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今更普通の異世界転生  作者: 玉庭ひとり
第四章 序列戦
82/185

076 フラクタル

*** ハル ***


 なんとディモンが空間魔法を使えるようになった。まだ端緒とはいえ、この発見はあまりにも衝撃的だ。

 私は精霊素を知って以来の衝撃に少しの間我を忘れてはしゃいでしまった。

 ・・・我が子を見守るような慈愛に満ちた二つの眼差しに気付いてやめたけど。


 多分斥候という職業柄の違いなのか、私とボウェル、フレア、それからネフもディモンの言う “隙間” を認識できていない。

 制御下にある魔素でも、流れに規則的なようで不規則なゆらぎができてしまうことには何となく気付いていたけれど、それが “それ” と認識されないので、ディモンの言う隙間とは違うのかもしれない。

 騙し絵のようにちょっとした見方の違いや勘違い、捉え違いがネックなんだろうか?

 モヤモヤする。


 半分冗談、半分本気だったディモンのディメンションレイへの道は、これで大きく開けたと言っていいんじゃないだろうか。

 空間魔法、隙間の発見をきっかけにディモンの魔素への理解が深まったようで、かなりディモンの魔素操作技術が一気に向上した。

 その成果は序列戦で遺憾なく発揮され、アンキスロライトには純粋な水魔法の物量対決で競り勝ち、ランガーの鏡魔法も全てを幻影で包むことで無効化して打ち伏せてしまった。


 ここまでの序列戦でのディモンの苦戦を知っていたアンキスロライトとランガーはディモンの急成長に驚き、しかし自身の敗北を素直に受け入れていた。

 アンキスロライトは自身の敗北から間髪入れずランガーが負けたことには、いっそ気分が良さそうだった。


「お前らホント強いのな。ま、せいぜい扉の向こうでも励めよ」

「戻ってきたらまた遊ぼうねー」

 二人はそう言って舞台を去っていく。

 最深層への挑戦権を手に私たちは、一度私たち用の部屋へ戻った。



「いよいよ最深部だね」

「流石にまだまだ先が長いってことはないわよね?」

 意気込むディモンにペイネが気掛かりを返す。

「ダンジョン側の魔物が言ってるんだから、その通りなんじゃないかな?まぁダンジョンを攻略しちゃったらその後にどうなるのかは気になるけど」

「行けば分かるわ」


 ・・・リーダーとして最深層への意気込みを言葉にする。

「明日、我々デイブレイクはダンジョン最深層へ挑む!」

 急に声を大きくした私に二人ともビクッとなっているけど気にしない。

「そしてダンジョンの秘密を解き明かし、この世界の秘密にすら手を掛けるのだ!」

 ・・・決まった。こういうの、やってみたかったんだよね。


「世界の秘密って何?」

 すぐさまペイネに質問される。

「え、それは、なんだろ。とりあえずはアポロア記以前のこととか、分かればな、と」

「それが世界の秘密に繋がるの?」

「大体こういうイベントでさ、重要な情報とかそのヒントが手に入るんだよ」

「クレア、それ何の経験なのよ」

 そりゃもちろん、前世の・・・。

「物語のお決まり、かな」


 とりあえず決意表明には同意してもらい、私たちは自室で疲れを癒した。


 翌日。

 久しぶりにゲーティが水先案内人といった雰囲気で私たちを舞台で迎え、そしてこれまで閉ざされていた扉へと先導する。

「みなさま、最下層への挑戦権獲得、おめでとうございます。私も陰ながらみなさまの序列戦を応援しておりましたが、素晴らしいものでした」

 応援していたかどうかは怪しいものだ。

「最下層では我らが主がお待ちかねです。そう、もう随分と長いことね」

 私たちはゲーティに答えず、扉の前に立つ。


「行こう」

 私の言葉にペイネ、ディモン、フレアが頷き、ゲーティは不敵な微笑みを湛えている。

 相変わらず精巧なゴーレムだな。


 そして私は扉に手をかけた。

 入り口側と同じように小部屋が一つあり、更に奥の扉を開く。



 奥の扉の向こうには、一本の石畳の先に広い庭付きの屋敷が一軒佇んでいた。

