072 司るもの
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「うーん」
部屋の中央にある球体をじっと見つめつつ、ガイナが一人唸っている。
彼女は球体の・・・彼女の作り出した世界の様子が気になって仕方なくて、一日に何度もこうして唸っている。
(なんだかごちゃごちゃしてきた、のかな・・・?)
ガイナは彼女が補足できる人物たちのことを思う。
(まぁでも、バッザルの配信を見てると複雑怪奇な世界はたくさんあるのよね)
バッザルというのは彼女たち概念存在の一人で、創られた世界を他の存在に対して広めることを趣味にしている。もちろん世界の持ち主には許可をとった上で。
そんなバッザルの配信は好評で、最近は娯楽の一つとして定着していた。
(それに結局のところ結果がどうであれ、その良し悪しが私にはわからないままっていうのも、モヤモヤするわ)
詰まるところできることなど無いのだが、それでもガイナは自分の世界には一つのことを願っていた。
優しい世界でありますように、と。
しかし彼女も分かっている。
種族として未成熟な知性体は内包する矛盾を解決できず、そしてその矛盾を他者との関係性の中でさらに複雑なものと誤認し、どうしようもなくなった先で哀しみが生まれるのは必然であると。
(でも、一応大筋はうまくいってるわね。多分)
・・・この世界を生み出した意味を。
この世界を見守ることの意義を。
彼女は知らないのだ。そして今後も知ることはないだろう。
それは彼女が見つめる球体の住人が、なぜ生まれ何をすべきか本当の意味では知らないように。
ある意味で球体の世界は、基本世界の住人が戯に生み出し続ける物語に似ているのかもしれない。
物語それ自体には意味などない。せいぜい含蓄や教訓が混じる程度だ。
あるのは物語の作者が誰かを満足させたいという欲求が結晶化したものという事実。
ではガイナたちは誰を満足させたいのか?
彼女に連なる者たちの中に、それを知る者はいない。
しかしガイナたちにも分かっていることがある。
それは彼女たちがそれぞれ何かしらの概念を象徴する存在ということ。
基本世界の知的生命体から生じたあらゆる概念は、大きさや密度次第で一つの存在を形成するに至る。と言われている。
愛、憎悪、喜び、悲しみ、生存、生まれる、痛み、停滞、時間、空間、賭博、余命、回転、食べる、華美、輪廻、信仰、転生、解脱、実存、回復、予知、表現、速さ、予測、確率、死・・・。
これら有象無象としか言いようのない概念たちは、古い新しいの差こそあれ、巨大な無数のコミュニティーに生み落とされ、そのどれもが世界の創造を活動の中心に据えていた。
なぜ世界を創るのか。
それは彼女たちにとってそれこそが存在理由であり、そして現実的な意味で死を遠ざける手段だからだ。
世界の創造は彼女たちの生を保ち、世界の失敗は彼女たちを消失へと導く。
自分が何を象徴する存在なのかは自身の振る舞いや性格から概ね予想がつくが、結局のところ世界を創ってしまうのが手っ取り早い。
なぜなら概念の性質は創造した世界の住人に多かれ少なかれ反映されるからだ。
そして “それ” と信じた概念が自身のアイデンティティーとして違和感なく溶け込んだ時、固有の概念は確定されたものとして真の意味で彼女たちに宿るのである。
生まれて間もないガイナは、まだ自分が何を司る存在かを知らない。
しかし彼女はそれと気付かずに片鱗に触れている。
女神の声として広まっている呟きの伝播。あるいは予期せぬキャスカとの接触。
遠からず、彼女は自身の概念の真価をみることになるだろう。
ガイナには知りたいことが多い。
私たちはどうして生まれたのか。
私の作り出した世界の住人たちは、どうして生まれたのか。
“ここ” はどこなのか。
基本世界とは何か。
なぜ誰もが現状を受け入れているのか・・・あるいは、みんなは知っているのか?
