唯央里VS雀
「ちょ、ちょっとっ……待ってくださっ」
かれこれ30分は走り回されていた光は流石に体力の限界だった。
エスパーは常人の比べ物にならないくらい体力も気力もあるというが、光はそもそもがノーマルな上に、いくら100の才能を譲渡された側としても、まだまだ覚醒中の素人の域だ。
「え?あなたまだ10代よね?そんな体力でどうするのよ?」
「はぁっ、はぁっ……いや、10代でもこれは流石にっ…」
その時……
ドンッ!!
「わっ!!!」
突然横の壁から出てきた何かにぶつかり、思い切り尻もちをついた。
「ってぇ……え!燕さん?!」
「はー……ようやく追いついた」
「遅いじゃないのよ燕」
「そんなことより、姉さん……
今日のところは引こう」
「は?!何を言ってるの?ここまで来といて」
「嫌な予感がするんだよ。知ってるだろ?私の勘は、必ず当たる……」
燕の深刻そうな顔に、雀は暫し沈黙した。
しかし……
「じゃあ、あなたは帰ればいいわ」
そう言ってくるりと背を向けてまた歩き出す。
「ちょっ!待ってくれ姉さん!別に作戦を練り直してからでもいいだろ?!」
「ここまで順調に来てるのに練り直す必要なんてないじゃない」
光はわけも分からず二人の間で黙っているしかなく、冷や汗を流す。
姉妹喧嘩なんかしている場合ではないのだが、内容が内容なだけに自分も参加しなくてはならない気がする。
「この期を逃すわけにはいかないわ!
目的地はすぐそこよ!ほら行くわよ!」
雀は強引に光と燕の服を掴むと、一瞬で地面を通り抜けていった。
そして抜け出た先で驚愕した。
「し!雫さん!!!」
目の前には、雫と、見知らぬ男が立っていた。
長髪で杖をつき、顔の半分は爛れている。
この男が雫さんを?!
しかし、なぜかお互いにかばい合うように立っているのが少し不自然だった。
「光くんに……雀さん……?
それに確か……燕さん……」
雫は、まさかこの3人が突然地面から現れるなんて微塵も想像していなかったため、それ以上言葉が出てこない。
「雫ちゃん無事?!怪我はない?!」
「あ……はい。えっと……」
「助けに来たわ!一緒に帰りましょう!」
雀がそう言って手を差し伸べてきた。
しかし雫は、先程3人が現れる前にした唯央里との会話が気になっていた。
この3人の中の……誰かが、スパイ?
光くん……?
いや、それはない。
光くんはサイに入ってきたばかりでほとんどまだ何も知らない。
となれば二択だ。
雀さんか、燕さん。
正直どちらとも滅多に会わないし、全然知らないくらいだから分からない。
ただ、2人ともアダマスのスパイとしてはどちらも怪しいと言える……。
「ごめんなさい3人とも……私、戻れません」
当然3人とも驚愕の表情になっている。
「大丈夫よ雫ちゃん。心配しないで。その気色悪い男に脅されていることは分かっているから。」
優しく語りかけてきた雀のその言葉を聞いた瞬間、雫は怒りが込み上げてきた。
「気色悪いってなんなの?何も知らないくせに!私は行かないからとっとと帰ってよ!」
そう叫んでしまったが、意外にも未だ雀は冷静だった。
「落ち着いて雫ちゃん。とりあえずそいつから離れなさい。攻撃が当たるわ」
雀がそう言って攻撃を構えた。
雫は唯央里を庇うように咄嗟に前に出た。
「何をしてるの雫ちゃん!」
「しっ雫さんどうしたんですか!」
光も状況が掴めず混乱してきてしまった。
雫が攫われてからここに来るのに結局1日以上経ってしまっているからこちらも気が気じゃなかったし、無事に再会できた場合は、てっきり安堵の涙を流してくれるところまで想像してしまっていたくらいだ。
なのに……
