085 ホムンクルスの覇者
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「何があった?」
女神派本拠地の会議室に集まった十数人の要職たち。
代表であるヒノト=ミランが、緊急の報告を受けて開いた会議で、改めて報告者であるダリア=ダライアに尋ねる。
会議に参加しているすべての人物が彼女の言葉を待つ。
「迷宮の機能が停止し、魔物たちが無秩序化したものと考えられます」
参加者たちは静かに彼女に注目している。
「・・・数日前、突如として迷宮の灯りが一斉に落ちました。はじめはそういう仕掛けなのかもしれないと考えていましたが、どうにもその後魔物たちが活発になったように思い、切り上げたのです」
彼女の側には、新入りの少年が控えている。
「そして帰路では、魔物の活発化が気のせいではないこと、迷宮の法則が失われたことを認識しました」
「と、言うと?」
「これまで魔物たち私たちを見つけると襲ってくるという行動パターンだったのですが、襲う対象が別種の魔物にまで広がり、その上明らかに徒党を組んで・・・通常よりも大きい集団で行動している様子が確認できています。そして一番の問題は、魔物たちが階層を超えて動き始めていることです。更に言えば倒れた魔物がそのまま消えずに残るようになりました」
「それによって、何が危惧される」
「帰り際、私たちは魔物がこれまでと違って門を越えようとする姿を確認しました。現状は人を集めて見張ってもらっていますが・・・いずれ、下層の魔物が地上へ溢れる可能性が、最悪の事態としては考えられます」
そこまで話してダライアが言葉を切ると、参加者たちはざわつき始めた。
「迷宮の悪魔とは別件なのか?」
「最下層・・・まだ見ぬ魔物・・・」
「アポロア記では少なくともドラゴンの存在が」
「猶予はいかほどに?」
「他の入口の発見も急がなければ」
等々。
ミランはざわめきが落ちつくのを待って、そして問う。
「我々の手に余る可能性が大いにあると私は考えるが、いかがか?」
穏健派のトップ、ネッコ=オーメが意見する。
「もはや大陸中央のダンジョンよりも危険度が高くなったと考えるのが妥当かと」
強行派トップのキノエノ=ライドラはこれに反対する。
「今こそ女神派の力を示す時では?」
王国の軍部掌握作戦の失策以後、力を弱めていた強行派のライドラとしては、本来個で対応するのが前提である迷宮に対してすら、今回の件は強行派の主張する集団の力が必要になったことを認識させるきっかけになるだろうと考えた。
どうせ深部の魔物までもが地上に至るには猶予があるだろう、差し迫れば公にすればいい、と。それに迷宮の通路は深くなるにつれ広がっているのだから、大きい魔物は結局地上まで来ることはないのでは?とも考えていた。
一方のオーメは、個の力を重視するからこそ構成員であるダライアの言葉を重く受け止めていた。
オーメは考える。
迷宮の悪魔と仮称しているダライアたちを襲った存在こそ現れないままだが、ダンジョンのことを参考にすれば分かるように、魔物が周囲へ漏れ出すとなれば組織内で対応するにはリスクが大きすぎる。それにあくまでも女神派の力は、教義にある世界の危機に対応するためのものなのだ、と。
ただこの場合、この程度の問題で躓いていては世界の危機に応じるなど夢物語だと笑われそうなものだとも、心の片隅では思っている。
数人がその後も意見し、それらをじっと聞いていたミランは、この会議で一番立場の弱い少年に不意に言葉を投げた。
「ルダ。君はどう思った」
特に何も考えずダライアのうなじを見ていたルダは、突然名前を呼ばれて焦る。
「え?えっと・・・僕は力不足かもしれないと思いました」
そして少し的外れな答えを返した。
「どういう意味でかな」
「深部の魔物が出てきたら、僕じゃ負けてしまうのかもしれない、という意味です」
「そうか」
ミランは机の上で両肘をついて手を組み、組んだ両手に顔を伏せて思案する。
そしておもむろに口を開き、女神派トップとしての、ライナの重役の一人としての方針を伝えた。
「この件はギルドに迷宮が再稼働した可能性として報告し、女神派としてではなくギルド経由で対応するものとする。・・・どうにも嫌な予感がある」
反対意見も挙がったが、結局ミランが示した方向で話が詰められ、会議は終了した。
ギルドへは遺跡を管理する者からという形で迷宮の魔物に関する報告が上がり、そしてお抱えのパーティが真偽の確認から戻ると、すぐさま各地の支部に情報が伝達された。
・・・これはゴブリン数体、スライム数体が旧ダンジョンから出てきた、という簡単な話ではない。アポロア記に語られる伝説が復活した可能性の話なのだ。
ライナの支部からは情報伝達と同時に、調査依頼の形で旧ダンジョン改め迷宮への戦力投入が要請された。
人族領の中では辺境にあたるライナへの応援。
最も迅速に動き出したのはポーラ大陸の大都市を拠点とする冒険者たちであり、大都市からは早速いくつかのパーティが海路を経てライナ入りすることとなった。
*** オヴァリ=エンダ ***
ダンジョンの深層、暗闇の城を少しずつ登っていた僕たちは、ついに王の間へ辿り着いた。
扉を開けた先で待ち構えていたデーモンのレイラーンは、ゆったりと僕たちを歓迎した。
「よく来たな。王の間へ。お前たちで 2 組目だ」
レイラーンは倒されたと云うにも関わらず、ここに存在している。
再生能力やダンジョンによる再生機能だろうか?