この球体の世界が私の望むような結果に至ったとして、だからなんだというのか。
基本世界の始まり、ビッグバン以前に何があったのかが分かっていないように、私がどう考えたところで私は私を生きることしかできないんだろうか・・・。
たくさんの “何故” を抱えつつ、今日もガイナは球体に浮かぶ雲の移ろいを眺めている。
*** カティアナ=ファル ***
あたしたち悪魔が人族の遺跡に拘っているのには理由がある。
かつてのダンジョン・・・今では一部の人族に迷宮と呼ばれているらしいあの遺跡は、魔素を収集するのに非常に都合がいい。
在りし日の迷宮では魔物が闊歩し、君臨し、蹂躙していた。
もちろん蹂躙されていたのは愚かにも迷宮に挑んだ人族や魔族で、魔物は彼らの魔素を取り込むことで更に強さを増したり、他の魔物に分配したりしていた。
魔物に蓄積された魔素は迷宮によって少しずつ回収され、迷宮それ自体の保護や維持、深化に使われていたようだ。
あたしたちは別に魔物に用があるわけじゃない。
大事なのは迷宮とその魔物たちが巨大な魔素回収装置の役割を果たせるということ。
迷宮に由来する魔物は何も大型の奴らばかりではなく、蜘蛛やネズミ、蝙蝠といった小型の魔物にも、迷宮特有の性質が刻まれている。
しかも都合のいいことにこいつらは迷宮の外にいてもその性質が保たれる。
人族が突然変異だなんだと喚く様な異常な強さの魔物たち。その中の一部はこいつら自体か、あるいはこいつらが関わった魔物かもしれない。
まぁ、こう言うと魔物に用があることになるんだが。
ともかく、小さい魔物は外に連れ出しても目立たない上、あたしたちに対して本能的に屈服しているのか非常に連れ出しやすい。
そして魔素を溜め込ませた魔物は迷宮に連れ帰って処分し、魔素を迷宮に移していく。
これだけだといずれ集めた魔素は自然に消費されてしまうが、皮肉なことに迷宮を攻略したアポロアのお陰でこの点が解決された。
機能そのままにダンジョンコアと呼ばれる最深部の宝玉。
アポロアの時代から数百年経ちいつの間にか再起動していたコアには、元々ダンジョンマスターを自称する人格が宿っている。
そしてこの人格が、優先保護対象を迷宮全体ではなく、ダンジョンマスターの実体に相当するダンジョンコアに移してしまったようなのだ。
このせいで迷宮は再生したにも関わらずかつての栄光は見る影もなく、しかしただ一体、難攻不落と称するのがふさわしい主を得た。
今や迷宮の攻略難度は、せいぜい二つの新しいダンジョン程度だろう。ダンジョンの深部までは知らないが。
まぁそれはいい。むしろ動きやすくて助かっている。
大事なのは魔素だ。
最低限の機能維持に必要な魔素以外の魔素がどこに消えるのか。
言わずもがな、ダンジョンコアに溜め込まれている。
最近は魔素の収集効率が良くなり、もう少しで望む量の魔素が集まりきる。
そうなれば後は魔法陣の権化、レデルカ御自慢の転移魔法でダンジョンコアを飛ばし、飛ばした先で "奴" を現世に迎えるだけだ。
「あ゛ー楽しみ」
「品がないわね、ファル」
「あ゛ぁん?悪魔にそんなもんいるか」
「矜恃を持てって言ってんのよ」
矜恃?そんなものが何の役に立つというのか。
「あたしにとっては自由こそが矜恃だ」
レデルカはそれ以上何も言ってこない。
悪魔にしては繊細なこいつには、品だとか礼節だとかが気になるらしい。
まぁ、それが魔法にも現れているんだからあたしも何も言わないが。
「ところでレデルカ、最近天使を見たか?」
「私は見てないわね。まぁ、引きこもってるから当然といえば当然だけど」
「ふぅん。あいつらもよく分かんない存在だよね」
「仕方がないじゃない。私たちと相容れないのが定めなのよ」
そんなことは言われなくても分かっている。
ただ、奴らにも利するところがあるあたしたちの行動を、あいつらは一々邪魔しにくる。
天使と悪魔が友好だった時期なんかあるのか?
