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今更普通の異世界転生  作者: 玉庭ひとり
第五章 挑戦者
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084 迷宮幼女

補足:旧時代にダンジョンと認識されていた現迷宮と、人族領、魔族領に口を開き深部で繋がっている現ダンジョンは、いずれも "ダンジョンコア" を核にしていますが、それぞれの本質は別の異世界に由来し、全くの別物です。ただ、いずれも核は "ダンジョンコア" と呼ばれています。現ダンジョンのコアは "ファンタジースター" という正式名称がありますが、旧ダンジョン現迷宮のコアは記録がなく名称は不明です。

***


 災厄の再誕。

 それは暗雲立ち込める荒野の、もはや殆ど基礎だけが残る廃城での出来事。


「ファル様。委細、整っております」

「うんうん、ご苦労だね」

 ファルと呼ばれた黒髪の女は、お面を外したヤギ獣人ファーラの報告に特に気持ちを込めた風でもなく答える。

「ちゃんと陣も敷いてきました?」

 灰色の髪で目を殆ど隠している別の女性が問う。

「えぇ、レデルカ様。抜かりなく」

「ならいいんですけれど」

 レデルカは少し不安そうに言う。


「んーじゃ、やっちまうかね?レデルカ、よろしくな」

「はぁ。あなたはこんな時まで、雰囲気も何もあったものじゃないのですね」

「雰囲気で成功するならそうするさ」

 レデルカの小言を気にする素振りなど全く見せず、ファルはレデルカを促す。

「わかったわよ。じゃ、始めますから」

 そう言うと、レデルカは先ほど転移させてきたばかりのソレを中心に五芒星の魔法陣を構築していく。


 同時刻、旧グローム、旧ラナ国、そしてダクスパーナ南部 3 地点の計 5 箇所では、レデルカの魔法陣に呼応するかのようにレデルカが事前に配置させた魔法陣が淡く光っていた。

