093 天界の門
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迷宮の守護神と呼びうるドラゴンを取り込んだことでホムンクルスには意識が芽生え、そして思考を始めた。
ホムンクルスは自分という存在を認識し、迷宮を認識し、そして自身の役割を認識した。
役割。それすなわち迷宮を守ることであり、迷宮の侵略者を打ち倒すことである。
しかし同時に気付いてしまう。
守るべき迷宮は本来の機能を失っており、ここはすでに抜け殻なのだということに。
ドラゴンたちの層から更に下層、ダンジョンコアがあるはずのそこには一つの魔法陣が敷かれていた。
(この魔法陣を敷いた存在を倒さなければ)
彼は本能的に察した。そして、ダンジョンコアを取り戻さなければ、と考えた。
そのためにはダンジョンコアの行方を探し、コアに至る障害を排除しなければならない。
加えてコアが戻った時のため、迷宮の魔物たちを統率しておかなければならない。
ホムンクルスの彼は最下層から地上を目指し、各層で力を付けつつあった魔物たちを圧倒的な強者ゆえの威圧で従えていった。
魔物たちはコアを失ってから初めて感じる迷宮そのものと錯覚されるほどに強大な存在を目の当たりにし、言葉は分からずとも彼の意思を汲み取り迷宮を守るための行動を始めたのだった。
魔法陣には魔素の "揺らぎ" が、何者かの残滓が見てとれた。
それは迷宮の途中でこそ途切れたものの、地上では同様の揺らぎが強く感じられる場所がすぐに見つかった。
遠くに大きく口を開ける洞穴の入口は赤く染まり、彼はその赤にしばし心を奪われた。
ダンジョンを出て見つけた魔素の揺らぎは、彼の内に凝集された魔素が漏れた先の受け皿のように彼には感じられ、そして彼の存在全てを受け入れられるほどであった。
(この先にコアを奪い去った者がいる)
本来ならダンジョンコアとリンクした存在の迷宮の魔物たちは、コアの力が健在ならそのありかを薄らとでも感じられるはずだった。まして、彼ほどに力を得たならば尚更だろう。
(今コアは力を失っているのだろう。最悪の事態として、コアが破壊されている可能性もあるが)
しかしコアの場所が不明であるならば、今できることは事態の元凶を討つことである。
ふと視線をずらすと、赤い光を背景に複数の人間がいることに彼は気付いた。
「この道はお前たちのものか?」
一応尋ねてみるが、すぐにそれはないと判断する。彼らではない、と。
ならばこの人間たちは迷宮に任せておけばよいと彼は考え、元凶を求めて揺らぎに溶け込んだ。
"揺らぎ" は連続的に一つの目的地へ彼を導き、そして彼は再び揺らぎから体を取り戻す。
気付けば彼は一つの扉の前に立っていた。
巨大で白いそれは両開きの扉それだけで存在し、白い雲のような覚束ない足元の上に建っている様子は、神聖なモノ以外の拒絶を表しているかのようである。
(・・・ここにコアがあるのか?)
