クマの正体
その日の夜、光はクマを湯船に連れ込んだ。
あまりにも汚れていたため、洗いたかったのだ。
「うっ!やめっ!ばはっ!」
「我慢我慢クマ。はい綺麗にしよーねー」
嫌がるクマにお構い無しにガシガシと泡立てる。
それを見ながら、大笑いしている爽斗と苦笑いしている玲二が湯船に浸かっていた。
ここは大きな銭湯のようになっていて共用なのだ。
「てめぇっクソ!笑ってんじゃねえよ茶髪!」
「ぎゃははははは!雪だるまになってやがんの!」
「シロクマもかわいいよクマ助くん」
「てめぇバカにしてんだろロン毛!あばっ……!」
少し離れた湯船の方には、なんとこんな所にもゲームを持ち込んで熱中している帆影夏樹がいる。
またその隣には、それを興味深そうに覗いている志門。
やはり志門も年頃の男の子だ。
ゲームに興味があるのだろう。たまに夏樹とそんな会話をしているところを見かける。
「なんだなんだ賑やかだな〜ぁ!や〜みーんなお疲れお疲れ〜」
バーン!とすっぽんぽんで入ってきたのは薬膳亮太、そして……
「……え?誰……ですか?」
光はクマにザバーンと湯をかけてからつい手を止めてしまった。
薬膳の隣にいる人物には見覚えがない。
「あ?何言ってんだ?こいつ誠だろうよ」
「えっっ」
そう。いつもパソコンでなにかしている典型的な真面目君のようなこの男……実はメガネを取るとビックリするほどのイケメンなのだ。
なんっでこうっ!ホントにエスパーはイケメンしかいないんだ!!
え、もしかして……イケメンじゃないとエスパー開花しない的な……いや……エスパー先祖は過去にイケメン以外排除する条令でもあったとか……?
ブルブルブルッッ!!
「うわっ!おいクマっ!」
ザッバーーーン!!
光がボーッとしている隙に、クマは獣のように身を震わせて水飛沫を払ったあと、思い切り湯船にダイブしていった。
ということで今、全員で湯船に浸かりながら他愛もない話をしているところだ。
「それにしてもいいなぁこんな傀儡羨ましいぜ。俺も助手として数匹こんなのが欲しいもんだ。おい月詠、俺にも作ってくれよ。」
医者である薬膳は濡れた髪をかきあげながらそう言った。
この人も相当な色気があり、鍛え上げられた胸筋はどう見ても医者らしくない。
ものすごく偏見だが、きっと若い頃から何人もの女を泣かせてきたに違いないだろう。
「おい!オイラを人形扱いするなヤブ医者!」
「なっ、ヤブ医者じゃねえよ失礼だな!つかお前なんも知らねぇじゃん!……なぁ、月詠、こんな態度ヤベぇのじゃなくてさ、あぁ!メスがいいな!従順で可愛くてお淑やかで、」
「出た出た、亮太さんの女好き」
「はは……相変わらずだねぇ」
爽斗と玲二が苦笑いしている。
薬膳亮太は生粋の女好きらしい。
いつも女のケツを追いかけて生きてきたとかなんとか……
「むっ、無茶言わないでください亮太さんっ
だいたい俺だってなんでこんな傀儡を作れたのか全然わからないし……」
眉を寄せてクマを見ると、クマは気持ちよさそうに泳いでいる。
その様子がなんとも可愛すぎて癒されてしまう。が、口も態度もなぜかあまりにも悪いところが不思議だ。
ぴちゃぴちゃ
「っ!おいてめっ!足ばたつかせんな!かかるだろ!」
爽斗に乱暴に足を掴まれて引き寄せられ、ホールドされるクマ。
「オイラは偶然生まれたんじゃないぜ?」
「あー?なになになんだってぇ?クマプー。お前は神の落とし子とでも言いてぇのか〜?」
爽斗はクマを抱えながら、さぞバカにしたようにそう言った。
「オイラは由良真奈美の片割れだ」
「「「…………。」」」
一同動きを止め、唖然としてクマを見る。
クマは爽斗の腕の中で欠伸をしている。
本来こんな世間話の流れのように、しかもどーでもよさげな口調で言うことじゃない。
「な……なんだって?クマゴロー」
「その子の魂うんぬんとかって話すかね?」
薬膳も時季も目を瞬かせている。
皆、由良真奈美の存在は知っている。
クマが彼女から生み出されたなんて意味がわからない予想外の話しすぎて皆思考を巡らせた。
