平和とは何か。
「まず、なぜ人々は何百年もの間平和を目ざしているくせに、いつまでも平和にならないんだと思う?」
「……それは……」
「人間というものはね、平和をと謳いながら、実はそんなもの目ざしちゃいないんだ。
誰もが皆、好き勝手に生きていたいからね。」
そんなふうに考えたことのなかった光は驚きとともに口を噤んだ。
「だから結局人というのは、悪が生まれることも心のどこかで許していて、ただその犠牲者が自分でないことだけを祈り、他人の悲劇を見ては安堵している。
自分だけはひと欠片のリスクすら背負いたくないのさ。」
捲し立てるように亜斗里は続ける。
「常に自分さえ良ければと傲慢になり、どこかの誰かが平和を叶えると信じて人任せにし、自分は好き勝手に日々を送るわりに平和がどうと謳いだす偽善者……それが大半の人間だ。誰も本気で平和なんて目指しちゃいないんだよ。」
光は目を見開いたまま何も言えなくなっていた。
こんなに深く考えさせられたのは初めてだ。
「人間というものは、変化を一番恐れるからね。
不平不満をいいつつも、現状のままでいる方が楽だと思っているんだ。なんのリスクも背負わなくていいからね」
「…………。」
それは……分かる。
そう思った。
確かに何事においても変化は怖い。
良い変化だろうが悪い変化だろうが、まだ起きていない事柄への対処は自信がないからだ。
それならば、まだ今を生きれてる現状の方が楽だからと、怖くないからと、変化を求めない場合が多い。
「そもそもね、平和を脅かす人間や事柄、争いが生まれるのは全て、あらゆる格差という概念があるからなのだ。
それが完全になくなったとき、世界は真の平和を得ることが出来る。」
「……真の、平和……?」
「真の平和というものは、たった一つの概念のみにまとめあげることにある。
つまり、徹底的なまでの他概念の排除、思想、理念の排除、外野の排除、偽善の排除。
同じ思想、同じ力、同じレベルの強き者のみで構成される世の中にして初めて真の平和が完成する。
これは世界に変革を起こさないと成しえない。」
光はなぜこの人に魅了される強いエスパーがたくさんいるのかわかる気がした。
自己の理念、目指すゴールが明確で、しかも徹底されて一切揺らぎがないからだ。
でも……
「……それは多分……俺たちの言う平和とは少し違う気がします。
人の数だけ悪も善も存在するけど……分かり合える世の中を目指すこと……全員が家族や友達と何不自由なく安心して暮らせる、そんな普通の日常を普通に過ごせる世の中……それが平和なんだと思ってます。」
「ふっ……では聞こう。具体的にはそれをどうやって目指している?」
「それは……俺たちSPIは、人が安心して生きれるように影憑を排除し続け、危険に脅かされることなく好きな人と生きれるようにする……。そして誰もが敵を持たず、人権を持ち、分かり合えるように努力をして……」
「それが無意味な甘い幻想だと言っているんだよ。そしてそれは、平和には決して繋がらない。ずっと変わらないこの世の中を見ていればわかるだろう。
永遠と変わらないと分かりきっていることを、君はやるのか?」
鋭い目線が突き刺さり、その凄まじいオーラに無意識にビクッと体が反応した。
「いいかい光くん。君くらいの優秀なエスパーは、人を導き世を変える、力ある君主にならなくてはならない。」
「……君主?」
「私は常に、後継者を探しているんだ。何が起きるか分からない世の中で、突然自分がいなくなっても問題なく組織が機能し、目的が遂行されるシナリオを用意しておくことは必須。」
光はまさか、この亜斗里という人物がそんなことまで考えていたとは微塵も思わなかったため、開いた口が塞がらない。
まさか自分がアダマスの後継者になるなんて想像がつかない。
「良き君主の条件とは、何か知っているかい?」
「……知りません」
「人々の恐怖を利用できる力があることだ。」
亜斗里は至極冷静に続けた。
光は自分の手が震えていることに気づく。
「寛容や礼節を重んじる弟のような奴や、平和などという幻想に毒されてるキミの組織のような奴らは結局、何も変えられずに殺されるだけだ。」
「……弟さん…伊央里さんの……アクシアの目的は違うんですか?」
「あいつの目的は、全世界からスキルを抹消すること。つまり、ノーマルの人間のみが存在する世の中にすることだ。」
「えっ……」
「……なぁ、キミなら分かるだろう光くん。
どちらがより多くの悪を生み出すと思う?
