音琴 奏
バッと現実に戻された。
かと思えば目の前には愁磨がいて、先程の元の情景が広がっていた。
学校の時計を見ると、1分も経っていない。
一瞬で見た伊達巻藍那の記憶は、この影憑蛇の源なのだろう。
「さて、では月詠。
ここからどうするか、それはお前次第なんだがー」
「伊達巻さんの……家に行こうと思う。」
光は覚悟を決めた表情で立ち上がった。
「友達なんだ……」
愁磨は僅かに口角を上げながら
「ラジャー」
そう言って影憑蛇を石に変えた。
影憑は退治したあと小さな黒曜石のような石に変えることができる。
その後、根本問題を解決して抹消するか、所属寮にある回収室に置くという流れだ。
本部が各寮の影憑石を定期的に回収している。
伊達巻藍那の家……
それは藍那を追わなくても分かった。
光の中にはすでに追跡能力まで開花していた。
「すっげえ大きな家じゃんか。
お嬢かー?あいつ」
愁磨の言うように確かにどう見ても豪邸と呼ぶに相応しい家だ。
だが、さっきから家の周りにまで異様な黒影が溢れている。
よし……とりあえず中の様子を伺いたい。
広すぎてどの方向から回ればいいのか……
「え」
「あ?」
玄関の柵を越え、ひとまず裏庭を回っていた時だ。
なぜかありえない人物とバッタリ出会ってしまった。
その人物がフードを取った。
「な、な、な、な、ななんでこんな所にミカエルズのギタリストがっ!んぶっ!」
「ばっかやろ!静かにしろよ月詠!」
「お前もだよ……つかなんでいんの?」
慌てて光の口を塞ぐ愁磨を、面倒くさそうな顔で舌打ちしたかと思えば、大きな欠伸をする音琴 奏(22)
光が何年も大ファンをやっている人気バンド、ミカエルズのギタリストである。
「いや音琴、お前こそなぜここにいる?
つか筋トレしてんのか?」
「ふぁーあ。なぜって俺は……」
愁磨のいつもの筋トレ挨拶を可憐に無視し、ウザったそうにパーマがかった長髪をかきあげる奏のその仕草が、今の光にはキラキラとしたフィルターのかかったスローモーションに見えていた。
「リハ帰りに瑠真さんからヤベエのが出てるっつって電話あってさ、んで来てみたら……」
「かっっ……こいいーっ……」
「……つか誰コイツ」
目を輝かせている光を、奏は蔑んだような目で見下ろしている。
というか、ヨダレが出そうになっている光にどちらかというとドン引きしている感じだ。
「あー、そっかお前ここ1ヶ月ガゼルに顔出してなかったもんな。新入りだよ。おら挨拶しろ」
「はっ!あっ!ははじめましてっ!
つつつ月詠光と申します!」
「だから声でけぇって月詠っ」
シー!と愁磨にまた注意され、
だってそれどころではないんだ今!と心の中で叫ぶ。
だってだって!
目の前には俺の憧れ!音琴奏がいるんだそ!!
人生でこんなに緊張して興奮して心臓バクバクなの初めてだ!
「月詠!月詠おいっ!聞いてんのか」
「あっ!はいっ」
「ま、知ってるっぽいけど一応紹介するな。
こいつは音琴奏。奏は実社会の活動が忙しいから、ガゼルには時々しか顔を出さねぇ」
なんとっ……!
あの音琴奏もエスパーだったとは!
しかも同じガゼル!!
こんなことってあっていいのか……?!
こんな強運使い果たしちゃって俺ってどうなっちゃうんだ……!!
「新入り……?そういや梓美が、んなこと言ってたっけ」
「こ……っ……」
声も綺麗っ!!イケボ!!
普段はライブでもボーカルの詩さんしか喋らないし、テレビに出てる時もほとんど発言しないからほぼ初めて聞いたよ!
「………。」
引き攣った顔の奏が、震えてうずくまっている光を見て呟く。
「なんなのさっきからコイツ、き」
「それ以上は言っちゃいかん音琴!」
ようやく、こんなことを他人の家の敷地内で話してる場合ではないということに気がつき、足早に移動を開始する。
「はぁーあー。つぅかなんっで瑠真さん俺に言うかなー。もっと暇そうな奴ゴロゴロいんだろ」
「おらんのだよ音琴。最近の多忙さ聞いてないのか?皆それぞれ二日に一件は任務をこなしてる。ちなみにこいつは初任務だ!」
愁磨が光の頭にポンと手を置くと、
目を細めた奏にジッと見つめられ、光の鼓動はドドドドドドとますます速くなる。
「ふぅん……」
ドドドドドド
「で、どんなスキルあんの?」
「……えっと…まだ開発途中でして……そもそもなんと説明してよいのやらで……」
「はぁ?」
ドドドドドド
「音琴、こいつのことは話すと長くなるんだ。だいたいお前少しはガゼルに顔を出せ。梓美も瑠真も、週一は来てるぞ。」
「仕方ねぇだろ」
「だいたいその、なんだ、"見返し〜ず" ?だか何〜ずだかって音楽バンドはそんなに忙しいのか?」
「ミカエルズだよ!なんだよ見返しーずってダッセェ!ふざけんな」
「えっ!愁磨さんミカエルズ知らないの?!」
光が突然ミカエルズの魅力を語り出した。
「ミカエルズは今や日本の3大☆人気バンドの1つ!
ボーカルの詩さん、ベースの心さん、 ドラムの葎さん、キーボードの紡さん、
そしてっ!ミカエルズを創設した俺の憧れ!神!最推しのっ!奏さんっ!!!」
ジャジャーン☆と大々的に紹介された奏は、なんとなく顔が赤くなる。そして、目の前で恋する乙女のような顔をしている光に、なんとなく悪い気分はしなくなった。
それどころか、突然目を逸らし挙動不審になりだした。
「ま、まぁっ…んな大したアレでもっ、ねぇけどっ?そんなに言うならまぁ?一曲弾いてやっても」
「ほんとですか!わぁあ〜!」
そう。奏は褒められるということに非常に弱いのだ。
普段のクールな態度とは別人のようになってしまう。
「おっ俺アレがいいです!Your shine ! 」
「へー、わかってんじゃん。しっかたねぇなぁ。ヨイショっとー」
「バカかお前ら!ここは人んちの敷地内!すぐそこには影憑!まだ任務完了してない!頭沸いてんのか!」
ギターを取り出し本当に演奏会を始めようとする奏に愁磨が一喝し、ようやく現実に戻る3人。




