070 キャンセル
*** ハル ***
ついにペイネが序列 2 位のアンキスロライトを破った。
「あんたも懲りないわねー」
闘技場に上がったアンキスロライトが言う。
「あら。そろそろ越えられそうだと思ったんだけど、あなたもそれを察したのかしら?」
ペイネにしては珍しく挑発的な言葉を返す。
闘技場は、舞台は両者が揃った瞬間から試合判定になる。
二人が魔素を繰り、試合が始まった。
初手、アンキスロライトは洪水のように寄せる水の流れを生み、闘技場の足元を覆い尽くす。
ペイネは風の足場を組んで地面を離れ、手を伸ばすように柱となって迫る水も回避していく。
カマイタチを飛ばすも攻守一体の水に阻まれ、次第に膠着状態になっていくのはこれまでの戦闘と同様の流れだ。
「よし、いくわよ!」
意気込んで宙を駆けるペイネ。
当然襲い来る水の柱は、しかしこれまでと違って彼女を押しつぶすことなく不自然な停滞を見せる。
「な!この!」
アンキスロライトは水の勢いをさらに強め、津波さながらの流れが生まれるが・・・
「やぁぁ!」
一声あげたペイネが壁の一部を押し除け、そしてそのまま風の乱流がアンキスロライトの小さな体を飲み込んだ。
バシュシュシュシュッ!ザシュシュシュッ!!
体を斬り刻まれ場外で体を再構成される精霊。
・・・ペイネは序列を一つ上げた。
「あーん、負けちゃったわ」
「特訓の成果よ!」
「まぁいいわ。あんたもさっさとランガーを倒しちゃいなさいよ。・・・私だけ負けてるってのは気分悪いから」
「もちろんそのつもり」
実に興味深い戦いだった。
ディモンには分かったかな?
「ペイネ、相手の魔法に干渉してたね」
へへっ、と笑ってペイネが答える。
「うん。いい感じだったでしょ?」
「それにしてもよく試そうと思ったね」
「クレアが魔素になるって言うのを聞いて、もっと先を見据えてるって知ってから、私も今のままじゃいられない、負けられないって思ったのよね」
実際驚いた。
そもそも私は相手の魔法に干渉しようと思ったことがない。
多分私にもできるんだろうけど、私は大体ゴリ押しで相手の魔法を突破できるから。
いや、ゴリ押しと言うと少し違うか。私の魔素制御は大体の魔法よりも最小単位と密度が優っているから、相手の魔法に割り込むことができていたのだ。
「まぁ、発想自体はクレア由来なんだけどね」
「え、そうなの?」
「クレア、ネフの魔法使ってるでしょ?あれってクレアの魔法じゃないじゃない」
「あぁ」
そういうことか。
暗闇の城での対ゴーレム戦でやたらと魔法を受けるなと思っていたのは、この感覚を掴むためだったのかと思い出した。
マジックキャンセラー、ということになるんだろうか?
魔素と魔法の表現系との関係を思えば、通用する魔法、通用しない魔法も大体想像がつく。
私もそのうちやってみよう。
「ディモンもさっきの戦いでオイクサを破って序列をあげてるし、いい感じだね」
「あぁ。僕もだんだん魔素操作に慣れてきたってことかな?ログラム戦で自信がついたように思うよ」
序列はともかく、なんだかんだ言ってディモンはすごい。
我流の剣術はもはや一流と考えていいレベルだろうし、私たちに大きく遅れて始めた魔素操作もかなり追い上げてきている。
剣術は比較対象がいないけれど、城のゴーレムやデーモンたちの戦闘術が半端なものでないのは私でも分かる。
「よし、じゃあ次は私だね」
二人に告げて私も舞台に上がる。
相手は元序列一位のランガーだ。
「俺もなー、そんな弱いわけじゃないと思うんだがなー」
そう言いつつランガーは彼の魔法道具である鏡を構える。
ランガーの闇魔法は鏡に移される魔素の流れを操作し、現実世界にそれを強制的に投影する。
彼の魔法にはちょっと他では御目にかかれないくらい闇属性の精霊素が集まっていて、私の目には闘技場がかなり暗く感じられる。
とすると、ランガー本人は闇の精霊ということなんだろうか?
