文殊遥と廿楽椛
茂範は、未来では歴史についてほぼ隠されており、いつ誰が何をしてどうなって未来ができたのかは分からないと言っていた。
つまり、未来人でさえ現代の予測がついていない。
ということは、現状でいつ戦争や大きな出来事が起きてもおかしくはないということだ。
というか……結局俺の潜在スキルってなんなんだろう……?
いくら考えても分からない。
今まで生きてきて、なにか特別なことなんてなかった……はず……
「月詠さん、考え事ですかー?」
「あ……すみません。ここ最近俺の脳がだいぶ疲れてきてるみたいで」
隣で心配そうに顔を覗き込んでくる遥。
後ろからは、キャンディをぺろぺろと舐めながらボケーと遅れ気味でついてくる廿楽椛。
そう、今日はこの2人との強化訓練も兼ねた任務なのだ。
「大丈夫ですかー?確かにお疲れなお顔してらっしゃいますね」
そんなブリブリロリータの格好とメイクで目をうるませて見つめられると、なんだかドキドキしてしまう。
月詠光はとにかく女慣れしていないのだ。
「だっ!大丈夫です、すみませんホンット!ぼんやりしてる場合じゃないのに!はははっ」
熱い顔を扇ぎながら思考を振り払う。
「あ、着きましたね。あの建物の中ですね」
「……うわー……」
お化け屋敷だ……と言いそうになってしまった。
こんな廃墟、お化けがいないほうがおかしいのでは?
「あれ、でも……こんなところに人なんているんですか?」
「影憑は人にだけ取り憑いているわけではないんですよ。」
「えっ」
都内には野良犬野良猫なんていないから気付けなかったが、感情というものが少しでもある動物にも、負が溜まれば影はつくらしい。
「…………。」
本当に鳥肌が立つくらい薄気味悪い建物の入口の前に立てば、つい無言になってしまう。
「月詠さんならもうここまで来れば、入らなくても感じるんじゃないですか?」
そう言われて恐る恐る神経を研ぎ澄ませると、この中に中型くらいの犬が3匹、小型犬が5匹、大型犬が2匹いるのがボワボワと脳内に映り込んできた。
しかも、かなり質の悪い影がたくさんついている。
この犬たちに何が起きたのか……
そもそもなぜ、こんなところにいるのか……
なんとなく分かってきていた。
今の光にはもうすでに透視透覚のスキルまである。
できることは本当に増えている。
「あら……椛ちゃん、大丈夫ですか?」
気がつくと、椛は建物を見ながらブルブルと体を震わせていた。
「聞こえるっ……ワンチャンたち……酷い状態……可哀想に……」
そっか……と光は思い直す。
そういえば廿楽椛は動物と意思疎通ができ、動物を使役することが出来る特別なスキルの持ち主。
「どうします椛さん……もしあれだったらここで待っててもらっても……俺行きますし」
あまりにも辛そうだからそう言ってみたのだが、椛は顔色悪くも首を振った。
「じゃ、じゃあ……行きましょうか」
「ちょっと待ってください」
中に入ろうとする光を、遥は止めた。
「私の傀儡ちゃんたちを先に行かせます」
そう言っていつも抱えているテディベアの背中を開け、まるで四次元ポケットか何かのようにポンポンと様々なぬいぐるみを取り出した。
うさぎ、ネコ、イヌ、リス、ペンギン、などなどなんとも愛らしいぬいぐるみたちが次々と凄いスピードで中に入っていった。
「わぁ……。ていうか、その子の背中、開くんですね。」
「傀儡は常に壊れたり無くなったりもしますから、こうしてたくさんストックしてるんです」
ワンワン!ワン!ワンワン!!
ドドドドドンー……!!
ババババー……!!
奥の方て、たちまちいろいろな音が聞こえたかと思えば、遥が歩き出したため、光も黙ってついて行く。
するとその先には、たくさんの犬たちが遥の傀儡たちに取り囲まれて透明の膜のようなものに囲まれていた。
その透明膜は傀儡たちがやったようだ。
全ての犬がとても攻撃的になっている。
何度も透明膜に体当たりし、この膜がなかったら確実にこちらに噛み付いてきていただろう。
「可哀想……可哀想……うわぁあ〜ん」
廿楽椛はついに泣き出してしまった。
光はギョッとする。
「椛ちゃんには、ワンチャンたちの心の声や背景が見えているんですね……」
遥は眉をひそめてそう言った。
「月詠さんも、できるんじゃないですか?」
「っえ?なんです?」
犬たちの鳴き声と椛の泣き声で、なんと言われたのか全然聞こえなかった光はそう聞き返した。
「椛ちゃんに触ってくださいってことです!」
「……えぇっ?なんて?」
どんどん大きくなっていく椛の泣き声に耳を塞ぎたくなりながらも、遥は無理やり光の手を取って椛の肩に置いた。
その瞬間、光の中に遥を通して犬たちの背景が流れ込んできた。
それは本当に惨い光景で、つい意識を遮断したくなる程のものだった。
犬たちは悪徳ブリーダーによって無理やり子を産まされ、売れ残りはここに放置されていたのだ。
食べ物も与えられず、餓死寸前まで追い詰められた犬たちが影憑を生み出したようだ。
犬たちからは、「苦しい悲しいお腹空いた」などの他に、人間を恨むような気持ちまで伝わってきた。
そんな中、遥はあまりのうるささに目眩がしそうになっていたが、ようやく椛が泣き止みつつあることを確認すると、光の肩を叩いた。
「はっ……あ……」
「大丈夫です?」
「はぁ……はぁ……はい……」
このスキルを使うのは初めてだからだろうか。
他の生き物に意識を連動させるのはだいぶ体力と気力を削られるようだ。
「椛ちゃんを見てください」
そう言われて椛を見ると、犬たちにゆっくりと何かを語りかけているようだった。
「大丈夫だよ……ごめんね……もう怖がらないで……私たちは皆の味方だよ……お水もご飯もあげる……」
すると徐々に犬は大人しくなり、影は薄らと消えていき、影憑石まで残らなかった。
「……すごい……たったこれだけで……」
人間以外が相手だと、攻撃などのスキルを使わなくて済む……それが廿楽椛の強みだった。
「まぁ泣き声は凄いんですけどね……。とりあえずワンチャンたちは病院に任せて帰りましょう、ね、椛ちゃん」
「やだぁ!私も行く!!」
「やっぱり……」
遥はため息をつくと、サイ本部に電話をかけた。
こういった処理は全て、サイが手配してくれるのだ。




