083 人外です
*** ハル ***
魔素になる。
そのために必要なことは何だろう?
私は私にできることを考え、試し、考え、模索し、考え続け・・・そして一つの答えに辿り着いた。
問題は、私の意識が私の体という器に囚われていることだった。
物質として生を受けた以上、私が私であるためにはこの体を無視することができない。
この問題をいかにクリアするかが、魔素化の要と言っても過言ではなかった。
きっかけの一つは今まで全く使い物にならなかったゴーストの下半身だった。
「ネフってさ、私から表に出る時、全体じゃないと実体が薄いよね」
「そうであるな。この影の性質のためだろう。完全に出られれば我も美しい我の形を堪能できるが」
「それはいいとしてさ、外に出る時って、ネフの形じゃないといけないわけ?」
「む?我は美しいであろう」
「うん。かっこいいよね」
「我の形以外と言っても、どうやってその形を取ればよいのだ?我も顕現の方法をずっと模索しているわけだが、中々どうして道筋が掴めん」
「え、うーん・・・」
そこで私はふと例の下半身を思い出し、それを依代に表に出られないか試させてみた。
・・・あっさりできた。
陰から逆さに突き出た下半身。犬的な一族の一場面を思い出す。
「ソ、ソロジーよ。気持ち悪いながらできたぞ・・・?」
おっかなびっくりの様子でネフが言う。
「うん・・・気持ち悪いね・・・」
見た目は悪い。しかし、できた。
ネフが言うには上半身だけ影に残っている感覚らしい。
「そのまま魔法使える?足で」
「足で、であるか」
そう答えてネフは足先に炎を起こしてみせた。
「うむ、特に問題無いようだ」
マジか・・・。
「一回戻って」
指示して影に戻らせる。
「どう?」
「特に変わりは無い。いつもの影である」
ネフは問題なし。そしてこっちの下半身も・・・問題なし。
下半身には炎の魔法に追従して魔素と精霊素の流れがはっきりと生じていたけれど、今その余韻は残っていない。
おそらく魔素や精霊素の道筋は、少なくともこの影魔法を介した状態なら発動者に付属した状態で保存されるのだろう。
これは重要なことだ。なぜなら私の構想で引っかかっている、精霊素の意図しない余計な定着について気にする必要がなくなることを意味するのだから。
ならば、あとは影の応用でできるはず。その確認に移る。
影に意識を溶かす。
体にも意識はあるけれど、私としては影も本体も同じように感じられる。
影を操りヒトガタを作る。
ヒトガタを操作する。意識は本体にあり、影にあり、同時にヒトガタにある。
それを見ているのは本体の目で、聞いているのは本体の耳だ。
ランガーの鏡魔法を思い出す。世界は鏡に投影され、そして鏡の世界が現実に投影される。
鏡に集う闇の精霊素のイメージをヒトガタに持ち込み、世界がヒトガタに反映される方法を探す。
・・・。
・・・。
・・・。
流石に一発では無理だった。
試技を繰り返すこと 1ヶ月。
ランガーには何度も魔法を見せてもらい、そしてコツを聞いたりした。
「ふふん、俺の凄さが分かったか?」
などと自慢げだったのが少し悔しい。
そして遂に。
遂にヒトガタが目を開く。ヒトガタの目が本体を見ている。
本体の目がヒトガタを見ている。意識は本体と影、ヒトカゲに分散している。
おぉ・・・っ!
しかしこのままでは情報が多すぎて無闇に動かせない。
残念ながら人間の思考回路は人一人以上を動かすようにはできていないようだ。
ただそれは想定の範囲。
意識をヒトガタに集中し、手足の動きを、認識の誤差を少しずつ確かめて、これこそが自分の体だと思えるまでそれを繰り返す。
・・・。
・・・。
・・・。
やっぱりすぐには無理だった。
序列戦のプログラムを開始した頃から何度も同じことを繰り返し、そしてヒトガタが本体と遜色ないレベルの知覚を得たのは、半年も経ってからのことだった。
序列戦用のパーティ別の部屋、その自室でのこと。
一番苦労したのは触覚だった。
影由来の体は物質の要素が薄く、しかし確かに “それ” として存在するため、道具を使うこともできる。
ただ力の入れ具合はともかく、持ったものを介して伝わる対象の状態の把握、その誤差の修正に時間がかかった。
ちなみに初めから匂いと味は無視している。
あとは最終段階。
「ネフ、“私に” 入れる?」
「む?いいのか?」
「うん、大丈夫。自信がある」
・・・私の本体にネフが入るのを感じる。
その違和感というか気持ち悪さを受け入れるように、本体から意識を手放す。
影に意識が残る。
ヒトカゲで本体を見ている。
影から意識を回収する。
ヒトカゲが本体と分離する・・・。
お・・・!おぉっ・・・!!!
