初任務
「なんだ知り合いか?
まぁとにかくアレが影憑。」
「どっ、どうしたらいいですか!」
冷や汗を流しながら青い顔をしている光をチラと見て、愁磨は冷静に口を開く。
「アレは少々ややこしそうだが、まずは祓わなきゃならん。しかし無事祓えてもそれは一時的なもので、いずれあの女はまた影憑を生み出すだろう。何ヶ月、何年もかけてな。大抵の人間はそれの繰り返しだ。」
耳を疑いたくなるような事実を知ってしまった。
根本的な解決ができないと、影を完全に消滅させることはできないということだ。
「周りをよく見てみろ」
そう一言言われて周りを見回せば、確かに大小あれど、ほとんどの人間の中に影が宿っている。
「影憑になるのは人それぞれの抱えているものの大きさや強さによって、また、そいつのメンタルによっても異なる。中には一生発生させない者だっている。
そして影憑が地上に溜まれば、犯罪や事故、天災にまでなりうる。」
よく見れば、颯の影も、あの日別れ際最後に見た時よりも大きく黒くなっていて胸が痛み出す。
自分が原因で作られてしまったものだからだ。
「今俺がここで、伊達巻さんのも颯のも祓ったとしても、結局また発生するってことは、キリがないってことだよな……」
でも……やるしかない。
とくに伊達巻さんの方、今にも災害が起きそうになるくらい膨らんでいる。
何があったんだろう……?
"私はどんなことがあっても諦めたことなんか1度もない。諦めようとしたことも、後ろを振り返ったこともない。もがいてもがいて、ダメでももがき続けるの。"
ふいに、藍那の言っていた言葉がリフレインした。
"前を見てもがき続けられないなら、どこにもたどり着けるわけない"
あんなに前向きで強い人が……
「よし!とりあえずやってみろ月詠!」
「はい……」
「大丈夫だ。初っ端からなんも期待しとらん。
援護はすっから、ほら行け!」
トンと背中を押され、光のこめかみに緊張の汗が流れる。
足に念力を込め、爽斗との訓練を思い出す。
" だからぁ!まずは腰に意識を集中させんの!足で地面を蹴るんじゃなくて、太腿で押し返すイメージ!んでほらもっとケツの穴閉めろよっ!"
一つ一つを自覚しながら、目いっぱいジャンプした。
まだまだ爽斗ほどは跳べないにしても、以前よりは確実に成長を実感できる。
そしてそのまま空中で印を結び、ヘビの頭に構えた。
洸輔との会話が蘇る。
" いいですか光さん。ご存知の通り、光の速度つまり光速は宇宙における最大の速さです。光速は1秒に30万キロ。太陽から地球まで約8分19秒、1秒間に地球を7周半回ることができる速さとも言われているんですよ。つまり、何が言いたいか分かりますね?"
" え、ごめんえっと……なんだろう?"
" つまりですよ、私の光伝播のスキルは、我々のいる物質界において、威力よりも速さ重視。しかし物質中では空中よりも遅くなる。
光というのは小さな光の粒子の集合体なんです。要はその光子というもののエネルギーに比例して光速が速くなる。"
「集まれ……」
空中の光子に意識を向ける。
印の手の中にみるみる光が集まっていく。
" 応用を効かせれば、屈折という現象を使用することもできますよ。そもそも屈折という現象がおきるのは、光速が媒質によって異なるためであり、物質の絶対屈折率は、真空中の光速をその物質中の光速で割った値で定義されていてー……"
……以下省略。。
ごめん洸輔くん。
正直言うと、俺は君がいつも何言ってんのか半分も理解できてないんだ。
「でも……洸輔くんの時間は無駄にしない」
屈折の角度……
今あるものを利用しろ……!
部室の窓と……三階の教室の窓……!
シュパッー
屈折を狙った場所に光を撃ち込んだ瞬間、一瞬上手くいったかと思えた。
しかしまた体勢を戻したヘビと目が合い、尾の部分でパンと跳ね返された。
「うあっ……!」
サッとガードに入ってくれたのはもちろん愁磨だった。
なんとその頑丈な腕1本をぶん回して跳ね飛ばしたため、その威力が近くの木に激突し、凄い音を立てて強風を巻き起こした。
ノーマルの人間たちにはもちろん、エスパーのスキルも影も見えていないので、突然起こった突風に驚いている。
シャーーーーッ!!!
