078 親友
第四章最終話です。
*** ハル ***
フォスに促されたこともあって、翌日私たちは散策がてら工房を訪れることにした。
散策といってもそう大きな町ではない。
町と離れたところにある屋敷から町に近づくと、昨日と同様鉄を打つ小気味いいリズムがそこかしこから聞こえてくる。
ブラブラと街並みを眺めて周り、私たちはフォスが話を通しておくと言った工房へ向かった。
「こんにちは。昨日紹介された者ですが」
ディモンが工房に入り挨拶をすると、しばらくして初老のドワーフが現れた。
名前は既に聞いていて、グラヴィスさんという。
「あぁ、昨日の。よく来たな」
グラヴィスさんはそう言いつつ厚手の手袋をはずし、私たちを奥へ案内する。
「武器を貸しな。整えてやろう」
そういうことらしい。
工房は店を兼ねているわけでもなく、日中必要な最低限の物の他は奥に鍛冶場があるだけだった。熱気が立ち込めている。
案内された鍛冶場には犬獣人の男と、見るからに魔族といった感じの男がいた。
「こっちがドーズ、こっちがジェッター。二人とも俺の弟子だ。・・・あぁ、魔族は初めてだったか?ジェッターは悪魔族だ。混血だがな」
二人が挨拶したので、私たちもそれに応える。
手持ちの武器を渡すのはなんとなくハコバスさんに悪い気もしたけれど、とりあえず損傷の激しい・・・というか折れてしまった刀を預ける。グッグ戦で分離した先端部分も拾っておいたので、それと一緒に。
「おー、刀か。珍しいもん使ってんだな」
「知ってるんですか?」
「そりゃあな。ま、この里だからだろうが」
折れた部分は無視して研ぎつつグラヴィスさんは話す。
「かなりいい仕事してるってとこだが、折れたんじゃあどうしようもねえ。溶かして打ちなおすにしても相当かかるから、これは諦めるんだな」
帰り道は刀無しか。仕方ない。
そういえば屋敷では何も言われなかったけれど、こちらから境界を超えるとどうなるんだろう。
「代わりに俺のを持って行きな」
ん?
「え、刀があるんですか?」
「そりゃ当然だろ。何年品評会に出してると思ってんだ」
品評会?
私の疑問を察して、グラヴィスさんの研ぎを見ていたジェッターが教えてくれる。
「この町では定期的に武器の品評会があるんだ。親方はすごいぞ。なんてったって最高点をバンバン出してるからな」
いまいち要領を得ないジェッターの説明を、更にドーズが補足してくれた。
「片手剣、両手剣、斧、槍、槌、メイス、刀、その他にも色々あるけど、開催一回ごとに決まった武器が集められて、そこで工房の腕前を競うんですよ。ファイズの誰かが司会進行で、専用のカカシが良し悪しを判定してくれるんです」
ふむふむ。面白そうな催しだね。
「それで言えば、この刀は 3000 ポイント前後ってとこだろうな」
グラヴィスさんはそう言って評価したが、そもそもポイントの基準が全く分からない。
「まじっすか!」
「おぉ、いるとこにはいるもんだなぁ」
私たちの置いてけぼり感をよそに、弟子たちは楽しそうだ。
というか、そのカカシとやらがなくてもグラヴィスさんは武器を評価できるんだね・・・。
ならばと、私は新入りの評価をお願いした。
グッグ謹製の片手剣、フラクタル。
私がフラクタルを簡易の鞘から抜くと、グラヴィスさんはそんなに目が開くのかというくらい目を見開いた。
「そ、それは?」
どうやらパッと見でも相当良い物らしい。まぁダンジョンの管理者の体を溶かして作った物だから、悪い物なわけないと思っているけれど。
「グッグさんにもらった剣です」
「なんと・・・!」
グッグの名前にもとても驚いている。ここに来たということは、グッグを倒したことと同義だと分かるだろうに。
いやもしかしたら、ダンジョン自体の事情にはあんまり詳しくないのかも?
