077 幻想の箱庭
*** ハル ***
グッグの精霊体が緩やかに再構成される様子はとても綺麗で、敢えて例えるなら紙を燃やした煙が逆再生されて元の紙に戻るような不思議な光景だった。
「あーあ、負けちゃったわ」
作り直したゴーレムに宿ったグッグはそう言うと、私が拾い上げていた彼女の剣に目を向けた。
「それ、あなたにあげるわ。私に勝ったご褒美」
・・・え、マジ?
「ほんとに?」
「えぇ。ダンジョンを攻略した証と思ってもらってもいいわ」
マジだった。
正直この剣は一目見た瞬間から欲しいなと思っていたので、非常に嬉しい。
フラクタルという名前も良い。
それはそれとして。私は達成感と寂しさを感じつつ呟く。
「ダンジョンはやっぱりここまでなんだ・・・」
「そうなるわね。この先にあるのは裏方だけよ」
私に答えつつ舞台を降りるグッグ。
「さて、では続きを話すとするか」
魔王エテはゲートをくぐって屋敷の裏へ戻り、今戻ってきた方とは違う扉を開けた。
やはりその扉にもゲートがあり、私たちは順に魔王の後を追った。
暗がりの世界から扉を一枚隔てたそこは、視界を埋め尽くす白の世界だった。
急に明るくなったことで目を細めるけれど、見えないのは明るいせいではなく単に世界が白いからだと気付く。
肌に纏わりつく、ひんやりとした湿度。
濡れた踏み心地の草。
どこからか聞こえてくる鳥の鳴き声。
私はここがどこか、直感でわかった。
「霧の里」
そうとしか思えない。
「いかにも。少し行った所に屋敷がある。そこで話そう」
私の声に魔王は答え、そのまま進んでいく。
案内されたのはダンジョン最下層にあったものと似た屋敷で、しかし霧のため全体像がよく分からない。
少なくとも玄関から応接室だかリビングだか中途半端な部屋までは同じ間取りだった。
同じように配置されたソファに腰掛け、フォスがお茶菓子と紅茶を持ってきたのを合図に魔王は語り始めた。
「・・・アポロアが生きていた時代、魔王ケルオスの存在は人族領を混沌に陥れていた。それはケルオス本人による直接的な影響だけでなく、魔族の人族領への侵攻という間接的な影響も加わってのものだ」
「ケルオスは各地で強者を倒して回っていたが、彼の目的は実際のところ分からん。悪魔ではなく悪魔族だったとは思うが、戦闘そのものを欲していただけのようにも思う。・・・そういう意味では破壊の魔王ガンフォートと似たところがあったな」
「魔族が人族領を求めたのは、当時魔族領は人族領に比べて生活水準が低く、農耕や牧畜、開墾技術が乏しかったためだ。魔族領の方が野生の生物に強い種が多かったのも原因かもしれん」
「魔族はそうやって人族領の東を侵略し、そして国すら興して技術を吸収していったのだが、結果的にそれはアポロア以後の時代、人族領と魔族領の発展を近いレベルで生じさせることになった」
「お互い知らぬとは思うが、人族領と魔族領は今の世にあって、文明レベルは同程度だろう」
「しかし魔族の侵攻はそういった経緯からある程度目的が達成されたのだが、起爆剤になったケルオスという災禍だけは変わらず残っていた」
「そして、アポロアが現れたのだ」
ゆっくり話を進める魔王の言葉には、端々で懐かしむような雰囲気を感じる。
「アポロア。当時こそパーソルと呼んでいたが、今はアポロアと呼ばれるのが常らしいな」
「アポロアはケルオス直属の配下を一人また一人と人族領から退けた。しかしそれは奴の冒険の一部に過ぎん。奴は世界を旅して回ることを生き甲斐にしていた。生粋の冒険者というやつなんだろう。そして旅の邪魔になるものは排除し、あるいは新天地をひたすら求めた結果がいわゆるアポロア記としてまとめられているものだ」
「アポロアは時代を先取りし過ぎたのかもしれんし、あるいは神話の時代に逆行して生まれたのかもしれん。精霊に愛され、魔素に愛され、そして運命に愛されていた」