 適度に手入れされた庭には低木と草花、背の高い樹木が自然に配置され、日の光があれば綺麗な木漏れ日の中優雅なティータイムができるだろうと想像させる。

「誰もいないね」

「屋敷に来いってことなのかしら」

 遠目に見える屋敷には明かりが灯っている。それ以外の選択肢はなさそうだ。


 石畳をコツコツと歩き、腰ほどの高さの柵で囲まれた屋敷の端で、柵と同じテイストの扉を開く。

 キィッと音を立て敷居を跨ぎ庭の木々を縫って歩くと、あっけなく屋敷の玄関に着いた。

 小洒落た、一家族が贅沢に暮らせる程度の大きさの洋館。

 ありふれた外観の屋敷の、ありふれたノッカーを鳴らす。


 ゴッゴッ。


「・・・しばし待て」


 屋敷の中からくぐもった低い声が聞こえてきた。

 私は三人を振り返りる。

 一応臨戦態勢を整え、少し扉から離れる。


 ゆっくりと開いた扉から現れた人物に、私は思わず声を漏らした。

「あ、いつかの」

 整った容姿の女性。

 それは神国の東端、霧の里との境界で遭遇したゴーレム、ファスだった。

「ようこそ。歓迎します」

 そう言って扉を開け放ち、ファスは私たちが屋敷に入るのを促す。


「戦闘の意思は?」

「とりあえず中で話しましょう。今はそのつもりはありません」

 今は、ね。

 私たちは彼女について屋敷へ上がることにした。

 前は気付かなかったけれど、精霊が見えるようになった今、ファスは光の精霊を宿したゴーレムなのだと知った。


 屋敷の中ではリビングか応接室か中途半端な内装の部屋へ通され、促されるままソファーに腰掛ける。

 少しの間そのまま待っていると、二人の人物が部屋に入ってきた。

 一人は小型のデモンゴーレムに宿った精霊、もう一人は長身のゴースト。

 精霊の方は、今までゴーレムやデモンゴーレムを散々見て、それからアンキスロライトという精霊体も見ていたことで、精霊体としての実体を持ちながらゴーレムに身を宿しているのだと分かる。

 そして後から入ってきたゴーストこそ、私たちが初めて遭遇することになった魔王の一人、エ=2=エテその人だった。




*** エ=2=エテ ***



 さて、何から話そうか。

 アイテムの鏡越しに最近は様子を探っていたが、案の定、即敵対行動に移る様子はないので落ち着いて話を進められそうだ。


「やーやー諸君。おめでとうだね!ゼンナだよ」

 部屋に入るや威勢よく名乗りをあげたグッグが雰囲気を上手く作ってくれた。

 ゼンナは一通り冒険者たちからの自己紹介を引き出すと、「じゃ、後はエテっちが話すと思うからね。ゼンナの役割はまた後でね!」と言って語りを譲られてしまった。


 鏡越しでは音が伝わらなかったが、ゲーティたちから大まかな話は聞いている。

 自己紹介でも聞いたが彼らパーティはデイブレイクと呼ばれ、リーダーのクレア=ソロジーの他にリーデンローザ=ディモン、ペイネ=ボウェルがいる。ゼンナが早々に指摘していたことでもあるが、もう一人はナイトゴーレムに宿る精霊でフレア=ロージーというらしい。

 四人とも吾輩の言葉をおとなしく待っている。


「何分初めてなものでな。何を話すべきか、話さざるべきか」

 そもそも迎える必要があっただろうか。

 いや、それはいい。吾輩がそういう気分だったのだから。

「・・・ふむ。何か聞きたいことがあるか?」

 むしろ聞きたいことしかないだろうが、吾輩としても世情に疎い。今人族が何を気にしているか聞き出すきっかけくらいに思っていればいいだろう。

 それに吾輩としては、ここまでこれるような冒険者に対して隠し立てするようなことは幾つもない。


 元々、そういうつもりだったのだ。


 少し間を開けて始めに声を発したのはディモンだった。

「エテ、さん?は何者なんですか?」

 む、確かに名乗っていなかったな。

「吾輩はエ=2=エテという。魔王の一角である」

 名に刻んだ “2” こそ創造を象徴する魔王の証。

 吾輩の名乗りを聞いても動じる様子があまりないのは、ある程度予想していたからか?