アクシアは、悪しか生み出さない。
そしてSPIは、その悪に対応しきれない。」
光の背筋に嫌な汗が流れる。
" 自分の目で見て自分の耳で聞いて、自分の頭でしっかり考えろよ。"
千鶴環の言葉が突然脳裏に蘇った。
考えろっつったって……
考えることが多すぎる……。
亜斗里が目指している通り、この世をただ優秀なエスパーだけにしたら……?
伊央里が目指している通り、この世の才能を全て消滅させたら……?
SPIが目指している通り、この世の影が生み出す災害、憎悪を排除していったら……?
一体どれが、より多くの人を幸せにでき、平和へと繋げられるのだろう……?
どちらがより、多くの幸せを享受できるのだろう?
正直分からない。俺には。
でも……どれも間違ってない気がしてならない。
きっとどれも、正しいんじゃないか……?
だとしても……
許したくないことが一つだけある。
「あの……」
光は亜斗里を真っ直ぐ見つめ、思い切って声を出した。
「仰りたいことは分かりました。でも……一つだけ、聞かせてください」
「なんでもどうぞ?」
光の鋭い眼光に、亜斗里は目を細める。
なぜこんなにも、懐かしい気分になるのだろうと思いながら。
「ルミエール病院の皆を、なぜ殺したんですか?」
亜斗里は一瞬、目を瞬かせた。
「……ルミエール……あぁ……燕と蓮砲が行ったやつだね。あれは仕方のないことだ。」
「……は?……しかた、ない……?」
「あそこにいたのは全員、私がまだここを取り仕切る前の国管轄で作られた被検体たちだ。何が起こるか分からない爆弾を抱えたまま全員そちら側についてしまった。ならばこちらは危険な未来を避けるため、芽は詰んでおかねばならない。」
光は文字通り絶句し、一瞬言葉を失った。
「……なんだよ……それ……
なんの罪もない人たちをアンタの勝手な都合で殺すのかよ」
「勝手な都合じゃない。何度も言っているだろう。これは未来のため。すなわち人類の平和のためだ。
そのために捧げられる魂を、なんと呼ぶのか知っているかい?」
亜斗里はピアノの鍵盤の上に指を置いた。
まるで何かを思い出しているようにまつ毛を伏せて。
「必要な犠牲。または栄誉ある死だ。」
亜斗里の指で弾かれた1つの鍵盤が、ポロローンと美しい音を奏でた。
しかし今の状況では、なんともいえない不気味さが漂う。
「……君は、国がなんのために国民に才能を植え付け、改造実験機関SKJを作ったと思ってる?まさか、本当に人々が生きやすくするためだなんて思っていたのか?」
徐々に顔色を悪くし強ばっていく光の表情を冷淡な目で見下ろしながら、亜斗里は答えた。
「兵器を作るためだよ。戦争のね。」
ゾクッと鳥肌が立つ。
その事実だけでなく、その声色が、その表情が、その言葉が、とてつもなく恐ろしいものに見えた。
「そして君たちんとこのサイと、馬鹿な伊央里がそれらの被検体をこぞって盗ってったってことさ。
対処の仕方も分からないから結局死なせてばかりいるようだけど。」
「っ!……ここでは違うって言うんですか?」
「当たり前だ。君も今日ここへ来る前に見ただろう?私は多くの子供をきちんと優秀なスーパーエスパーにしているんだよ。
サイやアクシアが呑気なことをやってる間にも、私の組織は日増しに勢力を上げている。今ではもはや無敵だと確信している。君たちは決して勝てない。」
眉をひそめて亜斗里を見上げる。
続けて、彼の指輪に視線を落とす。
「光くん、君が今日、こうしてここに来たこと……これが何をどう変えていくためのきっかけなのか、よく考えた方がいい。
その目を見ればわかる……君は、他とは違う。」
「違うって……どういう……」
「君は、変革者になれる器だ」
「っ!」
ドクッと鼓動が跳ねる。
同時に光は気がついた。
変革者になりたいという思いでエスパーになったのに、何を目指すどういう変革者になりたいのか……全然考えていなかったということに。
平和を目指すなんて言っておきながら、その平和というものが一体なんなのか、その具体性を知らなかったなんて、亜斗里のいうように偽善者にもほどがある。
本当に世の中を変えることの出来る変革者というのは……亜斗里のような存在なのではないか……?
「君は今のままでは何も変えられない。だが……君はここへ導かれた。
この世で起こること、全てに必ず意味があるということを忘れないでくれ。」
亜斗里は最後に静かにそう言った。