遂に・・・!
いや、しかし・・・焦ってはいけない・・・!
「ネフ、炎を」
「承知した」
私の声で答え、私の体でネフが炎を灯す。
「問題無いのである」
「じゃあ、戻るよ」
私は影を操り、本体を取り込む。ネフを本体から下ろし、支配権を取り戻す。
本体の目でヒトガタを見る。ヒトガタの目を閉じる。
影から意識を回収する。
本体にネフの残滓は感じられない。
お・・・。
おおっ・・・!
「おおおおおおっしゃああああああああああ!!!!!!!!!」
両の拳を握りしめ、天を仰ぎ、私は心のままに叫んだ。
・・・私のこの瞬間の感動を!喜び!達成感を!本当の意味で分かってくれる人は今この世にはいないだろう!
私は遂に魔素になる方法を一つ、確立したのだ!
嬉しさのあまり何度も何度もヒトガタに移っては戻りを繰り返して、感動のあまり叫ぶということを続けていると、流石に不審に思ったのかボウェルとディモンがノックして扉を開けた。
丁度叫んでいるところだった私は、ハッと我に返り、はにかんで誤魔化した。
「とっても良いことがあって」
そして、この喜びを分かち合うべく二人に成果を披露した。
*** ネフ ***
ソロジーが魔素化という常軌を逸した芸当を達成してしまったことで、我はおこぼれで体を借りて顕現できるようになった。
流石に我も影の中でソロジーの直接監視の下励んでいただけあって、ソロジーの体を借りた状態で披露した魔素制御に、ソロジーから一応合格の評価をもらえた。安心である。
ソロジーとしてはソロジーと同程度を求めたい様だが、それは酷に過ぎる。
しかし折角体を得たのにどうにも落ち着かない気分がしばらくの間続いていたのだが、その原因がふとわかった。
翼と尻尾が無いのだ。
ソロジーがヒトガタで何やら試している間、我はこの落ち着かなさの解消を目論んだ。
直接翼や尻尾を生やすのは、ソロジーの衣服がダメになるので却下だ。つまりこの時点で既に、根本的な解決は困難。ならば擬似的にでいい。
ふむ、簡単なことである。炎で形作って纏えばいい。
我の華麗なる魔素制御にかかれば造作もなく、あっさり炎の翼と尻尾が生えた。おお、これこそ我。
しかしソロジーの目が非難の意を示している。
・・・そうか、熱いのだな。
ではこれはどうだ?光の要素を増して・・・あ、眩しいと。うむ。やめるからその目もやめて欲しい。
難儀なものだ。
結局解決策としての落とし所は、翼と尻尾を闇魔法で、つまり影で小さく作ることだった。火にしろ光にしろ闇にしろ、大きいのはそもそも邪魔だとソロジーが言うので形も小さくなったわけである。
正直我としては物足りないが、感覚的に随分違うのでひとまず良しとしよう。
ソロジーにとって嬉しい誤算だったらしいことは、我のアンデッドとしての性質が、我が体を預かっている間その体に適応されたことだ。
ソロジーは構想の段階から魔素化の際の懸念事項をいくつか挙げており、その一つに体を残したまま魔素化することになった場合、残った体をどうするかというものがあった。もちろん体すら魔素に再構成されるのが理想だったのだろうが、まぁそれはいい。
その点、我が抜け殻を預かる案は絶妙である。
アンデッドのフレアドラゴンという素晴らしい素体。ソロジーに鍛えられ続けけた魔素制御。完璧である。
ソロジーもさぞ今後の我の活躍に期待しておることだろう!
・・・そんなジトっとした視線を向けられても困るのだが。
まぁ、何にせよ、乞うご期待であるな!
