家畜かペットか
「いやぁ、光くんは凄いなぁ!
聞いてた通り本当に万能なんだね!」
今日は初めて、沖縄レイヴンの金盛賢吾と大阪サラマンダーの空羅モトキと共に実習という名の任務に来ている。
目の前には、光によって、うじゃうじゃの蟻に食い尽くされていく影がいる。
「いやぁ……まだまだなんですけどね……」
褒められ慣れていない光は少し顔を赤らめながら頭を搔く。
光は、亜蘭フェルナンドのホストクラブでの一件から、まるで覚醒したように強くなっていた。
任務はほぼ余裕で一人でこなせるようになっていたし、様々な技をほとんど独学で開花させ始めていた。
あれからスキルの核心を掴んだのだ。
「いや十分凄いじゃない!僕のスキルもすーぐ会得しちゃったしー!てことはアレだね、光くんが譲渡されたスキルの中には僕と同じ虫操術のエスパーもいたってことだね!」
明るくそう言う賢吾の腕に巻きついているペットの蛇ミケも、呼応するようにシャーッと唸った。
とは対照的に、さっきからタトゥーゴリゴリ青年・空羅モトキは何も言葉を発さずボーっとしている。
どこ見てるのか何考えてるのか全く掴めない、あまり出会ったことの無いレベルの無口な男で、光はどう声をかけていいのか分からず緊張してしまっていた。
そして2人きりじゃなくて良かったー!と胸をなで下ろしていた。
ここは六本木ヒルズ周辺。
渋谷などとはまた違った雰囲気と質だがもちろんかなりの人の数。
だからそのぶん影憑の量も尋常じゃないため実習にはもってこいだ。
「まだまだ居ますね……」
「うんそうだネ!」
賢吾はニコニコ笑顔のまま手を挙げた。
そこに、まるで花に群がるかのようにしてみるみる蝶が集まってくる。
「うわぁ……」
光はつい感嘆してしまった。
色とりどりの蝶が集まるものすごく綺麗な光景だからだ。
蝶たちは次々と影に群がっていき、次々と消し去っていた。
「すごい……でもこんな都会にあんな綺麗な蝶がいるんですね。」
「季節によって集まってくれる虫も違うけどね。トンボとか蜂とか蝉とか。でもやっぱり年々減ってきているなぁ……。人間が作る産業や近代化の影響で、都市化に馴染めない虫や動物は年々減少しつつあるからねぇ」
賢吾の笑顔は悲しげなものに変わった。
光も、その事実には胸が締め付けられた。
自然破壊は人間の最大の罪と言ってもいい。しかし、それは人類の発展を目指すに避けては通れないものかもしれない。
「けれど、そんな中でも逆に増加するほど強い虫もたくさんいるんだよ!」
「そうなんですか?」
「うん!例えばゴキブリとかハエとか蚊とか!進化も凄まじいし、彼らの生命力は凄いよねえ!」
「えっ……」
「あっ、試しに今呼んでみようか!最近見つけた新種でベニエリルリゴキブリってのがいて、でもそれは沖縄の宮古島発祥だからまだ都内にいるはずないんだけど、でもヤマトゴキブリなら最近都内にも出没したって噂があって、たとえばクロゴキブリの触覚の」
「おい金盛、次は俺の番だ」
初めて言葉を発したモトキに驚いてしまったが、光は助かったー!と胸をなで下ろしていた。
大嫌いなゴキブリを大量に見るなんて考えただけでさっきから鳥肌が立っていたし、賢吾には申し訳ないがおそらくゴキブリを呼ぶスキルは一生使わないだろう。
「あ、ありがとうございます、モトキさん」
助けてくれたモトキに一応小声で礼を言う。
すると……
「お前、綺麗なゴキブリと汚いチワワ、どっち触れる?」
「……は、はい?」
「俺はチワワだ」
そう静かに呟いたかと思えば、片腕をつきだした。
その腕に施されているライオンの毛皮を被ったドクロのようなタトゥーがみるみる具現化し、その腕を離れて飛んで行った。
ライオンドクロは大きな口をグワァーと開けてたくさんの影を飲み込みだす。
「え……こっっっわ……」
光はついそう呟いてしまった。
そのあまりの恐ろしさに、ゴキブリの話より鳥肌が立ってしまった。
だいたい、モトキをよく見ると、どのタトゥーもこの世には存在しないであろう異様な生き物などの恐ろしいデザインばかり……
「あの……モトキさんのそのっ、タトゥーって……全部モトキさんがデザインしたんですか?」
「あ?そーだよ。俺タトゥーアーティストだもん」
「す……すごいですね……」
それは素直に凄すぎると思う。
こんな誰も思いつかないようなデザインばかり……一体どういう想像力をしているのか……芸術派はやはり凄いと光は感心した。
「でもモトキくん、どうして虫のタトゥーは彫らないんだよ?前に僕が提案したギラファノコギリクワガタなんか君にピッタリでとてもカッコイイじゃないか!」
