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今更普通の異世界転生  作者: 玉庭ひとり
第五章 挑戦者
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082 前へ進むということ

***


 ダクスパーナで拠点を手に入れたお面の一団ことダブルホーンは、着々と彼らの計画を進めている。

 ダブルホーンの総指揮に当たるファーラは順調に過ぎる地上の進捗状況に満足しつつ、しかし同時にメンバーの内に芽生え始めたとある不安の種について懸念していた。


 カティアナ=ファルら上位悪魔の眷属であるダブルホーン。

 多くの者がそうであるヤギ獣人の姿は彼らの本来の姿でもあるが、本質は獣人のそれではなく下位の悪魔のそれだ。

 中には今回の計画のために受肉した、させられた者もいる。

 

 最初期のメンバーがグロームに入植してから十余年。

 当初こそ与えられた使命だけのために活動していたが、彼ら悪魔たちとて人格ある存在。

 下位の悪魔ほど人格は希薄で命令の遂行意識が高いとはいえ、ひたすらに偽りを重ねたダブルホーンという善良なパーティとしての仮面は、いつしか彼らに居心地の良さを与えていた。

 人々からは感謝と羨望の目で見られ、その名を出せば大体の問題は収まったから。


 それに人間の世界というのは、思っていたより住みやすい。


 上位悪魔ならいざ知らず、下位の悪魔にとっては悪魔の世界、いわゆる冥界はそこまで過ごしやすい場所でもない。

 ファルらの計画の全容は適当にしか伝えられず、とりあえず指示通りに動いておけ、といった程度。

 その計画が悪魔に住み良い世界をもたらすためのものなのか、あるいは彼女たち自身の個人的な目的のためなのかすら知らず・・・いっそこのまま下界に居座ってもいいのではないか?などと思えてもおかしくない環境の中、ダブルホーンのメンバーは人族領で生活していたのだった。


 ファーラはそんな部下たちの思いをそれとなく察しており、しかし上官の司令ももう少しで完遂できる状況のため、計画が進みさえすれば全てはうまく収まると考えていた。

 もちろんファルからは司令官として計画の全容を聞いていたが、実際のところその結果として下位の悪魔に恩恵があるかといえば、それはなんとも言えないところだとも思っていた。

 もっとも、何がどうなったところで下位の悪魔が上位の悪魔に歯向かうことなど実力差を考えれば無理な話なので、そういう意味で気にしていないという側面もあるが。


(どうにも板挟みは辛いものですね。自分の願望に素直に生きれば良いものを)

 ファーラは上位者のことはさておき部下たちについてそんなことを考えるが、当の本人はというと使命を優先し、そしてそれを遂行している自分自身が嫌いではない。

(いずれにせよ、私としては中々に面白い日々でしたね)


 人族の真似をして人族に溶け込み、彼らを守り、助け、導き。

 意外にも同族や憎き天使が下界に紛れていることを知ったりもした。これはほんの数例だったが。

 それから人族の娯楽。

 食事一つとっても、多くは悪魔にすら深く楽しむに値する。

 多岐に渡る娯楽だが、思い返せばファーラにとって、ロッキンガムでの武術大会ほど心の躍った催しは無かった。かの方に合い、そして自分たちの計画に対して、「楽しみだ」と言われたのだ。

 後ろ盾とまでは思わなくとも、ファーラは実に気分が良かった。


(さて、私もそろそろ身の振りを考えなければなりませんね)

 計画の進行は同時に、彼らの下界での居場所が危うくなることも意味する。

 冥界に戻るのもいい。しかし部下のことを言えた義理ではないが、案外ファーラも下界という環境が気に入り始めていた。

(まぁ、いざとなればすぐに去りますが)