***
霧の里は領土としてはさほど大きくなく、その南北に存在する海を越えて対側の大陸へ行こうと思えば、おそらく船で数日もあれば事足りるだろう。
あるいはポロアスト大陸の西端から西に向けて、デディア大陸の東端から東に向けて海路を進めば、時間をかければ対岸へ着きそうなものである。
しかし、そんな恐ろしいことは誰も実行に移そうとしない。
なぜなら海は海の生き物の領域であり、海中で生きられない種族が立ち入るべきところではないからだ。
海中には海中の魔素の流れ、精霊素の流れがあり、ゆっくりと世界を循環している。
これは陸における流れにも通ずるところがあるが、海の循環は明らかに水属性過多であり、他を受け付けない傲慢さを兼ね備えている。
その恩恵を預かる海棲生物たちは一様に強く、上級冒険者でも海上を一日無事に航行することは叶わないだろう。
人族が主に利用する海路であるライナから大都市への航路は、遠浅の海がひたすら続いているためにかろうじて開拓可能だったものである。連邦南の海の国と称される諸島も、浅い内海を挟んでいるために行き来が可能なのだった。
海に民はいない。
しかし、海を統べる存在はいる。
デディア大陸南の海底で静かに水と戯れる精霊、ウェンダリオン=11=エムこそがそれであり、海は聖霊たちを頂点とする一つの社会のようなものだった。
エムは属さない。
ただ海を見守るだけ。
エムは変わらない。
ただ海を受け入れるだけ。
しかしエムこそが海の支配者であり、海はそれを知っている。
「・・・だんだん淀んできたかな」
誰も答えない。
「気のせいかな」
静謐な無明に、遠い海面の光は星のように降る。
「随分経ったな」
いつもの独り言。
エムに役割はない。
ただ、エムは見守っている。そして知っている。
海を循環する魔素が、地上の流れをある程度反映していることを。
そして海は大きすぎるが故に、それらに干渉できないことを。
エムは変わらない。
いつか精霊越しに交わした一つの約束。彼女を楽しませる虹の箱と引き換えに交わした約束を、いつまでも覚えている。
*** ランガー ***
プログラムが開始した頃から俺の鏡の魔法に執着するようになり、もっと見えるようにとかもっと細かくとかイチャモンをつけて鏡魔法のことを聞き続けたソロジーだったが、半年ほどでそれが収まった。
俺は当初はうざったく思っていたが、俺の魔法の凄さに気付いたのだとも思い、途中から俺の魔法のためにこんなに親身になってくれているんだなぁと考えを改め、時間が経つとさては自分の魔法のレパートリーに加えるつもりだなと訝しみ、最後には俺を苛めているのだと結論付けた。
しかしそのどれも俺の誤解だった。
ソロジーはあくまでも一つの目的のために俺なんかに付き纏っていたのであって、その成果がついに披露された。
当然のように俺は実験台にされた。
「ランガー、今日は試合をしよう」
ヤツから試合を申し込まれたのは、初回の俺が負けた時以来だ。
「おう、半年の修行の集大成を見せろってか?」
俺は意気込んだが、なんとも曖昧な返事を返され肩透かしを喰らう。
舞台上。俺と向き合ったソロジーは、しかしいつもと雰囲気が違う。
・・・なんだ?あの粗末な翼と尻尾は。闇魔法のようだが頼りなさそうな飾りだな。
「お遊びのつもりか?」
「いや、本気だよ。もちろん」
うん?今なんかおかしくなかったか?あいつ口を動かさなかったような・・・。
しかし舞台に上がってしまえばあとは戦うのみ。
俺は今日まで密かに編み上げてきた魔法を初手から試した。
「漆黒の棺!」
俺が鏡の世界を暗闇で埋め尽くすと、魔法が現実に向けて直方体の黒の空間を作り出す。闇の精霊素、闇魔法が極限まで圧縮された脱出困難な棺だ。
どうだこの速さ!殲滅力!そしてかっこいい技名!
お前とてただでは済まないだろう!
そう思い、もろに魔法を食らったソロジーの動向を伺う。
ボフッ・・・ゴフッ・・・
不穏な音が棺から聞こえる。
ボフッ・・・ゴゴァッ・・・
音がだんだん大きくなり、棺の隙間から漏れ出るように炎が見え隠れする。
(ふん、そんなことをすればお前とて無事では済まんだろう!)
などと考えていた俺はまだまだ甘かった。
俺の魔法力を上回り棺をついに燃やし尽くしたソロジーは、燃え盛る炎をものともせず舞台に立った。
よく見れば体は確かに燃えているが、瞬時に再生していた。
「ほんとに人間かよ?!」
ついうっかり弱音とも取れる言葉を吐き捨ててしまうが、誰も俺を責めはしないだろう。
なぜなら次の瞬間には、俺はこの言葉が哀しくも的を得ていたことを理解したからだ。
「我もなかなかどうして、お主とは相性が良いみたいである」
突然喋り出したお前は誰だよ!
明らかに中身が違うだろ!
そう思ったのも束の間、俺はいつの間にか背後にいたもう一人に斬り倒された。
何をされたのかよく分からなかったが、俺は俺の中でソロジーが人外であると確定的に認定した。
後から聞いた話では、ヤツは魔素の体になる術を身につけたらしい。
・・・なんだかなぁ。
ネフとランガーは個人的にかなり好きです。
他にはフェンディ=フレディ、ディモンあたり。