「虫は嫌いだと言ったろう」
賢吾は恐ろしいほど虫博士らしい。
そしてモトキは虫が大の苦手らしいと知る。
「あのー……でも俺、タトゥー無いからモトキさんのスキルは真似できないですよね」
ずっと思っていたことを口にすると、モトキは空中に人差し指で絵を描き始めた。
たった数秒で、あっという間に上手なユニコーンのような絵を完成させた。
そうしてそれは先程のように具現化して動き出した。
「こんな感じで、なんか描いてみろ」
突然そんなこと言われても……と思ったのだが、なにもやらないわけにはいかない。
迷った末、光はクマの絵を描いた。
「お前……下手くそすぎだろ」
絵心さえなさすぎてまるで幼稚園児が描いたかのような光のラクガキレベルの絵に、モトキはドン引きしている。
「しょーがないじゃないですか!絵なんてほとんど描いたことないですもん!!」
恥ずかしくなってそう叫ぶと、モトキはヤレヤレと言った様子で光の手を持ち、そのクマに当てた。
そのスキルの流れや使い方を光に浸透させるためだ。
そしてみるみるうちにクマは具現化し、全く強そうでない歪なクマは影を食べて行った。
「おぉ……」
ラクガキレベルでも自分の絵が初めて動く感動はなかなかだ。
しばらくこんな感じの訓練を3人でこなした。
「よし。じゃーそろそろ僕とモトキくんは他の人たちの現場へ行くよ!頑張ってね光くん!」
「はい!お2人ともありがとうございました!」
そう言って頭を下げ、2人を見送る。
かなり対称的な性格をしている賢吾とモトキだが、2人ともとても良い人だと思った。
お喋りな賢吾は歩きながらまだ喋っているのが聞こえた。
「ちなみにさっきの答えだけど、僕はゴキブリだよ?清潔さは見た目じゃない。しかも汚いチワワってことは汚いわけだ。ゴキブリはあぁ見えてどこでも生命力を維持するために何億もの殺菌能力を持っていて、最近では薬学なんかでもそれを取り入れる研究がなされててしかも……」
最後にはウンザリ気味のモトキのため息がこちらまで聞こえた。
二人と別れたあとも、光は少しずつ場所を移動しながらスキルの練習をしていた。
今もまさに、描いた歪なドラゴンのようななにかによって、凄まじい炎を放つ。
光の少し伸びた髪はその爆風で靡き、影憑は一瞬で灰になった。
そしてまたハッと感知した新たな影憑の方へと風のように飛んでいく。
しかしなんだか感知した感覚が、いつもとは少し違った。
辿り着いた影憑、その人物は、かつての親友……
小口 颯だった。
「は……颯……」
「……光っ」
驚いたように目を見開いた颯だが、徐々に光に鋭い眼光を向ける。
「なんだよ、今さら急に現れて」
思い返してみれば、颯は学校帰りにたまにこの辺りで遊んでいることがあった。
スクールバッグを肩に背負い、あのころと同じ、おかしな方向に髪が乱れている。
その懐かしさに、光はどこか胸が騒がしくなった。
「颯……ごめん。
あのまま俺……。怒ってるよな」
「別にお前が突然転校したことについては怒ってねえ。ただ俺は……事情をなんも話さないで行っちまったことにムカついてんだ。」
光は下唇を噛んで俯いた。
言いたくたって言えない……。
あんなことやこんなことに巻き込まれてエスパーになって、もう普通の人間じゃない自分が今どんな状況でどんな問題にぶち当たってるかなんて……。
「俺ら親友じゃねぇのかよ」
その言葉に、光は顔を上げた。
「今だって俺は……光のこと親友と思ってんだぞ。……俺だけだったのかよ!」
まだ親友だと思ってくれていた……
その事実に、目頭が熱くなる。
「っ、颯っ……違うんだ、俺は颯を……」
巻き込みたくなくて……
その一言が、どうしても言えない。
なぜなら颯は凄く優しい奴だからだ。
俺が事情を全て話したら、間違いなく手を貸そうとしてくるだろう。
「……お前の親御さんから、寮生の学校へ転校したんだって聞いたよ。」
「え……」
「あの次の日……俺お前に謝りに行ったんだ。親友のままでいたかったから……あんな別れは嫌だったから……。でもさ、お前もういねぇんだもん」
目を逸らして複雑そうな面持ちをしている颯を、光は目を見開いて見つめる。
あのあと颯がそんな思いで自分を訪ねてくれていたなんて知らなかった。
もう既に俺がいないと知って、どんな思いで帰っていったろう……
想像しただけで胸が痛んだ。
そして、やっぱりどこまでも人想いで優しい奴だと思った。
本来、謝りに行くべきは俺だったはずなのに……。
" 俺ら親友だからな!"
