091 師匠
*** シェリー(ゲオス=4=ケルオス) ***
お前は闇に強すぎる。
俺を倒したパーソルに言われ、そして封印から解き放たれた直後、例の騎士にも言われた言葉。それが頭の隅にいつまでも張り付いて、ふとした瞬間に思い出される。
ダンジョンへの道中、特に街道で襲われるようなこともなくグラッツァという国に着いた。俺としては何もなかったことで少し拍子抜けだ。グラッツァからは歩きになる。
ガオランは自分で言うだけあって、旅のあれこれを率先してやるつもりのようだ。
途中の国では宿泊の手配までさっさと済ませていた。端的に言って便利だ。
歩きになってからもそれは変わらず、当初の目論見通り衣服の手入れや食事の準備も勝手にやっている。良い拾い物をした。
俺も一応パーティメンバーなので、適当に火を起こしたり水を出したりしているが、ガオランも最低限の道具は用意しているのだろう、別にいいのにと何度か言われた。
ガオランの戦闘を初めて見たのはダンジョンまでグラッツァから半分ほどの地点で、狼が 3 匹襲ってきた時だった。
俺はお手並み拝見と下がり、ガオランがずっと背負っていた両手剣を振り回して狼どもを斬り伏せるのを見ていた。
荒い。
荒さしかない。
しかしそれを補って余りある強引な身体強化の強さ。
「おいガオラン。なんでお前は両手剣を使っている」
「え?だって僕はまだ背も高くないし、剣くらい大きくないと魔物を倒せないでしょ?」
「いや、小さいなら小さいで小回りを利かせるとかあるだろ。さすがにデカすぎるんじゃないか?」
「でもどうせ僕は両手剣使いになるつもりだよ」
「何か流派は・・・」
「我流だけど」
はぁ。勿体無いというか愚かしいというか。
ハラルタには指導者がいなかったのか?あぁ、いや、こいつは孤児だったな。
俺とて剣術は基礎からやった。どれだけ強くなろうが我流でいつまでも通じるのは開祖足り得る一握りの天才だけで、それ以外はゴミだ。
正直いつまでもこの雑さでは先が思いやられる。それに仮にも俺とパーティを組んでいるんだから、こんな程度の低い戦いで満足されるのは癪だし、そもそも俺の視界で拙い戦いを続けられるのも気分が悪い。
・・・よし。
「お前に俺の剣を教えてやろう」
こいつも両手剣なら、都合はいい。
「え?シェリーが?」
「俺も両手剣使いだからな。それにお前よりはマシだ」
「わぁ、それは嬉しいよ!お願いします師匠!」
相変わらず疑ったり訝しむことをしないなコイツは。
まぁいいか。開祖たる俺の剣術、カース流を叩き込むとしよう。
ちなみにシェリーというのは俺の格好を見て、ダブルホーンの誰だったか忘れたが、
「シェリー姫みたいですね」
と言われたそのままを偽名として使うことにしたものだ。その姫が何者かは知らないが、どうせ俺には関係ないだろう。少なくともここまでの道のりで同じ名前を聞いた覚えはない。
カース流は一握りの天才だった俺がインディゴグレーと共に築いた流派で、基本的には向き不向きがはっきりしている。
その極意は隙のない連撃にあり、攻めの剣だ。
俺ならさらに魔法と組み合わせられるが、身体強化特化のコイツには丁度良いだろう。
幾つもの型を教え、型の意味を理解させ、実践させ、修正し・・・ガオランにとっては長い流派の旅が始まったわけだ。
ダンジョンの入口は洞穴のようで、近くにはキャンプサイトが設けられていた。
俺たちが着いた時には誰もいなかったが、ギルドの出張所と聞いている建物には人の気配がある。
「挨拶しに行こう」
ガオランの言うがままに俺たちは出張所を訪れ、挨拶を済ませる。
「随分若いな。大丈夫か?」
「えぇ、もちろん!」
「まさかここまでは商隊について来たってわけじゃないよな?」
「二人で来ました」
なら大丈夫か、と職員は言って、俺たちの無事を祈った。
ふむ、ここがダンジョンか。
ラーナにあったのとは、地上部分の造りからして違うな。中も違うのか?