「このダンジョンの管理者、と言えばいいのか・・・そういう立場にあるな」

 何者かと聞かれても大して話せることなどない。

 吾輩に付随する多くは吾輩そのものではないのだ。


「管理者というと?」

「そのまま、ダンジョンを管理する者だ。まぁせいぜいダンジョン内の魔物の様子を気にかけるくらいだが」

 詳しく話せば多いが、長くなるので面倒だ。例えば魔物の装備の整備だけでも、手順が煩雑である。

「他にも管理者はいるんですか?それから、いつからそうなんですか?」

「吾輩はダンジョンが開かれた時から管理者である。そこのグッグも似たようなものだ。かつてはもう一人いたが」

「それって 1000 年も・・・」

 小さく呟くとディモンが目を見張る。

「左様。長い月日が経った」


 暫くの沈黙。

 正確には数えることをやめたが、人族では 1000 年ともなると、感覚が掴めないのだろう。


「このダンジョンはあなたが設置したんですよね。その目的は何なのですか」

 次に質問に回ったのはボウェルだ。久しく美醜など忘れていた吾輩でも、ボウェルの美しさには目を惹かれた。吾輩にもまだそんな心があったのだな、と思いつつ。

「正確には吾輩ではない。アマヤという者がダンジョンを興したのだ」

「そのアマヤさんの目的は何だったのでしょう」

「目的はアマヤに依るところではない。それはアポロア=パーソルのものだ」


 表情の変わらないゴーレムのロージーはともかく、アポロアの名に 3 人が息を呑んだ。


「・・・アポロア記の、人族の英雄の、あのアポロアですか?」

「もちろんそうだ。あやつとカグラ=アマヤとの出会いこそ、ゲオス=4=ケルオス討伐後のダンジョン設置のきっかけだった」

「魔王ケルオス・・・」



 さて、これ以上話してもいいが、そろそろグッグが待ちきれない様子。

 グッグが闘争本能の強い精霊だと感じたことはないが、序列戦が大詰めになるにつれ自らを鼓舞してこの時を待っていた。軽い自己暗示でもかけたのだろう。

「続きはグッグに勝てたら話そう。着いて来るがいい」




***



 エテを先頭に、グッグ、フォス、ディモン、フレア、ソロジー、ボウェルが続く。

 屋敷の裏に抜けると扉が二つ、ただそれだけで佇んでおり、エテはその片方を開いてゲートをくぐった。


 ゲートの先は序列戦の舞台のような、しかし幾分広い空間になっており、戦闘のためのものと一目で分かる。

「全員でもいいけど?」

 グッグは駆け上がって舞台に立ち、振り返るとデイブレイクにそう告げた。

 先ほどのやり取りで、自分たちの試合を知らず知らずのうちに見られていたことをデイブレイクの 3 人は察している。

 その上での発言。それだけ自信があるのだろうと推測するが、顔を合わせ頷き合って前に出たのはクレア一人だった。


「私が。よろしく」

「ふぅん。あ、ここはあの舞台みたいな効果は無いからね」

 治癒も復活も無い、そういう意味だ。

「問題無い」

 そして戦闘が始まった。


(土の精霊なのは分かってる。後はどの程度か)

 グッグが土の精霊素で構成されていることは明らかで、ゴーレムに宿っているのも、ゴーレム自体が彼女の手に依るものだからだろう。そうクレアは考え、初手を選ぶ。


 ドッ!

 と一つに重なって聞こえるほどのタイムラグのなさで放たれた十条ほどの熱線は、ゴーレムの体を線の数だけ穿つが、しかし瞬く間に元の形状へと戻っていく。

 数 cm ほどの陥没が作られたのは確かだが、熱線一本一本では貫通は到底不可能のようだった。


 明らかに密度が違うとクレアは判断する。

 同時に土属性の性質上、切る、打つといった方法では効果が乏しいだろうこともクレアは理解し、熱線での攻略を試みる。

 

 対するグッグは平静を装いつつも、内心では舌打ちをしていた。

(ゼンナが “ずっと魔力を込め続けてきた体” を抉るなんて!再構築がどんだけ大変だと思ってるのよ!)