彼は巨大な扉を見上げ、躊躇うことなく手を掛ける。
ギギッともゴゴッともつかない音を立ててゆっくりと奥に開いていく扉は、扉の中の者達にはっきりと来訪者の存在を伝える。
「何だ?誰か戻ったのか?」
そう独り言を言いながら近くの小さくも荘厳さを兼ねた建物から出てきたのは、背に翼を持つ一人の美男子であった。名をインディ=ドゥールーズという。
「・・・おい、お前は誰だ。どこから来た」
扉を開いた存在に気付いた彼は、闖入者に問う。
「お前たちがコアを持ち去ったのか?」
ホムンクルスは質問には答えず、質問を返す。
「コア?何のことだ。何でもいいがここはお前の来る所じゃない。お引き取り願おう」
そう言ってドゥールーズは白と金で装飾された弓を構えた。
「追い返すつもりか。どのように?私を害するのか?」
「ここへ自力で来たのなら、自力で帰れるだろう。そうでなければこの弓を放つことになる」
ホムンクルスは感じ取る。白と金を身に纏った目の前の存在から、魔法陣に残された揺らぎに似た力を。
ならば答えは一つである。
「お前たちに奪われたものを取り戻させてもらう」
そしてホムンクルスは剣を構え、瞬間、インディは目にも止まらぬ速さで弓を目の前の敵と、同時に緊急連絡のため空へと放った。
*** ハル ***
魔王エテの鏡で見れるのはせいぜい城下町くらいまでらしく、距離と鮮明さは反比例している。
「何か面白いものがあったか?」
いつもの部屋で鏡を覗いていると魔王に声をかけられた。
「グッグが居ないと不便だろう」
「えぇ、そうかもしれませんね」
というのも、グッグは土の精霊を介してダンジョン内で動きの大きい場所がなんとなく分かったり、あるいは時間差はあるものの偵察的なことができるらしく、それで鏡に映す場面を選択していたのだそうだ。
やりたい放題だな。
とは言え、私はちょうどその “面白いもの” を見ている最中だった。
これが何組目になるのかはしばらく地上で情報収集をしていないため分からないけれど、ナイトゴーレムを突破して石壁を超えたとあるパーティを見ているのだ。
そのパーティは明らかに普通じゃなかった。
まず二人しかメンバーがいない。その二人ともどう見ても十代前半で、しかも片方は少女で武器すら持っていない。
そんなんでどうやって・・・と思ったが、答えは城下町を徘徊していたゴーレムと遭遇した場面ですぐに分かった。
二人とも戦闘能力が尋常じゃない。
大剣を背負った少年の方は明らかに武の心得が乏しいと分かる動きにも関わらず、見えない壁を足場にでもしているような急激な方向転換や信じ難い角度での反転を多用して、ひたすら攻撃を重ね続ける。
彼の力の源は明らかで、鏡越しでも分かるほどに体に留まっている魔素の密度が高い。全く魔法を使っていないことから、すべて身体強化に回している可能性がある。
そしてそれ以上に目を引いたのは少女の方だ。
少女は湧き出すように生成された大剣を手に、少年とは対照的な流麗な剣捌きで連撃をゴーレムに浴びせ、しかも多様な魔法での攻撃まで併用している。
まるで少年に見せるように繰り広げられる戦闘は美しく、思わず私も見入ってしまった。
ただそれだけに、違和感が半端ない。
この二人は何の目的でダンジョンに潜っているのか?
少年の方はまだ、憧れを現実と混同したまま運よくここまで来れたと言われても一応は信じられそうだ。もっとも、その運が良すぎるという話にはなるが。
ただ少女の方は別である。どう考えても普通じゃない。エルフだとしても練度がおかしい。もしかしてデミゴッドとかいう種族だろうか?半神というくらいだから、何でもありと言われればそれまでだから。
これは場合によってはキャスカを追い越すかもしれないと思いつつ、私は彼らがナイトゴーレムを倒し、アラクネの巣を蹂躙し、ミノタウロスやケンタウロスをなぎ倒していく様子を、半ば茫然と数日の間観察していた。
キャスカはというと数日おきに舞台に戻ってはアンキスロライトに挑戦している。
毎度少しずつ雷魔法に趣向を凝らした新技を携えているので、見応えがある。何となくだけどイレイザーカノンのような形態を最終的な目標にして運用している気がする。
こう言うとアンキスロライトには申し訳ないけれど、形が定まりさえすればキャスカは序列 2 位を奪えるだろう。水魔法は点での攻撃に対処しにくい属性だから。
序列戦の魔物たちの間では少しずつ対戦が重ねられ、予想通りログラムが 3 位に上がった以外にもメンバー間ではまだ変動がある。
ログラムはアンキスロライト目当てでキャスカがやって来るごとに試合を申し込んでいて、何回かに一回くらいは勝てそうだな、という内容が続いている。
