白い花
「……は?なんて?……今、なんて言いました?」
大阪から戻ったカオルは、雫が攫われたという事実に、文字通り頭が真っ白になっていた。
「すまないね……私がいたのに……」
「リーダー、あの状況だったら仕方ないです。」
額に手を当て項垂れている武臣を慰める玲二。
しかし、カオルは珍しく冷静でいられなかった。
「はぁ?仕方ない?!なんだそれは!どういうつもりなんだっ!説明しろよっ」
「おい落ち着けカオル!」
カイトはカオルをソファーに座らせた。
「クソっ!なんで雫ちゃんがっ……」
息を切らして明らかに普段の冷静な雰囲気のカオルではなくなっている。
「だいたい……武さん……なぜあなたがいてこんなことになるっ!?なにしてたんですかあなたはっ!」
「いい加減にしろカオル!その場にいなかったてめぇが、責める資格なんてねぇだろうが!」
ハッとしたように目を見開き、俯くカオル。
「あぁ……そうだ……その通りだ……
俺は……いなかったんだ……俺がいたら……」
「お前がいたって結果は同じだったはずだ。そもそも、そんな手じゃあな。」
カオルは包帯だらけの折れている手指を見つめ、歯を食いしばった。
" 私、カオルさんの手、好きなんです。"
" え?いや、傷だらけで汚いでしょう "
" 何言ってんですか。こんなに綺麗な手、見たことないですよ。自分を犠牲にして、たくさんの人を救っている手です。本当は、こんなグローブ要らないんじゃないですか。隠さず、見せびらかしてください! "
初めて俺が、自分を好きと思えた瞬間だった。
「いや……カオルくんの言う通りだよね…。本当にすまないね。皆に気をつけるようにと注意を促しておいて、私がこんなミスを犯すなんてね……」
自分を責めてしまっている武臣に、玲二はゆっくりと話し出す。
「最後のあの來夢って子の技……食らえば確実に大変なことになっていた。それにリーダーは最初からずっと僕たちのサポートに全力を尽くしてました。リーダーいなかったら僕ら全滅でしたよ…」
さっきからそばに座ってただ聞いていただけの光は、やはり玲二は流石だなと思ってしまった。
先程は自分の恋人の心のケア、その後すぐに武臣やここにいる者たちのサポートも忘れない。
途中から茂範が戻ってきた。
カイトとカミラから報告を聞いたうえで、無言のまま俯いているカオルと武臣を交互に見て状況判断をした。
「……まずは場所を探す必要がある。
対策を練らなければならんから、闇雲に動くことは禁ずる。……いいな?カオル。」
茂範はカオルの考えていることを見透かしているかのように見下ろしてそう言った。
「……カイト、至急、雀を寄越せ」
「雀?……だが、雀は今……」
「緊急事態だ」
「……承知。」
その日の晩、ようやく少し頭を冷やしたカオルが突然武臣に土下座した。
「申し訳!ありませんっ!武さんにあんなこと言うなんてっ……自分はっ」
「いやいややめてよね、カオルくん。ほら、顔上げてよね。」
夕食の場だったため、全員ピタリと手を止めてしまった。
皆当然食欲はないが、茂範に喝を入れられ、何とか全員暗い雰囲気にならないように努めていたところだった。
「カオルくん。君の気持ちはよくわかる。私も昔、大切な人を救えなかった経験があるんだよね……でもね、大丈夫。今回はこんなに大勢仲間がいるんだ。きっと雫ちゃんを無事救い出せるよ」
その言葉に、今回任務で現場にいなかった愁磨や朧、朝凪夕凪や洸輔も、各々カオルに励ましの言葉をかけている。
光は正直ずっと疑問に思っていたことを、隣にいる相変わらず食欲旺盛なカミラに投げかけてみた。
「あの……カオルさんって、雫さんと、その……なにか特別な関係とかなんですか?」
今日のカオルの様子を見るに、とてもじゃないが普通の仲間という位置関係とは思えないような感じがするからだ。
「あぁ、んっとね、雫はね、そもそもカオルが連れてきた子なんだよ」
「え?!」
「そいえば光、アタイらのことまだあんま知らんよね?」
「あ……はい。実は。」
実はまだ、顔と名前と少しだけスキルについて知っているだけで、年齢も出生も、なぜ茂範の側近のようなことをしているのかも知らない。
「もう20年前くらいになるかなぁ……
アタイらが12.3歳くらいの時さ〜、気がついたら茂さんに助けられてたんだよ。」
「20年前?!」
ってことは……
この人たちは今30過ぎなのか……?!
