攫われる雫
「つぅか、どうせ実らないってなんだよ雫!」
「あんたもなんとなく分かってるんじゃないのー?とりあえずさぁ、ほら、あそこにいる可愛い子たち、ずーっとアンタのこと見てんだからファンサでもしてきなよ」
そう言って指さしたその席には、確かに可愛い同い年くらいの女の子たちが5人もいた。
「……ふんっ。見てんじゃねーよ」
「こら、聞こえるでしょ!って……
…あ、こっち来るよ?え、来る来るっ!!」
こちらに向かってくる5人の女の子たちに、雫たちはドキドキとする。
確かにいつも爽斗は見られてはいるが、こんなに積極的な女子たちはなかなかいない。
「こんにちは!」
「えっ、あっ、はい、どうも……?」
「篠原雫ちゃん、ですよね?」
「へっ?私?え…どうして名前を…」
「一緒に来てほしいの!」
5人組女子は、交互に話してはそのニコニコの表情を一切崩さない。
話している内容も、唐突すぎて意味もわからないし、徐々に奇妙な空気に包まれていく。
「え、あの……ごめん、私がなんだって?」
いつのまにか、武臣やカイトたちの視線も集まる。
カミラだけがモグモグと口を動かしていた。
「だからさ、治癒スキルで有名な雫ちゃんでしょ?」
その瞬間、カイトは髪の隙間から密かにオッドアイを発動させた。
見える……
俺には見える……
その滾り出すオーラが。
奴らと……同じ種類の。
「てめぇら、アダマスだな?」
カイトのその言葉に、皆が応戦体勢に入った。
表情を崩さない気味の悪い5人に、皆の額に汗が流れ、緊張感が走る。
こちらの方が人数が多いにしても、相手がアダマスならば強さでは怠る可能性の方が高い。
しかも5人もいるのだ。
「今日はあなたたちには用はありません。
雫さんに来てほしいだけです。」
「なっ、なんで私なの?だいたいっ、あんたたちみたいな見ず知らずの人たちについてくなんて馬鹿しかしないわよ!」
店内がシーンと静まり返る。
店長や店員も作業を止めてポカンとしている。
当たり前だが、全く状況が掴めていない。
武臣は目だけで指示を出し、カイトとカミラに店長たちの守護へ行かせた。
「……これは失礼しました。確かにまだ名乗っていませんでしたね。」
にっこり笑ったまま、5人は順番に名を発した。
「私は來夢らいむ」
「私は檸檬れもん」
「私は蜜柑みかん」
「私は花凜かりん」
「私は杏子あんず」
沈黙が流れた。
なんとも言えない空気が流れる。
「ずいぶんと美味しそうな名前だなぁ」
という店長の声だけが響いた。
「てゆーか、あの子たちってたまにうち来ますよね?」
「地下アイドルであぁいうグループいなかったっけ?」
「思い出した!こないだ雑誌に出てたよ!えっと、なんだっけ……フルーツなんちゃらみたいな!」
キッチンから店員たちが興味津々で覗いている。
「だっ、ダメよっ!雫はね、私たちの雫なんだからっ!」
「そーだぞ?つかお前ら俺に惚れてたんじゃねぇの?俺のこと連れてけよホラ」
少し意味不明な言葉を発する柚と爽斗に、初めて5人は困ったような表情に変わった。
そして突然輪になり、コソコソとやり始めた。
「めんどくさくなってきちゃったよ、なんか。」
「そうね。どうしましょうか」
「面倒事は避けたかったんだけどね」
「暴れたらまた帝様に叱られちゃうよ」
「ええやん、もう。とっとと終わらせよ」
「おい、いつまで作戦会議をやってる。
こっちはもう会計して帰りてぇんだ」
カイトが睨んだ瞬間、杏子あんずがサッと指を振った。
その一振だけで、全テーブルの肉焼きグリルの火がボオオオと凄い勢いで燃え上がり一瞬で全員がパニックになった。
「かかか火事だァァー!!」と店長が叫び、火に囲まれた店員たちは一斉にバタバタと水を用意しだしたのだが、なにしろ煙たくてどんどんと周りが見えなくなってくる。
