079 魔素動態研究会
新章です。
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ダンジョンの一端が攻略された。
混沌の復活。
天界の開門。
神の顕現。
英雄の誕生。
舞台は整いつつある。
いずれ全ては収束し、状況が堰を切って雪崩れ込むだろう。
現実は伝説と溶け合い、分割された世界は交わる。
新たな時代が訪れる。
それは一つのシンクロニシティ。
それはクレアの未来、あるいは過去への回帰。
*** グース=ルダ ***
ダライアさんとパーティを組んでちょっと時間が経った。
元々はみんな迷宮でレベルアップに励んでいたらしいのに、僕の研修期間中に問題があって、迷宮は立ち入り禁止になっていた。
けれど、全然迷宮に動きがないからという理由で、先遣隊が偵察に何度か行った後、少しずつ迷宮に戻ることになったらしい。
僕たちが迷宮の門をくぐったのは先遣隊が最初に様子見をして 2 ヶ月くらい経ってからのことだった。
聞いていたことではあるけれど、初めて入る迷宮は僕が思っていたような暗いところではなくて、篝火が所々で焚かれていて結構明るい。壁も地面も土を押し固めたような感じで、きちんと整備されているんだな、と思う。
初めて遭遇した魔物はゴブリンだった。
迷宮は入り組んで迷路の様になっていて、遠くで物音がするな、と思ってしばらく行くと実際に魔物に遭遇する。そういう感じだ。枝分かれしているから出会わないこともある。
ゴブリンは緑がかった醜い容姿の小さい魔物で、殆ど壊れかけに見える剣や盾、弓を持っている以外は何も身に着けていない。
「いける?ルダ」
「うん」
ダライアさんに心配されるほどの危険は感じられない。
僕は一瞬で 3 体のゴブリンを殺し、そして死体が光の粒の様になって消えるのを見送った。
「なんで迷宮で死ぬとこんなふうに消えるんだろう」
「迷宮が生きていて糧にしてると考えられているけれど、実際のところは分からないわね。というか、研修でも教わったでしょ?」
「実際に見ると、全然違うよ」
「それもそうね。私も最初はそうだった」
分類上は迷宮の隅をうろちょろしているクモやネズミ、コウモリも魔物らしい。
外の生き物と迷宮の生き物では死んだ時の消え方が違うとかの理由で、そうだと判明したのだとか。
それから迷宮外でみる虫や植物がいないのは、全く別の生態系だからと教わった。
生態系というには種類が少ない、とも聞いたけど。
僕の能力がとても高く、回復もできるからと、僕たちは暫定的に二人でパーティを組んでいる。
元々迷宮の通路はあまり広くないから、せいぜい 5 人くらいがパーティとしては限界で、あんまり奥まで行かないのであれば二人のことも少なくないんだとか。
なんでそんなことができるのかも習った。
迷宮には所々に安全地帯と呼ばれる魔物が発生しない区画があって、そこで休んだり野営をするらしい。だから、セーン文字の付与された水と火を起こす道具が最低限あれば、少人数でも探索できる。
ゴブリンや、不定形で手応えのないスライムと呼ばれる魔物を倒しつつ僕たちは半日ほど進んで、見つけた安全地帯で休んで引き返すことにした。
僕が初めてなので、今回は慣らし目的だから。
「一番進んでるのって、ヤスダさんたちでしたっけ?」
「えぇ、そうね。前はキメラが現れる層まで到達していたわ。今は慎重になってるから、そこまでは当分行かないでしょうけど」
「僕も早く行ってみたいな」
「焦っちゃダメよ。それにあの悪魔がいつ出るとも知れないんだから」
そう言うダライアさんの表情は強張っていて、僕は余計なことを言ってしまったと思った。
他の人からそれとなく、僕とダライアさんが迷宮に潜るのはダライアさんが僕を導くという表向きの目的の他に、僕と浅い層を探索することでダライアさんに自信を取り戻させつつ、ダライアさんの心を癒すためだと聞いていたから。
正直、僕だってまだ神国への道中のことを引きずっている。
突然両親も一緒に馬車に乗っていた人たちも殺されて・・・初めて見た、いつも優しかった両親の顔が苦しそうな顔だったなんて、思い出したくもない。
