陛下
ネフェリアーナ目線です
ダンスが終わると「お仕事の時間です」と言われアティリオ様はラミエル様に引っ張られて行った。
そして私はダミアン様に連れられ、王族の方々用の応接間でアティリオ様を待つことにした。
ーー何から何まで恐縮です。
ダミアン様はアティリオ様やラミエル様と学院時代から親しく、私が知らないアティリオ様の話をたくさん聞かせてくれた。
「我が姫に余計なことを吹き込まないでもらえるかな」
アティリオ様が戻ってこられた。
「ネフィ、待たせたね」
そう言うと彼は私に優しく微笑み、ダミアン様と一言二言冗談を言い合った。
「では、ネフェリアーナ様」
「ありがとうございます、ダミアン様」
彼は軽く頭を下げると退室した。
「さて」
彼はソファに座る私の足元に片膝を付き、私の手に手を重ねた。
「大丈夫かい?疲れたかな?」
「いいえ、アティリオ様こそ大丈夫ですか?」
「ああ。ここに君がいてくれると思うだけで心が穏やかでいられる。
こんな気持ちがあるなんて知らなかったよ。
君と会うまでは側に父がいても、ラミエルやダミアンがいてもやはり自分は1人なんだ、と思うことがよくあった。
でも今は違う。私には君がいると思えるだけでどれだけ心強くいられるか。」
アティリオ様は私の左頬に手を添えた。
「ネフィ、今日君と踊れたら言おうと思っていたことがある。
君に結婚を申し入れてから今日まで、思えば一度も君に言っていなかった言葉だ」
「ネフィ、僕は君が好きだ。とてもとても好きだ。心から愛している。」
まっすぐに私を見つめるその目には嘘偽りのない愛情が込められていた。
「アティリオ様…私…私もアティリオ様のことが…」
「キャァーーー!!」
それは一瞬にして心を引き裂くような恐ろしい悲鳴だった。
1人じゃない、大勢の悲鳴が一気に上がった。
部屋の扉を開けると、そこには既に煙が充満し、焼ける匂い、そして右にも左にも火柱が上がっていた。
ーーー何?!
「こっちだ!」
アティリオ様に掴まれた腕を私は振り払った。
「別々に行きましょう」
「!!!」
「止めましょう。助けなきゃ!」
アティリオ様が眉間にシワを寄せた
「ダメだ!」
「大丈夫!」
今度は私が彼の頬に手をあてた。
ーー震えが伝わりませんように。
彼は一瞬目を閉じると、私の手を取り口づけをした。そして自分の右手を私に向けた。
私の身体がふわりと温かくなった気がした。
「『防御』そう念じれば人々を守れる。」
「わかったわ、任せて。」
次の瞬間、アティリオ様に強く引き寄せられキスをされた。
「無事で」
「アティリオ様も」
「あとで会おう」
「はい、あとで」
アティリオ様と私は別々の方向に走りだした。
私は目に映る人々に『防御』の念を送り、火柱や煙には『消えろ』と念じた。
少しすると『防御』された人とされていない人がわかるようになってきた。
『防御』を受けた人には身体全体の輪郭にふわりと薄い水色の縁取りがされる。
身体が魔力のヴェールで覆われているかのように見えるのだ。
私は念じ続け、走り続けた。
「ネフェリアーナ様!」
ヴェールに覆われたダミアン様が前から走ってきた。きっとアティリオ様の守りだろう。
「私は大丈夫です!皆さんを誘導して下さい!」
「……………わかりました!ご無事で!」
彼はそう言うと、泣き叫びながら走る人々の方へ向きを変えた。
私は外に出ることができる扉という扉を開け放った。
舞踏会用の城とはいえとても広い。建物の内部を全く把握していない私はどこをどう進めばいいかわからない。
とにかく念を飛ばしながら、しゃにむに回廊を走り、部屋の1つ1つを回った。
突き当りまで行くと、また戻り、違う曲がり角を曲がる。
もはや初めての回廊なのか、先程来た回廊なのかすらわからない。
ーーなんなの、これは?絶対に普通の火事じゃない。
火が突然そこに出現するのだ。
今通ってきたはずの廊下で突然ボンッと音を立てて火柱が上がる。
しかしそんなことは言っていられない。逃げそびれた人がいないか、今はそれに集中すべきだ。
ーーでもなぁ…
私は気づいていた。先程から何度か念じなければ魔力が効かないのだ。
ーーちょい疲れたかな…
「痛っ」
何かに躓き転んだ。見ると壁にかかっていたのであろう燭台だった。
「もぉ!」
しかし一度床に手をついてしまった私は立ち上がることが出来ない。一気に疲れが押し寄せてきた。
「アティリオ様がご無事でありますように」
開け放されたままの扉にもたれると、不意に彼の顔が浮かんだ。
アティリオ様がくださったドレスもすっかり煤で汚れてしまった。足元は裸足だ。
ーー泣きそう
もはや戦闘能力ゼロだ。
「おか…あ……さ…ま…」
!!!!!!!!??????
