彼の復讐
「梓美、お前は並の人間よりも力が強いんだ。何かあっても、誰にも手を出すなよ。絶対だ。
そして桜小路家の長女として、優雅で気品溢れるレディーを目指せ。」
「はい。パパ」
物心ついた時から、父には口癖のようにそう言われてきた。
私は母親の記憶がない。
死因は分からないが、私を産んですぐの頃に亡くなったのだと聞いた。
だからなのか、父は一人娘の私をそれはそれは大事に、そして徹底して育てた。
私は、ありとあらゆる作法の教育を受け、言葉遣いや仕草まで習い、細かいところまで徹底してお嬢様という立ち位置を確立させられた。
しかし気が強い私はよく喧嘩を吹っかけられるタイプだった。
手を出さないくせに口だけは達者だからだ。
「まぁっ梓美お嬢様っ!一体何がっ」
「旦那様ぁっ!お嬢様がっ!」
喧嘩でいくら怪我をしボロボロになって帰ってきても、父は「偉いぞ。よく我慢したな。」としか言わなかった。
だから私は、どんな痛みを負ったとしても、それが正解なんだと思っていた。
ある日……
「よく我慢したな」
父と同じことを言ってきた少年がいた。
強い者が我慢することは、やはり当たり前のことなのだと思った。
その少年の後ろにいる少し小さな少年は、私が悪ガキたちから守った猫をニコニコしながら撫で始めた。
「でもなんで我慢なんかしてんだよ」
その言葉に、私は目を見開いた。
「な、なんでって……だってパパがっ」
「お前、桜小路んとこの子供だろ。
いくら父親が偉いからって、お前はなんでも従うのか?」
そう言うと、突然走り出した。
まだ公園を出る途中の悪ガキたちを突然殴り、引きづり出して私の足元へ転がした。
「やれ」
少年の鋭い目線は明らかに私の方を見ている。
私は目だけでも、その迫力に微動だにできなくなった。
それが、鳳瑠真を初めて認識した日だった。
瑠夏くんと瑠真くんは、ヤクザの息子であるという身の上から、周囲からは恐れられ、敬遠されるため、昔から友達は一人もいなかった。
私たちはもともと家が近所であり、そして父親同士が友好関係にあったため、幼い頃から3人でしょっちゅう遊んでいた。
「俺らとつるんでるとお前まで友達無くすぜ」
私は瑠真くんにいつもそんなふうに言われていたけど…
私は2人のことが大好きで、ただ好きな友達といるだけなのに、どうして私まで避けなきゃならないのか?そして、避けられなければならないのか?
全くわからなかった。
たとえほかの友達を無くしたとしても私は、
2人といることが好きだった。
だからこの仲の良さは、小学生になっても中学生になっても変わらなかった。
私たちは3人ともエスパーだ。
家系の遺伝だろう。
しかし、養成所には行かなかった。
なぜなら私たちのスキルは、隠せる程度のものであり、そしてたいてい家系の遺伝による者たちは、自分の力をコントロールできる者が多い。
私たち以外にも、亜蘭くんや音琴くんなど、エスパーということを隠して、もしくは気付かなくて、一般社会で過ごしていた者はわりといる。
実際のところ、あまり認知されていないだけで、この世には隠れたエスパーの存在は少なくない。
瑠真くんと瑠夏くんは、正反対の性格だった。
瑠真くんはどちらかというと尖っていて、態度や口の悪さ等もまさにヤクザと言ったような感じだ。
喧嘩も強く、誰もが逆らえないようなオーラを子供の頃から醸し出していた。
しかし、勉強等には疎く、ほぼ全くと言っていいほどできないしやる気もない。
対する瑠夏くんは、とてもお淑やかで上品。
言葉遣いも丁寧で、頭脳明晰。学校の成績も常にトップクラスだった。
しかしスポーツなどはあまり得意ではないため喧嘩も弱い。
エスパーの才能も、実のところあまり使いこなせていなかった。
高校に上がる頃になると、彼ら鳳組の跡目問題についての噂を聞いた。
生まれ持った威厳を持ち合わせている瑠夏に継がせるべきだという派閥と、
これからの時代は瑠真のように頭がキレるトップが重要だという派閥と、完全に半々にわかれていたらしい。
「兄さん……僕はヤクザなんて正直興味がないよ。僕はカタギとして成功するのが夢なんだ!
だから兄さんが長になればいいんだよ」
瑠夏くんは困ったようにいつもそう言っていた。
「俺に言ってどうすんだよ。だったらお前んとこの奴ら静めろよ」
しかし、まだ16.7の子供は、大人にうまく丸め込まれてしまうようだ。
いくら長男でも、兄の瑠真が組長になったら、組は必ず崩壊する。
今の時代、瑠真のような古いヤクザは必要とされていない。
なぜなら昔のヤクザと違って今では喧嘩の腕なんかではなく、頭脳を求められるからだと。
「お願いしますワカ!このままでは鳳組は崩壊し、私たち全員路頭に迷います!
取り返しのつかないことになる前に!俺たちを!そして組長を!未来を守れる長に、あなたがならなければならない!」
そう瑠夏派の者たちに土下座をされ、必死に説得された瑠夏くんの考えは、徐々に変わってしまった。
「鳳組の次期組長は僕だ。
頭の悪い兄さんには無理だよ」
突然、今までとは180度違った言葉を聞いた時は驚いた。
目つきも変わり、本当に瑠夏くんなのかと疑ってしまったくらいだ。
二人の仲は急激に悪くなり、
今までのように3人一緒にいることはなくなってしまった。
詳しいことは、私なんかには分からない。
ただ、私には何も出来ない事、それがとてももどかしかった。
「瑠真様っ!」
「どうなさったのです瑠真様っ」
ある日、メイドたちが彼の名を呼びながら騒がしくしていることに気づき、私は急いで玄関へ向かった。
そこには、顔や制服に血がついている瑠真が、見たこともない形相で立っていた。
「るっ、瑠真くん?!どうしっ」
ガバッと突然私に抱きついてきた瑠真くんは震えていた。
「…っ……梓美ぃっ……」
その瞬間、私は目を見開いた。
奥から絞り出したような声。
それは、泣いているのだとわかった。
未だかつて、こんな彼を見たことはない。
「っ!?ど、どうしたんだねっ瑠真くんっ?!」
父がこの光景に只事じゃないと悟り、うちの執事たちを数名、鳳家に向かわせた。
鳳家は血の海。
全員、死んでいたのだ。
瑠真くんの父である組長も、弟の瑠夏くんも、舎弟たちも、全員だ。
犯人は不明。
その頃から、瑠真くんは一切笑わなくなった。
その犯人を見つけ出し、復讐するために、彼はたった一人で鳳組を再構築し、そのためだけに今も生きている。




