086 挑戦者
*** ハル ***
序列戦に介入し始めてから 9 ヶ月。ついに挑戦者が現れた。
万全とは言わないけれど、そこそこ強化されたんじゃないかと思いつつ、教え子が試合に臨むのを見守る指導者の気持ちで私は観戦席に座る。
観戦席とは言ってもエテから、「管理者である以上、姿を伏せておく方がよかろう」と言われてしまったので、仕方なくエテの屋敷でソファーに腰掛けて、ダンジョン用のアイテムだという鏡を覗いている。
「便利だろう。やらんぞ」
エテが言うように管理者特権がそのまま形になったようなそのアイテムは、大変都合が良いことに大きさ別に 3 つあるらしい。
今私たちは、壁に立てかけられた一番大きいものを見ている。
大きさ別に維持のための魔素の必要量が違うらしいが、とりあえず今回は私が起動していて、特に問題ない。
「さすがにゲーティにすぐ斬りかかるようなことはしないわね」
「もしそうなったら、説明が聞けないから面倒だよね」
ペイネとディモンはそんなことを話している。ゲーティが可哀想なパターンについて妄想するのはやめてあげよう。
さて、たった一人で扉を開けてやってきたこの挑戦者について、私は幾つか気になることがある。
ちなみに鏡越しだと音が拾えないけれど、魔素と精霊素はまぁまぁ見える。
まず片手剣のスタイルのようだが、なぜか腰に刀も提げていること。
若い、それも明らかに人族の女だということ。
その顔付きと髪型が妙にこの世界の人物の系統とは違うこと。
表情が暗く、栄養足りてないんじゃない?と思ってしまうほど顔色が悪いこと。
こういった違和感を総合して、勘も混ぜつつ考えるに・・・。
(異世界転移者が能力任せで無理やり攻略しにきたパターン、か?)
そう思えた。
私の想像は別として、彼女もゲーティの説明を聞き終わり、初戦に挑むようだ。
「結局序列って変わってないままなのよね?」
ペイネが言う通り、序列はまだ変わっていない。
「私のプログラムだと団体戦か私たちとの試合ばかりだったから」
「なんだかんだで全員真面目にソロジーのプログラムをこなしてたのって、ソロジーが怖かったからかな?」
「さぁ・・・どうだろうね・・・」
ディモン氏、私は別に怖くないよ。
序列 10 位はゴッソール。炎と影の魔法を得意とする両手剣の魔法剣士だ。
しばし待ってゴッソールが現れ、舞台に上がる。
二人が構え、試合が始まる。
見れば周りには 1 位から 9 位までの全員とゲーティが観戦に出ていた。プログラムを頑張った成果をみんなで見守ろう的な感じかな?
挑戦者の彼女の周りには一通りの精霊素が揺蕩っているように見える。あえて言うなら火と水と闇が多いかもしれない。
片手剣を両手で持って構える様子はイマイチ型にハマりきっていない印象。
踏み込み、剣で突きにかかるが、それは囮なのか彼女の背後で形成されていた三つの魔法が同時に放たれた。
ゴッソールは両手剣に炎を纏わせて盾のように彼女の踏み込みに応じるが、回り込むような軌道を描いた魔法の攻撃は受けてしまった。しかしそれで倒れるような様子はない。
攻撃の効果を把握したのだろうか、彼女はそれ以後水魔法に切り替えたようだ。
ゴッソールはゴツい見た目に似合わず意外にも小技を多用する。炎もただ剣に纏わせるだけでなく感知端末としても利用しているし、ひっそりと影魔法を広く展開し、おそらく魔法への抵抗がうまくなければ足をとられてしまうか、そうでなくても微妙に動きが鈍ってしまっているだろう。
多分マルト流と相性がいいんじゃないかな?と戦闘を見守りつつ私は考えていたが、流石は単独での暗闇の城の踏破者。ゴッソールからは一太刀も浴びることなく水魔法で攻め切った。
みんなはこの結果をどう受け止めたんだろう?
