081 調和の形
*** ハル ***
流石に職人の血が騒いだのか、フラクタルの色合いにオリハルコンを感じ取り、実際そうだと知ったハコバスさんの気合の入れ具合は凄かった。
受け取った鞘はパッと見なんの変哲もない鞘だが、よく見ればミスリル製で、しかもアダマンタイトの宝飾まで施されている。
「ハコバスさん、流石にやりすぎというか、勿体無いんじゃないですか?」
私はそう言ってみたけど、ハコバスさんとしてはむしろ物足りなさそうに、私を諭すように答えた。
「ソロジー嬢。あのな、いい武器には相応の携え方ってものがある。それが全てとは言わんが、国の要人だって権威は服で表すだろう?同じようなもんだ」
まぁ言わんとすることは分かるので、ありがたく受け取ることにする。
それに、ミスリルに何かを混ぜているんだと思うけど、色味が剣の柄とよく合っている。元々剣とセットだったような気すらしてくる。
見ればハコバスさんの目元には大きなクマができている。この数日は夜通しこれに費やしたんじゃないだろうか。
鞘や他の預けたものの出来上がりを待つ数日の間、私たちはレイドレで日用品を揃えたり小物の手入れをして過ごした。
日用品となると最近はマルシ商会が良くしてくれるのでレイドレの支店を訪れたところ、入店早々店員に声をかけられると、いつか依頼していたミスリル繊維の服が出来上がって預かっていると告げられた。
ディモンもペイネも密かに楽しみにしていたらしく、それを聞いて表情が明るくなった。
「こちらがオリーフィア服飾店からお預かりした品です」
奥の個室で店員さんが広げてくれたそれは、私が想像していたものとは違って繊細な作りで、本当に防御性能があるのか疑わしい見た目だった。
私は鎖帷子の目が細かいようなものを想像していたけれど、実際のミスリル繊維は絹に近い質感をしている。肌触りも想像より悪くない。
平和な国で育った前世では防弾チョッキなんて当然縁もゆかりもなかったが、多分アラミド繊維で服を作ったらここまでしなやかな仕上がりにはならないだろう。
なんとなく細かく光を反射して見えるミスリル繊維製の服は、下着と呼ぶにはかっちりしていて、しかしそれ単体で着るには少し物足りない見た目だ。ただ実際の冒険ではさらに外に着重ねる前提なので、正しい作りとも言える。
服には手紙がついていて、文末にはキュカス=オリーフィアと署名があった。
『この度は当店にミスリルクロスの御依頼を頂き、誠にありがとうございます。拙作がデイブレイクの皆様の冒険の一助となることを大変喜ばしく思います。トーキーオにお越しの際は、ぜひ御声掛け下さい』
簡素だが丁寧な文章だと思った。
オリーフィア服飾店ではミスリル繊維製の服をミスリルクロスと呼んでいるらしい。
「ねぇ、ペイネのだけ妙に作りが凝ってない?」
「え?そうかな・・・あ、そうかも・・・」
私は気付いた。明らかにペイネの服は裾の飾りのレースが数段凝っている。
私のものは私好みにシンプルだけど、私たちの趣向まで製作者が知っているわけはないと思うから、オリーフィアという人物は多分トーキーオでのペイネを知っている人なんだろう。
それなら、ペイネに相応しい良いものを・・・綺麗なものをと思うのは当然だ。
ディモンのは普通。なんというか、そのままただの生地で作ったら何の変哲もない下着として広まりそうな感じ。
ララの店で装備を受け取った日、私たちは早速ミスリルクロスと合わせて身につけて、妙にテンションの高い一日を過ごした。もちろん着心地も特に問題なかった。
束の間の休息を満喫してダンジョンへ。
裏面と私が勝手に呼んでいる暗闇の城の王の間の更に先、舞台へ戻ると、私のプログラム通りに序列戦の面々が励んでくれていた。
監視役としてゲーティを選んだのも良かったのかもしれない。
2 ヶ月も経っていないけれど、ゴーレム選びは落ち着いてきているらしく、それぞれが個性的な見た目になっている。
「うげっ」
私を視界に捉えるなり声をあげたのはランガーだ。
ランガーは元のゴーレムと見た目はあまり変わらないけれど、側に置いている鏡が等身大にまで大きくなっている。邪魔そう。というか、その鏡もグッグが作ってたのね・・・。
うげっ、と聞こえたのは聞き間違いだったかな?と思えるほどの切り替えの早さで、ランガーは私に挑んできた。
「おい、ソロジー!個人戦だ!」
もちろん応じましょう。
まぁ、こんな短期間で強くなれるとは思ってないけど。
・・・うん。想像の範疇だったが、比較的良い方ではあった。
「お前の強さの秘密がわかった。やっぱりお前が言うように魔素制御なんだな」
お、分かってくれた?
