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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
日の目は見ず、故に日に褪せず
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マナコ

 ハリコは悶えていた。正確には、ハリコの思考の底、蘇った"リコ"の激情が彼を悶えさせていた。


 目の前では、死体処理機のハンドルをグレッサが回し続けている。リズァーラーの活動の源であり、身体再生の活力ともなる養分液、それを作るために人間の新鮮な死体を砕断する作業である。


「ウ゛ガゥ゛、ウ゛ゥ゛グウ゛ウ゛ァ゛ァ゛……ッ!!」


「……。」


 もとより言葉を発せぬ喉の奥から、堪えがたい情動を唸り声とともに漏らしつつ、ハリコは手足の無い胴体でドサリと床に倒れ、バタバタと身悶えし続けていた。


 自分の内なる声、人間としての記憶を持つ"リコ"が、何を伝えたがっているのか分からない。自分の姉の遺体が粉砕され養分液へと加工されていく様を見せつけられて、浮かび上がってくる憎恨は言葉の形を易くは為さない。


 どうにか目を背けようにも、唯一の光で照らされているのは死体処理機である。この場に響く音は回転刃に姉の遺体が巻き込まれ、皮膚も筋繊維も容易に圧壊し、骨組織が粉砕されていく鈍い響きばかりである。


「ウ゛ゥ゛グゥ゛ウ゛ゥ゛ウ゛ゥ゛、ウ゛ゥ゛ゥ゛ー……!」


「んん……。」


 四肢を脱落させた姿で、壁際のハリコが床の上で怨嗟の呻きを上げ続ける様を、グレッサは不安げな眼差しで見つめながらも死体処理作業の手を休めていない。


 ハリコの唐突な行動によって携行照明のひとつが失われてしまったことは、問題にならなかった。予めグレッサがハリコの服のポケットを探り、見つけていた予備の携行照明は、しっかりとグレッサの片手に握られている。


 一切の灯りが無くなってしまっては、死体の処理作業も、デリクやマナコが待つ場所への帰還も、ままならなかったろう。


「ウ゛ァ゛ァ゛ガゥ゛ゥ゛ウ゛……!グゥ゛ゥ゛ウ゛ゥ゛ア゛ァ゛ァ゛!!」


「……。」


 首と顎以外に動かせないハリコの身体では、これ以上何の妨害を行うことも出来ないとは思われたが、しかしハリコの目が投げかけてくる並みならぬ敵意をはらんだ視線は、平常心のままに受け止められるものではなかった。


 だからこそグレッサは手を休めず遺体を砕断する作業を進めた。死体処理機下部の容器には着実に、"リコ"の姉のものだった骨や内臓ごと粉砕攪拌された血肉のペーストが溜まっていく。


「ウゥ゛、ガァ゛ゥ゛、グァ゛ゥ゛、ウ゛ァ゛ゥ゛、ウ゛ゥ゛ゥ゛!」


「……ん……。」


 たびたび、ハリコは四肢の無い身体の中、唯一動かせる顎を使って床を這い進もうと試みた。動くことさえ出来れば、死体処理作業を続けるグレッサの足首に噛みつくことぐらいはできる。


 だが、骨格の露出した顎の先は、乾いた床面とまるで摩擦を生ぜず、床の上に積もっていた埃や枯れた菌糸の断片の上で滑るばかりであった。ガチガチと音を立てて空を噛むハリコの牙が、グレッサに届くことはない。


 それでもグレッサにとっては気がかりであることに変わりはない。丁寧に処理しきるだけの猶予も無かった遺体の毛髪が、砕断の回転刃に巻き込まれてブチブチと鈍い音を立てている。


「ガウ゛ア゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛!ウ゛ゥ゛ゥ゛ア゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛!ウ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ゥ゛ゥ゛ウ゛ウ゛ゥ゛ゥ゛!!」


「……。」


 時間が経つほど、落ち着きからますます遠ざかっていくハリコの形相に、グレッサはもはや完全に怯えながら目を背けていた。


 ベキベキ、ブチブチといった音が金属刃の軋み音の中へ呑み込まれていき、ハリコの吠え声よりも大きな音はしなくなったあたりで、グレッサが回しているハンドルも徐々に軽くなっていく。


 手ごたえが完全になくなったあたりで処理機を覗き込めば、刃の上に載せられていた遺体は完全に姿形も無くなっていた。


「ん。」


 グレッサの背後で、もはやハリコの発する声は絶叫へと達している。


 死体処理機の下部から、養分液、すなわち新鮮な血肉のペーストが溜まった容器を引っぱり出したグレッサは……そのまま片手で照明を構え、もう片方の手で容器を引きずりながら、この場を離れていく。


 本来は、実験用のビーカーなどに移し替えてリズァーラーごとに分け与えるのが慣例であったのだが、今となっては悠長に他の容器へ移し替えていられない。


 実際のところ、ハリコは響き渡る叫びをあげながら自分の顎で床を幾度も擦り続け、微々たる進みとはいえどグレッサと死体処理機の方へ近づきつつあったのだ。


「ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!ウ゛ゥ゛グルウ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛!!」