 秩序への抵抗を無に帰すための、大規模な複合魔法陣である。


 魔素密度の特に高い 5 箇所を起点に、中心となる魔法陣からの流れを汲んだ魔法は一つの大きな意味を成し、そして全てが繋がった時・・・。

 廃城の一角で噴出した鈍い光が弾け、渦巻き、やがて一つの形を成していった。


 光は偉丈夫の姿を模し、すぐにまた弾けたかと思うと妙齢の女を形どり、しかしそれも拡散した後、最後には幼い子供の形に収束した。


 魔法陣の中心では透明な玉が転がって、やがて停止した。


「わーお。レデルカ、あんたマジで天才だわ」

「ふふん、見直しました?」

「あ゛ー。ヤバイ、まじでいいわ」

 悪魔二人は満足げに笑う。



「む・・・。俺は・・・」

 生まれ落ちたばかりの裸の幼女は幾度か瞬きして、周囲を見回しながら呟いた。


 幼女に近づいたファルが声をかける。

「おはよう?随分お寝坊だな。魔王様よぉ」

「お前は・・・」

 幼女はハッとした表情になり、近くに歩み寄った女の正体を察する。

「悪魔・・・か?」

「いい勘してるじゃねーか」

 幼女は思案し、そして問う。

「俺は・・・お前たちは・・・。いや・・・今はいつだ?」

 ファルはにやりと笑って答える。

「お前が知る時代じゃない。1000 年は後の時代だ」

 幼女はその答えに愕然とし、しばし茫然としていた。


 その様子を魔法陣の近くから見ていたレデルカとダブルホーンの幹部たちは、二人の背後で一つの強大な気配が動くのを感じた。

「ファル様!」

 ファーラが叫ぶと二人も気配の主に気付き、警戒態勢に移った。


 それは甲冑の騎士。

 ザザの守護者と呼ばれる、朽ちることなく佇み続ける伝説の欠片。


 騎士は両手剣を構え、甲冑に穿たれた二つの穴に光を灯し、幼女に剣を向けた。


 どこからともなく響く声が告げる。

「闇を呼びし者たちよ。闇を喰らう者よ。闇に帰るがいい。闇の弱さを知るがいい」

 それは誰の耳にも明らかな、戦闘開始の合図だった。


「じゃ、お手並み拝見だな」

 さっさとその場を離れたファルは、取り残された幼女を尻目にレデルカに言葉を投げる。

「案外負けたりなんて、しないといいのですが」

 答えたレデルカに乾いた笑いを返し、ファルはファーラ達を背後に移動させて距離をとった。



 常に未来へと流れ続ける世界。一方通行の時間軸は絶対の理である。

 しかしそのルールを無視して対象を静止状態に保つ魔法が、この地には施されていた。

 混沌を封じ込める歪をレデルカが魔法陣によって正常の秩序に組み込み直し、結果として混沌が再び地上に蘇ったのである。

 しかし悪魔たちには都合の悪いことに、レデルカの魔法陣によって並列的に保存されていたザザの守護者も起動することとなった。


 ザザの守護者。アポロアが残した決戦兵器は、混沌の再誕を拒むべく動き出した。


「目覚めて早々お前の相手か、パーソルよ・・・」

 誰にともなく呟き、幼女は体の前に突き出した右手を地面に向け、力を込める。

 虚空から霧のように現れたのは幼女の体には不釣り合いな大きさの両手剣で、先端は斧のような広がりを備えている。

「インディゴグレー・・・」

 藍と灰を溶かしたような色合いの愛剣を再び手にした幼女は、見た目そのままのその名を口にし、そして構えた。

「千年・・・。お前も亡霊のようなものだろう。・・・来い!」

 幼女の言葉を皮切りに、両者は距離を詰めた。


 ・・・。


「クソがっ!まさか亡霊にまで対策されているとはな!」

 幼女は交わる剣に思い通りの効果が現れないことを苦々しく思い叫ぶ。

「お前は闇にすら強すぎる」

「うるせぇ!お前に何が分かる!」


 いつしか降り始めた雨。

 遠くで鳴り始めた雷は次第に光と音の間隔を詰めていく。


 雨粒を撒き散らしつつ交わる二つの剣。

 体格差だけではない力の差が、幼女の動きを少しずつ削って行く。

「お前に!何が!分かるってんだ!」

 幼女は吠え、距離を取り、そして状況を打開すべく魔法を発動した。

「サンダーボルト!」

 幼女の発動した魔法は甲冑ではなく天に向かう。


「何やってんだ?」

「あぁ、なるほど」

 戦いを遠巻きに見ていたファルは疑問を、レデルカは理解を示した。

 しかしファルもすぐに幼女の意図を察する。


 ・・・ゴガガッ!ドグァシャッッッッッッ!!!


 目を焼くほどの閃光、一切の音を奪うほどの轟音。


 飛来した衝撃は傍観者たちの感覚を数瞬停止させ、彼らの視界が戻った時には既に、守護者は倒されていたのだった。


「落雷の道筋を作ったってことか・・・」

「あら、分からなかったのかしら?」

「うっせ」


 二人のやりとりをよそに、雷を誘発した本人は肩で息を切らしている。

「クソッ。随分弱ってるみたいだな・・・」

 両手剣にしなだれかかる幼女は、言葉とは裏腹に内心では大きく安堵していた。

 想定より消耗が激しい。

 ヤツの亡霊が強かった。

 天候が味方した。

 勝てたのは、運が良かったからだろう。

 もっとも、傍観者たちが参戦すれば話は違うだろうが、と。


 動かなくなった甲冑をインディゴグレーで分解し、自身をこの世に蘇らせたと思しき一団に目を向け・・・。


 幼女は意識を失った。



「・・・ッハ?!」

「え?」

 悪魔たちが唐突に始まった "その光景" に息を呑み、しかし止め方の分からない事象に呆然とすること数秒。

 何か手立てをと構築すべき魔法の模索に着手した時には、それは終わっていた。



 幼女が再び意識を取り戻す。

「うむ・・・ん?」

 幼女の見た目には、特に変わりはない。

「なんだこれは・・・」

 変わったのはただ一点、つい先ほどまで魔法陣の上に落ちていた透明な玉が、幼女と溶け合ってしまったことだった。


 混沌の魔王、ゲオス=4=ケルオスの再誕。

 それはほぼ同時に、迷宮の新生を伴うこととなった。




*** ゲオス=4=ケルオス ***



 一体何だと云うんだ・・・。

 悪魔に千年越しに封印を解かれたと思ったらパーソルの亡霊と戦う羽目になって、挙句の果てには体を訳のわからない仕組みに再構成されてしまう始末。

 そもそもこの体は何だ?

 俺の雄々しい姿とはかけ離れた、吹けば飛ぶようなこの体は。


 ・・・いや、分かっている。

 何故分かるかは分からないが、分かっている。

 意識を失っている間に俺と溶け合った "そいつ" が、俺に知識として理解させた。


 俺はダンジョンコアに取り込まれ、俺という存在そのものがダンジョンとして再構成されたようだ。

 ダンジョンコアの知識では今は迷宮と言うのか?どっちだっていいが。

 俺の意識は俺が今も俺であることをはっきり認識しているが、深層にはアーカイブのようにダンジョンコアが存在するのも感じられる。

 そしてこの弱々しい姿については、ダンジョンコアの意識体が女だったことと、俺の力が弱っていることの両方が反映された結果らしい。というか俺は復活した直後から女の性だったように思うのだが。


 うーむ。

 全くもって意味が分からん・・・。


「あ゛ー。どうなったんだ?」

 黒髪の悪魔が近寄って俺に声をかける。

「悪魔が俺に何の用だ」

 俺には悪魔が何を気にしているかなど、どうでもいい。

「そっから?そんなもん決まってんだろ。お前にイイ感じで地上を乱してもらうためだよ」

 何のために・・・。

 それに今この世界はどうなっているんだ?


 俺の疑問を察したのか、灰色の髪の悪魔が口を開く。

「アポロア以後、デディア大陸とポロアスト大陸は霧の里によって隔てられ、それぞれ魔族領、人族領として栄えています。ちなみにここはお察しの通り、旧ザザの城跡」

 霧の里如きが大戦を抑える起点になるとは思えないが。

「今はどうにも、私たちにとって居心地の悪い魔素の停滞が生じているんです。あなたは得意でしょう?」

 ・・・壊すことが、か?