「気にしてみると案外魔素ってのは奥が深い・・・」
そう言ってまた特訓に戻っていく。
戦い方自体での進歩は大したことなかったけれど、今のを聞くに魔素を見ること自体にかなり慣れたんだろう。さすが序列一位。
ただまだ日も浅いし、精霊と言えどフレアを鑑みるにそんなに簡単には魔素制御も向上しないと思う。
あんまり細かく進捗を聞いても士気に関わるだろうから、みんなのやる気がありそうな間は現状何をどれくらいできるかは気にしないことにしよう。
一番姿が変わったのは序列 5 位、闇魔法使いのログラムだった。変わったというか、実体が無くなっている。
「我こそがシャドウガーデンだからな。これがしっくりくる」
ログラムが言う通り、彼は彼が使役するゴーレムの足元で影になっていた。そのゴーレムたちはというと数と種類が増えている。もはや一個小隊が組めそうな感じ。
序列戦の難度がはっきり上がったと言える程になるには時間がかかるだろう。それでも、新たな挑戦者が現れる日が段々楽しみになって来た。
再来か、はたまた魔族領のパーティか。
***
トモヒロ=3=カンナバーラの “3” は調和を象徴する。それぞれ象徴は表裏一体に追従する意義を持ち、調和には抑制が伴う。
魔王は象徴に矛盾しないようなエピソードや逸話を少なからず持つものだが、カンナバーラは温厚な人柄こそ知れ渡っているものの、魔王としての特徴は乏しい。
カンナバーラは特殊な生まれのため、珍しい魔法への適性があった。
転移魔法。
自らをほんの少し移動させることのできる魔法だ。
人族領の北方にある村で生まれたカンナバーラは、少し変わった魔法の使える母子家庭の一人っ子として育った。
カンナバーラは “何故?” の多い子供だった。
何故こんな魔法を使えるようになったのか。
自分にはどうして父親がいないのか。
何故自分は周りの子供よりも成長が遅いのか。
自分が見えている “これ” は何なのか・・・。
何故、何故、何故。
その答えを探すことはカンナバーラにとって楽しみの一つであり、答えが見つからないことすらも面白がっていた。
しかしそれらの答えは、母親の死をきっかけに明らかになった。
母親は死の間際に告白した。
「トモヒロ。あんたのお父さんはね、精霊だったの。そりゃあもう、本当に素敵な人だったよ」
母親はまだ若く、トモヒロが 15 歳の時だった。
父親が精霊と告げられたことに対する衝撃はあったが、カンナバーラはそのたった一つの事実が自分の人生の不思議を、怪異的に否定するのではなく祝福のうちに肯定してくれたような気がした。
自分に見えていたのは、精霊のかけらだったのだろう。
成長が遅いのは自分も半分精霊の性質を受け継いでいるからなのだろう。
転移魔法は父の特性を・・・おそらく光か闇のどちらかの精霊である父の魔法を受け継いだのだろう。
そしてこの事実は、彼が今まで思っていた以上の長い生をこの先に控えていることも示唆し、彼は世界の不思議への探究心をもっと満たしたいとはっきり自覚した。
転移魔法は次第にカンナバーラの中で定着、発展していった。
冒険者の真似事を一人でできるくらいの強さを伴って。
彼の探究の大きな転機は 2 度あった。
一度目は彼の生まれた地からさほど遠くない、ラーナに存在したダンジョンとの出会いだ。
ダンジョンは完全に異質であった。
魔物と呼ばれる不可解な生物、生態系。どこからともなく現れる宝物。
複数ある入り口のいずれも深部では合流し、そこではホムンクルスと呼ばれる人造生命たちが待ち構える。その更に先を見たものはいない。
自由を謳歌し最強を自負する探検家たちは一獲千金を夢見てダンジョンに挑み、そしてその数だけ噂や歌物語が生まれた。
現ライナの迷宮である。
自らの魔法に自信が生まれ、そんな探検家の一人になっていたカンナバーラにとって、ダンジョンは最適な “何故” の対象だった。
そして当時、転移に伴う種類以外の精霊素の存在にも気付き始めていた彼は、ダンジョンに一つの違和感を覚えた。
(精霊がほとんど関与していない・・・?)