・・・まぁ俺もラーナのダンジョンには詳しくなかったが、今となっては俺の一部になっている。入ってみれば分かるだろう。
「では行きましょう師匠!」
「あぁ」
俺のダンジョンでの目的は当初と変わらず、ダンジョンを構成する魔力を俺の力を取り戻す糧とすることだ。
具体的にはダンジョン内の魔物などをイイ感じに俺の中の迷宮に取り込んで迷宮を発展させる、ということになるんだろうが、とりあえず試行錯誤しつつやっていく。
それからついでにガオランへのカース流の指導だ。なんだかんだでこいつは素質がありそうだから、教え甲斐も見込める。要するに暇つぶしである。
地上の明るさに背を向け、俺たちは仄暗い洞穴に広がる草原を歩き始めた。
*** オヴァリ=エンダ ***
僕たちが地上に戻る頃、ギルドにはライナの遺跡にある迷宮が動き始めたことに対して調査依頼が持ち込まれていた。
ノトの魔法の力が十分回復するまでの間、何をして過ごそうか考えていたところに調査の話を聞いたため、僕たちはライナに向かうことにした。
迷宮に入って探索する以外にも、町の警備とか、迷宮のせいで手薄になるだろうその他の依頼をこなすとか、力になれることがあるはずと考えてのことだ。
ゆっくりではあるけれど確実にノトの右腕は回復しつつあるから、ライナの件がひと段落する頃にはまたダンジョンに戻れるんじゃないかと見立てている。
道すがらレイドレで装備を新調したりしつつ、1 ヶ月半でライナに到着する。
ギルドで話を聞くと、想像していたほどパーティは集まっていないようで、けれどひとまず何とか足りている状況らしい。
受付の職員からは、調査依頼に直接関わるなら探索か警備があると言われ、僕たちは警備をしつつその他の依頼もこなすことにした。
「お、久しぶりだな」
ギルドから出たところで僕たちは龍人 3 人と兎獣人 1 人のパーティに声をかけられた。
「グーンさん、それにレットゥさんも!」
ロッキンガム大祭で知り合った龍人パーティ、ドラゴンロアだ。
「お前たちも迷宮か?」
「えぇ。そう言う皆さんもそうみたいですね」
「あぁ。と言っても俺たちは地上だがな」
「そうなんですか?」
僕同様、ノトたちも同じように不思議に思ったのが顔に出たのか、兎獣人のメンバーが答える。
「どうしてって顔してるわね。・・・再来の皆さんはアポロア記を読み込んでいないでしょう」
アポロア記は少なからず読んだけれど、何か関係あるんだろうか?
そう思っているとグレイモアさんは何か気付いたようで、あぁなるほど、と呟いた。
「お兄さんは分かったみたいね。そうなのよ、うちのメンバーは大きすぎるのよ!」
彼女の言葉に龍人の 3 人はちょっと気まずそうな顔になる。
と言っても、顔も龍に近いせいか表情は読みにくいんだけど。
要するに迷宮は表層ほど通路が狭いから、龍人はうまく活躍できないと云うなんとも悲しい話だった。その代わりドラゴンロアは他の入口が迷宮側から開拓されて、手付かずの強力な魔物が出てくるのに備えている・・・というかそれを心待ちにしているらしい。
冒険者らしいと言えばそれまでで、でも僕としてはできれば町に危険がない方が、単純に依頼内容だけ考えても望ましいと思う。
「まぁ本気で侵略しに来て欲しいってわけじゃないさ。久しぶりに力を持て余してるってだけで」
そう言ってグーンさんが大剣の柄をカチャリと鳴らす。
・・・うん?もしかして試合をしたいとか?
「そこで相談なんだが・・・」
「・・・いいぜ、やろう」
グーンさんが言い終わる前にグレイモアさんが答え、ドラゴンロアの 3 人は嬉しそうに目を細めた。
僕も冒険者ってものを随分分かってきたみたいだ。それか僕自身がより冒険者らしくなっているか。 まぁ、“らしさ”っていうのも僕が勝手にそうだと思っているだけなんだけれど。
とりあえず大まかに手合わせの方針を決め、その後は警備時のポイントを流れで教えてもらった。
僕たちも警備側に回ると伝えると 4 人とも意外そうにしていた。
手合わせは全 9 戦を予定することになった。
こちらからは僕、グレイモアさん、ナユタさん。ドラゴンロアは戦闘員の 3 人。火魔法剣士のドラゴニア=グーンさん、氷魔法剣士のシルビウ=レットゥさん、土魔法の槍使いレル=ラーグさん。
それぞれ 3 回ずつになる。
ライナには王国のように都合のいい闘技場があるわけでもないから、その辺は模擬剣かつ寸止め前提で、あとはお互いの回復役任せの結構雑な設定だ。正直に言えば、龍人たちは武器はオマケといった戦い方を大祭でみせていたから、かなり僕たちにとって不利な条件だと思う。