ともかく彼の魔法の本体は鏡の中の世界にあり、それをいかに壊すかが攻略の決め手と言えるだろう。
とはいえ、何度も挑まれているものの勝ちを譲ったことはない。
私は鏡の世界が投影されるための魔素の集まりを、私の魔素操作で撹乱して防いでいるから。
言葉にしてみるとペイネのマジックキャンセラーと結果は同じだけど、私の場合私の魔素操作で場そのものを私の支配下に無理やり置いているので、微妙に違う。
ただ思うところもあって、今回はペイネの真似をしてみることにする。
「お、お前!それさっきのだろ!くそっ!」
ペイネ対アンキスロライト戦を観戦していたランガーはすぐに気付いた。
「あ、分かった?というか、うまくいってよかった」
「くっそ、嫌味だなー!」
私が魔素を操作するのと違って相手に合わせる形なので、有効距離が結構短い。
それから、私が闇魔法を使っている扱いになったらどうしようという懸念がふっと沸いたので、すぐにやめた。
結局今回もランガーの魔法を寄せ付けることなく私は彼を袈裟斬りにし、序列を守った。
ランガーがアンキスロライトから序列 1 位を守ってきたのは、彼の魔法の力が強いのか、それとも属性の相性か、はたまた闇属性が強いのか。
それは分からないけれど、攻略の道筋は二人にも示せているので時間次第で二人も乗り越えられると私は踏んでいる。
もしかしたら彼ら序列に連なる者たちも、私たちの戦闘から何かを学んでいるのかもしれない。
そうなれば楽観はできないけれど、多分彼らにも事情があって、そして長年の試合の結果が今の序列なのだろうから、いきなり強くなることはないだろうとも思っている。
それにしても闇魔法か。
属性ごとに精霊素の動きの傾向に違いがあるみたいだけど、闇属性は動きが多様な気がする。ネフの魔法でみる動きとランガーのそれが結構違うから。
精霊素のことを知らないだろう “普通の人” たちの間で、よくわからない魔法が闇魔法扱いになっているのも仕方がないことのように思えてくる。
なんならディモンの幻影も精霊素を見るに闇属性っぽいし、空間魔法もこの範疇なのかもしれない。
魔素や魔法のことも大事だけれど、私の手元には扱いに困っているものがもう一つある。
前々回の探索で城のゴーレムが残したアイテムだ。
いかにも宝箱の鍵ですといった形のそれ。魔素制御には反応しないし、精霊素とも関係がなさそうにみえる。
いっそそれらしい宝箱とセットならいいのに、そんなものもない。
そもそもダンジョンで得た武器や装備品は、ゴーレムが所持していた物だったりその辺に転がっていたりと、かなり雑な扱いを受けている。
こういういわゆる “ドロップ品” はどこから供給されているんだろう。
最深部まで挑めば何かわかるんだろうか?
前世の経験に照らせば、メインストーリーとは関係なしにただ不思議な現象として、しかし “そういうもの” として受け入れられているパターンのまま終わる可能性もありそうだ。
「くーっ!絶対後の二人は止めてみせるからな!」
そう言ってランガーが舞台を去る。
「クレアの試合を見てるとは言っても、正直いまいち参考にならないのよね」
ペイネの言葉にディモンもうんうんと頷いている。
「魔素の視認限界が違うせいだと思うんだけれど」
ペイネの言う通り、多分それが原因だろう。
「まぁでも、やるしかないのよね。一応対策も考えてるけど、ちょっと不安だわ」
「むしろ僕の方が相性は良いかもね」
雑談しつつ、久しぶりに 3 人が勝って闘技場を後にしたので、その日は軽い足取りで与えられている部屋へと戻っていった。
*** ラド=ダクスパーナ ***
族長会議から月日が経った。
お面の一団は始めからそうなることが決まっていたと言わんばかりの早さでダクスパーナに入り、そして当初我々が懸念していたマイナス要素は尽く表に出さないまま、彼らはやるべき事を遂行していった。
もちろん私たちは治外法権的扱いになった彼らのエリアで彼らが何をしているのか知らないわけだが、当然事前に全ての手筈も整えられていた事だろう。そう考えるのが自然だ。
王宮については、彼らが言うには付属の講堂だけあればいいとのことで、実際のところ講堂周囲を彼らのために整備させられた以外は以前と同じように私たちも暮らしている。
条件として挙げられた各部族の護衛への組み込み。その役割を担う者達のための場という体裁に一応なっている。
彼らのものとなった他 2 箇所にも講堂のような建物が新たに建てられている。
襲撃の際に黒面が言っていたように本当に政治には興味がないようで、全くと言っていいほど干渉してこない。
討伐に難渋している魔物の相談が上がってきた際に、いつの間にか討伐してくるということが 2 回あったくらいだ。
