075 無に収める
*** リーデンローザ=ディモン ***
僕のパーティの二人、フレアも入れたら三人は、僕にとって素晴らしい師匠だといつも思う。
フレアは精霊そのものだから、僕の魔法について大きな綻びや精霊素の停滞があれば気付いてアドバイスをくれる。ソロジーは変な癖や間違ったことを教えるかもしれないからと、大枠だけ話した後はあまり教えてくれないからとても助かっている。
それに魔素操作に関してはフレアもまだまだソロジーには劣っているので、種族は違っても目線は近い点が良いのかもしれない。
ボウェルからは立体起動のヒントを学ぶことが多い。平面的になりがちな僕には、ここ一番で敵の背後をとるタイミングだとかそのやり方、あるいは多方向からの攻撃にどう対処するべきなのか、参考になる。
ただ僕はボウェルほど風系統の魔法やそれほどの威力の魔素操作が出来ないので、局所的な身体強化で代用している。
他にボウェルとは、魔素制御をもっと細かくするにはどうすればいいのか話し合うことが多い。
レベルは違っても、そこに至っている過程だとか発見、コツが違うので、摺り合わせていると新たな発見やブレイクスルーに出会えることがある。
ソロジーは僕だけでなくボウェルやフレア、それからネフにとって非常に大きな存在だ。
体は一番小さいけど。
ソロジーがどう良いのかを一言で言い表すのは難しい。
多才、多面的、果敢、慎重、探究心、無頓着、安全重視・・・。
冒険者としての彼女を彼女自身が過不足なく評価した上で発揮される才覚に、ふとした指示で気付くことが少なくない。
何より、ソロジーはとても強い。
もし僕とボウェル、フレアの 3 人でソロジーと模擬戦をしたとして、僕は勝てるかどうか自信がない。
ソロジーはいつも備えている。
自分の攻めるべきタイミングに。守るべきタイミングに。あるいは待つべきタイミングに。
僕たちデイブレイクはずっと身体強化をある程度の水準で付与し続けて過ごしているから、完全な素の身体能力はもうよく分からない。
もしかしたらソロジーは瞬発的な反応速度に自信がなかったり、筋力や持久力の不安を補うためにいつも構えているのかもしれない。思い返せば力量の分からない相手だと、初撃までに時間を要しているように思う。
かといって、その備えが消極的な意味合いに収まるわけでもない。本来はそんなことをするまでもなく大抵の魔物は圧倒できるだけの力があるからだ。
魔素制御は言うまでもないけれど、最近は僕たちが知覚できないくらい細かい制御下で巨大な力を取り出すやり方に慣れてきたと言っている。その結果だろう、ソロジーの戦闘はとても静かだ。
ボウェルの戦闘は彼女の軌跡が踊るように綺麗な流れとして感じられるのに対して、ソロジーの戦闘では多くを感じられない。
もしかしたら刀の扱いが上手くなったことも関係あるのかもしれない。
刀が本来どういう戦いに向いているのか僕は知らないけれど、ソロジーが刀を手にした当初から目標にしていた “受け流し” の技術は、はっきりと彼女の中で磨かれているのが分かる。
僕の装備は片手剣と盾。
賢者の園を出たばかりの頃は斥候の傍ら、剣で攻撃、盾で防御というごく当たり前の戦い方をひたすら身につけようと頑張っていた。
けれどソロジーとボウェルとパーティを組んでからは、敵の攻撃は物理的に受ける以外にも対処方法が色々あって、そして防御は攻撃と一体でなければ先を目指せないことを知った。
ボウェルは魔術大学でほぼ座学漬けだったにも関わらず、一人で研鑽していた魔素制御に対してソロジーを真似た上で自分のオリジナルを加え、一つのスタイルを確立していった。
それに負けないようにと、僕も僕の剣と盾の意味を模索するようになった。
ダンジョン探索当初は盾どころか僕の攻撃の機会すらほとんど無いという、なんとも言えない煮え切らない感じの誤算があったけれど、深く進むにつれて盾の役割が大きくなった。
あまりにも大きな敵の攻撃は受けるだけでなく受け流し、あるいは避け、そしてできれば同時に僕の攻撃の起点を作るよう誘導する。
つい最近一度だけ見たグレイモアさんの大盾術ほどそれらを盾一つできっちりこなせるわけではないけれど、代わりに僕には幻影がある。
ただの幻影じゃない。自慢のパーティメンバーお墨付きの幻影だ。
それから剣についてもその役割というか、僕の魔法とどう組み合わせると良いかが分かってきた。
斬り付ける、打ち付けるだけではなくて、水魔法を挟むことで相手の足を止めておくとか、幻影で偽の太刀筋を演出して確実に意図した攻撃を当てるとか。
これまでもそれらしいことはしてきたのが、最近は無数の反復で無意識に最適解と思える動作をできるようになってきた。
本当の意味での魔法剣士に成れてきているんだと思う。
あとは剣技が魔法と融合して、それこそディメンションレイのような技が習得できれば一番良い。
ディメンションレイの前提でもある、ソロジーにも期待されている空間魔法については、思いがけないところで手掛かりがあった。
元々は斥候職としての能力を高める方針だった僕。
その基本的な目標自体はずっと持ち続けていて、もちろん魔法や剣術もこの恩恵を存分に受けている。
おかげで魔素の感知だけでなくて、匂いや音、空気の流れ、気配への敏感さが増して、相手の動作を先んじることが随分上手くなった。
そしてそれらに敏感になったことで、僕は一つのことに気付いた。
きっかけはほんの些細なことだった。
それはとある夜、街の宿で食事をしている時のこと。