「私を倒せたなら、ゲートの先へ進む権利が得られよう」
ゲート・・・。デイブレイクに聞いてはいたけれど、まだ先があるようだ。
レイラーンはこれまで戦ってきたデーモンたち以上に強そうな見た目ではない。
両手の斧が重そうだな、と思ったくらいだけれど、こればっかりは戦ってみないと分からない。
「行くか」
グレイモアさんが合図をして、戦闘が始まった。
大盾を装備して一気に間合いを詰めるグレイモアさんに僕たちも続く。
部屋が広いこともあって、僕は最初から規模の大きい魔法を構築する。
両手の斧を交互に盾にするように構えつつ斬りつけるレイラーンの攻撃をグレイモアさんはしっかり受け、ナユタさんはその背後から刀をレイラーンの足元に振っていく。
体の大きいレイラーンはしかし想像以上に動きが早く、斧での防御と絡めながら攻撃を躱している。
「グレイモアさん!」
魔法の準備を終えた僕は声を上げ、前線の二人はタイミングを合わせて距離を取る。
ドッ!・・・ジジジッ!!
収束よりは威力重視で放ったイレイザーカノンは熱線の余韻を残してレイラーンを目指し、しかし直前にレイラーンが放出した閃光が彼?の姿を隠してしまったこともあって手応えは感じられない。
閃光に目が慣れるまでの数秒、僕は音や気配を頼りにレイラーンを探す。
一番最初に気付いたのはレイネさんだった。
「グレイモア!」
そう叫ぶと、制御が難しいからと近接戦では滅多に使わない重力魔法を操り、グレイモアさんの背後に迫ったレイラーンを地に押し付ける。グレイモアさんも余波で重力を受けるが、レイラーンへの負荷ほどではなく、振り返って盾を構え直した。
戦闘の再開、そう思って意識をそちらに集中し始めた時。
「グアッ!」
・・・突然悲鳴をあげたのはノトだった。
ノトを見ると背後から斬りつけられ、そして・・・右腕が離断されていた。
「ノト!」
レイネさんとノトは立ち位置が近い。レイネさんは不意に現れた新たな敵に集中するためレイラーンへの魔法を解き、魔法を練るが、魔法の効果が現れる前に敵は闇に溶けた。
精霊系だろうか?レイネさんには姿が見えているようで、何かを目で追って警戒している。
「エンダ、こっちはいい!」
ナユタさんが僕に声をかけ、ノトの方へ向かうよう促す。
ノトは既に癒しの魔法を自分に施しているけれど、利腕をやられたためかいつものようなキレが見られない。
駆けつけた僕はレイネさんにも敵は任せるように言われ、ノトの回復を支援する。
正直に言って僕は回復魔法が苦手だ。それに、ノトの魔法に同調させなければいけない今の状況は、尚更悪い。効果がうまく噛み合わないかもしれない。
しかしそんなことを言っていられる状況でもない。
治れ!・・・治れ!!
