069 誘導
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「ミラン様。今回も相変わらずでしたが、よろしいでしょうか?」
「あぁ。構わん」
「ではまた、適当な時に訪れますので」
「頼んだ」
ミランと呼ばれた男は、秘密裏に部屋を訪れていた男女の二人組が出ていくのを静かに見送った。
男はクルスビ、女はレダーといい、ミランに何やら報告していたのはレダーだ。
二人ともどこにでもいそうな格好、どこにでも馴染めそうな雰囲気を醸し出していた。
「なんか俺、今までうまくいったって報告したこと無い気がするんだが」
人目を完全に避けて建物から出ると、クルスビがレダーに話しかける。
「奇遇ね。私もよ」
「実際のとこ、意味あんのかね?」
「さぁ。実験的な意味もあるのかも?」
そう言いつつも、彼らはミランに抜擢されただけあって、任された仕事への適性という意味では女神派随一である。
二人が歩くのはライナの大通りだ。
そして二人は街道を、その先の国境を目指している。
つい先ほどまで訪れていたのはライナの修道院だが、ここは女神派本部の役割も兼ねており、ミランは女神派のトップであった。
女神派のトップ。これは強行派と穏健派を合わせた全ての、という意味だ。
「前任者はもうこの世にいないだろうって聞いてはいたが、それも肯ける仕事だよな」
「そうね。ノウハウを聞こうにも、立場が微妙だから無理そうってのは私にだって分かるもの」
「やりがいはそこそこあるのが救いか。それと給料」
「えぇ、そうね」
そして二人は今回の仕事場へ向かう。
二人が訪れたのはダンジョン周囲に広がるインドール平原の中でも、南西のエリアだった。
ここでまず準備をして、それから本当の目的地を目指すことになる。
「お、あれなんかいいんじゃないか?」
「嫌。やめましょうよ。あなたこの間もトレントでは失敗してたじゃない」
「練習だよ練習。今回はうまくいくかもしれんだろ?」
「私は反対。手伝わないわよ?」
「なんだよ。それじゃ、実質無理じゃねーか」
「そうよ・・・せめて動物型でもうちょっと経験を積んだら、また考えてあげる」
更に数日平原をうろつき、彼らはちょうどいいお目当てを見つけた。
「ふむ。流石にあれはお誂え向きってやつだろ」
クルスビが遠目に見つけたのは鹿型の魔物だ。
「そうね」
「じゃ、行くか」
クルスビが声をかけると、レダーは幻影魔法を発動して二人の姿を隠した。
魔物に忍び寄り、そして背後からクルスビがバフを施す。・・・魔物に。
バフを受けた鹿の魔物は突然のことに驚くが、自身の体の変化に注意を奪われ、落ち着いた頃には理性の多くを失ってしまっていた。
幻影により敵を誤認し、突進を仕掛けるも、そこには誰もいない。
一度こうなってしまえばこれまでの経験上、二人の役目の 3 割ほどは達成できたと言える。
頷き合い、予定通り魔物を誘導していく。
適宜その体にバフを施しつつ。
幻影に紛れた二人が魔物を誘導した先は、賢者の町と呼ばれる小さな町だ。
ここには連邦の主要都市ほどではないが教育機関があり、そして女神派穏健派の勧誘員が一人在籍していた。
今回の彼らの真の目的は、その一人、テイティ=ショーティの調査および補助にある。
事前に賢者の町の様子は把握しているので、目的の学校まで幻影に紛れ、特に問題なく進む。
既に魔物も幻影に取り込んでいるとはいえ、幻影にも限界がある。
例えばレダーの光幻影魔法は、妙にそこだけ煌めいて見えるという点で近くにいれば戦闘職でなくても気付ける可能性がある。
しかしレダーたちは町中の時間による住民の疎密も詳細に調べているため、そもそも住民と遭遇しない。
「よし。そろそろいいんじゃない?」
「おう」
学校の近くまで来ると、二人は前後不覚の鹿の魔物を幻影から解き放った。
グルオォーン!と魔物は一声吠え、人々に警戒心や恐怖を呼び起こさせる。
「・・・早速誰か出て来たわよ」
「あーっと、ショーティではないな」
「ふーん、まぁいいんじゃない?」
「そうだな」
バフを受けて身体能力の増している魔物は、教師と思しき二人の攻撃にたじろぎつつも校舎へと向かっていく。そちらに人の気配が多いことを本能的に察しているからだろうか。
止まない教師の火魔法を鬱陶しく思ったのか、魔物は風魔法を構築し始める。
ググッ・・・グルル・・・!