ないんだろうな。
何にせよあたしたちがコツコツ進めてきた魔素集めも大詰めってことだ。
*** ハル ***
・・・。
二人の序列戦を見ていて、私は思い違いをしていたのかもしれないと最近考えるようになった。
つまり、二人のような才能こそ主人公なのであって、私はイレギュラーの道化なのではないか、と。
もちろん最初からその可能性は頭にあったし、そういう意味では思い違いでも何でもなくただこの現実を受け入れる気になり始めただけとも言えるんだけど。
そう思うようになったのは何もペイネとディモンの容姿や、彼らの才能のせいだけではない。
二人の戦いには華があって、そしてどうにも演出めいて見えるからだ。
ペイネは魔素操作に風魔法の要素が混ざり、高次の風魔法使いの様相を見せている。軽装で飛び回る姿は可憐さを伴って、しかし苛烈にすぎる攻撃力には見るものを釘付けにする鮮烈さがある。
ディモンの霧と幻影は剣技と美しく融合し、剣筋は穏やかさの中に暴力を孕んで全ての敵を確実に削っていく。それが防御すらも兼ねているので尚更流麗に映る。それにディモンは私の代わりにパーティでは表に立ってきたこともあって、対外的にも存在感が強い。ペイネに負けないほど。
私はと言えば、中途半端に魔素制御に囚われているせいで身体強化ばかりが目立ち、イレイザーカノンやフレアとの連携も所詮は借りものの力に過ぎない。それに望んでそうしていることではあるけれど、相変わらず目立たないまま。
あぁ、結局私は脇役として一生を終えるんだ・・・。
・・・そんな、妙にリアルで、もういっそそれでいいやと思えてしまいそうな夢とも現実ともつかないまどろみの中午後を過ごした日、ペイネが序列戦を勝ち抜き、ディモンもアンキスロライトまでたどり着いた。
別に弱気になっているわけじゃない。
ただ魔素化の足掛かりがまだ掴めていないだけ。
ランガーは開始早々暴風を巻き起こしたペイネの魔法に対応しきれず、鏡の魔法の強みをうまく消されて負けた。
アンキスロライト戦で物量への対抗手段を手に入れていたことが災いして、搦手のランガーに小手先の勝負を仕掛けて負け続けていたペイネは、最終的にゴリ押しに切り替えたことでランガーを破った。
ますますアンキスロライトが序列 2 位でいる理由が気になる。やっぱり相性の問題なんだろうか。
ディモンは序列 4 位のオイクサと序列 3 位のチュウヒに対して、当初の予想どおり 2, 3 回ずつの戦闘で順応して勝ちをもぎ取った。
速度特化のオイクサには斥候職としての感知力を最大限に発揮して。
ディモンと同じタイプの水系幻影魔法剣士チュウヒには真っ向勝負で。
私は一日 2 戦まで可能なのでランガーに勝負を挑まれ続けていた。
ここのところはちょっと手抜きして、彼の魔法の解析に重きを置いている。
鏡越しの世界と闇魔法。ランガーの魔法に魔素化への手掛かりがないかな、と思いつつ。
そして戦闘に関しては、ネフの魔法がどれくらい通用するかを試したりもしている。
ネフの炎の魔法をイレイザーカノン以外の方法で取り出したり、闇魔法の攻撃転用ができないかネフに試行錯誤してもらっているのを表に出したり、それから光魔法を使ってみたり。
私の勝手な闇魔法使いのイメージとは違ってランガー本人がかなり “硬い” のでイマイチ効果の程度が分かりにくいけれど、「痛っ」とか「クッソいてぇ!」と反応してくれるので目安にしている。
なんだろう。色々と度外視すればランガーとはいい友達になれそうな気もする。
パーティでの最下層挑戦権まで、全 30 勝のうち残り 2 勝。
最近は暗闇の城でのデモンゴーレムとの戦闘にも安定感が出てきた。
慣れてきた頃が一番危ないのは分かっているけれど、残り 2 勝を待つ間に溜まってきた戦利品を私とフレアで売りに戻ってもいいかもしれない。
そう二人に話すと二人とも一緒に行くとのことだったので、私たちは一度帰還することにした。
「クレアに任せると日用品の揃いが微妙に心配なのよね」
ふむ。
私も今は女だから気をつけているつもりだけど、ペイネ的には思うところがあるようだ。
「パーティなんだから無闇に別れて動かないほうがいいと僕は思うよ」
ふうむ。
仰る通りです。本来リーダーの私が言うべきだろうことをディモンに言われてしまった。
やっぱりあれは正夢なのかな・・・。
そんな事を考えながら、久しぶりの地上を目指した。