冷静なカイトは店長たちを考慮しつつオッドアイで杏子たちの動きを見るが、ここは一般人の店内。本気でやり合えば崩壊してしまう。
「じぃさん!」
「わかっとるからね」
武臣は空間を操作するスキルがある。
どういうことかというと、武臣の中だけでそこにある者や人の位置を変えることができるのだ。
しかしかなり短い時間で瞬時に操作しなければならない。
武臣がスキルを発動した瞬間、空間が歪んだ。
1秒未満に店から全員を外に出し、空間を組みたて直し、臨戦態勢を整えた。
武臣がスキルを解くと、誰もが一瞬で戦闘を開始した。
來夢は地面のコンクリートや土を武器にするスキル、檸檬は電線や店などそこらじゅうから電気を集めて使役するスキル、蜜柑はそれの水バージョン、杏は火のバージョンといったところか。
しかもあまりに連携がとれているため、ガゼル一派がいくら強くても5人の方が格上だ。
そもそもこんな住宅街のど真ん中のような場所で、本気を出すなんてことはできない。
檸檬と対峙している光は、その四方八方から電気を集めて使役しているスキルに、持ちうる限りの防御力で耐えては避けているしかなかった。
なにしろあまりに強力で素速い。
随分と連携がとれているということは、普段から5人で戦闘することに慣れているのだろう。
皆が各々苦戦しピンチになる度に、武臣が空間操作で救っていた。
5人組は武臣により一掃攻撃を仕掛け出す。
それがレベルが違すぎて、周りはなかなか思うように手助けができなくなっていた。
「おい!雫から目を離すな!」
雫はそもそも戦闘にはあまり向いているエスパーではない。
もちろんSとして身体能力は高いにしても、普段は治癒専門なため、任務に出向くよりも待機して皆の任務での怪我や体調不良を治すことに専念している。
カイトが注意を呼びかけて束の間、雫は人質に取られていた。
全員の動きがピタリと止まる。
皆が息を飲み、具合が悪くなるほどの緊張感が張り詰める。
「……その手を離せよ」
ピリピリとした沈黙を破ったのは爽斗だった。
「お前が動くより先に、俺がお前を殺す」
「ふ……それは無理だと思いますけど……
でも安心してください。この方は殺しません。
ちょっとお借りして、いつかお返しします」
「ふざけたこと抜かすなブス」
雫の首に手を当てている來夢は、にっこりと笑ってなんとも言えぬ色のオーラを滾らせた。
その朗らかな笑みと丁寧口調からは想像もできないくらい禍々しく恐ろしい迫力のオーラだ。
どうやら、気分を害すとこうなる性質らしく、
ほかの4名は「あちゃー」「出ちゃったよ」などと顔を苦くしている。
「あー、えっとぉ……ガゼルさん。真面目な話、この辺で手打ちにしといた方がいいよ……」
檸檬が苦笑い気味でそう言ったのだが、ここにいる誰もがその意見に賛成せざるを得ないことが起きそうな予感を察知していた。
なぜなら來夢のそれは、ますます大きく膨れ上がり、ありえないほどのパワーで周囲を包み込んでいたからだ。
これが弾けたら何が起こるか分からないが、とにかくヤバイの一言に値するだろう。最悪、壊滅する可能性すらある。
かといって今は、下手に手を出せずに皆固まるしかなかった。
「わ、私は大丈夫だよ皆。」
「雫っ!」
「必ず、帰ってくるからさ……」
雫は恐怖で涙を溜めても震えてもいなかった。
無理に作った笑顔で、皆に心配をかけまいと笑っていた。
けれど微妙に内に寄る眉が、涙をこらえるように赤くなる目が、今の雫の心情を表していた。
柚はいてもたってもいられなくなった。
だって私にはわかる……
全部わかるよ、雫が今どんなに怖いか……
でも雫はいつだって強いから……
どんな時でも、みんなの前ではそうやって振る舞うの。
そうやって笑うの……
本当は私より脆いのに……
「やっ、しずっ」
近付こうとした瞬間に玲二に腕を取られる。
そして雫は5人組諸共消えていった。