でも僕はそんなことをここの誰にも言わない。
誰にも、可哀想だなんて言われて生きていたくない。
目が見えないことで両親には本当に良くしてもらった。周りの人たちは、それは僕が可哀想だからだと言っていたけれど、僕はそうじゃないと知っている。
二人が僕を本当に愛してくれていたから。
そのことを思い返すだけで涙が出そうになる。
いつも二人は、僕が可哀想なんじゃなくて、僕を可哀想な子供としか思えない人たちこそ哀れだとも言った。
グースは本当に強い子だよ、と。
だからこそ僕は、本当の強い僕であろうと誓った。
あの日、僕の他にはファリアーしか生きていなかったあの街道で、僕は誓った。
迷宮探索は僕が思っていたよりも順調に進んで、半年ほど経つと僕たちもヤスダさんのパーティと同じくらいの深さまで到達していた。
女神派の中で悪魔と仮定されているダライアさんの遭遇した脅威は、相変わらず姿を表していない。
迷宮の魔物はとてもキレイだと思う。
それは見た目の話ではなくて、汚れているかどうかという意味で。
例えばゴブリンはとてもおっかない顔つきで体もゴツゴツして気味が悪い見た目だけど、汚れてはいない。
ずっと迷宮にいれば垢とか土汚れが溜まりそうなものなのに不思議だ。
それから魔物は死んだら消えて無くなるということも、僕が魔物をキレイだと思う理由だ。
これは結構重要で、服とか武器が返り血で汚れても、少なくとも魔物の分はすぐに無くなる。
おかげで手入れはとても楽ができる。
たまにドロップと呼ばれる現象で、魔物が武器なんかをその場に残して消える時がある。
これまで僕たちはリザードマンから湾曲した剣を 2 回、サイクロプスから目玉が変質したらしい水晶みたいな玉を 1 回ドロップ品として得た。
ドロップ品は普通にライナの武器屋に並んでいるものとか、女神派がどこからか調達してくるものよりも質がいいことが多い。
報告はするけれど自分たちの取り分になるので、売ってもいいし使ってもいい。
全部売ったけど。
ダライアさんは半年経ったこともあって流石に遺跡の悪魔への恐怖も和らいでいるように見える。
僕が奥を目指そうとするのを止める様子はない。
各層を繋ぎ、深部へと降りていく階段の前で僕たちは立ち止まる。
「ダライアさんもこの先は初めてなんですよね」
「そうね。私も初めて」
「うん、よし・・・!」
「うん」
僕たちは頷き合った。
第一層はゴブリンとスライム、第二層はリザードマンとオーク、第三層はサイクロプスとワイバーンが、主力の魔物として現れた。
深く潜ると浅い階層の魔物は強さを増して、その階層の主力の魔物と入り混じりながら襲ってくる。と言っても通路の幅の問題があるから、一気にたくさんではなく小出しな感じだけど。
この先にはハーピーやゴーレムが現れる。そしてその先は女神派の到達点、キメラがいる第六層。
さらにその先は未踏だ。
いつか、デイブレイクのディモンさんにはいいようにあしらわれたけれど、あれはあのパーティが例外だったんだと今ならはっきり分かる。
僕の力はちゃんと通用する。
もう一度頷きあって、僕たちは気持ちを引き締めてその階段を降りていった。
*** マッソン=トリクラメ 魔術大学卒業生 ***
大学を卒業後、かねてから決まっていた家業を手伝う日々は想像より悪くない。
むしろ余計な課題もなく、暇な時間は常に自分のことをしていられるという点で大学よりも過ごしやすいかも知れない。
問題は親が早く結婚しろと急かすことくらいだろうか。
大して手入れをしない髭、伸びた髪。口を開けば魔法のことばかり。
そんなワタシを誰が見染めてくれるというのだろう。
店の一角を勝手に自分のスペースにして、そこもほぼ整ったなと満足感が出てきた頃、その女性は店を訪れた。
「こんにちは。トリクラメさんですか?」
今日は店主である父親は仕入れのため出掛けている。
「父は不在だ。夜まで帰らないと思う」
「いえ、マッソン=トリクラメさんは」
「あぁ、それはワタシだが」
「よかった。私はオレグア=マルシです」
うん?マルシというとあのマルシか?
