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恋と姉



「あ?なんだと?雫は戻らない?」



仮死状態の雀を連れて本部に戻れば、当然全員はこれまでに無いくらいの驚愕の表情を浮かべた。



「おそらくですが、誰が行っても無理だと思います…雫さんの意思は固いようで…」



「そこを引きずってでも連れ帰ってくんのがお前の仕事だろ!雫はな!優しいから誰彼言うこと聞いて、良いように使われちまうんだよ!」


「ちょっと爽斗落ち着いてっ」



光の胸ぐらを掴む爽斗の手を、柚が掴みおろした。



「ともかくは、雫が無事だっただけでも良かったじゃん……」



今ここに集っているガゼルのメンバーは皆、辛辣な表情を浮かべている。

それもそのはずだ。

結局当初の目的はおろか、雀が裏切り者だったというような現状で戻ってきたのだ。



「……にしてもまぁ、姉妹揃ってろくでもねぇんだな。」


「いやカイト、そうとも言えないだろう。おそらくアダマスのトップとアクシアのトップ……双方に人を洗脳する能力があるんだろう。しかも、兄弟という話じゃないか」


会話の内容を報告したため、そのような状況判断になったのだが、そう悔しそうに呟くカオルが一番切羽詰まった雰囲気だ。



「なるほど……じゃあその能力で雫も……」


爽斗が納得したように呟くが、実際に見た光にはそれがどうなのかは確信が持てない。



「茂さん……アダマスとアクシアには、スパイを送りこまない方がいいですよ……。」



武臣が眉を寄せてそう言うと、茂範は唸った。



「彼らのそんな噂なんぞ聞いたことなかったんだが…」



「なぁそれで……雫はどうしたらいい。

次は俺らで行ってきていいよな?茂さん」



「いや……しばらく放っておこう」



「はぁ?!」



「今は闇雲に動くべきではない。雫が無事だと確認できたなら、一旦この件は保留にする。」



絶句している爽斗に続いて、カオルが声を上げた。



「雫ちゃんが今後も無事だという保証はどこにあるんです?!このまま放置して取り返しのつかないことになったらどうするんですか!」



「……おそらく雫は大丈夫だろう。洗脳の有無は関係なく、彼女は攻撃の対象にはならない」



「なっ、そんな理由でっ」



「茂さんの言う通りだ。それに、私が見てきた限りじゃ、雫は洗脳されているようには見えなかったが、相当の意思であそこに留まっていた。それ相応の理由があるのだろう。

私たちが下手に出て、マイナスに事が進む可能性のあるリスクは避けるべきだ」



真剣な燕の見解に、皆は複雑な面持ちで押し黙った。



「それより燕……あんた姉さんが仮死状態だってのに酷く冷静だけど……大丈夫か?」



カミラが眉を寄せて問いかけると、燕は俯いたまま「あぁ…」と短く返事をした。



燕は手に握りしめていた雀のペンダントをゆっくり開いた。

そこには、幼い少女が雀と共ににっこりと笑っている。




自分と雀の好きになる相手は昔から、いつだって同じだった。

今まで生きてきてずっと、自分ばかりが譲ってきた。

いや違う……そう思おうとしていただけだ。

実際は相手がいつだって、お淑やかで女性らしい雀の方を好む。


しかし、今までにたったひとりだけ、

雀よりも自分の方を好んでくれた人がいた。


2人で銀座の店で働いていた頃だ。

毎回なぜか姉ではなく私を指名する客がいた。



" なんで…私なんですか… "


" え? "


" 姉さんと違って、無愛想で女らしくない私なんかを好き好んでくれる人なんかいないから。いつだって皆、姉さんを選ぶ "


" そう?でもそんなこと気にせず自分らしく振舞ってる君の方が、俺は全然好きだけどね "



いつもの爽やかな笑顔でそう言って、酒を飲み進める彼に、不覚にも胸を打たれた。



でも結局……やっぱり姉さんが邪魔をした。


姉さんはいつだって、私が好きなものを奪っていく。


でも私は分かってる。


姉さんに悪気はない。無自覚なんだって。



けど……



邪魔だった。ずっと邪魔だった。

姉さんのことが。




" アタシね、白鳥さんとあのあと昨夜…… "




どうして……


どうしてそれを言うの……?!



そうなることくらい予想してたよ!!

私だって馬鹿じゃない!


でも黙ってあのあと見送ったんじゃないか!



知らなければこのまま好きなままで、憧れのままでいられたのに!!