何回かに一回の頻度でソロジーがお酒に酔って饒舌になることがあるけれど、その日もソロジーは楽しそうに話していた。
「分子が最小単位って仮定するなら、実際は違うけど、ゆらぎとかそういうのが微小環境でエネルギーの変動を起こしててどうなってみたいな、そういうことがもっと魔素でもわかると良いんだけど、でも精霊素にしてもそもそも最小単位に行き着けないというか、肉眼だと限界があるよねっていうか、そうでしょ?」
「でもさ、わからないことがあるって夢があると私は思うなー。この何もない空間にはもちろん何かがあって、それで私たちがあって、思考があって概念があって、それで最終的に数式とか法則に行き着いたり宗教的なところに飛んでったりさ」
「ナユタさんの転移もそういう世界の何かしらの空白を使ってるのかな。聞いても、俺にも具体的にはよくわからん、って返されたし、どうなんだろうね」
「案外私もそういうところに由来するのかなぁ、ねぇどう思うフレア・・・」
・・・。
こういう日の翌日、ソロジーは二日酔いにこそならないけれど、大体の場合あんまり夜のことを覚えていない。
饒舌に語られる話題は食べ物の加工の仕方だったり、ボウェルがどれだけ綺麗かの新しい評価方法だったり、街の作られ方だったり、星の話だったり、服の話だったり。取り留めのないことをつらつらと楽しそうに話していたと思ったらいつの間にか寝てしまう。
だからこの日のことも半分くらいしか覚えてなかった。
「昨日の話だけどさ、ゆらぎっていうのはどのレベルで起こるの?」
「え?何のこと?」
「ほら、ブンシ?がどうとか言ってた」
「あー、そんなこと話してた?ごめん、私も詳しくはわからないんだ。聞き齧り。物質の最小単位くらい小さい環境だと存在とかエネルギーに偏りや飛躍がある、みたいな話だったと思うけれど」
「ふぅん、そうなんだ・・・?」
ソロジーの言っていることを言葉通り理解できたわけではないけれど、僕は何かが分かった気がした。
空気の流れの空白、隙間。気配の隙間。
なんとなくそういうものを感じていた。
そして隙間には一定のリズムがある。
僕はそれ以来この “隙間” のことをずっと気にかけていた。
魔素制御よりも、精霊素に注目することよりも。
そしてこの前の序列戦。
ランガーとアンキスロライトの戦いで行使された闇魔法で、その隙間が何なのか遂に理解した。
つまりこの隙間こそ、空間魔法の “空間” なのだ、と。
ランガーが鏡の世界から取り出した水魔法は、僕がずっと気にかけていた "隙間" から水の形で現れた。
ソロジーのイレイザーカノンの起点を超えるほどの魔素密度があったからこそ、逆に隙間が浮き彫りに感じられた。
伝承レベルでしか存在しない空間魔法。
共通に認識されている空間魔法の本質は、物質を無に収め、そして無から取り出すこと。
その無こそが僕が隙間として感じていた領域であり、それは魔法の範疇にあるということが分かった。
考えるに、ランガーの魔法ではソロジーが言っていた闇の精霊素による水の精霊素の模倣の結果、隙間に水が生じたんだろう。
他の精霊素も、同様にこの無から属性に相当する現象を取り出しているんだと思う。
だってソロジーやフレアから、魔法で精霊素とか魔素それ自体が消費されて消えるという話は聞いたことがない。
でも、勘違いかもしれない。
ソロジーがいつも新しいことに慎重なように、僕はこの考えが正しいのか、裏付けのための日々を僕の内に秘めて過ごしてきた。
けれど結局、僕は確信した。
検証は実証に繋がり、実証が確信を促した。
そして僕は空間魔法を体得した。
・・・要はその隙間を、自分の制御する "魔素に知覚させれば" いい。
それさえできれば、いわゆる属性魔法を発動する時の逆の指向性で、魔素を操ることで発動した魔法を収めることができる。
僕の属性魔法は今のところ霧・・・つまり水と、それから幻影そのものを生む闇だ。
実験。
掌を上にして、そこに浮かべるように小さな水の玉を魔法で生み出す。
隙間を探し、捉え、制御する魔素に隙間に対する指向性を持たせる。
水の玉を生み出した魔素の流れ。その逆を、最終的に隙間を捕捉している魔素と合流させる形で制御する。
・・・水の玉が消える。
もちろんこれは自然に蒸発したとか、精霊に回収されたとかいうものじゃない。
僕が無に収めたのだ。
副次的に、これまで不思議だったことの一つが分かった。
魔法で生じたモノが消失する、例えば水が消えたり土が減ったりするのがなぜかという理由だ。
魔素の流れの残滓が、寄せる波が引き戻すようにこれらを自然と無に収めていたんだろう。
もっとも、よっぽど大きい規模でなければこの消失現象も微々たるものだけど。
アンキスロライト戦のための調整中、僕は空間魔法についての自説をみんなに話した。
ソロジーはぼうっとしたような、呆気に取られたような表情になって、それから目を見開いて叫んだ。
「ディモン!すごいよ!本当にすごい!あぁなんで魔法由来のものがちょっと消えてることを気にしてなかったんだろ!それに、そっか!やっぱり何もないところに何かがあるんだ!」
・・・ソロジーがこんなに驚くところは初めて見た。
ボウェルは僕の話した内容以上に、ソロジーがはしゃいでいることに驚いているようだった。
話をして実演もしてみたものの、二人には隙間がよく分からないらしい。
だから二人はその隙間を探すところからになる。
そしてひとまず、僕はこの収納を属性魔法以外でもできるようになるか、収めたものと同じものを取り出せるか、あるいは空間そのものへの干渉の足掛かりにできないかを探っていくことになった。




