滅びの遥か忘れ去られた頃
事故が発生したばかりの採掘場は騒然として、坑道内の状況が掴めぬままに情報が錯綜するばかりである。
現場で作業に当たっていた者たちは、そも何が起きたのかさえ知らされず坑道から追い出され、不安の中でただ騒然と待たされ続けている。即座に現場に駆け付けた地元の警邏隊が坑道入り口を封鎖し、中に戻ることも許されない。
現場封鎖に立つ一人の隊員は、張ってある規制線を勝手にくぐっている二人組を見て、忌々しそうに舌打ちした。そのまま近づいてきた彼らへ、威厳を込めた声で警告を発する。
「一般人の現場への立ち入りは禁じられている。帰れ。」
「失礼、一般人ではないのです。我々、こちらの事故現場にて行方不明となった方のご家族から、調査依頼を引き受けた者でして。」
小柄でありながら、眼球ばかりは宝石のように美しく磨かれた男が、朗々と聞き取りやすい声で淀みなく返答しつつ、警邏隊へと身分証を掲げ示す。幾分かすらりとした背丈を有する相棒は、彼の背後でじっと沈黙を保っていた。
その身分証を見た警邏隊の隊員は、二人を通そうとするどころか、ますます苦り切った表情を浮かべた。公的機関の捜査を信頼していない顧客からの依頼を引き受ける業者など、歓迎できようはずもない。
手で払いのけるような仕草を示しつつ、にべも無く言い放った。
「お前らも一般人に変わりない、帰れと言っている。」
「我々を追い返しても、我々の同業者たちが続々と押し寄せてきますよ。自分の家族が、或いは仲間が、採掘現場から延々と帰ってこない方は数限りなくおられるんですからね。」
男は、背後で待たされ続けている作業員たちの群れを振り返りながら、彼らにもわざと聞こえるほどの声量で喋る。その声に呼応するように、眉根に皺を寄せた作業員たちが頷き合っている。
とはいえ、現場の勝手な判断で例外を作るわけにもいかない隊員は、こちらも負けじと声を張り上げた。
「いいか、現在、坑道内は危険な状態にある。原因不明の毒物が充満し、吸い込んだ作業員は続々と倒れ、起き上がってもなお理性を失ったような状態で彷徨っている。詳細な調査によって毒物の正体が判明しない限り、現場に近づくことは許可されない。」
「そんな危険な毒物を、いかにして調査するおつもりですか?」
「現在、警邏隊本部から作業用自動人形の手配が為されている。明日にでも到着し、自動人形を内部に突入させる手筈となっている。いずれにせよ、素人が内部調査に踏み込んだところで犠牲者が増えるだけだ、帰れ。」
「警邏隊が保有する自動人形では、高度かつ複雑な調査活動など不可能でしょう。」
それは現に、採掘現場の労働力が人間でほぼ占められていることからも窺える事実であった。
繊細なからくりである自動人形が、屈強さを求められる肉体労働に適していないためでもあったが、人間の代わりを果たせるほどの機能や権限を人形に与えまいとする公的な意図も少なからず働いていたのである。
その一方で、人間そのものの動作や知能を再現する技術は間違いなく開発が進んでいた……実働力としてではなく、好事家の趣味嗜好を満たす手段として。
「しかし、我々であれば、人間の体を侵す毒物に脅かされることなく、内部調査を十全に行えます。」
「……玩具か、お前たちは。」
なればこそ、調査依頼を受けたと言って姿を現した二人組が、自らの手首を覆っている表皮をめくり、体内が無数の白い繊維で満たされている様を見せつけた時、警邏隊の隊員は多少の驚きとともに蔑みの視線を向けたのである。
生きている人間にしては、あまりにも肌に皺やシミが無く、端正すぎる顔立ち。それは、この人間と見まがうほど精巧に作られた自動人形が、一部の趣味人の性的嗜好を満たす目的を与えられていたことの証でもあった。
暫く口籠っていた警邏隊の隊員であったが、やがて言葉を選びつつ口を開いた。
「確かに、警邏隊本部で保有する作業用自動人形よりも、お前たちの方が精密な調査活動が可能だろう。だが、玩具による調査協力を、本部が承諾することはない。調査会社の介入を認めることも、現場の勝手な判断では不可能だ。」
「でしたら、非公式にお願いします。あなた方の制止により、我々はこの現場に入らなかった、ただ……現場封鎖に当たったあなた方は、内部から逃げ延びてきた作業員たちの証言を、本来よりも多く、より詳細に得ることが出来た、ということにしていただければ。」
要するに、この二人組の自動人形が先んじて詳細な内部情報を集め、それを現場封鎖に当たっていた警邏隊に伝えるという提案である。
本部からの調査部隊が到着する前に、現場封鎖部隊が内部状況を詳細に掴んでいたとなれば、それは彼らにとっての功績にもなり得る。
また、先ほどからこちらを睨みつけるような視線を集中させてくる作業員たちを、本部から調査隊が到着する明日まで抑えているのも困難と思われた。状況が進展している様を示すことは、気休め程度にせよ役に立つと思われた。
二人組の応対に当たっていた隊員は、他の警邏隊員たちと話し合い、坑道の内部構造図が印刷されたコピーの一枚を手渡しながら伝えた。
「言っておくが、時間は長く取れないぞ。部外者を勝手に入れたとなれば、俺たちは功績ではなく処分を引き受けることになってしまう。」
「了解しています。では、行きましょう、ケイリー。」
ずっと一言も発さず背後で待ち続けていた相棒に声をかけ、坑道の内部構造図を受け取り、調査依頼を受けた自動人形は坑道内部へと踏み込んでいった。
良質な固形燃料が採掘されるこの地域には、数多の坑道が地下深くへと到達し、縦横に広がっている。産出される燃料の元となっているのは古代生物の化石であるとの説もあるが、詳細は不明のまま利便性ばかりが広まり利用されている。