 クレアの力が本物だと体感し、そして同時に自分の魔法との相性の悪さを感じる。

(熱が主体だと植物系は弱いわね・・・仕方ないけど)

 土の精霊であるグッグの本質は鉱物系よりも植物への干渉力が強く、このために舞台も少し柔らかい土で敷き詰めてある。

 しかし熱線を構成する炎を拡散の形で放たれれば、植物が一瞬で力を失うだろうことは火を見るよりも明らかだった。


 互いの性質を微妙に誤解しつつ、そして互いに苦手意識を持ちながら戦闘が続いていく。


 観客は彼女たちの試合を静かに見守っている。

 エテはどこか懐かしそうに、デイブレイクは緊張と羨望を交えて。


 最初の一発でデイブレイクのメンバーたちはすぐに理解した。そうだと思ってはいたが、やはりこれまでの戦闘はクレアにとって本気を出すまでもないものだったのだということを。

 だからこそ、それを耐えたグッグのゴーレム体の強度の異常さにも気付いた。


 高速で舞台の形を変えつつ近接戦へと持ち込もうとするグッグ。

 一定の距離を取り、打ち込むイレイザーカノンの最適解を探すクレア。

 例え強者同士の戦いであろうと、戦闘の本質は変わらない。敵の弱みを攻め、自身の弱みを隠すこと。あるいは完全に自分の強みを押し通すこと。

 ゆえに互いの手札が限られ、やがて単調な戦闘に陥るのはある意味で必然だが、少しずつ変わる状況を正しく味方につけた者が最終的には勝利するのである。


(我、しんどい)

(今までの成果を見せてよね!頑張ってほら!)

 そしてクレアの影に隠れて、ネフはかつてないほどの密度で炎を練り続けている。

 大変そうだなー、と内心どこか他人事のクレアだが、グッグ攻略の要であるネフを魔素操作でサポートすることも忘れてはいない。

 クレアはフレアを直接操作することも一瞬考えたが、もしかしたらグッグが生みの親かもしれないナイトゴーレムを戦いに持ち込むのは躊躇われたため、炎はネフが生成しているのだった。


 二度ほどグッグの接近をクレアがゆるし、迫る拳をゴインッ!ガギャッッ!とおよそ刀が鳴らしたものとは思えない不快な音を響かせて弾いたが、大局的にはクレアが優勢を保っている。

 グッグの支配下にあり襲いかかる舞台の土は風の足場で躱し、少しずつゴーレムの体を抉るイレイザーカノンは精度が高まっていく。


(あーもう、さすがに即席の体じゃ保たないわね)

 再構築した部位は少しずつ強度が落ち、クレアの熱線の高まりもあって次第にゴーレムの体は脆くなっていく。

(・・・やめた!無理!)

 このままでは削り切られると判断し、足を止め舞台の土の操作をやめたグッグは、新たに一つのゴーレムを生成した。


「見せてあげるわ、私の最高傑作を」

 同じように足を止めたクレアにそう言い放ち、精霊体である自らの存在を真新しいゴーレムに移すと、これまで宿っていたゴーレムを崩した。

 そして再構築を逃れていた部分を抽出し、ディモンたちにも鮮明に属性が分かるほど濃密な土魔法で一本の剣を生み出した。


 黒とオレンジをない混ぜに均質化させたような滑らかさと艶やかさを併せ持ち、しかし青味がかった光を放つ片手剣をグッグはこう呼んだ。

「・・・フラクタル。いくわよ」


 密度の落ちる新しい体は反比例して機動性を増し、フォスを上回る速度で一息にクレアへと詰める。

 クレアは興味が勝りその剣と刀を交えるべく構え、そして、ズッ・・・と短く鈍い音がしたかと思うと、クレアの刀が先端 1/3 あたりのところで途切れ宙を舞った。

 グッグはゴーレムの顔を満足そうに歪め次の一撃を放つが、グッグの背後へ回るように躱したクレアは、近接戦を想定して考案していた一つの魔法を形成する。


 刀の失われた部分を補う形で発動したクレアの魔法が、一瞬早く振り返ったことで正しくゴーレムの体に打ち込まれる。

 そしてイレイザーカノンの熱量を全て刀の形に無理やり押し留めたそれはゴーレムの再生を許さず、グッグの継戦能力を奪った。

 ガラン、とフラクタルが舞台に落ち、クレアはグッグとの戦闘に勝利した。

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