私は反省会をしたい気持ちになった。
彼女は今日はこれ以上の試合を組むつもりが無いらしく、ゲーティの案内で用意された部屋へ移動した。
「エンダくんと似たようなタイプなのかしら?」
ペイネが言う。
「どうだろ、私は違うと思うけど」
「どう違うの?」
多分異世界人だから、なんて言うわけにもいかない。いや、ナユタさんたちの例があるからいいのか?でもその “ぽさ” がどうして私に分かったのかを追求されそうだ。
「・・・勘」
「勘かぁ。まぁクレアの勘って 7 割くらい当たるものね」
「もうちょっと見てたら分かるよ。きっと」
私は適当にはぐらかした。
序列戦のメンバーは皆、舞台のある空間から彼ら用の扉を隔てた先に部屋を持っている。
私が彼らと接触しようと思うと舞台を通らないといけないので、その場合彼女に見つかる可能性がある。一応彼らがこちらに来ることもできるのだとは思うけれど、エテやグッグは彼らはそんなことはしないだろう、と言っていた。
エテに言われた手前あまり勝手なことはしないほうが無難だと思うので、とりあえずは今後のことは彼らの自主性に任せることにしようと思う。
・・・ますます教え子と指導者的な関係になってきた気がするな。
彼女の本気を最初に引き出せるのは、彼女を止められるのは誰だろう。
プログラム立案の立場としては、楽しみでもあり、同時に少し不安でもある。
*** フェイト=キャスカ ***
森でトレントの罠に嵌った日、私は常闇の力を駆使して襲ってくる全ての敵を倒し尽くした。
ミノタウロスも、ケンタウロスも、それからトレントも。
常闇は私の体と同化し、あるいは周囲に溶け、私以外に交わったものを全て停止へと導いた。
私は常闇によって何処からともなく沸いた力に身を任せて剣を振り、それが折れてしまうとミノタウロスの斧を拾って魔物たちを倒し続けた。
闘争本能が意識を吸い上げ、ひたすらに斧を振った。
血飛沫を浴び、肉塊を飛ばし、次々と動くものを捉えた。
常闇に身を委ね、私は私の理性だけは手放さないようにと戦意を焚きつけ続けた。
(あぁ、楽しい・・・)
不意にそう感じたことも、不謹慎だとか場違いだとは思わない。
ただひたすら私は戦場を駆けた。
そして動かなくなったトレントの森の中、気付けば私だけが立っていた。
(危機を乗り越えたんだ・・・)
常闇を解き、どっと体を襲った虚脱感の中、私は少しの間暗い空を見上げて呆然として、そして仲間のことを思い出した。
「みんな・・・」
駆け寄ることもままならず、両足を引きずるように仲間の所へ向かう。
「キャスカ」
一人意識を取り戻し、ラーデンに治癒魔法を施していたエフが私を見つけた。
「キャスカ、ライノットが・・・」
その先は、聞かずとも分かった。
「ラヴィスは?」
「一応大丈夫みたい」
「そっか」
吸血鬼系のラヴィス、堕天使のエフ、鬼のラーデンの 3 人は、多分死そのものへの耐性が強かったんだろう。ライノットだけが、耐えられなかった。
「クッ・・・」
私は目頭が熱くなるのを感じ、その場にへたり込んだ。
エフが順に回復を施し、ラーデンとラヴィスが意識を取り戻す。
冒険者の死体はそのままにしていればダンジョンが取り込んでしまうけれど、私たちは戦闘の余韻で重い体をなんとか動かして穴を掘り、ライノットを丁重に埋めた。
そしてそのままその場で一晩休んでから、私たちは地上を目指した。
地上へ戻り、魔王カンナバーラの居城を訪れる。
前と同じようにダンジョンの探索深度が深まったこと、個々の練度が上がったことなどを報告して、それからライノットの死も告げた。
魔王はあまり心を動かした様子はなくて、私はそのことが悲しかった。
でもそもそもダンジョン探索に危険は付き物だし、アンデッドの軍勢が押し寄せていた時も犠牲はあったのだから、この感情は彼と組んだ私だから生じたものなんだろうとも思う。
為政者として魔王におかしいところはない。
逆に私は、自分が自分のためにパーティメンバーを引き連れていたつもりで、いつの間にか彼らと同じ目線で動いていたんだとも思った。
「それで、キャスカ殿は今後どうされるのか?」
魔王が問う。
・・・私は何がしたいんだろう?
