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伊達巻のシャドウレコード



私は生まれた時から恵まれていた。


幼いながらにも、そう自覚していたくらいに。



お父さんの会社は羽振りが良くて、

お母さんは専業主婦で、料理や茶道などの習い事をするのが趣味だった。


私は幼稚園から私立の有名なところに通っていて、可愛い制服が気に入っていた。


私立の小学校でも、毎日お母さんが選んだ可愛い服を着て、家族3人で毎月いろんなところに旅行に行った。


祝日、記念日、誕生日、クリスマス、

なにか行事がある度にいろんなものを買ってもらえた。



何不自由ない生活。

楽しい家族。


私は幸せだ。



でもこんな日常のどれもこれもが、

お金があるからできていたことだった。


お金が無いと、なんにもできないと知ったのは、父が出ていってからだった。



中学2年のある日、父は自分の会社の若い女社員と不倫をしていたことが、母にバレた。


しかし母は、捨てられることを恐れて黙認していた。

父もそれを隠さなくなった。


1度噛み合わなくなった歯車は、どんどん狂っていく。

もう元には戻らない。




「俺はたった一人でここまで成功したんだ!若い時から周りの遊びも全部断って!そろそろ俺だって遊んでも許されるだろ!今まで死に物狂いでここまでやってきたんだから当然の権利だ!」



そう言って、真っ赤な口紅が厭らしく目立つ唇で薄ら笑う女と共に、父は私たちを置いて出ていった。


母は涙も流さず呆然としていた。


この広いだけの家が残された。

でも食べていくためにはお金がいる。




私はお金の魔力を知った。




お金は凄い。


なんでも叶えるし、なんでも奪うし、なんでも変えていく。


父の人格も、母の人格も、

そして私の人格も。




この世に、お金ほど強いものは無い。


お金は世界一最強なのだ。




なのに不思議だ。


なぜか、


あの赤い唇だけが脳裏に焼き付いている。



あれからずっと、

私は赤が大嫌いだ。





母は働いたことがない。

働き方も知らない。



寝ても覚めてもずっと廃人みたいに家にいる。



私がいくらバイトしても、

学校で裏取引で稼いだお金も、こっそり貯金してたお金も、全部水のように消えていく。



私たちの毎日って、こんなにお金がかかってたんだ。

これじゃ、いくらあっても足りないじゃん。




母は、裕福で恵まれた妻の残像を捨てきることができず、私のお金を勝手に高級化粧品や服に遣ってしまった。


そして私はまた働いて、払って、買って、払って、遣われて、


今日もまた、私たちはお金の奴隷だ。



もう一つ気がついた。

私の才能は、きっとこうなることを前提にあったんだ。


私は自分の才能までお金に変えた。




「伊達巻さん、見損なったわ。

あなた学級委員長でしょ?成績も良くて、先生たちの間でも評判が良かったのに、こんなことしてたなんて信じられないわ!」



頭のどこかで、いずれこうなる予想はついていたはずだ。

学校で密かにやっていた賄賂がバレた。



「あなたを国立大学の推薦にしようと思っていたけど、これじゃきっとダメね。校長先生にも相談します」



「まっ、待ってください!推薦で国立大学じゃないとだめなんです!」



学費が……交通費が……場所が……大学受験が……


ほら、また。


いろんなことをごちゃごちゃ考えて、

その全ての中心にお金がある。


推薦や奨学金のために一生懸命いろんなものを見て、勉強をして、合間でバイトもして、先生や生徒たちに媚びを打って、本当の自分を必死に隠して……頑張ってた。私は頑張ってた。

私は………絶対に誰よりも努力してた!



なんにも知らないみんなは、ただ私の才能だけを羨ましがる。

私の努力も、私の気持ちも、私の状況も、なんにも知らないくせに!



忘れたいことも……

一生忘れられないのに……!




私はついに、売春に手を染めた。


自分の才能だけでなく、自分の身体も売ろうとした。



「君、ホントに大学生?随分と若いよねぇ。ラッキー!」



どんなに鳥肌がたっても、吐き気がしても、お金との天秤にかければ迷うことなんてなくなる。


だから、お金の魔力はすごいんだ。



「若いっていいよねぇ。それだけで価値がある。」



価値……?

私にそんなものはない。


若いにイコールするものは、いろんな苦労だ。




身体を触られた時の嫌悪感。

その瞬間に浮かんだ、家族みんなで過ごした幸せな想い出……


振り払って逃げて、結局何もできなかった私の屈辱。



次こそは、次こそはと、寄ってくるいろんな人で何度も挑戦した。


いつしか私は気に入られるのが上手くなり、お金だけを貰うプロになっていた。



私の才能は、こうしてお金を稼ぐためにあるんじゃないかと思えた。



でも本当は、自分が心底嫌いで、お金も嫌いで、生きることが大嫌いだ。




あれも、あれも、あれも……

ホントは全部全部忘れたい。



蓄積していくだけの、私の記憶。


才能故に、一度刻まれたら二度と忘れられない記憶。


幸せな思い出だって、ホントは忘れてしまえれば楽なのに……



私は初めから、こういう奴だったんだって。



学級委員長、成績優秀、真面目、社交的、前向き、裕福……

みんなに見せてる仮面の私。



でも本当は、全部全部、真逆の人間。



成績は才能のおかげ、学校でも外でも自分を売って金を稼ぎ、自分の損得勘定で付き合う友達を選び、教師に媚びを売り、幸せな家庭環境で育った典型的な良い子を演じる。

笑っちゃうくらいに真面目でも社交的でも前向きでもなんでもない。



寝ても覚めても、頭の中にあるのはお金のこと。



きっと私だけじゃない。


いつだって皆、人生お金に振り回されているから。




でもお金があれば、お金さえあれば……



私は………




本当に幸せになれるの……?







あぁ……このままだと私……

どうなるんだろう。


どうなっていくんだろう……。




「死のうかな……。」




周りを見回せば、みんな馬鹿みたいな事で悩んで、簡単に「死」という言葉を口にする。

時には笑いながら、時にはキレながら。


軽々しく、死にたいなんて言うのだ。




余裕がある奴の悩みは、いつだってくだらない。




死に物狂いで生きたこと、ないくせに。


本気で生きたこと、生きるためならなんでもしたこと、死のスレスレを生きたことなんてないくせに。



ふざけるな。


恵まれてるくせにすぐ死にたいとか消えたいとか、めんどくさいとかやめたいとか、

うざい、うるさい、消えろ、いなくなれ。


みんな居なくなれ!!






「俺、絶対いない方がいい」




……そういえば私、

あいつになんて言ったんだっけ。




ま、いいやもう

そんなことどうでも……。







世界は理不尽だ。



今までも、これからもずっと……。




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