柚の弟
次の日、光は安心していた。
昨夜の志門はかなりセンシティブになっていて元気がなかったけれど、朝からは元通り生意気な少年に戻っていた。
皆への紹介も終わり、志門もだいぶ皆と打ち解けたことだし……
良かったと胸を撫で下ろしていたところに、早朝任務から帰ってきたのは小鳥遊柚だった。
いつもの通り、「柚〜!」「玲二〜!」
と飛び付き合い、ラブラブっぷりを見せつけられたが、皆空気のように慣れすぎているため、ギョッとした顔をしているのは志門だけだった。
「柚、せっかく会えたのに僕がこれから任務なんだよ」
「あ〜ん、すれ違い〜…
でも頑張ってね♡待ってるから♡」
「ありがと♡帰ったら……コソコソ」
「…あはっ♡やだもぉ玲二ったらー……コソコソ」
イチャイチャが終わりそうにないため、少し申し訳ないが光は二人の間に割り込んだ。
「柚さん、あの、お疲れ様です。
こちら、昨日から新しくガゼルに来た志門くんです」
「え?あ、新入りくん?キャー!かわいい!」
「やっやめろよっ!」
ギュッと志門に抱きつく柚。
実は光が初めて会った時もこんな対応だった。
一応異性という身に恋人が抱きつくことを、玲二はどう思っているのだろうと考えたりしたのだが、玲二はニコニコと至っていつも通りすぎて、なんだか余裕を見せつけられている気がする。
「あ、そういえば柚、この子もTSなんだって。
えっと、志門くんは……」
「TS 65 の、ファイブ……」
「あら、そうなんだねぇ。私は TS 53 スリー
小鳥遊柚だよ。これからよろしくね」
「え……? えっ……」
「ん?」
目を丸くして固まっている志門に、柚は首を傾げる。
「もしかして………八朔の……
八朔の姉ちゃん……?」
「え……」
元々大きな目を更に大きくして息を止める柚。
ポンと肩に手を置いた玲二によって、我に返った。
「はっ、八朔を知ってるの?」
「うん……途中から、俺と同じTS65に来たから。姉ちゃんがいるって言ってた。名前も聞いた。」
" 僕も姉ちゃんもね、柑橘の名前なんだ!"
" かんきつ……?"
" うん柑橘!知らない?
ほら、ミカンとかレモンとか!
それと同じ種類の果物の名前! "
そう笑顔で嬉しそうに語ってた八朔を思い出す。
八朔も柚も、当時の俺は知らなかった。
" へぇ……いつか、食べてみたいなぁ "
" すごーく酸っぱいけど大丈夫?いつかここ出たら、食べさせてあげる!うちの庭に木があるんだ! "
" え……? うち? "
" うん!僕のおかしな病気が治ったら、パパママ迎えに来てくれるんだって!その時に志門のことも連れてってあげるよ! "
俺はそこで初めて知った。
SKJにいる全員が、赤子の時点からすぐ売られたわけではないということを。
こうして稀に、親から嘘を言われて何も知らずに入ってきたような幼子もいるのだと。
八朔は本当に明るくて前向きな奴だった。
特に、姉ちゃんの話をする時は。
" 八朔は姉ちゃんのことが大好きなんだな "
" うん!とっても優しいんだ! "
" ……会いたい? "
" うん……会いたいな "
俺は、いつか八朔が姉ちゃんと再会することを願っていた。
でもある日突然、八朔は消えた。
「なっ、なぁっ!八朔は?!
あいつ今どこいんだよ?!まさかここか?!」
縋り付くように言う志門に、柚は眉を寄せて押し黙る。
そこで口を開いたのは玲二だった。
「志門くん、落ち着いて。」
玲二はしゃがみこみ、志門に目線を合わせると、肩に手を置いた。
「君はその子と相当仲が良かったみたいだね。」
「っそうだよ!だからいんなら会わせてくれ!」
「……4年前かな…。茂さん指導の元、SKJ潜入計画があった。その時僕は、柚のことは助け出すことができたんだけど……弟の八朔くんは……手遅れだったんだ」
志門はそれを聞くと、目を見開いたまま崩れ落ちた。
「はっ……はは……またかよ……
俺は死神なのか……?
俺と仲良くしてた奴みんな、みんなみんな、やっぱり消えてくじゃねぇかよ……」
なぁ八朔……
俺、ついに会えたよ。
お前が俺に会わせたがってた、お前の姉ちゃん。
お前みたいに綺麗な、サラサラなパープルの髪。
でも……肝心のお前がいないなんて思いもよらなかった。
俯いている志門の前に、今度は柚がしゃがみこみ、優しく言葉をかけた。
「志門くん……八朔と仲良くしてくれてありがとう。あの子、まだあんなに小さかったし、寂しがり屋だから、志門くんがいてくれて救われてたと思う。」
「…………。」
……は? 救われた? どこが……?
死んだら何もかも終わりだ。
救われたもクソもない。
「私もね、弟の死を受け入れられるようになったのは、つい最近なの……」
切なげに、でもいつもの優しい笑みを零してから、志門の頭を撫でる柚。
「最後まで、また会うことは叶わなかったけど、でもあの子のお友達にこうして出会えたから、嬉しいよ。」
「嘘だ……。本当は……俺じゃなくて、」
「志門くんのこと、弟みたいに可愛がっちゃおうかな!志門くんも、私のこと、お姉ちゃんだと思っていいよ!」
柚は、志門の言葉を遮って元気よくそう言った。
志門の鼓動が跳ね、涙腺が緩む。
" 志門くんにもいつか会わせてあげる!
きっと志門くんのことも、弟みたいに優しくしてくれるよ!"
そう言っていた八朔の笑顔がリフレインした。