この発見は、ダンジョンが世界の理から外れた何かであるとの噂を彼の中で裏付けることになった。
二度目は随分時間が経ってからだった。
精霊としての性質が彼の成長を 20 歳ほどの容姿でほとんど止めさせてしまったことで、彼は人の世から離れる選択を余儀なくされた。
ホムンクルスの強さはそれまでの階層とは次元が違い、ダンジョンの攻略は進まないまま時は流れていた。
カンナバーラにとって考えることは孤独になることであり、俗世からの孤立は彼の思考と実験に都合がよかった。
もっとも、元々研究者気質というわけでもないため有り余る時間を対価に膨大な失敗を重ねていただけではあったが、その失敗がカンナバーラには楽しかった。
「不死のカンナさんのお宅はこちらですか?」
そう言って人里離れた彼の住まいを訪れたのは、パーソルと名乗った青年と彼の仲間たちだった。
「違います」
「ここ以外にそれらしいところがないんですが」
「二つ向こうの山では?」
「それはもう行きました」
「でも違います」
「いやそんなはずは・・・」
ほぼ隠居とはいえ、完全に人の目から逃れることはできない。
それにいつの時代も不死といえば人類共通の潜在的な望みであり、こういった不意の訪問はそれまでも数回あった。
面倒事の気配には聡くなっていたカンナバーラは追い返そうとしたが、パーソルが妙に精霊に好かれている様子だったことと、しつこい追求に嫌気がさしたことの両方の理由で、とりあえず彼らの要件を聞くことにした。
彼らは予想に反して不死性ではなく転移魔法のことと、精霊のことを聞いた。
パーソルたちの目的地の一つに精霊の棲家があったことと、仲間の一人、アマヤの空間魔法の参考にしたいということが理由だった。
このアマヤとの出会いこそ、カンナバーラにとっての二度目の転機である。
話の都合上パーソルたちがカンナバーラに明かしたことだが、アマヤは異世界人であり、そして異世界では空間魔法使いだっという。しかしそれがこちらではどうも具合が違うため、こちらの世界での空間魔法使いを探していたのだそうだ。
空間魔法も気になったが、アマヤの魔法は再現が困難そうだったため放置し、しかし聞き逃せなかったのは異世界という単語である。
異世界。
ダンジョンという異質が真の意味で異質なのだと肯定されたようにカンナバーラは感じた。
しかも話を聞くに、ダンジョンはアマヤの世界の法則とも異なるらしい。
ますます興味が湧く。
こことは異なる世界がいくつもあるのか?
それはどんな世界だろう。
・・・行ってみたい、見てみたい。
こうしてカンナバーラは異世界についての情報収集と、自身の魔法による異世界との交流の模索を本格的に始めることとなった。
やがてダンジョンはパーソルたちに攻略され、人族領に混沌をもたらしていた魔王ケルオスもパーソルに討伐されることとなる。
しかしそんなことはお構いなしにカンナバーラは探究の旅を続け、気付けば旅は魔族領にまで伸び、返り討ちにした魔族たちが邪魔ながら付き従うようになっていた。
そして人族領からの魔族の撤退、流入が収束し、いつしか霧の里が閉じてしまった頃には、カンナバーラは魔族領でも有数の実力者として認められ、魔王として擁立されてしまっていた。
カンナバーラにそれらしいエピソードが乏しいのは、彼の経緯を思えばある意味で自然なことなのだ。
しかし彼の、後付けであるはずの象徴は長い年月をかけて彼を象徴たらしめ、いつしかカンナバーラは調和を目指すようになっていた。
そして現在、彼の考える調和とは、彼の中に理論上確立した “神” にも等しい超越者による、世界の平定である。
歴史上、あるいは彼の人生の中でごく少数確認されている異世界人たち。
彼らのさらに一部は、世界を渡る際に神と思しき存在との対話を経験するという。
神は存在するのだろう。そして神には世界に対するなんらかの目的がある。
ならばその目的を、世界側から指定してやればいい・・・。
壮大に過ぎるこの目標を、しかしカンナバーラは至って本気で目指し、その足掛かりとして異世界人の召喚や異世界への転移を研究しているのだった。
・・・彼の研究の最大の成果であるキャスカ=フェイトという異世界転移者の存在は、カンナバーラの想像を超えて世界とその創造者との関係性を変えていくことになる。
カンナバーラは異世界に惹かれ、アイテム蒐集家としての側面も持つようになります。
“道具” はいつの世もそれだけ魅力的なものなのです。