そういつも明るく言って、どんなときもそばに居てくれる優しい颯が、想い出と共に脳裏に蘇った。
「ごめん、颯……。
俺わかってる。親友のお前に酷いことしてるって……。そりゃあ事情も何も言わずにある日突然消えたら、怒るのも傷つくのも、当然だと思う。」
人見知りでなかなか友達ができなかったとき、颯が明るく話しかけてきてくれたから、充実して過ごせていた高校生活。
颯が与えてくれたその楽しい日々を、俺は勝手に突然放棄した。
「だから颯が謝る必要は少しもない。謝るのは俺だ。ごめん、本当に。でも………」
「でも?なんだよ」
口篭る光に、颯はギリと歯を食いしばり、拳を握った。
ボワッとますます大きくなる影憑。
光は焦った表情になり、冷や汗を流す。
ダメだ……やっぱり会話だけじゃ鎮まらない。
俺がこれを祓わないと。
「そっか……親友じゃなかったんだな、俺ら。なら……」
頼むっ……
それを言わないでくれ……
「ならもう……」
やめてくれ!
「絶交だな」
ズキッと胸が痛むのと同時に
一気に影憑に包み込まれて見えなくなる颯。
迫ってくる真っ黒い影憑。それは、今まで見た中でも驚くほど強力だった。
光は手を空中で動かしグイッと影憑を颯から剥がす。
その場に倒れた颯をすぐさま抱き寄せ、迫り来る影憑の突風から手でバリアを張った。
物凄い勢いの攻撃に耐えながら、このままだとこの辺の住宅に被害が及ぶと判断し、颯を抱えたまま飛び上がった。
太陽に近いところまで一気に上がっていき、影憑をおびき寄せる。
ここまで来たなら、いくら暴れられても地上に被害は及ばない。
グワッと大きな口のようなものを開けて一瞬で飲み込もうとしてくる影憑。
光はすぐ目の前の太陽光を掴み取ると、それを影憑にぶつけた。
影憑は暴れる隙もなく瞬く間に散り散りに焼け焦げ灰になった。
光は近くの屋根に降り立ち、颯を寝かせる。
ため息を吐きながら、ごめん…と一言言った瞬間、どこからかパチパチと手を叩く音が聞こえてきた。
「いやぁーすごいなぁキミ。あそこまで強力なのを1分も経たずに……しかもいろんなスキルが使えるんだね」
現れたのはサングラスの長身の男。
黒い髪の三つ編みを後ろに流している、いわゆる辮髪だ。
「……誰。」
光は警戒心を持ちながら颯を後ろに隠し、冷静に問いかけた。
「俺はアダマスの幹部、千鶴 環」
「アダマス……?!」
そして気づいた。
この男が着ているマント。
それは先日、御子柴マモが言っていたものと同じだ。
黒地に、赤い記号……
こんな所で俺に何の用だ?
光はアダマスと対面したのは初めてなため、どう対応していいのか分からず戸惑う。
そもそもアダマスは今では国、つまりは政府の組織……エスパー開発改造実験機関SKJのトップ。
SPIサイとは相容れない敵組織。
「…………。」
どうする……?
ここで闘えばいいのか……?
それとも……
「キミだろう?うちの蓮砲を殺ったってのは。」
「!!」
「すごいなぁ。一体どうやって殺ったんだ?」
蓮砲は燕と一緒にいた男で、光がルミエール病院で無意識のうちに殺してしまった男だ。
「いやー、あの男、俺も殺したかったからさ」
不気味に笑う男に、光の警戒心はますます強くなる。
言っていることも意味がわからない。
「覚えてない……そんなの。
ていうか…何の用ですか?」
「いやいや、そんな敵視するなよ。
ただのスカウトだよ」
「……は?」
「うち、入らない?光くん」
は?!何言ってんだ……?
しかも、なぜ名前を知ってる?!
「っ、バカにしてんのか?突然そんなこと言われてハイソウデスカなんてついてくわけない!」
「なんで?」
「っ?!なんでって……」
「なぁ光くん、君さ、うちの組織のこと、なんにも知らないよな?
なのに、何聞かされてるか知らないけど、人から聞いた情報鵜呑みにして、自分は1秒も考えることなくただ何かに従って生きてるだけ。それってさぁ……人間じゃないよ」
ドクンと光の鼓動が跳ねる。
「人間は唯一、自分でものを思考することができる存在なんだ。それを放棄してる奴は、家畜、ペットとも言う。
光くんはどうも、SPIのペットみたいだな。」
光はそこで初めて、自分がなんの疑問も抱かずただ誰かに言われたことに従って生きてきただけだと言うことに気がついた。
昔からずっとそうだ。
自分の出生、両親、学校、友達……
そして今いる組織や、世の中のこと……
どれも全て、人から聞いた情報に過ぎない。
自分の目で、感覚で確かめたことは、一つもないことに今気がついた。
「いや……違うな……
キミは、SPIのペットというより、あの爺さん……鷲谷茂範の犬ってところかな。いや、猫か、鼠か、いやなんだっていいけど」
「茂さん……?」
「光くんさ、あの爺さんのこと、どこまで知ってんの?」
「っ……」
何も知らない。
ほとんど疑問にすら思ってこなかった。
だから、疑問すら抱かずただ人に従って生きてきた俺は、確かにコイツの言う通り、家畜やペットのようだ。
「キミがやってることって、本当に正しいのかな」
「え……」
「自分の目で見て自分の耳で聞いて、自分の頭でしっかり考えろよ。」
その言葉が何故か、今の光には刃のように鋭く突き刺さった。




