完璧に可愛いよ
ツノのあるイノシシに乗ったアダマスエスパー、サトは俊敏さもパワーも尋常ではなかった。
もちろんイノシシもスキルを加えられているため、攻撃性が凄まじく、かなり危険だ。
遥も薬膳も、今までにないほど翻弄されており、まだ一度もサトに傷1つ付けれていない。
「っん……」
「文殊!大丈夫か!」
「はい……すみませ……」
薬膳以上に遥はダメージを受けていて、機動力が大幅に低下していた。
「文殊お前、もういいから下がってろ」
「っ、いえっ、まだやれます。死ぬまで戦うってあの時、決めたんですから」
遥の傀儡たちはほぼ全て壊滅している。
薬膳は自分の毒メスに最後の望みをかけていた。
「これ1本、少しでも掠れりゃ……」
「私が囮になります」
「……あ?何言って」
「それしか道はないでしょう。この状況を変えるには。でも…必ず当ててくださいね」
薬膳がなにかを言う間も与えず、遥はすぐに突っ走ってしまった。
イノシシとサト、両方に同時攻撃を仕掛ける。
「おいおいなんだなんだ突然猪突猛進してきやがって!ハハッ!」
しかし次第にサトの笑みは消えた。
「……おい、おいおいなんなんだてめっ」
なんとサトの攻撃を浴びながらも、そのまま目前に迫ってきたのだ。
ツノに刺さる瞬間、遥は思った。
あぁ……大事な服…破けちゃったな。
「わぁ……」
初めて姉の友達を見た時、そのメルヘンなお姫様のような出で立ちにこれまでにないくらい胸が高鳴ったのを覚えてる。
フリフリのドレス、パステルカラーの小物、メルヘンな動物のアクセサリー、可愛いレースの日傘。
長いまつ毛に綺麗な目、カールしたミルクティー色の髪。
それはさながら、絵本から飛び出してきたどこかのお姫様を想像させた。
彼女の背景だけがなぜか、完全に異世界だったのだ。
「なぁに見惚れてんのよ遥!
ごめんね、美咲。うちの弟ちょっと変なのよ」
人は、「普通」からはみ出た人間を敬遠するものだ。
私は物心ついた時から、女の子のものに興味があった。
女の子の服、遊び、色、言葉……
なぜだか私は性別とは逆の、女の子のものにしか魅力を感じなかった。
私がおかしいのだろうか。
だってこの世には性別というものがあって、
男と女がいて
それぞれの外見も言動も基準が決められていて、
それからはみ出るとやはりオカシイと見なされるわけで。
私はその「普通」から完全に逸脱していた。
" あいつ女っぽくてキモイんだよ "
" こっち来んな!菌がうつるだろ!"
子供なんてそんなもんだ。
いや、子供じゃなくても。
誰だって、一般的な「常識」と称されるものからはみ出た人間とは、関わりたくない。
誰でも自分が一番可愛いのだ。
自分まで「変」だと、「普通じゃない」「異常だ」「病気だ」とは思われたくないものだ。
誰でも皆、自分を守れる安全で平和な場所で過ごしたい。
それでも姉の友達、美咲は、私みたいな「普通じゃない男」に「普通に」接してくれた。
「遥ちゃん見て!新作買ったんだ!」
「わぁ可愛い……ユニコーンのイヤリング?」
「ちょっと美咲!弟をこれ以上おかしくしないでよ!ちゃん付けとか気持ち悪い!」
姉とは対照的に、美咲は私の「好き」を肯定してくれていた。
普通の女の子同士の会話、普通の女の子同士のショッピング、メイクを教えてくれたり、雑誌や小物をくれたり、いろんなショップに連れてってくれた。
彼女が歩けば、必ず2度見3度見され、時には陰口を言われたり白い目で見られる。
だけど彼女は周囲の目線を1ミリも気にせず、常に自分の好きを貫いていた。
そんな堂々と生きている彼女は私にとって、唯一無二の憧れとなり、私の生きる指針となった。
だけど……
彼女はある日突然、「普通」になった。
「ほらもう私、就活しなきゃだからさ。」
小綺麗な黒スーツに身を包んで髪を黒く染め、ノーメイクな美咲は、寂しそうに笑っていた。
「就職したらもうあぁいうのやってる暇無いだろうし、これを機にキッパリやめようと思ってさ。
だから全部、遥ちゃんにあげるね!」
私には分からない。
どうして自分らしくいてはいけないのか。
どうして好きなことを年齢や仕事に結び付けなきゃいけないのか。
「ほら、やっぱりアンタって普通じゃなかったのよ」
エスパーだとバレてSKJに連れていかれることになった時も、姉は私にそう言った。
そうだね。そうだよ、私は……
「普通」なんかじゃないよ。
「はっ?!ハハッてめぇ…っ、異常だろ!」
自ら突っ込んできてイノシシのツノに刺さる遥に、サトは嘲笑う。
しかし、次第にビリビリと電流を感じてきた。
「なっ?!…っ、うぁぁぁぁあああ!!」
遥は自分の全身を使ってスキルを流したのだ。
「今だ!」
タイミングを狙ったように薬膳が毒のメスをスキルと同時に投げた。
それは一瞬のスピードでイノシシに刺さり、もう1本はサトの仮面に刺さった。
しかしそれは、パリンと割れて仮面が壊れ、サトの顔が顕になっただけだった。
「まさかっ……俺のメスが弾かれた?!」
そんな奴は未だかつていない。
さすがアダマスエスパーだと言わざるをえない。
カッと目を見開いてギロリとこちらを見るサトと目が合った瞬間にはもう、サトの攻撃がこちらに飛んできていた。
しまった……!
せっかく遥が命を賭してくれたのに俺はっ……
ドシャッー!!
それは全て一瞬だった。
サトの喉にはメスが貫通し、サトは目を開けたまま倒れていた。
「……!!!」
「はぁ……先生」
こちらに歩いてくる人物に目を見張る。
「美羽っ……!」
薬膳亮太の助手、雲母美羽だった。
札幌の薬膳医院から駆けつけてきたのだ。
「もう……全て私に仕事押し付けていかないでください。大変だったんですから。
今年のボーナス、弾んでもらいますよ」
美羽は、明らかに死んでいる遥の元にしゃがみこみ、僅かに開いていた遥の目をゆっくりと閉じさせた。
「……遥ちゃん……最期もちゃんと、完璧に可愛いよ……」
震えた手で遥の髪を整える美羽を、薬膳は疲れ果てたように見ていた。