見えなすぎる!!
「茂さん、ほんっっとカッコよかったなぁ……
後にも先にも、あんなにカッコイイもの見たことないぜ……」
カミラは齧りかけのパンを握ったままウットリとした顔をしている。
「あの頃アタイらには名前なんて無くてさ。生まれた時からずっと、小さい村の小さい小屋で、動物みたいに育った。
おかしな力があったからな。」
光はハッと息を飲む。
茂範が言っていたことを思い出した。
エスパー能力のある者は、一般社会では受け入れられておらず、親でさえ気味悪がるのだと。
「で、ある日アタイらは、殺されそうになった」
「え!」
「で、どうなったと思う?」
「どう……なったんですか?」
「アタイらが村丸ごと1個潰しちまったんだ」
ゾクッと鳥肌が立った。
そもそもそんな壮絶な生い立ちがあるようには微塵も見えなかったし、驚きを隠せない。
「そんとき、皆殺しにした村人たちから生まれた影憑に……アタイらは殺されかけた。……見たことないってくらいやばいバケモンだったんだ。さすがのアタイらでも歯が立たなくて……もうダメだって時に……」
「茂さんが……?」
「うん。まだ今より若かった頃の茂さん。
あんなすっげぇバケモンを、一瞬で消しちまったんだ。
本当に、一瞬だったんだよ。
アタイらが間一髪ってときにさ。」
思えば光は、茂範のスキルなどを見たことがない。
最強とは聞いていたが、どれほどのものなのか、生で見てみたい好奇心はもちろんある。
「普通さ、村1個潰して100人以上皆殺しにしてたらさ、アタイら犯罪者だろ。でも茂さんはそんなアタイらを庇ってくれたんだ。それから名前をつけてくれて、強くもしてくれた。スキルの使い方を教えてくれて、鍛え上げてくれたんだ。」
またパクパクと食事を進めながら、カミラは穏やかな笑みを浮かべている。
3人が茂範に忠誠を誓っている理由を深く理解した。
「んでそれっから、アタイら3人はずっと茂さんに命をかけてるわけ!茂さんの命令だけが、アタイらのやりたいこと!」
「なるほど……じゃあその過程で雫さんを」
「うん。カオルが言うには、なんか酷いことされてたんだって。詳しいことはアイツしか分かんないけど」
酷いこと……と心が痛んだが、よく考えたらこの世界では、酷いことというのは日常茶飯事かもしれないと思った。
誰もが才能を持つ世界だと、非人道的な弊害が多い。
そもそも自分だって、養子だったということは実の親に捨てられたようなもんだろう。
「カミラさんたちが育ったその村って……一体どこの村なんですか?」
そんな閉鎖的で差別的な恐ろしい地域の存在があるとは考えたこともなかったため、恐る恐る聞いてみる。
「それがさ……不思議なことに、アタイら3人とも全く覚えてないんだよ。場所も名前もどんな奴らがいたかも、なんにも覚えてないんだ。ただ、アタイら3人がどう育ってきたかってことしか。」
10歳なら、そんなもんなのか……?
それに、人はあまりに惨い経験を無自覚に封印してしまうものだ。
「あ……でも……」
カミラはなにか思い出したように手を止めた。
「白い花が……たっくさん咲いてたんだ」
「白い花……?」
「うん、小さくて白い花。
雨が降ると、透明になるんだ。」
「……それって……」
「あっ!そうそうそういえばさ、
そん時の茂さんの凄いところったら、なんと赤ん坊背負って闘ってたんだぜ?」
「っへ?!赤ちゃんを?
ど、どゆことですか?茂さん子供いたのっ?」
「今思えば、多分1歳にもなってない赤ん坊だったんじゃないかな〜。それが茂さんの子なのか、どこのどいつなんかはアタイらは知らないけど、その日以降、一切見なくなっちゃったからねー。」
光は謎が深まるばかりの茂範に、ますます奇妙さが増していく。
「てかそんな赤ん坊のことなんかどーでもいいよ!とにかくアタイが言いたいことは!茂さんは赤ん坊背負ってても最強っつーこと!」
「そーなんですね…はは…」
この時はまだ、あまり深く考えていなかった。