完全にキレている影憑蛇が、伊達巻から離れてこちらに向かってきた。
「いけぇ!俺が教えたアレだ月詠ぃ!」
光は、今日の訓練中に爽斗に使って失敗した、
愁磨直伝のスキルを使おうと身構えた。
" 対象の軸を捉えたら、
そこから目を絶対そらさずじっくり待つんだ。
とにかく恐れるな "
来るっ……!向かってくる……!
でもまだだ…!目を閉じるな!
ギリギリまで引きつけろ……!!
怯むな……!!!
" 今一番力を付与したい場所に念じろ
どの程度のパワーを引き出したいか
それをリアルに想像するんだ "
「あの蛇を……ワンパンでぶっ飛ばせるくらいの……力!!!」
ばっこーーーーん!!!!
蛇に、自分の想像通りの衝撃を食らわせることが出来た。
やった……!成功した……!
早く!
今のうちにカミラさんのスキルを試さなきゃ!!
Kトリオのカミラはあんな小柄な可愛らしい女の子の見た目をしているのに、実は驚くほど大食いだ。
そして溜めこんだカロリーを自分の体重に付与することができるのだ。
1度、5000キロカロリーの威力を見せてもらったことがある。
大きく飛び上がったカミラが空中で体重を変え、また降りてきたときだ。
ズドドドーンと凄い音が鳴り、地面に亀裂が入った。
" すっ、凄いですねカミラさんっ "
" こんなの序の口だぜ〜?普段アタイがどんだけのカロリー摂取してると思ってんだよ "
" ……なんか怖いから聞かないでおきます…。
でも俺はどちらかというと少食なんですが…… "
" 持ち得る限りのカロリーでも、付与する場所を限定すればエネルギーは莫大な威力を生む。ただし使いすぎは注意しろ!あとで貧血なるかんな!あとめっちゃ腹空く! "
光は自分の足に全ての力を移動させた。
そして、飛び上がってから
「今日はアイスも食べたし、その前に皆で牛丼大盛り早食い対決をして…、朝夕姉妹からいつものキャンディー、任務先の差し入れで貰って太りたくないからってことで雫さんから大福……」
思ってたよりもカロリー取ってる……気がする!
これなら……
「1000カロリーくらいは!!」
ズドドドーン
思い切りカカト落としをした。
「わぁ……」
自分でやっておきながら少し感激してしまった。
なかなかすごいエネルギーを引き出せて、下へ落ちていく影憑蛇を見ながら震えが止まらない。
「威力が上がってる……!」
しかし……
「うわぁぁあっ」
やはりそんなに簡単にはいかなかった。
蛇の尾が光の顔に当たりそうになった。
「油断をするなよ月詠!何してんだボーッとするな」
バコッ!!
「わっ……やっぱすげえ愁磨さん……!」
凄い威力のグーパンで割って入ってきた愁磨は、なんと蛇の胴体を両腕でホールドし始めた。
そして
ドゴッ!
鈍い音がしたかと思えば、頭突きを食らわせていた。
たった1発で蛇はダランと動かなくなった。
光はただただ目を瞬かせていた。
やっぱ凄い……スゴすぎる……
何もかもが俺とはレベルが違う。
現に愁磨さんは息すら切らしてないし、
2回くらいしか手出てないよな?
しかもホント軽い感じで。
それに比べて俺は……
まだまだホンットダメなんだな…
圧倒的な力の差に唖然として固まっていると……
「おいお前はボーッとすんのが好きだな」
「っあ!すいません!」
「ここからが重要だ。よく見とけ」
「え…はい。」
終わりじゃなかったのか?
一体このあと何をするんだ?
不安な面持ちで様子を伺っていると、
愁磨は乱暴に光の手を掴んだ。
そして……
「いいか、ちゃんと聞くんだぞ」
相変わらずの説明不足のまま、光が言葉を発する間もなく光の手を蛇に置いた。
その瞬間、
まるで異空間に飛ばされたかのようにリアルに情景が変わった。
それは……
伊達巻藍那の記憶だった。