一心に回復を施す僕は次の瞬間、一気に焦りが募った。
・・・ノトによるバフが切れた。
そのことをナユタさんとグレイモアさんも察したようで、レイネさんと声を掛け合って状況打破の算段をつけている。
「エンダ、撤退だ!」
グレイモアさんに声をかけられ、僕はノトを支えつつレイネさんと扉へ向かう。
僕たちが扉まで辿り着くと、レイネさんが目で追っていたもう一体の敵がレイラーンへと近づいたタイミングでグレイモアさんとナユタさんが離脱、レイネさんが重力魔法を放った。
「ふん、出直すが良い・・・」
動きの殆どを縛られたレイラーンの声が、閉まりゆく扉の向こうから聞こえた。
扉の前でしばらくの間回復を施すと、ノトの腕はとりあえずくっついた、という感じになった。
ノトが腕の状態を確認する。
「魔法の威力が落ちてる」
見た目に悪いところは無いので多分機能面もそのうち追いついてくるんだと思う。思うけれど、一度探索は切り上げた方がよさそうだ。
バフはともかく、回復を軽視することはできないからだ。
「あいつ、分裂したよな」
グレイモアさんが言う。
「なんか、体も少し小さくなってたし。俺らの方に残ったのが光属性で、ポットを襲ったのが闇属性ってことになるのか?」
多分、そうなんだろう。
「もしかしたらもっと分裂できるのかもしれませんね」
「どうだろうな。斧は 2 本だったが」
王の間のデーモン、レイラーンのことや、その先にある領域のことをあれこれと話つつ僕たちは帰路についた。
言うまでもなく暗闇の城で遭遇したデーモンたちは、ノトの負傷の影響でいつもより強く感じた。
僕個人に言及するなら、もしかするとインドールの風が解散する直接のきっかけになったミーさんの負傷を思い出して、かなり気落ちしていたことも影響したかもしれない。
***
突如としてコアを失った迷宮。
魔物たちは制御を失い、しかし迷宮の魔物の性質を残しながら、生物としての本能に従って動き始めた。
小さな、あるいは弱い魔物たちは次々に蹂躙されるが、タイミングや運次第では上位の存在を上回る力を手にした魔物もいた。
これは魔物たちにとっては幸いな、人族にとっては不幸なことに、魔物が元々持っていた魔素を溜め込む性質を失っていなかったためだ。もちろん死んだ魔物に固有の魔素全てを吸収できるわけではないが、少しずつ回収され、溜め込まれた魔素は上位種への変容を促した。
各所で徐々に強力な個体が生まれ、それらを中心とする原始的な集団が生まれては消える弱肉強食の世界。
そんな中、最下層一歩手前ではまさに地獄絵図としか言えない光景が繰り広げられていた。
物言わぬ者たちのサバイバル・・・ホムンクルスたちのデスマッチである。
足場はそこかしこで斃された者の死骸に塞がれ、上層から流れてきた小型の魔物が死肉を食い散らかし始める。
一人、また一人と、人の動きを模しただけの抜け殻たちが命を落としていく。
・・・。
そうしてどれだけの時間が経っただろう。
やがてホムンクルスはたった一体の生き残りのみとなり、その一体は全てのホムンクルスの要素をその身に宿していた。
「・・・」
ホムンクルスは考えない。
彼・・・男性型の彼は単に本能から、さらなる魔素を求め下層へと向かう。
ダンジョンコアの安置されていた層を除けば最下層にあたるそこは、ドラゴンたちの領域であった。
絶対的強者であるドラゴンたちはしかし、全てのホムンクルスが融合したと言っても過言でない彼という存在になす術なく倒されていく。
いつしか下位のドラゴンが倒し尽くされた頃、言葉を理解する知恵あるドラゴンが彼の前に現れた。
「・・・悲しいかな、お前には何もない」
「・・・」
「俺もお前に取り込まれるのだろう」
「・・・」
「まぁいい。迷宮の覇者よ。お前も知るがいい。思考という苦痛を」
「・・・」
「そして生の喜びを・・・」
迷宮最強の守護者であるそのドラゴンは哀れみを両目に湛え、ホムンクルスを静かに見下ろす。
ホムンクルスは構えた片手剣で、斬ッ!とドラゴンの首を一閃の下に落とすと、ドラゴンの魔素と意識を取り込んだのだった。
「・・・」
「・・・」
「・・・私は・・・・」
そして彼は思考を始める。
***
「ねぇガイナ」
「何?」
談話室の一角、ソファでお菓子を食べるガイナにトラミが話しかける。
「あんたこの前、転移者に干渉されたって言ってたわよね?」
「えーっと、うん、そうだけど」
ガイナはお菓子を食べつつ、キャスカのことだな、と思い出す。
「それがどうかしたの?」
「いや、珍しいなと思って」
ガイナは不思議に思う。
バッザルの配信でもたまに世界間移動が取り扱われることがあるが、そこでは転移者と会話するシーンも珍しくないからだ。
「どう珍しいの?」
「あぁ、いや、気にしないでちょうだい」
「そう?ならいいんだけど・・・」
トラミは他に聞きたいことは無かったらしく、それだけ聞くと談話室を出て行った。
ガイナはと言えば、まだまだお菓子を食べながら、最近自分の世界に突如現れた名もなき大きな存在のことを考えていた。
覇者も好きです。