「そうか、グッグ様の・・・」
グラヴィスさんは神妙な表情でそう呟いた。
「親方、そんな凄いもんなんですか?」
ジェッターが尋ねる。
「馬鹿野郎、これはそういうレベルを超えてるって、一目で分かるだろ!」
「や、いい剣だなー、とは思いますけど」
「あぁ。とんでもなく良い剣だ。コイツでカカシを斬ってみたいもんだ」
「親方的には何ポイントで?」
「・・・そうだな、10000 ポイントは悠に超えるだろう」
「10000 ポイント・・・」
よっぽどそのポイントが高かったのか、ジェッターの剣を見る目が変わった。
「あぁ、興奮しちまって悪いな。一応教えとくが、これはヒヒイロカネにオリハルコンを混じて鍛えられてるようだ。グッグ様と言えど、早々作れんだろう」
それを聞いて流石に私にもこの剣の凄さがわかった。
レアメタルの希少さは武器や装備にした時の強度と丁度相関しているというが、オリハルコンはその頂点、ヒヒイロカネは次点に挙げられる希少鉱物だからだ。
その下にアダマンタイト、ミスリルと続く。
ペイネとディモンも驚いて顔を見合わせている。
そんなこんなで私はグラヴィスさんから刀を貰い、それから他の 3 人も武器を手入れしてもらった。
調整を見ているだけだと退屈になりそうだったが、弟子の二人があれこれと披露してくれた武器を見ているだけでも楽しく、雑談しているうちに時間は過ぎた。
それからグラヴィスさんは、私たちの武器を仕上げている間に色々と話をしてくれた。
いつの間にかボウェルが聞き役、相槌役になって。
「俺たちはな、ダンジョン攻略者ってのを待ち望んでたんだ。だって考えてもみろ。俺たちの芸術がこの里で終わっちまうなんて、悲しいじゃねぇか」
「確かに勿体無いですね。でも、ダンジョンの魔物たち経由で外の世界にも広まるじゃないですか」
「いいや違う。それじゃあ単に魔物が持ってた剣、で終わりだ。質が良かろうがなんだろうが、結局人ってのはオーダーメイドが好きなんだ。第一、魔物は体躯もでかいのが多いだろ?サイズが合わん」
「結構戦利品をそのまま使ってる人もいるみたいですよ?」
「あぁ、まぁ仮にそうだとしてもな、俺は俺の作品として使ってもらいたいんだ。わかるだろ?職人魂ってやつさ」
「確かに私も、この人が作った武器なら、って思うことはあります」
「そうだろ?」
・・・なんだろう。大人のお店的な雰囲気が微妙に漂っている。お酒はないけど。
それからグラヴィスさん、相当武器への愛が深い。
「ところで、攻略されちゃったら外の世界とまた交流できるのが嬉しいってことですよね?」
「ん?あぁ、うーん・・・」
「嬉しくないんですか?」
「どうだろうな。俺はこの里を気に入ってるし、他の連中も大体そうなんじゃないか?霧深いのが難点だが」
「鍛治がお好きってことでしょうか」
「おうよ。他はボチボチでいいんだ。それに今更外に出て何になる。余計な流れの先端に立たされるのは御免だ」
グラヴィスさんは一呼吸置いて、それから一際ずっしりとした声音で言った。
「外もこことおんなじくらい、気楽な世界にしてから迎えに来てくれんか。俺はそうだとありがたい」
ペイネはその言葉を静かに聞いていた。
私は答えを持っていなかった。
少し考えれば分かることだ。
彼ら住民のほとんどは、この町で生まれ育ったのだろう。
外界と仕切られた当初はともかく、その後は偶発的な迷い人ばかりで外から人を迎えることはそんなに多くなかったはずだ。
ならば、日々の娯楽としての品評会で自分の作品の価値が評価されたなら、それを誰かの主観にも評価されたいと思うのは当然だろう。しかし願いは叶わないまま、後世に技を託して死んでいく・・・。
そんなことを数世紀にも渡って繰り返して来たのかと思うと、居た堪れないような、切ないような気持ちが湧いてくる。
何ができたわけでもないし、それが彼らにとっての普通だということも分かるけれど。
丁寧に手入れされた武器を受け取り、私たちは屋敷に戻った。
明日はまた魔王と話すことになるらしい。聞きたいことや方針をメンバーで考え、そして二つの寝室に別れた。
私はベッドに横になり、天井の木目をぼうっと眺めている。
ダンジョンはアポロアの平和を象徴すると言っても過言ではない大掛かりな装置だった。
そして俯瞰してみれば、私が関わろうが関わるまいが、ダンジョンを乗り越えた先で人族と魔族は手を取り合えるだろう。
1000 年単位でモノを考える存在が企てているのだから、実現は遥か先になるかもしれないけれど。
では私の役割は?
この世界に生まれ落ちた意味は?
あの世界を失った意味は?
この世界はアポロア記の後日譚でしかないんだろうか?