なんでわざわざ報告してくるんだよ!


仲良い妹だから?!

姉妹だから?!なんでも相談し合える仲でいたいから?!


それで今まで私がどれだけ傷つけられてきたと思ってんだよふざけんな!!



いつだって全てを奪っていくくせに、好きだと思い続ける感情まで奪わないでよ!!!





" そんなこと気にせず自分らしく振舞ってる君の方が、俺は全然好きだけどね "




気にしてないわけないだろ……


私みたいのが自分らしくいちゃあ、きっとお前みたいな奴に傷つけられるんだよ。


だから人は皆、仮面を被る。


ただ自分が傷つかないように、

ただ自分を守るために、

そのためだけに皆、自分を押し殺して取り繕うんだ。



でもたまには私みたいな人間だっている。


そんな器用なことが上手くできない奴が……。




……できない奴は、

傷つかなければならないのか?




" 皆が生きやすい平和な世の中にしたいんだ

ただし、優秀なエスパーだけ。"



亜斗里はそう語っていた。



"なぜ私たちに、人とは違った優秀な才能が与えられているか分かるかい?それは、私たちが選ばれし者だからだよ "



私は息を飲んだ。

今まで、人と違うことがどこか悪いことのように思っていた。

しかし、違うことこそが正しく価値のある特別な存在ということだと、彼は言ったのだ。




" 特別な者、選ばれし者だけが存在する世界にすれば、もう誰も辛い想いを抱えることはなくなる。

燕、お前は自分らしく、素晴らしい存在のまま幸せに生きるべきだ "




その日から、私の考え方は大きく変わった。

1番言われたかった言葉をもらえたからというだけじゃない。

亜斗里という男自体が、なぜか人に自信と力を与えるのだ。

そばにいるだけで、なんでもできるような気にさせる。



しかし……



それと同時に、

恐怖をも与える存在だった。




" お前がサイ側の人間だということは知っている "



ある日、唐突にそう言われた。



" そんなに怯えるな。別にお前を殺そうなどとは思わない。なぜなら優秀なエスパーだからだ。私の創る世界には必要だ。 "



最初から正体がバレていたという事実に、私はただ狼狽した。




" 椿……という名前だったかな。

君の姪は…… "



私はその名前を聞いた瞬間、

全身が動かなくなり、血の気が引いた。



" まだ覚醒はしてない…のかな?

楽しみだな……。きっとお前のように優秀なエスパーだろう。"



椿は雀と白鳥さんの子供だ。

まだ4歳で、エスパーの覚醒はしていない。


もしも…椿がエスパーじゃなかったら……

亜斗里が創る新世界には必要のない存在となる。

ということは……




"……亜斗里様……何でもします。

何でも……。ご命令をください "



その時の、その憎たらしいほど美しく光る瞳を今でも忘れられない。


私は、初めて惚れた男と姉の子供を守るために、なんでもした。



「………。いや…違う…」



きっと私は……



「……燕さん?大丈夫?」


心配そうに顔を覗きこんでくるサイメンバーたち。

あぁ…そうだ…雀が死んだことについて聞かれてたんだな。



「問題ない…。元々そこまで仲良くないんだ」



……そう。

結局いつも私の人生の邪魔をしてくる雀が、私は憎かった。

ただそれだけだったんだと思う。



だから……



亜斗里には、それを利用されたんだ。





「洗脳」のスキル?

そんなもの、亜斗里にも伊央里にも無い。




あるのは、

人の懐に入り、1番の恐怖を植え付ける才能だ。



私たちのこんな関係までお見通しな亜斗里に、私も雀もただ利用されたんだ。


私は鷲谷茂範とその組織を潰すように

雀は伊央里とその組織を潰すように

アダマスだけが、この世界を征服するように



そしてこうなることも…

亜斗里は見越していたんだ。



私にルミエールを襲撃させたところから……

いや、

きっとそれよりもっと前からだ。



今、全ては亜斗里の手のひらの上。


あの男は全てを牛耳っている。

あの男には誰も逆らえない。


結局気がつけば、全て亜斗里の計画通りになっているからだ。



ただ……



これからたくさん傷つき、悲しみ、涙する椿の母親を奪ったことは、絶対に許さない。



それだけは、許せない……。


私の感情も、雀の感情も、椿の感情も雑に扱ったこと。



私は一生をかけて、

お前に復讐してやる……。





ギュッとペンダントを握り締めている震える拳を、光は眉を寄せて見つめていた。

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