歩きやすさなど考慮されていない坑道内、頭部や足を守る防護具なしに進んでいけるのも、この二人が自動人形たるおかげであった。
「大規模な坑道となれば、地下深くへと到達したのち、複雑に枝分かれして広がっているかもしれません。今回の事故の原因発見に、時間がかかりすぎなければ良いのですが。」
「奥部から戻ってくるまでに一日以上かかるならば、我々の提案はやはり認められなかっただろう。」
地上では無口だった相棒はそう言いつつ、坑道壁面に備えられた粗末な照明の光で、採掘場の内部構造図に視線を注いでいる。
確かにこの坑道は、採掘がはじまってさほど長期間経っているわけではないようだった。壁面の掘削痕は風化せずくっきりと残っており、設置された照明器具の汚れもさほど目立っていない。
すなわち、さほど深くまで掘削が進む前に、異変の元凶にぶつかったものと思われた。
「確かに、事故に巻き込まれた方を除き、採掘作業員の皆さんの避難自体はスムーズだったようですし……」
「静かに、リーピ。何か聞こえる。」
ケイリーからの制止で口を閉じたリーピは、まもなく、微かながらも低く弱々しい唸り声が、地下へと降りていく斜坑の奥から聞こえてくることに気づいた。
顔を見合わせて頷き合い、自衛用の警棒を握り締めて進んでいく二人。まもなく、弱々しい工業照明の光の下、数名の作業員たちが理性を失ったようにフラフラとよろめきウロついている様に出くわした。
彼らにはケイリーとリービの姿が見えているはずだったが、両名の存在には全く関心を示すことなく、無作為に歩き回るばかりである。
「ウァァー……。」
「アァォー……。」
「言語を発せず、視線が定まらず、しかし歩行能力のみは残っている。胞子性壊死脳症に酷似した症状だ。」
「しかし、あの脳症は自動人形の生産に携わっている方が、稀に発症するものです。そも自動人形が同じ職場に居るわけでもない、坑道作業員の方々が、何故……。」
ケイリーは、リーピの腕を軽くつかみ、暗がりの奥を指さした。
照明器具が設置されていない一画にピッケルが転がっており、近くに大人がくぐるには窮屈すぎる程度の穴があけられている。携行用の照明の光を向けたリーピは、その奥が思わぬ広がりを有した空間となっていることに気づく。
「掘削を進めていく中で偶然ぶつかった未知の空間内から、有害物質が漏出したということでしょうか。」
「調査すべきだ、警邏隊の自動人形では気づけないし、この狭い穴の中には入れないだろう。」
確かに、小柄なリーピの身体であればどうにか通り抜けられる程度の穴である。
ケイリーに両足を支えてもらいながら、リーピは這い進む。彼らがそうしている間も、自動人形たちには目もくれず、作業員たちは理性なくウロつくばかりであった。
「奥はどうなっている、リーピ。」
「ここは……明らかに、人工的な構造物です。過去に建設された地下室でしょうか、しかし、それにしては地上からの距離がありすぎる……。」
リーピが立ち上がった床は、相当に風化が進んでいたものの、明確に人工物と分かる平面で構成されていた。
照明器具で周囲を照らすほどに、その場所の異様さは明らかとなった。幾分か埃のようなものが付着していたものの、壁面も自然物ではあり得ないほど平坦かつ滑らかな表面を有している。延々と伸びる廊下の一端にしか見えなかった。
「少し、周囲を探索します。」
「私の体格では、そちらに行けない。こちらの声が届く範囲から出るな。」
ケイリーからの忠告は尤もであったが、しかしリーピは普段の彼らしくもなく、思いもよらぬほどの好奇心が掻き立てられる実感を得ていた。
思いもよらず遭遇した未知の空間は、何故だか自分という意識の奥底に刻み付けられていたかのような親しみ、そして耐えがたい懐かしさを秘めていたのである。
「……廊下が伸びて、扉が並んでいます。手近な部屋に入ってみますね……。」
「頼むから、戻って来れる範囲で探索を留めてくれよ。」
繰り返すケイリーの声には、リーピを案じる明瞭な響きが含まれ始める。
が、その一室の中へと照明の光を投げかけたリーピは、しばし返答も忘れて固まっていた。
そこには、完全に朽ちきっていたものの、はっきり人間の遺体と分かるものがあった。壁によりかかり、寄り添っている二人の人物。
「おい、私の声が聞こえているか?返事をしてくれ、リーピ。」
「はい、ケイリー……聞こえています。二人分の遺体を発見しました。」
「それは、中に入り込んだ作業員か?顧客からの依頼にあった人物か?」
「いえ、完全に白骨化していますし、それに片方は明らかに人間のものではない、大きな牙を備えています……。」
「なんだって?」
遺体の異様さを、リーピはいかに伝えたものか苦心した。
本来の人間が持たぬ大牙を生やしている方の遺体は、両手足が無い。もう片方の遺体も、片目の眼窩ばかりが大きく、もう片方に開いているはずの眼窩はもとから目が無かったかのように塞がれている。
……が、リーピが感じていた異様さは、そのような外見上のものばかりではなかった。
「……ケイリー。ここは、すごく懐かしいです。」
「何を言ってるんだ、リーピ。お前まで、おかしくなってしまっては困る。」
「申し訳ありません、突拍子もないことを言ってしまい。しかし、この場所は……」
リーピは暫し、周囲を見回した。
自分の記憶にないはずの場所、それでもこの場所があまりに親しみをもって自意識へと迫ってくることだけは間違いなかった。
「ケイリー。自動人形が帰るべき場所を、我々は見つけたのかもしれません。」