 ファーラは悠長に構え、確実に前に進んでいる計画の成り行きを見守るのだった。




*** デレス=ロッキンガム 第三皇子 ***



 国王による情報網の強化がひっそりと進められた結果、デイス兄を暗殺した何らかの組織以外の不穏分子がいくつか炙り出された。


 各地のとある商店への卸しを、盗賊の仕業と判断しうるギリギリの線で襲い続けていた商売敵の存在。

 ダンジョンや山脈に主に生息するドラゴンたちこそ神であり、人間はそれらの供物であると豪語する新興宗教。

 王国を起点にギルド乗っ取りを目論む財界人。


 標的になっていた商会は先の大祭で大いに成功したマルシ商会と、王国最大手のグルーゲル商会だった。

 宗教は何を馬鹿なと一蹴に伏したい気分だが、人命を軽視する教義を見過ごす訳にいかない。

 財界人・・・国の金融に関わっていたその人物は、世界中に展開するギルドの金銭的価値を根こそぎ自分のものにするための企てを進めていたが、少し考えればそんなことは不可能だと分かるだろうにと、吐かせた計画を聞いて呆れた。


 他にも些細なことまで挙げればキリがない。


 実害の有る無しに関わらず、王国の安定のためにはこういった存在は見つけ次第摘んでおくに限る。

 それが本当に民のためになるかどうか、人によって意見の分かれるような微妙な所業もあるだろうが、王家の教育はその是非を決断するためにあるのだ。

 そして明らかに度を越した裁量の時にこそ、自浄的機能として貴族たちが働くことになる。まぁ、そんなことは王国の歴史を見ても例外だが。



 国王が既存の体制の強化を図る間、私やキャス兄、アフターヌ姉も研鑽を怠ってはいない。


 ショーク隊長のお墨付きをもらった私は独立する形で新たなパーティを組み、ロッキンガム探索隊の分隊として活動を始めた。

 メンバーは予備隊員を含めた探索隊の中から募り、私はリーダーとしてダンジョン探索を再スタートした。


 ショーク隊長や古参のガレクストさんがいない不安はあったが、そこはさすがに探索隊に選ばれた精鋭。私がまだ指示系統で至らない部分は補ってもらいつつ、確実に深度を深めている。

 現状はようやく幻惑の森を抜けたあたりだが、いずれは主力部隊とナイトゴーレムの打倒を競いたいところだ。


 必要な要素は概ね揃っている。

 足りないのは、私の人を見る目、状況を見る目、先を見通す目、指揮力。

 焦らず、しかし堅実に進めるつもりである。


 キャス兄は城にいる時間が短くなった。

 王国と周りの小国、あるいは連邦や神国との関係性を、出入国を管理する部門や税を管理する部門に身を置くことで、物流と人の流れの双方から学び直しているのだという。

 細かい数字の把握や年度ごとの辻褄合わせを理解するだけでも大変だと、先日愚痴を聞いたばかりだ。


 アフターヌ姉は軍の訓練に日中は加わり、特に仮想敵国として近隣諸国を想定した盤上戦術の演習に集中している。

 それ以外の時間は貴族たちとの社交の時間を増やし、彼らの視点を通した王国や諸外国の情勢を感じようとしている。


 キャス兄もアフターヌ姉も気丈に振る舞っているが、時折デイス兄を思い出したのだと感じられる切ない空気を纏わせている。

 キャス兄はデイス兄にほぼ直接的に手を下したかもしれない人物と交流があったのだ。尚更だろう。

 しかし私たちは・・・王家は確実に前に進めていると私は思う。


 私はせめてキャス兄とアフターヌ姉、それから父と母が、この痛みを抱え込みすぎて病んでしまわないことを願うばかりである。

 母は立ち直りの兆しを見せている。父はそれに支えられている。

 もしかしたら私も兄も姉も、そろそろ精神的支えとしての伴侶を本格的に見繕う時期なのかもしれない。

 そんなことも思いつつ、私は日々を営んでいる。




***



 ポロアスト大陸南西には未開の熱帯と俗に呼ばれる広大な領域がある。

 熱帯はその北東に長大な山脈を擁し、大陸から孤立するような形で存在し、熱帯に一つだけ設けられた冒険者のキャンプ地を除けば、山脈の東南端、山脈を挟んで向かい側に位置するテミスが最寄りの拠点である。


