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ただ俺が幸せになりたいから


「…なんだぁ?お前……。

おーい海月!なぁんか新入り来たぞぉ?」



志門を攻撃していた手を止め、海月がこちらに飛んできた。


「おっとぉ?イケメン王子がお姫様を助けに来たって感じ〜?そーゆーありがちな御伽噺、いいよねぇ。僕も好きですよ〜

結局何にもできない、無力なお姫様の感じとか……」


そう不気味な笑みを浮かべたかと思えば、這いつくばっている柚の方に視線を移した。


ハッとした爽斗が急いで柚の方に向かおうとする。

雫はどうにか海月の方にスキルを発動しようとする。


これらはまさに一瞬だった。



シュッー……!



なんと、柚が居なくなっていた。



「……んん?おや、おやおや〜……」


海月が視線を移した先を見て、

爽斗も雫も目を見開いた。


「御伽噺の王子様はあなたでしたかぁ〜、玲二くん。」



玲二は険しい顔をしながら腕の中の気絶している柚を見ている。



「一体全体、何がしたいんでしょーかね玲二くんはっ!」


そればかりは同意見だと爽斗は思ってしまった。



「この子だけは僕の獲物なんだ。すまないが他へ行ってくれ」


「あぁん?てっめ、何言ってんだおい。ずっとやり合っててよーやく今トドメ刺すとこだったのに美味しいとこだけ横取りか?!」


「まーったく笑えない冗談はやめてくださいよぉ?玲二くん!亜斗里様か環様に言いつけるよ?!」


「八朔様の姉上だ。

今はまだ、殺さない方が得策だと思うぞ」



「「えぇっっ?!?!」」


海月と海星は、その事実に目を丸くして口を噤んだ。


玲二は自分のマントで、キャミソール1枚の柚を包んだ。



「……雫、柚をお願い」


「ちょっ……ちょっと待ちなよ玲二!他に何か言うことあんじゃないの?!」


柚を傍に置き、去っていこうとした玲二に、雫は険しい顔をして怒鳴る。


「あんた一体どういうつもり!」


「……ごめんね」


それだけ言って去ろうとする玲二を、今度は爽斗が呼び止めた。


「おい、待てよ。このまま行かすと思うか?」


ピタリと止まるかつての親友をジッと睨みつける爽斗。


「一発殴らせろ」


玲二はゆっくりと振り向いた。

その顔は本当に何も考えてなさそうな無表情。


「分かった。好きなだけ殴れ」


「……おぉ。歯ぁ食いしばれよ」


ドカッ!


ドカッ!


ドカッ!


「………てめぇ……なんで殴られてるか分かってるよな?」


「………。」


玲二はよろけながらも何度も体勢を整える。

爽斗の顔は、本気の怒りと少しばかりの哀しみを帯びていた。


「何があっても、もう二度と……お前なんかに柚は渡さねぇぞ」


口から血を流しすました顔をして黙っている玲二に、爽斗のこめかみに青筋が立つ。



「おいこら玲二!何とか言えよ!!

俺はお前のそういうっ!1人だけなんでも知ったようなその!余裕そうな態度が気に食わねぇんだよ!」


ドカッ!


「俺はな!お前が裏切ったことにキレてるんじゃねえ!柚を傷つけたことにキレてるんじゃねえ!

お前がいつも!そうやって全部1人で抱えちまうことにぶちギレてんだよ!」


ドカッ!