「そういえば奴が救った命の中に魔王となった者もいたな。今頃どうしているのやら・・・」
「アポロアは旅の中で仲間を、信頼できる協力者を得た。その一人がカグラ=アマヤだ。アマヤは違う世界からの来訪者だと自称していたが、アマヤの持ち物や魔法はそれを肯定せざるを得ないようなものだった」
「アマヤの私物の一つに "ファンタジースター" というアイテムがある。別名で "幻想の箱庭" とも呼ぶらしいが、まぁ好みの問題だ。このファンタジースターこそがダンジョンを作り、そしてダンジョンの核として機能し続けているものだ」
「私たちはその立ち上げに関わり、アポロアやアマヤ亡き後、友である彼らの意志を継いで私がこのダンジョンを管理している」
・・・なんともスケールの大きいというか、気の長い話だなと思う。
話にすれば数分だが、語られていない数世紀にも及ぶ期間、エテは何を思い過ごしてきたのだろう。
「あぁ、ダンジョンの目的だったな」
「アポロアはかなりお節介なところがあって、ケルオス討伐後の世界が平和であって欲しいと強く願い、そしてその責任も自分にあるなどと馬鹿馬鹿しいことを考えていた。まぁ、馬鹿馬鹿しいで終わっていれば御伽話にもならなかっただろうが、アポロアは本気で考えていた」
「要するに人族も魔族も、互いに接点を失って、互いを気にする暇もないほど自分たちのことで手一杯になればいい。奴はそう考え、そしてできたのがダンジョンだ」
「わかるか?つまりお前たちが今まで挑んできたダンジョンは魔族領にも同じように口を開けている。自分たちの領土だけに生じた厄介ごとではない。ダンジョンは人族にとっても魔族にとっても共通の敵なのだ」
私は一つのことを思い出した。
ゲーティは、序列の魔物は序列戦に応じられないこともあると言った。試合の爪痕は舞台によって修復されるにも関わらず。
おそらくあれは、魔族領側の冒険者が序列線まで到達していた場合を想定した説明だったのだろう。
魔族とは遭遇しなかったが。
「そして当然、物理的な遮蔽も必要になる。それこそがこの霧の里というわけだ」
「お前たちはフォスと境界線で遭遇したそうだな。その時に思わなかったか?霧の里を管理する者がいるのか、と。それならば霧の里には管理するべき何かがあるのだろう、と」
「霧の里はダンジョンの裏方。そして、人族と魔族がダンジョンという共通の敵を倒した暁に現れる友好の架け橋としてアポロアに創られたのだ」
「もっとも、霧の里とダンジョンの両方が整ってからダンジョンは解放したゆえ、ダンジョン自体は 1000 年にも及ぶものではないがな」
「・・・帰らずの里と呼ばれているそうだな。それは魔族領側でも似たようなものだ。ここへ迷い込んだものはファイズが捕え、案内し、里の町に取り込んできた。性質上出て行くことは叶わないが、別に構わんだろう。ある意味で未来を生きているようなものなのだから」
「それに吾輩たちは仕事を与え、成果に見合う対価も用意している。あぁ、仕事というのは専ら鍛治師のことだ。ダンジョンの魔物たちが身につけたり、宝箱に入っているものは霧の里に由来する」
「ともかくここではファイズの統制の下、アポロア記の真実を朧げながら知らされた人族と魔族が同じ方向を向いて暮らしている」
紅茶がすっかり冷たくなり、昼時に近いこともあってフォスが軽食を作りに席を立った。
私たちはエテの話をじっくりと自分たちの中で反芻し、アポロアの偉大さに改めて感服していた。
アポロア=パーソルという英雄の生き様に。
ただ、この場合私たちはどうすればいいんだろう?
ダンジョン探索は終わってしまったわけだし、今後魔族がここにたどり着いた場合、今私たちが感じている人魔抗争への疑問を同じように感じるのではないだろうか。
なぜなら霧の里は数百年に渡って人族と魔族が手を取り合ってきた、手を取り合えてきた動かぬ証拠だからだ。
今後はハグレの魔物を狩って生きていけばいいんだろうか?
