光の誕生
しばらくして、茂範と七星は付き合い始めた。
実は七星には子供がいた。
つまり七星はシングルマザーだった。
夫は、前年のテストで落ち、亡くなったそうだ。
子供の名は、朱星。当時9歳。
初めは全く茂範に懐かず、だいぶ手を焼いた。
どんなに必死に尽くしたとしても、父親を亡くした子供はそう簡単には心を開いてはくれない。
しかし、3人で過ごす時間が多くなるにつれ、徐々に茂範に笑顔を向けるようになり、しばらく幸せな日々を送っていた。
そんな中ある日突然、朱星は行方不明になった。
七星が泣きながら息を切らして茂範に助けを求めてきた。
2人で懸命に捜しまわった。
やっと見つけた先は墓地。
朱星は父親の墓の前にしゃがみこんでいた。
「朱星!!捜したのよ!もう何してるの勝手にこんな所に来て!」
その墓には、父親の骨が埋まっているわけではない。
テストに落ちたエスパーたちは皆跡形もなく抹消されるからだ。
「だって……このままだと私……パパのこと忘れちゃうかもしれない……」
茂範はハッとした。
自分が加わり、少しずつ楽しくなってきた日常の中、この小さな女の子の心の内に気付けなかったことに。
「忘れるのが怖いの……少しでも忘れたら……パパ寂しい思いする……」
「朱星……っ」
七星は涙を滲ませながら朱星を抱き締めた。
「忘れてもいいのよ朱星。朱星が幸せになるためなら、たとえ忘れられようと、パパは大喜びよ」
涙を流す2人を前に、茂範は何も言えなかった。
忘れられて喜ぶなんて……果たして本当にそうだろうか。
自分のことを忘れてほしいなんて……
そんな愛が、果たして本当に存在するだろうか。
自分だったらと考えると、到底受け入れ難い。
愛する人が自分の存在を忘れる。
自分を覚えていてくれる人がいなくなるなんて……そんなこと到底……
自分はやはり、薄情で欲深い人間なのだろうと思った。
やがて茂範は七星と結婚し、七星は妊娠する。
茂範はもちろん朱星のことも変わらず我が子のように可愛がっていたため、朱星は弟か妹ができることについて喜んでくれた。
「早く見たいなぁ。私、弟でも妹でもどっちでも仲良くなれるよ!」
「ふふ、そうね。そしたら名前は何がいいかしらね。男の子でも女の子でも、どちらにもつけられる名前がいいわね。」
もちろん産婦人科に行かなくても、ハイエスパーならば腹の中にいる赤子の性別を見抜くことは、その気になれば難しくない。
しかし自分たちは、産まれてくるまでそれを楽しみにとっておくことにしたのだ。
「どちらにも使える良い名前……なんだろうな。俺はあまりこういうのセンスがないから2人で考えてくれ。」
茂範は幸せな気分でそう呟く。
無事に産まれてきてくれさえすれば、本当に名前なんてなんだっていい。
ただ……この子が生まれる頃には、この世が誰もが生きやすい安全な世の中になってさえいれば……
たとえ自分を犠牲にしてでも……
どうしても、妻と子、新しく産まれてくる我が子を守りたい。
安心して幸せに暮らせるように。
そんな世の中に、自分が変革する。
あの頃はそう意気込み、覚悟を決めていた。
しかし、災厄はいつだって突然だ。
七星の腹が大きくなってきた頃のことだ。
七星は遺体となって帰ってきた。
当然、腹の中の子も亡くなっている。
「七星……?……な、七星ーーっ!!!」
「ママっ……!やだよ……ママ……そんな……」
国の役人はなんの感情も抱いていないような無表情でこう言った。
「この者が、道端で抹消されそうになっているエスパーを庇った。」
「「?!?!」」
「なぜそんなことをしたんだろうな。理解に苦しむ。」
それだけ言って去っていった。
" この世に敵も味方もいない。
いるのは、自分と少し違う人間だけよ "
そんなふうにいつも語っていた七星。
自分が殺されても尚、そう言うのだろうか……
茂範は頭がおかしくなる寸前だった。
なぜ自分がそばにいなかったのかという自分への失望と、愛する妻と子を同時に失ったショック、国に対しての怒り、今後についての絶望……
様々な感情が混じり、しばらく廃人のようになってしまった。
しかしSPIはそんな茂範のためにも密かに勢力をあげていた。
そしてその後すぐに、誰かが切った火蓋によって反乱が起きた。
SPIと国という二極化した組織が、ついに戦争を巻き起こしたのだ。
これは普通の争いではない。
エスパー同士の戦争……聞こえは恐ろしいが、実際それはかなり妙なものである。
戦争といっても、基本的に誰もが万能なスキルを持っているため、スキルで守られている街自体が崩壊したりするようなことはなく、静かに命の奪い合いをするのだ。
誰がSPIなのかを捜索し、次々と闇に葬っていく。
逆にSPIは誰がアーテルなのかを見極め闇に葬る。
水面下で密かに、しかし激しく、それは繰り返されていた。
俗に言う、SPI狩りとも呼ばれた。
そんな中、
まだ13.4才の朱星と茂範は生き別れになってしまう。
茂範は戦いのさなか、朱星を捜す余裕がなかった。
なにしろ茂範は、サイの創設者。
言うなればサイの王であり、1番に狙われている張本人なため、思うようには動けない。
朱星は他の者たちの家族のように、別の地、別国へ亡命している可能性すら十分にある。
そうして気がつけば、10年もの月日が流れてしまっていた。
その頃になってもまだ、この争いに決着はついておらず、人々は疲れ切っていた。
そんな中、サイメンバーの一人が、なんと朱星を見つけてきたのだ。
その時朱星は二十歳をすぎた立派な女性となっており、指輪をはめていた。
そして驚くべきことに、妊娠していたのだ。
一体誰の子なのかと問うと、朱星は、その人はもういないのだと答えた。
戦時中なのだから人が亡くなることにはもう驚かなくなっていた。
むしろ心のどこかで諦めていた朱星が生きて戻ってきてくれただけで奇跡であり、茂範は涙を流して喜んだ。
そして今度こそ、腹の中の子を守ろうと誓った。
たとえ自分の命に替えても……。
やがて無事に男児が生まれた。
朱星は子に「光」と名づける。
「男の子でも女の子でも、光にしようと思ってたの」
光を抱いてそう微笑む朱星に、かつての七星の面影を見た。
男女どちらが生まれるのか楽しみにしていて、それまでにどちらにもつけられる名前を幸せそうに考えていた七星。
結局、どちらの性別かも分からぬまま死んでしまった。
あのときもう名前は決まっていたんだろうか?
七星……君の娘は今、君の目に似た男の子を産んだよ。
名前は、光。……ひかり……良い名だろう?
どうか天国から、この子を見守っていてくれ。