警戒音のような唸り。そして放たれる竜巻を彷彿とさせる魔法に教師たちが吹き飛ばされた。
「思ったよりも強い・・・ってわけではないわね。丁度いいくらいかしら?」
「俺らの目利きが上手くなってきたってことか。全然嬉しくないが」
完全に人ごとで成り行きを見守る二人をよそに、魔物の風魔法は校舎をガタガタと揺らし、また誰かが出てきた。
「あら、またショーティじゃなさそう?まぁ校長が今日不在なのは分かってるし、残り時間的にもいい具合だと思うんだけど」
「んー?クルビスは今出てきた彼女、見たことあるか?」
クルビスは目を細める。
「見たこと・・・ないわね。教師じゃないのかしら」
「あ、風魔法」
クルビスがその魔法気付いた時には、魔物は校庭に倒れていた。
そして再び動くことはなかった。
「うーん、やっぱり難しいねぇ。結局ショーティの姿も見えなかったし」
「今回はイレギュラーだろ」
「毎回その “イレギュラー” があるけど?」
「ハハッ。そうだな」
クルビスは気楽に笑い、そして二人はその場を離れた。
ミランの影。
彼らは女神派の中でそう認知されている。
認知されている、と言っても、ミランの下で何をしているのかは誰も正しく理解していない。
これまでの影同様クルビスもレダーも女神派の中から引っ張られた人材なだけあって、その能力については周囲の知るところであるにもかかわらず、だ。
大体はミランの護衛だとか、暗殺屋だとか、あるいは直属の監視員だと思っている。
ミランは常々本当に女神派はこのままでいいのか悩みながら、しかしそういった悩みを持っていたからこそ前任者に後を任された。
・・・女神派を率いる立場になり、ミランは考えた。
女神派の目的を、その到達点を、そして女神派がすべきことを。
考えれば考えるほど分からなくなる。
こんな少人数で何ができるのか。
ガイナ教に目をつけられ、その目を逃れるようにしてまで、わざわざ我流で女神の言葉にある世界の危機に備える必要があるのか。
自分たちが犠牲になる覚悟で日々を過ごして、そして救われるのは自分たち以外の誰かではないのか。
アポロア様のような英雄が、時代の要請に答えるかのように自然現れるのではないか・・・。
しかしいざ組織運営を始めてしまうと、これまでの女神派の流れを大きく変えるわけにもいかず、結局は自分の悩みなど大義の前では些細なことだと言い聞かせざるを得なくなっていった。
アポロア様がもたらした千年にも及ぶ平和を享受する自分に・・・たかだか数十年しか生きていない自分に何ができるというのか、と。
とはいえ、役が板に着けば自然と行動力や考えもそれを支持するかのように成熟していくものである。
ミランはいつしか自分の疑問を女神派という枠に囚われず人族に問うてみようと画策し、そして実行に移していく。
その実働部隊こそがミランの影たるレダーでありクルスビだった。
ミランは二人にこう説明している。
「強行派にしろ穏健派にしろ、結局は人ありきだ。ではその “人” はどこから生じるのか?当然人の中にしか生じない。当たり前のことだが、これはどうしようもない」
「お前たちにはそのきっかけを作ってもらいたい。・・・具体的には魔物を人々にけしかけてくれ。女神派のいるところを襲わせれば、彼らの仕事の助けにもなるだろう。市井に埋もれた人材の適性の見極めにしても、勧誘のきっかけにしても」
「もちろん私たち自身が人族に仇なすようでは意味がない。その辺の見極めはお前たちに任せる」
「いずれにせよ、これは極秘だ。よろしく頼む」
二人はなかなか動くことのできないミランの思いを何割かは高給の見返りとして汲み、残りの部分では女神派のためと信じて仕事をこなしている。
一方でミランはこうも考えている。
(世界の危機が生じるなら、それは世界が対処すべきことなのではないか?)