後継の指導だって、戦う相手がいないとなれば必要性が乏しい。
私の戸惑いを察したかのように魔王は静かに語る。
「お前たちの困惑は分からんでもない。こういう日がいつか来るだろうことは、吾輩たちにも分かっていたことだ」
「吾輩には提案できることが三つある」
「一つ目、管理者の側に回る。力こそがダンジョンの支配に必要な条件だ。お前たちにはその資格がある。それに存外、これが面白い。研究に没頭できる環境も用意があるぞ」
「二つ目は人族に今吾輩が話したことを広める、伝道師になる。あまりおすすめしない。いくらお前たちが人族屈指の実力者だろうと、あまりにも突飛な内容は特に市井に生きる者たちには受け入れられないだろう。せいぜい新興宗教が立ち上がっておしまいだ。お前たちの後、お前たちを裏付ける攻略者が少なからず現れてからがいいだろう。よっぽど権力を持っているなら別だが。それに、魔族領側との兼ね合いもある」
「三つ、この先を目指す。吾輩たちが関わっていたのは人族と魔族の問題だけだ。お前たちが更なる刺激を求めるなら、行き先はいくつもある。まぁその手掛かりからとなると、短命の人族には不向きかも知れんが。そうだな・・・海、未開の極寒、未開の熱帯、世界の果て、天界、冥界、精霊の棲家。どうだ、意外とあるだろう?そういった新天地を求めるのも悪くないかもしれんな」
「もちろんその他の選択肢もあるわけだが、後は自分で考えるがよい」
流石に長く生きているだけある。私たちが考えた末に至るであろう結論を既に用意している。
私としては “先を目指す” 一択だが。
「・・・ここは気楽な町だ。しばらく滞在して考えるといい」
話し終えると、聞きたいことはまた後日に、と断って魔王エテは部屋から出て行った。
フォスの持ってきた軽食のサンドイッチを食べた後、私たちはフォスの案内で深い霧の中小さな町を見て周り、戻ってきた屋敷では宿泊用に二部屋をあてがわれた。
「しばらくとエテ様は仰っていましたが、性格上明後日また話されるでしょう。明日は霧の里の鍛治師たちと交流なさってはいかがでしょうか。先ほど案内した工房には話を簡単に通しておきましたので」
そう告げてフォスは部屋の前から去った。
あまりにも情報密度の濃い一日だった。
私たちはフォスが用意してくれた夕食と酒を楽しみつつ、夜更けまでずっと興奮して語り合っていた。
ある意味で敵地のど真ん中のはずなのに、嘘を言っているとは思えない魔王エテの話を聞いた後では、そういった懸念すべき点も気にならなかった。
***
人の手を渡り続ける一つのペンダントがある。
ぶら下がる小振りなサイコロ大の立方体は美しく光を乱反射する青緑がかった透明な銀色で、見るものを虜にする煌びやかさがある。鍵と蓋らしき構造があるため、どうやらそれは小箱の様だ。
どこからか流れてきたペンダントは庶民の結婚祝いに使われ、王家のプレゼントになり、質に何度も入れられ、しかしその形は変わらず、今はとある商人のコレクションとして納められていた。
正式には "モナルカの小箱" という名のそれ。
2 cm 四方の小さな立方体は、真の役割を果たすその時まで光を失うことはないだろう。
ゲオス=4=ケルオスの手によって解放されるその時まで。
「私の心をあなたに預けるわ」
モナルカはケルオスに告げると、自らの力を閉じ込めたペンダントをケルオスの首にかけた。
「あなたが本当の強さを手に入れた時、私がもう一度あなたと歩めるように」
そしてモナルカの存在は次第に希薄になり、やがてやけに軽いペンダントの重さだけがケルオスのもとに残った。
「強さとは何だ・・・。俺が俺であることこそが、お前を守る一番の強さじゃないのか・・・!」
ケルオスは一人、荒野で声を張り上げる。
周囲には彼を斃し魔王の座を奪わんと挑んできた愚者たちの屍が散らかっている。
彼らをけしかけた張本人すら、今や傍らで屍の一体になり果ててしまっていた。
「俺の力がお前と相性が悪かったとでも言うのか?混沌と闇が、相容れないとでも言うのか・・・?」
最愛と信じたモナルカを失った混沌の象徴は、彼女の言う本当の強さを求めて彷徨い始めることとなる。
魔族を蹂躙し、人族を蹂躙し、やがて自分が何を求め何をしているのか判然としなくなった頃、彼は精霊に愛された一人の人族に敗れ、そして時の狭間に封印されたのだった。
「お前は闇に強すぎたんだ」
戦闘の余波で荒野と化した封印の地で、英雄アポロアは呟いた。