私は語り部として、公平な目として選ばれただけなのかもしれない。
ペイネとボウェルの二人を見ていれば分かるが、私は能力の開発が特別早いわけでもないし、せいぜい個人レベルの力しか持っていない。
魔素制御だって私に特別相性の良い力ということもない。
特定の属性魔法に、精霊素にいつまでも手をつけられない臆病さが付き纏い、転移物お約束の無双なんて夢のまた夢。
思い返せば、何か悪い事態を直接止めたことなど一度もない。
せいぜいザ・デスを倒したくらい。
・・・あぁ、次から次へと悲観的な想像が湧いてくる。
同時に、耐えがたいほどの無力感と脱力も。
認めないといけないんだろうか。
やっぱり私は主人公じゃないんだと・・・。
「クレア」
隣のベッドでまだ起きていたペイネに呼ばれる。
「何、ペイネ」
「大丈夫だよ」
「・・・何のこと?」
「クレアはきっとこの先も、光の中を歩んでいける」
・・・どういう意味だろう。
「たとえクレアがこの世界と馴染めなくても、この世界を嫌いになっても。それでも世界はきっとクレアを見放さない」
私は誰にも自分が転生者だと話したことはない。
何かのきっかけで口を滑らした覚えもない。
「だから大丈夫。やりたいことを選んで。私たちを巻き込んで」
漠然とした言葉。
「クレアの想いが、クレアを導いてくれるよ」
それなのに、私の心はペイネの言葉に落ち着きを取り戻していく。
スッと、頬を涙が流れるのを感じる。
「うん・・・」
ほんの少し嗚咽混じりの返事を、私は親友に返した。
体が落ち着くまでの間、私は体を流れる魔素に意識を溶かしていた。
魔素の巡りは私の精神を安定に導いてくれる。
ひとしきり泣いて気持ちが穏やかになる。
さっきまでとは少し違って見える天井を眺めている。
そして私は、記憶に浸かったまま放置していた幾つかの事柄をひとつずつ整理し、私の歩むべき道を選り分けていった。
*** エ=2=エテ ***
「そうか、管理者になるか」
「えぇ。目的の目処がつくまでにはなりますが」
吾輩の予想とは違い、デイブレイクは管理者に回ると言う。
ただ話を聞いてみれば、管理者とは言ってもその名の通りの役回りではなく、クレアは序列戦の魔物を鍛えるつもりだそうだ。
ボウェルとディモン、ロージーはグッグに単騎で勝てるようになるまで修練を積むのだと言う。
「私たちもちゃんと強くなっておかないとね」
「かかってらっしゃい!」
ボウェルが言い、グッグは嬉しそうに挑戦を承諾した。
序列戦についてはいつからそれが始まったか忘れたが、元々は暗闇の城の裏側に恥じない働きを、と、奴らが言い出して勝手に始めたことだった。
10 人とも長く燻っていたようだし、丁度良い機会である。任せてみるのもいいだろう。
「ただ、お前たちはあくまで人族領ダンジョンの攻略者だ。魔族側に関与することはできないと思っておくがいい」
「序列戦では遭遇し得るんじゃないですか?」
「お前たちが登った舞台は、魔族側の入口とは隔たっている。序列の魔物だけが両方を行き来できる。・・・そうだな、遭遇はあるかもしれん」
それからはいくつかのことを聞かれ、吾輩の判断で答えられることにだけ答えた。
「ダンジョンの声って知ってますか?」
「グッグの呟きのことか。ダンジョンは土の精霊のグッグと相性が良いらしい。不意に伝搬したんだろう」
これはソロジー。
「食べ物はどこで手に入れたらいいんでしょう」
「城下町に農耕地があったろう。ケンタウロスが守護していたはずだが」
「とてもまともに機能しているようには見えませんでしたけれど」
「魔物たちはダンジョンが生み出したいわば “モノ” だ。食事は必要ない。深層のゴーレムやその精霊は我らの手によるが、これも食事は必要ではない」
「えーっと、つまり?」
「お前たち分くらいなら、探せばあるだろう」
「いや、霧の町で食べさせてはもらえないんですか?」
「なんだ、冒険の続きのつもりかと思ったのだが」
「不必要な苦労をするほど物好きじゃないので」
「好きにするといい」
これもソロジー。
「霧の町で何かを得たい時に、通貨はあるんでしょうか」
「そんなものはないが、鉱石は喜ばれる」
これはボウェル。
「エテさんは強いんですか?」
「ふ、どうであるかな」
「えっと、そもそも魔王って何なんでしょう。エテさんはイメージと違うというか」
「そうだな、大抵人族領に広まっている物語の魔王といえば恐怖の象徴なんだろう。だがそれは一部に過ぎん。大方はケルオスやガンフォートが原因か?」
「魔王は何人もいるってことですよね」
「多くて 12 になる。12 の象徴、12 の魔王。分かりやすいだろう」
「12 人も・・・」
これはディモン。
「霧の里からは出られますか?」
「今のお前たちには無理だが、付帯する権能次第で可能だ」
ペイネ。
「ゴーストの足の使い道を探してるんですが」
「見せてみろ・・・あぁ、これはもはやゴーストとは変質しているな。自分で使い道は探すがよい」
「特に無さそうなんですけど」
「ならば捨てればよいだろう。吾輩は要らん」
クレア。
町の人間とグッグ、ファイズ以外の者と話すのはいつぶりだろうか。
もはや思い出せないが、存外悪くないものだと思いつつ吾輩は午後のひと時を過ごした。
デイブレイクというパーティだからだろうか?
クレアの序列戦への介入の成果次第だが、もう少し待てば魔族領側にも攻略者が出そうである。
吾輩のこの気分が普遍的なものか、あるいはデイブレイクだからなのかも、そ奴らと接すれば分かるだろう。
次話から第五章です。