「お、おいクマ野郎てめ、言い逃げすんな!詳しく聞かせろよ!」
「なんだようっせぇな!そのままの意味だよ理解しろやこのボケカス!」
また爽斗とクマの喧嘩が始まっている中、全員が考え込んでいた。
その時……
ガラガラッ
扉が開いたかと思えば、入ってきたのは金盛賢吾と空羅モトキ。
「わお!皆さんお疲れ様ですー!勢揃いですね!」
いつもの如く明るい賢吾の腕にはいつも通り蛇のミケが巻きついている。
賢吾もこうして見ると、かなり鍛え上げられている身体で凄いのだが……極めつけはその童顔だ。
いつもニコニコ明るく振る舞う彼は、一見すると年下の中学生くらいに見えるのだが、実はハタチだと聞いて、なんなら光は未だに信じていない。
ていうか……蛇もお風呂とか入るんだ……
そして、相変わらず無口のモトキのその全身タトゥーに光は目を見張ってしまった。
先日の任務の時はもちろん、服で隠れていない部分のタトゥーしか見ていない。
しかし裸になればそれは見きれないほどいろいろなデザインが、全身のありとあらゆるところに細かくたくさん描かれていて、まるで一種の芸術である。
この数え切れないほどの絵を一つ一つ操れるなんて凄い……と、ついチラチラ盗み見てしまった。
「うーん、アレですかねぇ〜」
全員が湯船に浸かったところで、またクマの話になり、賢吾が自論を話し出した。
「真奈美ちゃんの強い念がクマさんに宿っていて、その念が光くんのスキルによって発動された……とか」
志門は、真奈美が死ぬ間際にこのクマを無理やり渡してきたことを思い出していた。
"いつも…辛そうだから……
だからこのクマちゃんと一緒にいて
……元気が出るよ"
「確かに真奈美は……光から貰ったこのクマ…肌身離さず持ってて、いっつも話しかけたりしてたよ。」
その楽しげな様子が、懐かしさと切なさとともに志門の脳裏にリフレインする。
「でも……真奈美に傀儡をどうこうってスキルは無かったと思う」
志門の言葉に、皆がまた数秒沈思していたときだ。
突然、無口なモトキが爽斗の腕からクマを引っ張り出した。
そしてなんと、クマを隅から隅までまじまじと観察しだしたのだ。
「どうかしたのかモトキ」
「これ……」
ゆっくりと光を見るモトキと目が合い、光は一瞬ドキリとなる。
モトキの眼はかなり妖艶で不思議な雰囲気がある。
「……どこで手に入れた素材?」
「え?」
そこで光は初めて思い出した。
「あ……これは……そういえば……」
当時、真奈美の誕生日にぬいぐるみでも作ろうと材料集めをしていた時だ。
茂さんの家で、何か丁度いいものがあれば貰おうと思い、茂さんに相談した。
当時の俺は、ミカエルズに小遣いをつぎ込んでしまっていてお金が無かった。
そのときに、丁度いいものがあると渡されたのがこのクマに使った布……
フワフワの、フリースのような暖かい素材の生地。
「茂さんが持ってたやつかぁ……なんかそこにヒントがありそうだな」
「これ……最近じゃ手に入らない希少な布だよ」
芸術系にとことん詳しいモトキの言葉に、光はハッとまた気付きを得る。
その布がなんだったのかは当時は疑問に思ったことすらなかったが……
もしかしたら……未来からなんらかの形で持ち込んでいたものだったんじゃないか……?
そのことは後日、光が茂さんに聞くということで話は終わり、皆で風呂から上がって着替えているところで光はふと疑問を口にした。
「あれ、そういえば、朧くんっていつもお風呂朝タイプなんですか?ここで見たこと一度もないですけど」
もうガゼルに入って2ヶ月近くいるのに、風呂で遭遇したことが1度もない。
朧ならば、はしゃいで玲二と風呂に入りたがるタイプだと思うのだが……
「あぁ、それがさ、どういうわけか朧って誰とも風呂入りたがらないんだよ。だからいつも夜中とか朝とか、人が誰もいない時に入ってるんじゃないかな」
「あいつって変なとこ恥ずかしがりだからな〜」
玲二と爽斗が、特に気にしていない風にそう言った。
しかしまさにその日の夜中、光は大変なものを目撃してしまった。




