天艸 亜斗里
その場所に近づくにつれ、何かの曲が聞こえてきた。
その音が大きくなるにつれ、それはピアノの音色だとわかった。
とても優しげだけど、どこか感傷的で、非常に悲しげな曲だ。
瞳子はついた先の大きな扉を何かのスキルで開け、またその奥にある扉を叩く。
暫くして、扉は自動で開いた。
その一見すると豪華な会議室のような部屋。
大きな白いグランドピアノが隅にあり、そこでその酷く悲しげな曲をひいていた人物がゆっくりと顔を上げた。
目が合ったその瞬間、光はなんとも言えない不思議な感覚を覚えて目を見開く。
なんだかこの人の目……どこかで……
しかし、その人物も、同じように目を見開いていた。
「亜斗里様、こちらは月詠光さん。
光さん、こちらはアダマスの創設者、甘艸亜斗里様です」
この人が……
アクシアの伊央里の兄……
「……月詠…光……キミが……」
「……あ、えっと……初めまして」
亜斗里は徐々に目を細め、ゆっくりと立ち上がってこちらに向かってきた。
伊央里の方は顔の半分がほぼ無いに等しかったが、こうして近くで見ると、どことなく似ていると思った。
整った顔立ち、セミロングの髪を後ろに結っている。
「そうか……。キミは、ガゼルなんだってね。先程、環が言っていた。どうかな。こちらに来る気はないかな?見たところ君にはかなり凄い力が宿っている。それをこちらで役立てる気は?」
光は驚愕してしまった。
会った瞬間いきなり直球で勧誘をしてくるパターンなど想像していなかった。
「…え…や……そんな突然すぎます…!ていうか俺、ここのこと何も知らないし、」
「私は時間を無駄にするのが1番嫌いなんでね。君にとって1番良い道を提示してあげてるのさ」
「……はい?そんなのどうして分かるんです?」
「分かるさ……」
目を細めてフッと口角を上げる亜斗里に、ゾクッと鳥肌が立った光は生唾を飲み込む。
「……そもそも俺は、アダマスが何を目指している組織なのか、まだイマイチ分かってない。だからそれを自分の目で確かめに来ただけで……」
「なに、とてもシンプルだよ。
我々の組織は、アクシアやSPIのような甘い幻想は持ち合わせていない。
悪を排除し、善のみを受け入れる世の中にする、その至極真っ当でシンプルな世を目指しているだけさ。」
亜斗里はそう言うと、ジッと光を見つめた。
「キミの目は…私の知っている人物に似ているな……その人物も、甘ったるい幻想に殺された1人だよ。」
少し身をかがめ、光の瞳の奥の奥まで探るように見てくる亜斗里がなんだか不気味で、しかし、それはどこか悲しげで、光は目を逸らした。
しかし、目を逸らした先で、今度は目を見開いてしまった。
亜斗里の手指……
右の薬指に嵌められているその指輪は、今自分が首にかけ服にしまっている指輪に似ていた。
SPIに仲間入りする日、つまり、両親に別れを告げ、家を出たあの日に両親が渡してきた指輪だ。
" あなたがここに来た時ね、その指輪を首からかけてたのよ。小さい頃は危ないから取っておいたのだけど、返すタイミングが分からなくて…。"
なぜ同じものをこの人が……?
「悪は完全排除せねばならない。
悪は至る所に存在し、世を貶している。今こうしている間にも、多くの善人が苦しみ涙している。
私はこの世を、善だけの世界にしたいんだ。」
尚も話を続ける亜斗里に、光はパッと思考をずらした。
今考えるべきことは違う。
この人の話に集中しなくては……。
「あの……この世に悪なんて存在するんでしょうか?だって悪って、人によって違うし……。
人がそれぞれ分かり合える世の中にすることはできるんじゃないですか?
だからうちのトップはいつも、悪や敵がいるんじゃなくて、皆ただ考え方が違うだけだと……」
「平和などという幻想に脳を侵されると、そういったおかしな戯言を言い出すのさ。」
亜斗里は嘲笑うように言った。
「そもそも、世に害を与える悪や影憑というものは全て、低レベルな人間たちが作り出す。低レベルが生まれる仕組みは至って単純。低レベルな人間が存在するからだ。
だからそれらを全て抹消し、SS級のレベルを持った者のみで世を構成、そしてパワーバランスを無くす。悪が生まれる根本を変えるのさ。」
パワーバランスを無くすことにより、世の中の乱れが無くなるのだと亜斗里は言う。
「優秀で高度なスキルを持ったエスパーのみが存在する世の中にすれば、平和は実現する。」
「……高度なエスパーだけの世の中が平和になるとは思えません。普通の人間やエスパーが悪だという考え方には賛成できない」
「君は何も分かっていないな。
笑ってしまうくらいに……。」
亜斗里は光を嘲笑うというよりも、どこか残念そうに、そして悲しげに語り出した。
「いい機会だから君に教えてあげよう光くん。
平和という、誰もが深く考えずに安っぽく口にしているソレについて。」