(ならば人族すべてがその危機を想定して、少しでも力をつけるように仕向けなければ)
(しかしダンジョンの脅威もたかが知れている現状、一体どれだけの人が宗教的妄想とも取れかねない我らの教義に耳を貸すというのか)
(結局人はまさにその身に実害が及ぶとはっきり感じなければ、変われなどしないのだ)
(ではその機会をもたらすことにしよう。なに、残された時間が短かろうと長かろうと、大した差ではない。力が女神派の中で培われるか、女神派を超えて蓄えられるかの違いだ)
どちらもミランにとっては真実であり、そしてただ一つ確定的に明らかなのは、ミランにとって女神派の目指すべきところと彼らの行動が矛盾していないことだった。
ミランが一人で始めたこの企み。しかし彼は影が積み重ねた経験を元に今後その規模を拡大していくつもりである。
例えそれが彼が退いた後に軌道に乗るのだとしても。
こうしたミランとミランの影の活動は各地で原因不明の魔物の出没を発生させ、人族の一部には確実に、目に見えない不安として警戒感を持たせるに至っていた。
例えばそれはゲル狼の一群。変異種のトレント。怪鳥。ヒドラ。
そしてそんな活動の一部から、女神派の勧誘を聞き入れるに至った者、武を志すことになった者がいるのも事実ではある。もちろん大した数ではないが。
クルスビとレダー、その前任、そしてさらにその前の初代ミランの影。
彼らは魔物を様々な形で人の世に連れ出し、初代と二代目はその魔物に命を奪われた。
しかし彼らの知るところではないが、彼らの仕事がミランの望む意味で成果を上げるのはまだまだ先のことになりそうである。
*** ユニバーサ ***
うちがフォルト様亡き後のアンデッドを率いるようになって、だんだん体制も落ち着いてきた。
ラッパレンの提案通り墓地を拠点にしたのは正解だったと思う。なんとなく居心地がいい。
城下町に侵攻してくる冒険者の数は多分増えていない。
多分、というのは、アンデッド全体の守備範囲が狭まって、さらに伝達系もフォルト様の時のようにはいかないからだ。
うちらはもはやただのアンデッドになってしまった。
死んでも死なないが、消滅させられたらそのまま。
再編にあたってうちがまず第一に周知したのはそのことだった。
ゴーレムとの戦闘で消滅からの再誕を経験していた知性の乏しい連中には、不死と不滅を混同していた者も少なからずいたことが分かった。
危うく知らない間に構成員が減っているなんて事態が頻発するところだった。
うちらの目下の課題は、めっちゃ強い冒険者が現れた時に全滅しないこと、だろう。
細々とやっていくのがお似合いのある意味アンデッドらしい立場に戻ったとも言える。のかな?
うちはフォルト様に戦闘面でトップに引き立てられていたこともあって、ゾンビとしては戦闘力の高さには自信がある。はっきり言ってかなり強いと思う。
でもそれだけだから、ラッパレンのような組織運営のできるアンデッドに恵まれたのは幸いだった。
「ユニバーサ様。ゴーレムとの境界線は概ね定まって参りました。アラクネも森からは積極的に出てこないようです」
「よし。大体うちらの領土も定まってきたな」
「左様ですね。しかし我らの拠点ですが、このままでもよいものでしょうか?」
「・・・と、いうと?」
「いえ、教会は半分壊れ、今いるここも墓守の借宿にすぎません」
それはそうだ。墓地の近くには、宗教施設を除けば往々にして大きな建物はないのだから。
「ですが我らも小さくない規模の、言ってみれば軍。ここを領土と言うならば相応の拠点があるに越したことはないかと」
うーん。そういうものなんだろうか?
うちとしてはこの狭い家というか小屋でも特に困っていないけれど。
「そうだな、うちよりも詳しいだろうから任せる」
「分かりました。委細、整えましょう」
分からないので、分かったフリをして任せてみたが、多分ラッパレンには分かっているのだろう。
ともかくうちはラッパレンにこの案件を投げた。
結果、墓地の隣に教会の模造品のような建物を作ることになった。
墓地や町との景観の調和にすら気を使う設計担当。
汗水垂らして建築に勤しむ部下たち。
ゴーレムから現場を守る警備員。
そんな彼らは皆疲れを知らず、事故をものともせず、食事や排泄の手間もない。
あぁ、アンデッドがこんなに土建向きの種族だったなんて!
そんなどうでもいい感想を持ちつつ、うちは小国の修道院くらいの建物とその周囲の環境が造られていくのを日々見守っているのだった。
ユニバーサはなんだかんだ部下に愛される可愛い枠、的な立ち位置だったらいいなという感じです。