 熱帯の探索が進まないのは気候の特殊性とそれに伴う生態系の独自性のためと思われがちだが、実際にはそれらに加えて、無数に存在する魔素溜まりと魔素の希薄なスポットの混在が探索の障害になっている。

 突然魔法の威力が落ちることは日常茶飯事で、野生の生物や魔物には出現法則にはっきりしたものがなく、強さも天と地ほどバラついている。

 さらに言えばダンジョンのように何かしらの希少な資源を得られるわけでもないため、積極的に開発する旨味は見つかっていない。


 探索が本格的に始まったのは連邦という名の超国家が機能し始めた頃のため、まだ歴史は浅い。

 しかし短い歴史の中でも、想像するのが難しいような経験がいくつも報告されている。


 底無し沼が襲いかかってきた。

 体高 10 m を越す猛獣が戦っていた。

 突如として放出系の魔法が使えなくなった。

 いつのまにか自分が自分で無くなっていた。


 状況が理解できないもの、報告者の正気を疑うもの。

 それら報告は実体験をそのまま纏めたものであり、真偽についても確認されているものとそうでないものがある。

 はっきりしているのは熱帯はダンジョンとはまた違った意味で異質な領域であり、むしろこの世界の本質をよく表しているのではないか、ということだ。

 この世界の本質。直接的にそう評価するのは人族ではないが、人族の一部はこの異質を経験的に “本質的な何か” と理解していた。



 その日、一人のドワーフのもとに来訪者があった。


「ライナーさん、ご無沙汰しております。ギルド長のアエヴィナです」

 アエヴィナと名乗った男もドワーフである。

「あぁ、久しいな。すまんな、顔を出していなくて」

「いえ、お気になさらないでください」


 初老のドワーフ、ガルネライス=ライナーはテミスの国民であれば誰もがその名を知っている人物である。いやむしろ、彼の有名さはテミスに留まらず、連邦中で通用するだろう。

 彼はワイザック=アルドやエルモア=ググリエルと共に名を轟かせた、インドールの風の初期メンバーであった。


「ご隠居の身ということを承知で、お願いに参りました」

 家に上げもてなしの茶を前に用件を話し始めたアエヴィナの言葉に、ライナーは渋い顔をする。

「ここのところ熱帯の拠点付近で不可解な発火現象が続いていて、解決に御助力を頂きたいのです」


 ライナーは急ぐ用もないので一応話を聞くことにした。

 アエヴィナが言うには、大体この手の現象は未発見の生物や魔物が魔法を使っていた、で終わりなのだが、今回は原因が見つからず、さらにその現象に巻き込まれて命を落とす者が出てしまったのだという。