「うそっ!!!」
誰かいる!
もたれかかっていた扉の部屋に這いつくばりながら入り暗闇に目を凝らした。
いた!すぐそこに子どもが!なぜ気づかなかったの、私!
「うそでしょ!ごめんなさい!待って!寝ちゃだめよ!起きて!起きなさい!」
念を送るが彼の目は開かない。息もしていないように見える。
「肝心な時に使えない魔力ってなんなのよ!」
私は少年の口に自分の口をつけ息を吹き込んだ。
JC時代にテレビで見たことがあるだけの人工呼吸を見よう見真似で始めた。息を吹きかけては…幼い子どもの胸を押すのが怖くて…軽めに心臓を押した。
「生きて!生きて!目を覚まして!」
何回彼に息を吹き込んだだろう。突然
「ヒューッ」
と胸が大きく膨らんだかと思うと、少年がゴホゴホと咳をし始めた。
「よかった!えらいね!がんばったね!!」
私は彼の頭や顔を夢中で撫で回した。
「お母様のところへ行きましょう!」
ボンッ!!
部屋の入口で火柱が上がった。
「もうやめて…」
私は少年を腕に抱き右手を上げようした、その瞬間、全てが消えた。
火柱も煙も物が爆ぜる音も遠くから聞こえていた人々の声も。
ただ私と少年だけの世界、に思えた。
先程火柱が上がった場所の向こうに真紅のマントを羽織り王冠を戴いた人物が立っていた。
輪郭はオレンジとも金色とも言える暖かい色で覆われている。
それは、どこまでも深い慈愛に満ちた微笑みだった。そして私を優しく見つめるその人物の目は、まさしくアティリオ様のそれだった。
「……陛下……?」
「ネフェリアーナ」
その声は耳ではなく心に直接語りかけてきた。
「よくやってくれた。礼を言うぞ。」
右手が私に向けられた。
私は先程までの重い身体がゆっくりと軽くなり温かくなっていくのを感じた。
そして息を吹き返したとはいえ、泣くことも出来ずぐったりしていた少年が弾かれたように泣き出した。
「ネフィ!!!」
「ネフェリアーナ様!!」
アティリオ様とラミエル様が部屋に走り込んできた。
ラミエル様は私の腕から少年を受け取ると
「先に行きます」
と部屋を出ていった。
「ネフィ!ネフィ!良かった!すまない、本当にすまない。ありがとう、良かった!」
アティリオ様が思いきり私を抱きしめた。
「アティリオ様もご無事で…良かった…」
力強い腕に包まれて私の意識が落ちる…落ちる…
「アティリオ様………音楽?」
「ああ、音楽が聞こえるね、舞踏会だからね」
ーーーーー何を言っているの?
聞きたいのに声が出ない。意識がどんどん落ちていく。
「タネ明かしは君が起きてからゆっくりと。
今は眠るといい。おやすみ、ネフィ」
額に柔らかい口唇が押し付けられるのを感じた。