「マルシ商会を運営するガグ=マルシの娘です」
やはりそうか。だが、そのマルシさんがこんな小さな店に何用で。
店内をぐるっと見回してワタシに視線を戻したマルシさんだが、陳列された品々に興味があるようには見えない。
そう思っていると、案の定全く関係ない切り口で話し始めた。
「あの、実は折り入ってお願いがあるんですけれど、私たちに魔素の扱いを教えてくださいませんか?」
・・・魔素の、と言ったか?魔法の、ではなく?それに私 “たち” とは誰のことを指しているのか。
「・・・どうしてワタシにその話を持ってきたんだ?」
「話すと少し長いのですが、いいでしょうか?」
「あぁ」
これは商会とは関係ないことです、と断ってから、彼女は理由を教えてくれた。
事の発端はとある集まりのとある会議だったらしい。
その集まりは “ボウェルさんを見守る会” という名称で、会議自体は不定期に開催しているのだとか。
久しぶりにボウェル嬢の名前を聞いた。そういえばボウェル嬢を半ば崇めるような女だけの団体があるらしいと、大学時代に聞いたことがあったなと思い出す。
会議ではボウェル嬢や彼女の属する冒険者パーティ、デイブレイクの動向、活躍の話を持ち寄って楽しむらしいが、彼女たちのダンジョン探索が深くなるにつれ情報が減ることが嘆かれ、その嘆きが最近かなり大きくなっていたそうだ。
なんというか頭の痛くなりそうな、ワタシには縁のない活動だと思ったが、それはまぁいい。
そんな中、会員の一人がボウェル嬢の功績を広めるためのアイデアとして提案し、喝采を得たものがあった。
「その内容こそ、魔素の操作スキルを私たちで確立しよう、という試みです」
ボウェル嬢が冒険者になる前、大学で特に足繁く通っていた魔素動態顕微会。その元会長であり、最もボウェル嬢の魔素操作を理解しているだろうと目をつけられたのがワタシということらしい。
・・・簡単に言ってくれる。
そう思いつつも話を更に聞き進めると、案外彼女に助力するのはワタシにとって悪い話ではないように思えてきた。
彼女たち見守る会の会員規模は嘘か真か 300 人を超え、種族と所在は多岐にわたるという。
そして会員はボウェル嬢への親愛ゆえに、彼女の功績の一助になれるのなら手間や努力を惜しまないだろうとも。まぁ親愛というのは一方的なものだろうが。
しかし 300 人という数は魅力的だ。しかもマルシ商会の娘が主宰しているとなれば、会員の質も少なからず保証されていると思って良いだろう。一概には言えないが、地位のある者は相応に魔法の才能があるか、あるいはそうでなくても十分な教育を施されているからだ。
「もしお願いできるようなら、私個人の力の及ぶ範囲にはなりますが、お店の手伝いもさせて頂きます」
そんなことも言われてしまう。
うぅむ。店はまだワタシのモノではないが、店のことを差し置いても、私の魔素研究が大きく前進する可能性をひしひしと感じる。
しかし店のことが絡むなら店主にも相談せねばなるまい。
「明日まで考えさせてもらっていいか」
そう言うとマルシさんは綺麗に笑って答えた。
「えぇ、では明日、同じ時間に」
夜、仕入れから帰った父親にこのことを話すと、初めこそまだ大学生気分でいるのか、という反応をされたが、マルシ商会の名前を出すとあっさり掌を返された。
商会長の娘の個人的な助力だとも伝えたが、こんな良い話は今後絶対お前に回ってくることは無いからと、強く賛成された。
言外にお前には結婚相手がくることはないとも言われたようで、少し微妙な気分だったが。
翌日のほぼ同じ時間、狙ったかのように丁度ワタシだけがいるタイミングでマルシさんはやってきた。
「こんにちは」
「あぁ、いらっしゃい」
「お返事を伺っても?」
「・・・期待に添えるほどのことができるかは分からないが、協力させてもらおう」
私が答えるとマルシさんは、商売用ではなさそうな屈託のない笑顔で「嬉しいです」と言ったのだった。
その後、大して客が来ない店の一角、私の作業場の机で向き合い、私たちは今後の方針を詰めていった。
魔術大学の魔素動態顕微会改め、魔素動態研究会の発足である。




