074 闇
*** ハル ***
今回はどこかの国を目指す予定がないので、戦利品を売ったり加工に回したりする以外にはやることがない。
刀はナユタさん由来の情報を受けて打ち直し中で、レアメタル繊維の服についても完成まではもう少しかかるとのことだった。
装備で変わったのは、前回預けておいた素材で作られた、防具の隙間を埋めるようなマイナーチェンジ品を受け取ったことくらいか。
ただ改良版だけあって動きやすさが向上している。
それからペイネは胸がちょっとキツそうだったのが無くなっている。
一応採寸しているとはいえ、まだ日々の成長がある年頃なので、定期的に防具を調整することも忘れてはいけないのだ。
経由したいくつかのギルドでも大きな依頼の情報はなく、ハグレにしては強い魔物の討伐願いが出ていたのも、国付きのパーティで十分対応可能な範囲だとかで受付の人から逆に断られた。
もしかしたらデイブレイクの名が広まったことで、受付の人を萎縮させてしまったのかもしれない。些細なことでも大掛かりな内容でも依頼は依頼。別に気にしないのに。
連邦北部の国々にも新たな問題は生じていないらしい。
問題がないことそれ自体が問題なパターンじゃなければいいけれど。例えば住民が人知れず魔の者に置き換わっているとか・・・そういうホラーな事件があるかもしれない。
冗談だけど。
やることがないので、ララの店で手入れの終わった武器を受け取るとすぐにダンジョンに戻ることにした。
今回一番印象的だったのは、たまたま商会で取り扱いのあったガラスタの甘味にありつけたことだ。妙にペイネがはしゃいでいて、実際私もディモンもカステラ状のそれの美味しさに驚いた。
マルシさんに言っていつでも食べられるようにしてもらいたいくらいだった。
慣れたものでレイドレから南ベースまで 5 日ほど、そこから暗闇の城まで 2 週間ほどで到着する。
ダンジョンの地形変化も少々なら気にせずにどんどん奥を目指せるのは、それだけ実力がついたことの裏返しだろう。表層の魔物はボス級だろうがほぼノータイムで倒せるようになっている。
暗闇の城では戦闘の勘を取り戻すため慎重にデーモン戦やゴーレム戦を重ね、確実に階を登っていく。もちろん戦闘は一人ずつだ。
今回はフレアが自ら望んだこともあって、フレアも戦闘の順番待ちに加わった。
フレアのゴーレム操作はすでにペイネをかなり上回り、私たちの横槍を挟みつつではあるが暗闇の城の魔物とやりあえるようになっている。
そうは言っても毎回結構損傷するのも、私たちがすぐさま回復という名の形状の強制復元を施すので問題ない。
ちなみに今回フレアのため、ララの店で斧と両手剣、槍を購入している。
ゴーレムとしての自分にあった武器を考えたいそうだ。
ただ私としては、そういった打撃系の武器よりもワンドとかロッドの方がいいんじゃないかと思っている。
だって精霊体になってしまえば、自身の質量に由来する攻撃が選択肢から外れるから。
ずっとゴーレムに宿ってるなら別だけど。
そんなこんなで久しぶりの闘技場では、私たち以外が戦っているのを初めて見た。
「おら!こんなもん!」
「クー!しぶといわね!」
声だけでわかる。ランガーとアンキスロライトだ。
両者が見える場所を位置取って、
「頑張れー」
と適当に応援をしてみる。
私の声に振り返ったアンキスロライトはニッと口角を上げ、一気に水壁の圧を上げた。
これはペイネが風でランガーを押し切った時の再現になるか?と先を見守っていると、ランガーは鏡に映る世界から水を取り出し、それをアンキスロライトの魔法にぶつけることで相殺した。
あー・・・そういうことか。
よく見ればランガーのそれは水魔法ではない。闇魔法だ。
どうもランガーは鏡に宿る莫大な精霊素を、鏡の外の世界への干渉起点とするのではなく、鏡の中の世界に似せて変質させ放出するという使い方をしたようだ。
強制的に鏡の中の魔素の流れを現実に投影するほどの魔素量。それを表に出すことで得られる威力は推して知るべし。むしろ毎回それで良いのでは、とは口が裂けても言わないけど。
しかもそれだけでなく、ペイネがアンキスロライト戦で見せたマジックキャンセラーの弱体化版を、ぎこちないながら駆使していた。
ランガーが何故 1 位であり続けるのか。
考えるまでもなかった。ただ単に彼が他の序列のデモンゴーレムよりも強さに貪欲なのだ。
それはそれとして、闇の精霊素に他の精霊素を模倣する性質があるとは、良いことを知った。
ランガーさまさまである。
私の魔素化に使えないかな。
「ふん、お前らもせいぜい借り物の 1 位で首洗って待ってな!」
などとよく分からない捨て台詞を吐いて、私たちを除けば序列 1 位の座を守ったランガーが闘技場を後にした。