爽斗は息を切らしながらスキルを滾らせた。

グッとスキルを纏う拳を握り、


「うぉおおおおおおお」


力いっぱい玲二に向かって穿つ。

しかし、


パシっ


玲二のスキルによって止められた。



「僕は……僕は本気で、アダマスについている。

アダマスこそ正義だと、本当に思ってる。

君たちには…言っても理解されないと分かってたから言わなかった…」



「……あぁ。理解できるわけねぇな」



爽斗は眉を寄せ、下唇を噛んだ。

何故こんなことになってしまっているのか……

客観的に考えて胸がギュッと痛みを帯びた。



「でも……お前の話は聞こうとしたはずだ。

俺ら皆……一生懸命お前の話を聞いたよ、絶対に」



複雑そうに目を伏せる玲二に、真剣に向き合う爽斗。



「今だって…柚を助けたってことは……本当はちゃんと好きなんだろ?俺らと過ごした時間は全部…嘘じゃなかったってことだろ?」



「君は何も分かってない」



「あ……?」



「そういう普通の日常を普通に送るために、何をしなければならないのか。」



「……だからって、エスパー以外の人間を殺戮していいのかよ。そんなこと肯定されんのかよ!」



「サイがやっていることは結局なんにもならない。なにもかもが無意味なんだよ。君たちと無意味なことを無意味にやっている暇なんて…ない。それには価値がないんだよ」



「価値が、ない?…それ本気で言ってんのか」



玲二の目が見開かれる。



「俺らが一緒に過ごした日常には、本当に価値が無かったのかよ。

そもそもそこに、意味がなきゃダメなのかよ」



「っ……」



「……なぁ、戻ってこいよ玲二。

今ならまだ間にあ」



「そういうところが甘いんだよ爽斗。」



玲二がスキルを溜めた手を爽斗に突きつけた。

爽斗は目を見開いて固まる。



「だから君は僕に、一度も勝てないんじゃないか。」



「………。」



「そうやって自分の感情を他人に任せて、簡単に人を信用して、なんでも他人に譲ることで、君は満足したと自分に言い聞かせてるんだろう。

いい加減、自尊心を満たす道具に他人を使う愚かさを学べよ。」



爽斗は見開いていた目を細め、静かに目を閉じた。



違う……

俺は自尊心を満たしたいわけじゃない。



"お前がそんなんならさ、俺が力ずくでも柚を奪うから。"


そう言った時のお前の表情を見て、

あぁこいつは…本当に柚のことが好きなんだと確信した。

なのにいつまでも柚の気持ちを受け入れようとしないお前に心底苛立った。


俺が手に入れたいとずっと願っているものを、手を伸ばせば簡単に手に入るこいつ。


どんなにたくさんの女に言い寄られても、どんなにイイ女と寝ても、俺の自尊心は満たされなかった。


なぜなら俺が求めているのは、たった一人の心だったからだ。

でもその女は出会った時からずっと、たった一人のことしか見ていない。

その視界には、俺は少しも入っていなかった。


分かるよ。分かる。

玲二は男の俺にとっても、カッコイイ奴だと思うしな。



でも……

惚れられてると知っているくせに、それを受け入れる度胸もない男なんて、本当にイイ男か?

そんな奴、俺は惚れてる女の恋人としても、俺の親友としても認めたくない。




"悪いけど俺は、玲二と違って柚に見合う男だと思ってるし自分に自信持ってるから。それに……"



あのとき俺は玲二をジッと見つめながら、薄ら笑って言った。



"それに……

あの子の飼い主は玲二じゃなくてもいいだろ?"



ついに目を見開いた玲二の手が、俺の服を掴んだ。



" はっ…なあに?こういう所だけカッコつけるのおかしくない?"



" 爽斗、キミは…ちょっと言葉がすぎるぞ…"



" いや、玲二の本音を代弁してやってるだけじゃん"



" 少し黙れよ爽斗……"



自尊心を満たしていたかったのはお前の方だろ玲二。

いつか柚を傷付けると知ってて、だから自分が柚に見合わないと言い聞かせて、それなのに他人には譲りたくなくて……

そんな自分が優しくてイイ男だと思い込んで。


本当はただ、女を惚れさせたまま縛り付けておくだけの自分勝手な偽善者のくせにな。


弱いのは俺じゃなくて、お前だ玲二。




"なら男らしくもっとしっかりしろよ!

お前は王子様なんだからよ!"



なぁ気付いてたかよ?

柚はいい歳してよく、お姫様の絵本なんか読んでんだぜ。



" 王子は姫を助けたあと、どうすんの?

そのまま放置しとくわけ?そんな物語聞いたこともないね。

ちゃんと最後まで責任持てって言ってんの!

王子が行動しねぇと物語進まねぇんだよ!"



親友と惚れた女のハッピーストーリーを作って何が悪い。


俺が1番大切な2人の、幸せな笑顔を見て俺も幸せになる。

それの何が悪い。




"そうやって自分の感情を他人に任せて、簡単に人を信用して、なんでも他人に譲ることで、君は満足したと自分に言い聞かせてるんだろう。

いい加減、自尊心を満たす道具に他人を使う愚かさを学べよ。"




おい、なんだよそれ……。



俺は自尊心を満たす道具にお前らを使ってたんじゃない。


柚のことを譲ったつもりだってない。



いつだってそれは……




「ただ俺が幸せになりたいからだよ!!」




目を開いた爽斗の攻撃が、玲二に勢いよく当たった。


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