ログラムの試合はフレアが特に熱心に見入っていて、グッグと何やら意見を交わす姿も数回見られた。フレアの精霊体を早く見たいものだ。
私たちも覗きをしてばかりいるわけではなくて、屋敷のあてがわれた部屋でそれぞれ魔素の研究や、グッグと戦闘訓練をしたりして過ごしている。
ペイネもディモンもグッグにはまだ勝てていないけれど、たまにやってくるファイズとも手合わせをしているようで、そちらは二人とも勝率がかなり高い。
私は最近、ほとんどずっと魔素化して過ごしている。
ネフに監視してもらいつつ寝る時も魔素体で過ごすようにしていたおかげか、かなりこの体にも慣れたと思う。
できること、できないこと、新しくできるようになったことをそれぞれ整理して、特にディモンのいう “隙間” を探しながら、さらなる魔素化への道を延々進んでいる感じだ。
隙間に関してはディモンがディモンなりに分かったことを私たちに教えてくれるので、私もいざその感覚を掴めた時のために、イメージトレーニングを続けている。効果のほどはその時にならないと分からないけれど。
ちなみにまだ属性魔法には手を出していない。
ともかく、少年側が足を引っ張って序列戦攻略まではできないだろうと思いつつも、私は少女とキャスカ、二人の挑戦者がここまでやってくるその時を心待ちにしている。
*** ファティカ=アレスタイ 堕天使 ***
エフが異世界人キャスカとのパーティから離れてからというもの、ガルネリア様に仕える私たち部下の日常は、ダンジョン活性化以前の落ち着きを取り戻しつつあった。
相変わらず魔素濃度の低下の原因には目星がついていないものの、喫緊の問題は少ない。
そしてガルネリア様にまた後妻を薦めていこう、というような話が部下の間で盛り上がり始めた頃、”その合図” があった。
それは天使に共通する緊急の伝令。
“天界の危機” を伝えるもの。
今までこの合図が使われた記憶は私には無いが、私たち堕天した者にもはっきりとそれは伝わった。
「アレスタイ様っ!」
エフが部屋に駆け込んでくる。
「危機が・・・」
「えぇ、初めてのことですね・・・私にとっても」
エフは不安そうに私を見るが、正直なところ堕天した以上私たちにできることは無いし、私たちにはある意味で関係のないことでもある。
「落ち着きなさい。いずれにせよクルーズ様まで落とされるとは思えません」
「それはそうですが」
私はエフをソファーに座らせ、香りの良いお茶を用意する。
考えるべきは天界の存続ではない。
その侵入者が誰で、そのきっかけは何で、そしてガルネリア領への影響がどれほどのものかということだ。
天界からのルートを考えれば、ゴッデス闘技場を警戒していればひとまずは事足りる。
最悪なのは対象が人族領を散々蹂躙した挙句に、霧の里をも踏み越えて魔族領に災禍を提げて来ることだろう。
これから何かが確実に起ころうとしている反面、今まさにこの瞬間には何も起きていない。ゆえに今するべきはガルネリア様に事実を伝えること。
「ふむ、そうか」
ガルネリア様は私たちの報告にも驚いた様子はない。
「それで、何を想定してお前たちは報告に来たんだ?」
「天界にもしものことがあった場合、それはクルーズ様の消失を意味します」
「光の魔王か」
「そうです。光が失われれば闇が力を増すのは道理。不在のままの闇の魔王が新たに生まれるかもしれません」
「そうなればまた争いの時代、というわけか」
「あくまで可能性の話ですが」
「わかった、想定しよう」
ガルネリア様は了解され、私たちは下がった。
「アレスタイ様、闇の魔王っていつから不在なんですか?」
「さぁ、少なくとも私は前王の名前も知らない」
「それから今回の合図、ホントに緊急なんでしょうか。門番がドゥールーズ様のままだとしたら、間違いということは無いんでしょうけど・・・」
私としてもエフと心情は似たようなものだ。そもそも何をもって緊急なのかという問題もある。
敵襲だけでなく、魔素災害や自然災害で合図が使われる可能性だってある。
「いずれにしても、私たちはガルネリア様の下で纏まっているのが最善でしょう。もっとも今ガルネリア様に反旗を翻すような芽はみられませんが」
「そうですよね、無愛想ですけど、お優しいし強いですもんね」
「えぇ」
先代である奥様、リフェン様亡き後の奔走を知っていてガルネリア様を嫌いになれる者はそうそういないだろう。
いるとすれば、その者はきっと生粋の悪を身に宿している。
天界の様子を直接知ることは出来ない。
私たちにできるのは、“終末の音” が鳴らない事を祈ることだけだ。
それは古巣である天界を案じるため。
そして地上に争いの時代が到来しないため。