王宮にまで話が来るレベルなので相当の難度だと思うのだが、お面の一団は意に介する様子もない。
彼らの出入りには目を光らせているつもりだが、何か大掛かりなモノを講堂の中で作っているような様子はない。
私は彼らの・・・おそらくダブルホーンだろう彼らの目的を最悪の形で想像してはいるが、そのために何が必要で何が行われるかまでは予想できないので、結局のところ彼らが本当の意味で悪であると糾弾する要素は手元に無いままになっている。
もちろんダクスパーナを襲撃した事自体が悪なのだが、不気味なほどに会議での決定を守る彼らに対して積極的な批判の声は上がってこない。彼ら一人一人の力量が各部族の精鋭を上回っているだろう事を考えれば仕方のない事なのかもしれないが。
願わくば、彼らの力の庇護下にあることの意味を履き違えるような者が出てこないと信じたい。
ギルドとの関係性も特に変わることはなかった。
事前、事後と複数回討議を重ねたが、今回の件は国家間の戦争に相当しかねないとの見方を前面に出され、その上でギルドの運営に支障がない範囲で最大限依頼には応じたと答えられてしまっては、正にその通りなのでそれ以上検討することもない。
ギルドはダブルホーンに実質的に占拠されつつある、グロームと旧ラナ国のギルド支部について探りを入れたかったのかもしれないが、正直なところギルド側の事情まで勘案できるほどの余裕はない。
お面の一団の素性が完全に割れていない以上、お互いこれ以上深掘りすべきではないと表面上取り繕った形だ。
しかし彼らお面の集団の思惑がなんであれ、それをまともに実行させるのも癪に障る。
私は彼らの目的のヒントが古い歴史に埋もれているだろうと半ば確信し、しかし残りの半分はそうだと思い込むことにして、改めてダクスパーナの、人族の歴史を振り返ることに決めたのだった。
***
アポロア記において天使の魔法陣は六芒星として、悪魔の魔法陣は五芒星として描かれている。
これは単に作者の好みを反映したとか絵本の見栄えのためではなく、実際に天使や悪魔の行使する魔法はこれら魔法陣を要としている。
天使にとっても悪魔にとっても魔法は意図して行使するものではなく、むしろ意図的に発動を抑えるものであると言える。
なぜなら人外の彼らにとって魔素は彼らと共にあり、魔法は思うと同時に自然に生じてしまうものだからだ。
基本的にはそこに精霊の介入は少なく、彼ら自身が理として世界に紛れ込んでいると言える。
それゆえに大抵の場合、彼らは意図して意志の力で無意識の魔法を抑え、そして魔法を行使する時は “わざわざ” 意識的に魔法を使う。一見無駄が多いようにも思えるが、同じ性質をもつ存在の中で生きる天使や悪魔にとって、これはごく自然なことだ。
これが出来なければ一人前と認められないし、そもそも危なっかしくて他者と関わることを許されないだろう。
魔法陣はそんな彼らにとって、意図した魔法の発動の際に無意識の魔法が邪魔しないようにするための装置にあたる。
魔法陣は関係のない魔法の発動を抑えるだけでなく、意図した魔法そのものの正しい指向性や規模、効率、効果等をあらかじめ決めておく役割も果たせるため、純粋な意味での “その魔法” の発動には必須と言える。
そうでなければ戦闘中、光の矢に回復の効果が混じったり闇の沼に同族捕捉の効果が追加されたりしかねないし、自身の損傷具合や感情の揺れによっては魔法が発動しない惨事すら可能性としてあり得るだろう。
これら魔法陣は効果に比例してその大きさを増す傾向にあるが、実際には各頂点と付随する紋様の相対的位置関係が意味を形作っているため、大きさは個人によるところも大きい。
また、セーン文字のように魔素によって構築することもできるが、物に記しておいても発動には問題ない。
魔法陣の構築方法は個々によって個性の出るところで、目的の魔法陣構築の準備ため汎用的な魔法陣を記したストックを持ち歩く者もいれば、ただの平面的記号の形成で間違いなど起こり得ないと、その場で構築する者もいる。
各頂点の相対的関係性・・・逆に言えば魔法陣は逆位相の魔法発動の起点にもなり得るのだが、相手の魔法陣を乗っ取って何かをするというのは現実的でも効率的でもないので需要がない。
そう。本来はそんな方法で利用されることなどないだろう。
「ファーラ様。こうも障害が少ないと逆に罠かと疑いたくなる気持ちすらありますが」
「そうですか?私は単に人の限界を垣間見ているだけではないかと考えますね」
「そういうものでしょうか」
「そういうものです。そして、だからこそ私たちはやはりこの作戦を成功へと導けるでしょう」
お面の一団ことダブルホーンの総指揮者ファーラ。
彼はグロームと旧ラナ国での苦労が嘘のように駆け足で進む作戦の経過報告に、満足そうな、不敵な笑みを浮かべた。