「あーもう。嫌になるわね。あんなのよりもあんたたちの方が強いなんて」
負けたばかりのアンキスロライトもぶつぶつと零しながら去っていく。
「・・・僕最近思うんだけどさ」
試合の余韻に浸っているとディモンが私に声をかけた。
「何?」
「ソロジーには闇魔法が合ってるんじゃないかな。魔素になるとかどうとかってのを別にすれば」
「そうね、私もそう思うわ」
ペイネも同意見らしい。
二人は私ほどではないけれど、精霊素を認識できる段階になっている。属性も、密度が高ければ一応識別できるという。
ランガーの闇魔法を見て思うところがあったんだろう。
理由を聞いてみよう。
「なんで?」
「ソロジーは光か闇のイメージが僕にはあるんだけど、闇の多様性というか底知れなさというか、そういうのが "それらしい" な、って」
「私も同じような感じかしら。闇魔法は奥が深そうだから、ソロジーの探究心を満たしてくれそう」
「ふぅん。私そういうイメージなんだ」
風か炎じゃないんだ。闇って言われて嫌な気分にはならないけれど。
「確かに闇魔法は他の属性とちょっと違う感じがする。光もだけど。なんの違いなのか分かれば、精霊素のことをもっと理解できるんだろうね」
「うん、そこはソロジーの得意分野だよね。頑張ってね」
「いや、一緒に頑張ろうよ」
ハハッと愛想笑いを返された。ちょっと寂しい。
もちろん二人には二人のやることがあるし、私個人の問題だから私がすべきなんだけど。
「ともかく、もう少しでディモンも挑戦権が手に入るわけだから、最下層が今から楽しみだね」
「そうだね。私も楽しみ」
私とペイネの言葉に言外の圧力を感じたのか、ディモンの愛想笑いが苦笑いに変わった。
大丈夫、錯覚だよ。
***
魔族領ダンジョン攻略のためレベルアップに励んでいるキャスカたち 5 人組、通称キャスカ小隊。
連携の練度が上がり、各自の魔法がこれまで以上に強力になってきたことを実感していた矢先、その悲劇は起きた。
その日、相変わらず薄暗いダンジョンの中でも暗さの際立つ森に彼女達はいた。
城下町の左側にあるミノタウロスの森だ。
ミノタウロス相手に個人技と連携技の調整を幾度となく重ねてきた彼らにとって、最近はこの暗ささえ、ミノタウロスから身を隠すのに都合がいいと思え始めた頃だった。
集団で襲ってくる怖さこそあるものの、木々をうまく遮蔽に利用できれば十分対処可能で、ミノタウロス一体一体は彼らが個人でも丁度対応できるくらいの強さ、という塩梅も、狩場として都合が良かった。
しかし森はあくまでもダンジョンの一部。
その前提を心の片隅から 5 人が手放し、森が味方してくれていると錯覚してしまったタイミングで、彼らは森の罠に嵌ってしまう。
「・・・ん?なんか変じゃないか?」
水魔法を駆使しつつガントレットでミノタウロスを殴打していたラーデンがパーティに声をかける。
「森のことか?!」
ライノットが答える。
ダンジョンとは相性が良くないながら光の幻影を撒いていたライノットは、些細な違和感を先ほどから感じていたが、それをラーデンが指摘したことで彼は違和感が気のせいではないことを確信した。
足場の覚束なさ、規則的に不規則な木々の配置、葉音、枝の低さ・・・。
羅列してみればそうと分かるが、気にしなければ気にならない程度の不自然さに取り囲まれている。
ミノタウロスたちは相変わらず数が多いが、特に変わりはない。
「誰か幻影を使うような魔物を見てない?!」
最前線で応戦しているキャスカが声を張り上げる。
しかしメンバーは誰もそんな魔物に見覚えは無かった。
「森・・・森・・・。・・・!!」
ライノットとラーデンの声掛けを受けて影魔法で周囲を探っていたラヴィスが、漸くその正体に気付き戦慄する。
(トレントの大群に飲み込まれていたんだわ!)
しかしそのことを大声で伝えたとしたら。
トレントに戦意を一気に向けてしまったら。
・・・あたりを埋め尽くすトレントが一斉に襲いかかってくる可能性が高い。
気付いてしまうと、全ての枝や根が今にも襲い掛かろうと構えているように見えてくる。
そうは言っても、ここはどうしたって離れなければならない局面。
ラヴィスはメンバーの力を信じ、この事実を叫んだ。
「トレントの大群の中よ!すぐ退避して!」
それを合図に、5 人はミノタウロスを尻目に森の縁を目指して駆け出した。
大群といえど、これまで戦ってきたトレントの強さを思えば進路を妨害する一体一体をいなしつつすり抜けることくらいはできる。
しかし全員が数体ずつトレントの脇を抜け、いずれは切り抜けられそうだと安堵を覚え始めていたところへ、折り重なるように悪夢が迫る。
ガウラァァァッァァ!