元々はこの世界の都合で魔王に召喚されたけれど、召喚された時の問題は既に解決している。
魔王は私に、好きなようにしたらいいしその手伝いはするとも言っている。
危険を犯さずとも、それなりにいい暮らしができる、と。
でも私は・・・。
「私はダンジョンを攻略します」
そう答えた。
はっきりと、自分に言い聞かせるように。
トレントの罠に嵌る前なら、これ以上の探索は躊躇ったかもしれない。けれど私は絶望の経験と引き換えに確かな力を得た。
常闇という、明らかに次元の異なる力を。
・・・ここは退屈な日常からの逃走を夢見ていた "あの頃" の夢の中だから。
私が動かないと、物語が動かない。
私こそが物語を動かすことができる。
私そのものが物語になれる。
簡単なことだ。できるんだからやらないと、夢を見るだけだった私に何て言って申し訳をすればいいのかわからない。
「そうか。ラーデンたちは」
「俺は抜けようと思っています。今回の探索では十二分に研鑽が積めましたから、一旦カンナバーラ様の力に戻ろうかと」
魔王は一つ頷いた。
「私たちはガルネリア様への報告次第でしょうか」
ラヴィス自身はどう思っているんだろう。
「あたしは正直、気が進まないかな。ただでさえあの城は気分が悪いから」
エフはやっぱりまだ悪魔の気配を引き摺っているようだった。
魔王カンナバーラからは食料や日用品の支援を約束され、私たちはラーデンも伴ってガルネリア領へ向かった。
魔王ガルネリアは相変わらず気難しい顔で書類に向き合っていた。
「ガルネリア様、ただいま戻りました」
「うむ」
エフが挨拶し、魔王は短く答える。
一通りの報告を終えると、魔王は配下の二人に「好きにするがいい」とだけ伝えた。
道中でラヴィスが教えてくれたことだけれど、私を監視する目的で私に同行するには私の力が強くなりすぎたから、あんまり意味を為せないとなるとお役御免になる可能性が高い、と言っていたそのままという感じ。
強いなら尚更警戒を強めるものでは?と思ったけれど、中途半端な時期にどこにも属さなければそれでよかったらしい。どこかに取り込まれてから強くなると困る一方、強くなってからでは取り込んだ国も私をうまく扱えない可能性があるし、いっそ新たな脅威として私以外で結託して私を敵とすることもできるから、らしい。
説明には納得のいかないところも少しありつつ、そういうものなのかなと聞いた。
「では、私は魔王様の下に戻ります」
ラヴィスが言う。
「ごめんねキャスカ、あたしも抜けさせてもらう」
エフも脱退するようだ。
魔王ガルネリアは私がダンジョン探索を続けると宣言しても特に何も言わなかった。
多分本当に、ただの監視対象だったんだろう。
魔王カンナバーラのように異世界人に興味がある様子でもないから。
私がガルネリア領を立つ前日、私たちパーティはいつかのように夜遅くまでお酒を飲んで笑って過ごした。この先を思うと、平穏な日々への後悔がチラつくとても素敵な夜だった。
ガルネリア領を後にし、ラーデンも自国に戻り。
私はダンジョンへ一人で向かい、そして一人で探索を始めた。
数ヶ月の間は、一人できちんと探索できるようになることだけを目的に浅層を探索した。
この期間、私は常闇が自分にもっと馴染むよう、できるだけ常闇を発動して過ごした。
はじめは数分しか保たなかったのが、10 分、30 分と伸びていき、常闇を全開ではなく小出しにする術を身につけてからは持続時間が一気に伸びた。
常闇とはたくさんのこと話した。
「私は精霊の出来損ないです。キャスカ様の魔法無くしては、まだ体を構成することができません」
「キャスカ様の魔法が私という精霊そのものを構成する、ちょうどいい指向性を持っているようです」
「私も自分で顕現できるようになれたなら良いのですが・・・」
などなど、他にもいろんなことを。
けれど常闇の知っていることはあまり要領を得ない内容だったり、私が知っていることも多くて、有用だったのは彼自身をどう私が使役すればいいかということくらいだった。
結局のところ彼が自立した存在にならない限り、常闇は私の魔法の一部でしかないようだ。
だから彼はそういう風に彼自身を使うように求めたし、私はそれを抵抗なく受け入れた。
ダンジョンの夜はとても寂しい。
昼と夜の違いは淡い光の色合いが異なるだけと言う人もいるかもしれないけれど、魔物や生き物だけでなく木々も眠っているような雰囲気が私を包み込むように立ち込め、私は少し息苦しくなる。
ダンジョンの魔物たちが何故か夜は殆ど活動していないのは幸いだけど、それでも、簡易のトラップを張っていたとしても完全に気が休まる瞬間が無いのも辛い。
私は少しずつ消耗しつつも、探索の技術を確実に身につけていった。
時々地上に戻って、近くの拠点で息抜きと必要な物資の調達をしながら。
そうしてようやく一人での探索に自信が持てるようになってからは、一気に深度を深めていった。
草原を、幻惑の森を、荒野を駆け、城下町も突き進み門を超え、常闇との二人旅にも随分慣れてしまったなと思える頃、私は暗闇の城に戻ってきた。
予想していた通り、常闇となら暗闇の城の攻略も順調だった。
これまでの数ヶ月が報われたような気がして、私は階を上がっていくことが嬉しかった。
最上階ではソルとルナークという、天使のような殆ど同じ容姿の二人組のボスが待ち構えていた。
二人とも光魔法と幻影を使い、そして恐ろしく速く、久しぶりに常闇とのシンクロ率を最大まで上げて戦うことになった。
片手剣を使うソルとルナーク。二本の片手剣に対して片手剣一本の私。
それでも、常闇を纏って無理やり底上げされた私の身体能力ならなんとか対応できて、片方にうまくカウンターが決まった瞬間につけ込んできっちり決め切った。
「あーあ、負けちゃったね」
「あーあ、負けちゃったね」
もはやどっちがどっちか分からない。
「先に進むといいよ」
「先に進むといいよ」
「きっと楽しいから」
「きっと楽しいよ」
そして私は玉座の裏にあったゲートを潜り、その先で、序列戦という意味の分からない催しに強制的に参加することになったのだった。




