王子様だもん
亜蘭は今、能力の効かない瞳子を前にして、近接体術で苦戦していた。
思っていた以上に瞳子は強い。
数年アダマスにいたのだから当然だろう。
「瞳子ちゃん…っ…ごめんね……
全部、僕のせいなんだ。瞳子ちゃんは忘れちゃったと思うけど……思い出しても責任感じることなんてないから」
カキンッ!
シュッシュッ
「だから頼むよ……僕のことだけでもせめてっ、思い出してほしいんだ……っ!」
瞳子の蹴りを避け、腹を殴ろうとしたが、やはりできずに吹っ飛ばされた。
さっきからこの繰り返しだ。
亜蘭にはどうしても、瞳子に傷一つつけることができない。
ドンッ!
ドカッ!
吹っ飛んだ先で瞳子に勢いよく乗られ、何度も殴られた。
抵抗しようとすると両手を掴まれ、グッと押し合いの力比べになる。
すっ…凄い力だ……!
このままこっちがなんの攻撃もしなければ、きっと僕は瞳子ちゃんに殺される……
でも……だからといって僕が瞳子ちゃんを殺さなければならないのか……?
そんなことできるわけ……
「んんー……っ!」
グルンっと逆転し、瞳子を組み敷いた。
天使の輪っかが浮かぶ瞳と目が合う。
懐かしいな……
あの頃みたいにまた、僕のことを振ってほしいな。
" 大丈夫だよ亜蘭くん……
私、きっといつか、亜蘭くんのこと思い出すから"
僕は甘かった。
あの時、いつか再会した時には僕のスキルでどうにか記憶が戻ってくれると思っていたんだ。
" だって私はきっと……私の心の奥底で、亜蘭くんのこと忘れられないもん。
亜蘭くんは王子様でしょ?"
だけど実際は、アイツの忘却スキルの方が僕の誘惑スキルなんかより遥かに上で……
瞳子ちゃんはこのまま永遠と、僕のことも何もかもを忘れたままなのかもしれない。
小学生の頃からずっと好きだった、たった一人のお姫様を、僕は死ぬまで助け出すことができないのかもしれないな。
ならもういっそ……
瞳子ちゃんになら殺されてもいい。
亜蘭は力を抜いた。
それと同時に、瞳子が亜蘭の喉元にナイフを突き刺そうとした。
その瞬間……
ピッー!カチャン……
突然そのナイフは吹き飛ばされた。
ハッと目を見開いて視線を移すと……
なんとそこには
「お、叔父さん……」
亜蘭の叔父、辰巳が煙草を咥えながらこちらを見ていた。
「よぉ。大人になっても相変わらずそんな王子気取りの見た目して、変わってねぇなテメェはよ。」
気がつけば瞳子は辰巳によって壁に張り付け状態になっていた。
辰巳が面倒くさそうに煙を吐きながら近寄っていく。
「たっ、辰巳叔父さん!ちょっと待って」
「あぁ?なんだよ」
亜蘭の複雑そうな表情を見て、辰巳は険しい顔をしてタバコを捨てた。
「いかなる理由があろうと、情なんて移すな。
それは時に、命取りになる。
現に俺が来なかったらテメェ今頃死んでただろうが」
「っ……違うんだ……」
「はぁ?何が違うってんだ」
「情……なんかじゃなくて……
僕がただ……」
口篭る亜蘭を、辰巳は嘲笑った。
「はっ!バカが!そういうのを情っつーんだろうが!
いいかよく聞け!いい歳こいてなんの成長もしてねぇ愚図野郎が!」
辰巳は亜蘭の肩を拳銃でポンポンと叩いた。
「情っつーのはな、他人を思いやって情けをかけることじゃねえ!情けをかけた気になって自分を諦めることだ!」
ハッとしたように固まる亜蘭。
「自己犠牲やら慈悲やらといったそんな美しいもんと勘違いでもしてたのか?自分は優しくて可哀想な奴だとでも?笑わせんな!」
「っ……」
「お前が重ねるその選択が!どのくらいの奴にどのくらいの影響を及ぼすのかよく考えろ!
それが力を持った奴の責任なんだよ!」
バンッと拳銃を押し付けられた。
「俺があん時ガキのお前をサイに売ったのは金が欲しかったからじゃねぇ!
どこまでも弱っちいまんまのお前の性根を叩き直すためだ!
あの爺さん(茂さん)に恥かかせる気か?!あぁ?!」
亜蘭は絶望的な表情のまま瞳子の前に行く。
瞳子は完全に我を忘れているような目でこちらを見ている。
「ごめん……っ……瞳子ちゃん……」
拳銃を突きつけガタガタと震えるその手を、辰巳はすました顔で見てから面倒くさそうに舌打ちした。
" 王子様は、お姫様を助けるのを
絶対諦めないんだよ "
ふいに、瞳子のその言葉が脳裏に蘇り目を見開いた。
忘却される寸前の最後の言葉だ。
「辰巳叔父さん…ごめん……
やっぱりできない。自分を諦めたくないんだ」
罵倒されるのを覚悟でそう言うと、辰巳はため息を吐いた。
「……そぉか。俺が悪かった」
「っ……ごめんなさい」
「お前に選択を握らせちまった俺が悪かったよ!」
バッと亜蘭から拳銃を奪い、声を発する間もなくドンドンドンドンドン!と何発も瞳子に向かって放った。
まるで人形のように撃たれ続け、血が迸る。
亜蘭の血の気が一気に引く。
「やっやめろーーー!!!!」
音が鳴り止み、シュ〜っと銃口から煙が出ている。
バタンと転がってきた瞳子を亜蘭が急いでキャッチした。
「うっ……う……っ……」
ショックのあまり声すら出ない。
ただ涙がボタボタと瞳子に落ちていく。
「ごめ……ごめんっ……助けられなくてっ……」
結局僕は最後まで……
何も成し得なかった……
薄ら開いている瞳子の瞳を、涙ながらに見つめる。
ずっと彼女にだけは使えなかった自分のスキル……
最期くらいなら……
たった今、亜蘭の誘惑の瞳と、瞳子の透視の瞳が混ざり合っていた。
「あ……らん……く……」
「っ!!とっ…瞳子ちゃんっ?!」
辰巳は踵を返していた足を止め振り返り、目を見張った。
あんなに撃たれて即死していない?!
声まで出ている?!ありえない!
どういうことだ?!
しかも………
「亜蘭く、ん……よ…ぅやく……」
記憶を取り戻している?!
「瞳子ちゃん!僕のことっ…分かる?!」
「ぅん…もちろん……王子様、だもん……」
瞳子はゆっくりと起き上がった。
辰巳だけでなく亜蘭も当然驚いている。
状況判断が追いつかない。
「実はね……」
瞳子の話した内容に驚愕する。
未来を見ることが出来る瞳子のスキル。
自分がここで死ぬ世界戦を見て、忘却される前に手を打ったらしい。
つまり、ここで亜蘭がスキルを使ってくれさえすれば死なないよう、そして全てを思い出せるよう、事前に自分のスキルに細工をしていた。
瞳子は知らず知らずのうちに、潜在意識がかなり複雑なスキルの応用まで使っていたということだ。
「言ったでしょ……
心の奥底では、亜蘭くんのこと忘れないって」
亜蘭は目に涙を浮かべて瞳子を抱き締めた。
何度こうしたいと思って生きてきたことか……
「もう二度と…離さない……」
「うん………」
お互いやっと手に入れたこの温もりを決して失わないように、共に戦おうと誓った。