進行方向から聞こえてくるけたたましい鬨の声を耳にした瞬間、キャスカ小隊はこのトレントの森がもたらした真の危機を察した。
聞こえ始める、蹄が打ち鳴らす音の波。
・・・姿を見なくてもわかる。ケンタウロスの群れがこちらを目指しているのだ。しかも声を聞くに、すでに興奮状態で!
トレントが拡大した森はケンタウロスの領土である農耕地にまで及んでおり、さらに冒険者の戦闘の気配が漂ったことでケンタウロスたちを惹きつけていたのだ。
「やばいやばい!どうする!脇へ抜けるか!?」
ライノットが叫ぶ。
しかし左右へ逃げようにも、トレントが森の外周に沿っているならむしろ抜けるのに時間がかかってしまうだろうことは想像に容易い。
「キャスカ!」
ラヴィスがパーティのリーダーかつ最高戦力の名を叫ぶ。
キャスカは呼び声に応えるように、自分の考えを信じて方針を決める。
「・・・そのまま前進!私が切り開く!」
メンバーの誰より自分の力を信じているからこそ、キャスカはこの戦局の要に迷わず自分を選択する。
トレントの森を往きつつ、迫りくるケンタウロスに持てる限りの魔法を放ち道を切り開くキャスカ。
発動時間、到達時間、効果範囲、殲滅力。そのどれもが他を上回る雷魔法を轟かせつつ。
しかし例えキャスカがあらゆる冒険を空想してきた異世界人といえど、想像には限界があり、そして現実は時に限界を超えたところで繰り広げられる。
それが今であり、キャスカはゲーム感覚が消え切らなかったこれまでの日々を初めて悔いた。
雷魔法を被弾し次々に倒れていくケンタウロスたち。
一方でトレントには効果が薄く、しかも倒れたケンタウロスが行手を阻むというマイナスの効果が生じてしまう。
自ら足場を潰してしまう形で進行速度を落とすと、少々の足場の悪さなどものともしない巨体のミノタウロスたちが追いついてくる。
トレントの枝が次々と鞭をうち、ケンタウロスの圧も高まり・・・
「うぐぁっ・・・」
ライノットの呻きを引き金に、ついに小隊は足を止めた。
ミノタウロスにはじめに追いつかれたライノットは右腕を斧で斬り付けられ、すぐさまエフが回復に、他の 3 人も援護のため駆けつける。
そして包囲網は完成し、足場すら敵という完全な死の檻の中 5 人の死闘が始まった。
・・・。
・・・どれくらい時間が経っただろう。恐ろしく密度の高い戦闘は彼らの時間感覚を一瞬で狂わせ、数秒が途轍もなく長く感じられるようになる。
回復の起点になるエフを守るように四方を向いていた攻撃の目は、ライノットが倒れ三面になり、ラヴィスが力尽き二面になり、そしてついにキャスカだけになった。
「キャスカ、もう無理よ・・・!」
エフが殆ど泣きながら叫ぶ。
キャスカはエフのこんな表情を初めて見るなと思った。そしてこんな非常時なのに、どうして美女の泣き顔はこんなに唆られるんだろう、とも。
「私がなんとかする」
キャスカは自分に言い聞かせるように答え、しかし次の瞬間にはそれを聞いた仲間がいないことに気付く。
キャスカの背後でエフはトレントの枝に打ち据えられ、気を失っていた。
キャスカは一気に血の気が引くのを感じる。
そして、瞬間、キャスカの理性はこの世界を完全に拒絶した。
それと同時に、転移の日に声だけで対話した神と思しき存在を思い出し、強烈に嘆願した。
(神に保証された私の能力がこんなものなんてあり得ない、許せない・・・!私の能力は!私の価値は!私は!!!)
・・・一瞬。
彼女はいつかの白い空間に意識を隔離されたような感覚に陥る。
しかし視界は既に薄暗い戦場を捉えている。
いや、違う。
彼女は理解した。
薄暗いのは視界ではない。
“彼女が見ているから暗いのだ”、と。
「・・・常闇」
城下町を超えた先で編み出した魔法の名前を呟く。
既に無意識に発動していた魔法。これまで単体の敵を想定して発動していたそれは、今や全く別の魔法となって新たに姿を現す。
「お呼びでしょうか」
静かな声がキャスカに響く。
声のする方を見れば、闇の衣を纏った美しい男が佇んでいた。
キャスカは理解する。彼こそが闇だと。
この魔法の核たる存在なのだと。
小さな声で、しかし確かに、キャスカは男に命じた。
「私に、力を」
男は妖艶に微笑み答える。
「えぇ。もちろん」
男は闇に溶け、キャスカの影に吸い込まれるようにキャスカと一体化していく。
神の力の前借り。
盗用。
あるいは覚醒。
この瞬間、キャスカは世界の理の一端を無視した存在へと昇華したのだった。