 長い前髪の奥で楽しそうに笑う女に、妙な不快感が湧く。

「俺は俺のしたいようにする」

「えぇ、よろしくお願いしますね」



「んで、どうなったんだ?」

 黒髪に話を戻された。正直俺の方こそ知りたい。

「・・・お前たちは俺の味方か、敵か。どっちなんだ」

 先に、口先だけだろうが確認が必要だ。今の俺はとてつもなく弱い。

 もし言葉を間違えば、悪魔たちに滅せられてしまうかもしれないと思えるほどに。

 黒髪はニヤッと口角を上げた。

「そんなもん、どっちでもないさ。さっきレデルカが言ったろ?お前は得意だろ、って」

 俺が存在することそれ自体が悪魔にとって都合の良い方に働くということか?


「そうか。だが、俺としても不本意なことだが叶わんかもしれんぞ」

「コアのせいか?」

「あぁ」


 俺は状況を伝えた。

 と言っても、ダンジョン・・・迷宮と混じったということ以外は分かっていない。


「うーん、困りましたね」

「結構めんどくさそうだな」

「とりあえず、把握から始めないといけませんが・・・」

 レデルカはヤギ獣人とお面たちを振り返って、「任せますね」と言った。

「承りました」

 そのうちの一人が答える。



 それっきりであっさり悪魔たちが去ると、俺は残ったお面の獣人たちと俺の体について調べることになった。


 まず俺そのものについては、どうやら見た目そのままとまでは言わないが、弱い力しかないらしい。

 甲冑と戦った時ほどの力は出せず、せいぜい一兵卒よりは強いくらいだろうか?この時代の強さの基準が千年前より高いのか低いのかすら分からんが、下級の悪魔だというお面の一人、ゴスとの手合わせでは勝てた。

 インディゴグレーも身の丈にあった大きさでしか構築できず、魔法の威力も落ちている。


 次に俺の迷宮の部分だが、これは微妙に把握しにくい。

 迷宮部分の支配権がダンジョンコアに強く握られているせいかもしれない。

 どうも、俺が迷宮として受け入れるつもりで対象と接触すれば、対象を迷宮に引き摺り込むことができるようだ。

 そして俺の外界用の貧弱な体とは別に、迷宮最奥にも俺の分身と呼ぶべき存在がある。


 ただ最奥と言っても、今の迷宮には俺の分身以外何もない。

 ダンジョンコアに言わせれば、「すべては一つ前の迷宮に置き去りにされた状態で、私からは分離してしまった」とのこと。

 これでは俺が外で戦うか中で戦うかの違いしかない。

 コアは、「魔素を吸収し、支配下の魔物を増やせば迷宮として発達できる」とも言っている。

 クソめんどくさい・・・。何で俺がそんなチマチマした作業をする必要があるんだ。


 しかしどうにも、俺の力を取り戻す鍵もそこにあるらしい。

 ダンジョンコアの意図は知らんが、迷宮が力を増せば俺の迷宮における支配権も強まり、外の俺に還元できる力も増えるだろう、ということを仄めかしてくる。


 そのことを下級悪魔たちに伝えると、ファーラという名のリーダーは思案して言った。

「困りましたね・・・。私たちとて、あなたに吸収されるのを良しとはできません。それに、純粋に魔素が必要なのであれば、その辺で人を襲い続けたとしても大した糧にはならないでしょうし、それはそもそも私たちの目的に反しますし・・・」

 部下たちも困り顔で何やら言い合っている。


 しばしの間。

 そしてファーラは何か思いついたのか、ハッと表情を変え、俺に一つの提案をした。


「良い案があります」

「なんだ」

「ダンジョンを攻略しましょう」



 下級悪魔たちは別の用があるとかで、俺と行動を共にする気はないらしい。

 ・・・いや、こんな体でどうしろというんだ。一人旅すらまともにできるか怪しいぞ。

 それに俺は一つ、大事なことに気付いた。

(モナルカの小箱が無いじゃねぇか・・・)

 あれこそ、今の俺にとって何を捨て置いても優先すべきものなのに。

 どうしたものか。


 ・・・そういえばこいつらはこんなナリだが、ここらに住んでるのか?

「お前たちはどこで生活しているんだ?」

 ファーラは何でもないことの様に答える。

「もちろん、人族領の国で、です」

 そうか。それなら物流なりなんなり、こいつらには伝手が少なくともあるんだろう。


 よし、決めた。

 俺はこいつらの生活圏まで付いていく。ダンジョンにしろ小箱にしろ、話はそれからだ。


 そう伝えると、ファーラは特に嫌そうな顔もせず、「まぁ、よいのでは?」と答えて、お面を着けてザザの城跡を背にした。

「ちょっと待て」

「何でしょう」

「なんか着るもん持ってないか?」


 ・・・俺はお面の一人が身につけていた外套を手に入れた。

 はぁ。弱いってのは何をするのも手間だな。

 そう思いつつ、俺もお面たちの後を追った。

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