 グレッサの手にした携行照明の光がチラチラとこちらに向けられながらも遠ざかっていき、容器に溜まった血肉の匂いも去っていった後も……ハリコは完全な暗闇の中で、叫び続けていた。


 ハリコ自身は、どうして自分がかくも苦悶の中でのたうち回らなければならぬのか、まるで理解できなかった。


 ようやく、新鮮な死体を養分液へ加工することが叶ったというのに。マナコちゃんの身体に養分液を補給して、活動再開させられる目途が立ったというのに。ついに、マナコちゃんと、もう一度お喋り出来る時が目前に来ているというのに。


 どうして、こんなに苦しくて、辛くて、みじめな思いを……。


 艱難辛苦を乗り越えた道程の終着点が苦痛と憎悪に満ち満ちていようとは、想像だにしなかった。




 何もかもうまくいかない……何もかも!お前たちリズァーラーの思い通りに、全部持っていかれた!お姉ちゃんの身体も砕かれて、汚らわしいリズァーラーの養分にされた!


 仕返しを、復讐を、報復を、なにか、何でもいい、コイツらにとって最悪の状況を!私ひとりが、こんな酷い目に遭わされて、黙っていられるか!……あぁ、そうか、コイツ、大切なお仲間と再会するのが楽しみなんだっけ!


 コイツを壊す!コイツの身体を壊す!養分を使い尽くして、活動できなくしてやる!せっかく仲間が蘇生したのに、当の自分自身は動けない!悲劇的だろうな、ざまぁみろ!


「グア゛ァ゛ゥ゛ウ゛ウ゛ゥ゛ゥ゛!ギャア゛ア゛ァ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!」


 ハリコは、自分自身の意思とは全く反して、渾身の力で叫び続け、手足の無い身体でバタバタと悶え続け、続けざまに頭を床に打ち付け続けた。


 耐えがたい焦燥がハリコの思考を満たし続けていたが、ハリコは自分の体が体力を浪費し続けることを、止めるすべを見いだせなかった。グレッサの厚意を信じるなら、今ごろマナコは全身に養分液を浸されているころだろう。


 あと少し、もう少し待てさえすれば、活動再開したマナコちゃんにまた会えるのに。その前に体力が尽きてしまったら、せっかくここまで来るために、してきたことが、全部無駄に……。


 いや……会えたとしても、こんなにも叫びまくって、暴れまくっている自分は、マナコちゃんとマトモに話せないだろう。




 そうだとも、お前にはご立派な牙が生えてる!どれだけ愛しい相手がいようとも、相手が顔を近づけてくれば、その顔を食いちぎってやれる!


 やっぱり、この身体はもともと私のものなんだ!私が死んだあと、後から入ってきた雑菌の思い通りになんかさせるものか!


 この口が言葉を喋れたなら、ありとあらゆる罵詈雑言を、お前の愛しい相手に投げつけてやれたのにな!


「ア゛ァ゛、ガア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛……!」


「わぁ、大変なことになってますねぇ、リコくん。」


「ウ゛ア゛、ウ゛ゥ゛ゥ゛……!?」


 久しぶりに、本当に久しぶりに聞く声が、程近くで響く。


 想像していたよりも、ずっと早い蘇生であった。それは、リズァーラーであるハリコの想定ではなく、人間であった"リコ"による想定だったろうが。


 処刑担当リズァーラー、ハリコのパートナーであるマナコは、すぐ近くに立っていた。


「ウ゛、ゥ゛ゥ゛、グゥ゛ゥ゛ァ゛ア゛ア゛……!」


「また両手足を失くしちゃったんですかぁ、相変わらずリコくんはおっちょこちょいですねぇ。」


 ハリコは……いや、ハリコの身体を操っている"リコは"顔を持ち上げたが、姿は見えない。


 この場に携行照明は持ち込まれていないのだ、マナコは暗闇であろうとも関係なく働く視力を有していたのだから、活動に光は必要ない。


 マナコの方は、問題なくハリコの姿を見えているらしい。真っ暗闇の中から、笑いを伴った声が聞こえてくる。


「それとも、そんなに憎しみを込めた目つきで私を睨むあなたを……"リコちゃん"と呼んであげたほうがいいでしょうかぁ?」


「エ゛……?」


 ハリコは、ずっと制御できずにいた自分の体がようやく動きを止めたのを感じた。とはいえ、やはり自分の意思通りに動かせぬことに変わりはない。


 "リコ"は、ハリコの思考の奥底にて、吃驚と共に固まっていた。




 私を……知ってるの?




 自分の死体に入り込んだ菌が"ハリコ"という名のリズァーラーとして活動していたこと、そのリズァーラーがたびたび受けていた"リコ"という呼び名が自分の本来の名前と被っていることは、偶然ではなかったのか。


 相変わらず照明器具のない完全な暗闇の向こう側で、口の端を吊り上げて笑う"マナコ"、気味の悪いリズァーラーの顔が浮かぶようであった。

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