いらしいのだ。
赤い顔してぐーすかソファーで眠ってしまった。
「奏さん、お疲れなんですよ。
今日も俺と本気の対戦したし。
それで勝って今日ここに…」
「対戦?なんの勝負?」
「早食い競走とか?」
しまった!と光は急いで「そ、そうです!」と頷いた。
奏が普段エスパー組織で何をしてるかなんてこと、メンバーは誰も知らないだろう。
「奏、なんかいっつもプライベート忙しそうだもんねー」
「恋人なんか……いないはずなのに……ね……」
「思い出すよなー。一度それで大喧嘩になって解散になる寸前だったよな。」
「そーそー。紬さんが、バンド疎かにしてんなら辞めちまえとか怒鳴ってさぁ。僕あん時めちゃ困ったよー」
「えっ?!」と光は声を出してしまった。
「ミカエルズが解散の危機になってたことあったんですか?!」
今はこんなに仲が良い最高のバンドが?
信じられない……!
それに……奏さんがプライベート忙しいのは、皆を、国を……守ってるからなのに……
それが言えないのがもどかしい。
「ゆ……うか……」
奏から聞こえてきた寝言に、皆の視線が移る。
「ゆっ……か……ぁ……ゆうっ……」
光は目を見張った。
なんと、奏は誰かの名を呼びながら明らかにうなされていた。
光がメンバーの方を見ると、皆困ったような複雑そうな表情になっている。
「ごめん光くん、気にしないで。
こいつ寝るといっつもこうなのよ」
「え……」
奏さんが?!
いつもの様子からは想像もつかなくて、光は眉をひそめた。
「あの……さっきから言ってる、その……
ゆうか?というのは……誰なんですかね」
「奏の元カノだよ。高校の時の。」
光の言葉に、詩が静かに答えた。
「死んじゃったんだって」
「え?!」
「おいよせよ、そんな話……」
「あ、ごめん……」
光は困惑していた。
なんと悲しく可哀想な話だろうか。
恋人が死んでしまったなんて……
「どうもその子が、奏が曲を作ってギタリスト目指すきっかけだったらしいんだよね。」
「そ……だったんですか……」
「ゆっ、か……っは……」と苦しそうに呼吸を乱している奏の背を、心が撫で始めた。
こんなに辛そうな表情の奏さん、初めて見た……
一体何が……あったんだろう?
「そりゃあ……あんな惨いことあれば、誰だって忘れようにも忘れられないさ」
そう言う紬は、確か奏と同じ高校だったと前にテレビで言っていたことを思い出す。
何か知っているような感じだ。
「光くんは、奏の曲、どう思う?」
どこか寂しそうに笑いながら、心が聞いてきた。
「あ……それはもちろん、すっごくいいです。
なんだか儚い感じで、切ない歌詞に胸が締め付けられるような曲が多いですけど、それが心に響くんです。
励まされるような力強い曲も多いですよね」
「奏が作る曲はさ、全部その子を想って書いた曲なんだよ。いつもね、天国にいるその子のために作ってるんだ。」
その言葉に、光はミカエルズの歌詞を思い出した。
確かにどれも、胸が詰まるような、儚く切ない歌詞と曲調のものばかりだ。
しかし、それがどうにも魅力的で、ファンの心を掴むのだろう。
「光くん、奏のこと、よろしくね。
こう見えて凄く、繊細だからさ…」
詩がそう言い、皆がこちらを見る。
この日からなんとなく、奏に対する印象が変わったような気がした。