目の前の雫が至って真剣な表情で手を広げているから、一体、ここで何があったのかと驚きを隠せない。
唯央里はそんな気迫の雫に驚いたように目を見開いている。
「雫さん……」
「唯央里さんのことは、私が守るから」
「っ……」
一瞬たりとも目を逸らさない雫に、雀はため息を吐く。
「……雫ちゃん、目を覚ましてちょうだい。あなたと私がやり合っても、私が勝ってしまうわ。」
「やってみなくちゃ分からないじゃないですか……」
唯央里は、雫の後ろ姿にハッとなる。
手が震えていることに気がついた。
「そう……いいわ。嫌いじゃないわよそういう度胸のある女は……」
「姉さんよせ!!」
燕が止めるのも聞かず、雀は攻撃を放った。
ザッー……
「っ!!」
一瞬で雫の前に出て斬撃を跳ね返したのは唯央里だった。
「唯央里さん……な、なんでっ……」
「震えている女の子に庇わせるほど酷い男ではないですよ」
優しく笑ってそう言ってから、目の前の雀とまっすぐ対峙する。
「はじめまして。ようやくお会いできましたね、雀さん。私が唯央里ですよ。」
その言い方は、まるで雀が初めから唯央里という人物を捜していたかのようだ。
「あなたの目的は雫さんの救出ではなく、私を始末することでしょう?」
雀の眉がピクリと動いた。
光も燕も雫も、なんのことか分からず反応ができない。
「まさか唯央里さんあなた……初めからこうなることを想定して雫ちゃんを?」
雫の心臓がドクッと跳ねた。
「え……」と無意識に声が出ていた。
「…………そうだとしたら?」
雫は、唯央里の優しいその笑みが、初めて不気味に見えた。
状況が全く掴めないが、何かの目的のために自分は利用されていたのか?という思惑には辿り着く。
「では……とっくに覚悟ができていたようですので、しっかり殺させていただきますわね……」
雫が息をする間もなく、目にも止まらぬ早さで唯央里に隠された。
唯央里の大きな背中で何も見えないが、音からするに、とても早くて凄まじいエネルギーの斬撃を、杖で弾いているのだろうとわかった。
「……雀さん。私が本気を出してしまったらあなたは……」
「ふふっ……口だけは達者ですのね」
光は、そんな軽口を叩きながらもレベルの違う戦いを見せつけられてしまい、開いた口が塞がらないでいた。
「ところでっ、兄は元気でしょうか?」
「はっ、ここで死ぬあなたがっ、それを知る必要はないでしょうッ」
「……そうですかぁ」
「「「?!?!」」」
唯央里の背後で、雫は悟ってしまった。
スパイは…………雀さんだった!?
「……そういうことかよ……姉さん……」
怒りを含んだ燕の声が聞こえた。
「っふ、ふふ……流石に強いわね、亜斗里様の弟さんは…私と逆で、存在感も絶大で……」
雀は、斬撃を避けるのにこんなに苦労したことは初めてだと思った。
存在自体が薄いため、避けるのも近づくのも得意で、近接戦はわりと得意分野としていた。
" あぁ〜いたんだ、気付かなかった "
"あいつ影薄すぎだろ。名前すら忘れちゃいそう"
"いてもいなくても変わんないじゃん"
"なんか幽霊みたーい…こわーい"
子供の頃は、そんな言葉を何回も聞いた。
勝手に欠席扱いにされていたり、
勝手に仲間外れにされていたり、
気がつけば、いつも私は独りだった。
存在が薄いということは、存在価値が低いということと同義だと思っていた。
対して妹の燕は、私とはなにもかも正反対だった。
驚くほど存在感が強くて、目立っていた。
でも燕はそれを活用せず、むしろ他人と関わらず1人でいたいというタイプだった。
だから、才能を活かして人気者になれるはずなのに逆に気味悪がられていた。
結局、私も燕もいつも独りだった。
人生ってどうしてこうも上手くいかないものなのだろうか。