それでも僕はそんなことよりも、暗闇の城で散々鍛えてきた成果を形に仕上げる良い機会になるかもしれないと、楽しみで仕方なかった。
翌日、一戦目。場所はライナの国境から少し離れた草原地帯。
お互い手の内を知らない同士のナユタさん対ラーグさんが初戦になった。戦いというか手合わせというか。
ラーグさんは他の二人と違って武器の槍を攻撃の主軸としてしっかり使っている。土魔法は補助程度で、彼自身の龍人としての特性はほとんど全て防御に割り振っているようだ。
槍なのに防御?とも思ったけれど、もしかしたら普通のパーティとは一人一人の担当できる距離感が違うのかもしれない。あとは兎獣人のフェイムさんの盾役、とか。
一方のナユタさんは、元の世界で得意だったという空間魔法のこの世界での流用方法をかなり時間をかけて模索していて、その応用を見せてくれた。
理屈は分からないけれど、ほとんど一瞬と思えるくらいの速さで短めの距離を移動して、ラーグさんを翻弄している。
「あれは縮地という歩法を強化したものだ。相変わらず俺の魔法はイマイチ機能してくれなくてな、せいぜいこれくらいが今の限度ってことになる」
手合わせ後にそう教えてくれた。
けれどさすがに手加減ありきの試合。真剣ではなく模擬剣。
牙を削られたら当然守りの硬い方が一層有利で、ラーグさんはこの手合わせとの相性が良すぎると言えるだろう。
ナユタさんの攻撃に模擬刀の方が耐えられなくなって、決着がつきそうにないので引き分けになった。
「いや、無理だ。中途半端にやりあって攻略できるようなレベルにない」
ナユタさんがぼやく。ほとんど魔法も使っていないけれど。
「そうは言うが、俺としては木剣で体の中に衝撃を伝えてきたあのやり方はかなり効いていたぞ」
グーンさんがナユタさんの言葉に応じるように評価する。
体の中に衝撃って、どうやったんだろう。普通に打ち付けるような動作に見えたけど。
力を増すとどうにも攻めの要素が守りの要素よりも強化されやすい傾向にあるのは、誰も似たようなものなんだろうか?
そういう目で見てしまうと、力量がある程度保証された同士だと、手合わせと言えどお互いの攻撃がお互いを死に至らしめる可能性があることに、意識的あるいは無意識的に気を配ってしまうのも仕方ないことなのかもしれない。
・・・という事情を僕たちは何となく察してしまった。
とりあえず、この手合わせがグダグダになりそうな気配がそこはかとなくあることには目を瞑って、僕たちは次の手合わせで、と言って別れた。
・・・しかしその後の予定は、突如現れた一体の魔物によって有耶無耶になってしまった。
*** 巫女 ***
神国が興って以来続いている巫女の系譜。
今代の巫女である私。
正直に言えば結構暇です。
変わっていく時代に対して殆ど変わらない教義を、古くからの方法で守り続けることはいつまで意味を保ち続けられるんでしょう?
まだ先代から受け継いで年月が浅いにも関わらず、神託を一度受けてしまいました。
神託というか、天使のお告げですが。
天使についてはガイナ教として全く触れていないにも関わらず、実際には教義にある神の言葉の多くは人族由来ではなく天使由来なのだとか。
ただ、天使のお告げをそのまま教義に組み込んでいるわけではなく、神の言葉は神の言葉として天使が伝えてくれるようで、さらに私たちの側でも吟味するのだとか。
私の授かったお告げ。
『備えなさい、混乱の世に。求めなさい、混じり気のないモノを』
何のことやら。
長老会のお偉方は躍起になって事の起こりを探していて、ここのところはその候補をダンジョン、ライナ、霧の里に絞っているのだとか。
それ、お告げ以前と変わってないですよね、とは言い難い雰囲気。
混じり気のないモノが何を指すのかは、尚更分かりませんし。
天使は何が何に混ざっていると知らせたいのでしょうか。
種族、領土、思想、文化。
時代が移ろえば、それだけ世界は元の無垢な状態を失っていくはずです。
もちろん無垢がいいと私が思っているわけではなくて、ただ事実として。
私としては、混ざってしまわなければ新しいモノが生まれない面白みのない世界が続いてしまうのではないか・・・そう思える事の方が憂慮すべき問題です。
長老会もこの点には慎重になっています。
一度混ざったものを分離するには、それが何であれとても大きなエネルギーが必要だからです。
人に関与する事項なら尚更で、あらゆる問題が誰かの視点では戦争の火種になるでしょう。
なんで急に私の時に。
そう思ってしまうことは罪でしょうか?
私は “罪” など信じていませんが、内なる思いを誰かに許されたいという願いは、確かに私の中にあるようです。
巫女も好きです。この話に出てきた巫女のことです。