 そして本来なら現役の者たちで対処すべき事態だが、繁殖期のエンドランドラゴンの警戒網に引っかかって襲撃された 2 つのパーティが、たまたま主力級だったという。

 しかもタイミングの悪いことに、最近ダンジョンの深部探索が一気に進んだことで冒険者たちのダンジョン志向が高まり、そもそも熱帯の探索者が減っていた。


 エンドランドラゴンの件は冒険者たちの経験不足とライナーは考えるが、自分に話を持ってくるくらい人手が足りないのだろうとも理解する。

 しかし、(わし一人ではなぁ・・・)とも思わざるを得ない。


 通常、探索は緊急時の相互補助的な意味合いも込みで、複数人でおこなうものだ。それはダンジョン、熱帯、その辺の草原、河原など、場所を問わない。

 アエヴィナも分かっているだろうに、とライナーが彼を見ると、アエヴィナは心得たもので情報を追加した。

「あぁ、もちろんライナーさんお一人にお任せするつもりではないんです。再来のナユタ氏とレイネ氏に、事前にこの件への協力の承諾を頂いています」


 なんとも人が悪い。ライナーはアエヴィナに対してそう思ったが、それならと今回の件への助力を決めた。

 インドールの風解散に伴って隠居したとはいえ、体はまだまだ動くのだ。

 それにエンダがパーティを組んでいる二人には興味がある。

「わかった。具体的な話を聞こう」

 ライナーが答えると、アエヴィナは安堵を表情に出して詳細の検討を始めた。



 今回の件が問題になった時、アエヴィナは真っ先にナユタとレイネの二人のことを思い出した。ライナでの生活の後ろ盾となる代わりに、国家間の問題以外で国の危機になりそうな案件には力を貸してもらうという約束があったからだ。

 アエヴィナはユガの町の二人の家に早速使者を出し、住み込みで家の管理をしている猫系獣人のラライアに言伝を頼んだ。

 発火による被害が直接拠点にも及ぶのではないかと思われ始めた頃、ダンジョン探索から戻っていた二人から了解の返事が届いたため、アエヴィナはライナーに話を持っていくことを決め、そしてそれがこの日だった。

 ほぼ口約束程度の契約の上、もはやどこでだろうと問題なく生きられるだろうナユタとレイネからの返事が了承だったことにアエヴィナは少なからず驚いたが、ありがたく協力してもらうことにした。


 他のギルド支部へも協力の依頼を出していたが、ナユタたちの帰還と応答が想定より早かったため、一番手っ取り早くかつ戦力的にも申し分ない方策に舵を切ったわけだ。

 アエヴィナにはおそらくナユタとレイネの名前を出せば、いや、出さなくても、ライナーは協力してくれるだろうとの予想があり、実際そうなった。

 土系はもとより火の魔法も操る大盾使いのライナーは、今回の件には最適だろう。



 ・・・それからおよそ 3 週間後。


 3 人の急造パーティによって、発火現象の正体が突き止められた。

 原因は体の一部を光らせる性質のあるタルッツと呼ばれる虫と、魔素溜まりの移動にあったようだ。

 魔素溜まりの中でも特に濃いものが拠点近くまで寄せてきており、たまたま集団で移動していたタルッツがその中で光ると、急激に魔素が集積して光ったタルッツを焼き殺した上で、灯った火を持続させていたのだという。


 熱帯の中では一々小さい虫を気にしてなどいられないため、近くにタルッツがいるかどうかなど気にしていたはずもないし、今後もそれを気にして動くというのは現実的でない。

 ひとまず魔素溜まりかタルッツがどこかへ移動するまで、簡単にできる対処法として、かなり臭いのキツイ虫除けを拠点でも個人でも常時焚くことにして、様子をみることになった。


 報告に戻ったライナーたちは少なからず意気投合していたようで、アエヴィナは問題が解決されたことだけでなく、そのことにも安心した。物静かで酒好きなドワーフのライナーは、一見すると近づきにくい印象があるからだ。

 

「まぁ、わしのできる範囲でなら、たまには手伝わせてもらおう」

 報酬を渡すと、そう言ってライナーはギルドを後にした。

「中々いい経験になった」

 ナユタも感想を告げ、優しい微笑みを浮かべたペイネと共にユガへと戻っていった。



 熱帯という広大な未知。

 魔素溜まりと環境の特殊さゆえ、山脈を超えてまでその影響が及ぶ可能性は歴史的に見てもほぼ無いものと考えられている。しかし熱帯の脅威のすぐ隣でギルドを営むアエヴィナにとっては、わずか 0.1% の可能性ですら見過ごすことはできない。


「熱帯にも宝なり資源があれば理想的なんですが」

「全く、その通りで」

 アエヴィナは案内役として 3 人を連れ帰っていた探検隊長のレイに愚痴をこぼし、レイもそれに答えた。

熱帯探索記がそのうち始まるようなことはありませんので悪しからず。

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