私と燕の才能が逆だったら、どんなに良かったか。
逆だったら、私たちはもっと上手く生きれたはずだ。
私たちは先天性だから、耳の裏に痣がある。
だから13歳に達すると強制的に国へ売られ、
そして……
逃げ出した。
私のこのスキルで………。
" 私の新世界で、何にも脅かされることなく、何の不自由も無く、幸せに暮らさないか。お前の娘と一緒に。お前たちには、幸せになる権利がある "
亜斗里様は私にそう言った。
サイを裏切った燕の監視として茂範にアダマスへ送り込まれてすぐのことだった。
" なぜ…娘の存在を……"
亜斗里様は、想像とかけ離れたとても優しい人だった。
だから、私は油断していたのだ。
この人が本当は……
人が一番恐怖とするものを植え付けること、それを最も得意としていることに。
"大丈夫だよ。彼女は随分と私に懐いていて、まるで父親にでもなった気分だ。"
亜斗里様に純粋な笑顔を向けている娘の椿を見ると、私は自然と顔が綻んだ。
そうして気付いた。
本当は……サイとかアダマスとかアクシアとか平和とか戦争とか、なにもかもどうでもいいんだ。
私はただ、そう……
この子の笑顔を守りたい。
ただそれだけなんだと。
だからアダマスを、亜斗里を、とことん利用してやろうと思った。
完全無欠に強いアダマスという組織相手なら、どうせSPIは勝てないだろうともう分かっていた。
ならば私と椿だけでも……
「すっ、雀さんどうしてっ……!」
「危ないから下がって雫さん!」
背後から出てこようとした雫を唯央里が庇い、唯央里の肩が掠れ血が吹き出た。
その一瞬の隙を狙って、雀が凄まじい勢いでトドメをさそうとする。
「終わりよ!!!」
ズバッー……!!
ボトボトボト……
「雫さん!!!」
光の声が響く。
唯央里を庇った雫の腕からは、血が滴り落ちていた。
「雫ちゃん、男にいいように使われちゃダメよ。男はね、女が上手く使ってやるもんなのよ」
その様子を見つめながら、無言の唯央里のオーラがボワッと燃え上がり、一気に色を変えるのが光にはわかった。
ゾクゾクッと無意識に全身に鳥肌が立った。
そのくらい、初めに光が見た優しい雰囲気だった唯央里のオーラとは別人のようになっている。
「それはお前だろう……」
唯央里のものではないのではないかと思うくらいの低く感情のこもっていない声。
「兄に逆らえなくなって良いように使われてるのはお前だろう……」
「っ、なにをっ」
「いい加減目を覚まさせてやろう」
カッと目を見開いた唯央里が、杖を掲げ、大きく一振した。
何も発する隙もなくそれを浴びた雀の体は固まり、身動きが取れなくなった。
そして、まるで弓を放つようにして振った攻撃により、雀は倒れ、ピクリとも動かなくなった。
雀の身体から杖へと何かが吸収されていく。
魂のようなものだろうか。
唯央里には生命の操作スキルがあるからだ。
全てが一瞬で起きたことだった。
ハンデも持っている上に手負いの状態でその圧倒的強さ……
アクシアの唯央里という男は、その姿と性格とはあまりにもかけ離れたものを持っている人物だった。
カランッと落ちた、雀のペンダント。
呆然としていた燕が、ゆっくりとそれを拾う。
「出口までお送り致します」
いつの間にか真後ろに立っていた錦に、時が止まったように思考停止していた光は腰を抜かしそうになる。
しかしここで帰っては、当初の目的だった雫奪還の失敗が確定してしまう。
光は急いで雫に視線を移した。
そこで見たのは、たちまち辛そうに腕を抑えながらよろつく唯央里を支えながら心の底から心配そうな表情をしている雫だった。
それは、もう確実にこちらには戻ってこないだろうと理解するのに充分な光景だった。




